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title: "中阿含經 · 126 行欲經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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## 中阿含經卷第三十

> 中阿含経 第三十巻

東晉罽賓三藏瞿曇僧伽提婆譯

> 東晋・罽賓三蔵・瞿曇僧伽提婆 訳

### （一二六）大品行欲經第十第三念誦

> （一二六）大品行欲経 第十<note>第三念誦</note>

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊舍衛國，在勝林給孤獨園。

> ある時、お釈迦さまは舎衛国に滞在され、勝林給孤独園におられました。

爾時，給孤獨居士往詣佛所，󰨤首佛足，却坐一面，白曰：「世尊！世中為有幾人行欲？」

> さて、孤独な長者が仏のもとを訪れ、仏の足に頭を触れて礼をし、一方に座ってこう言った。「世尊よ、この世の中で、欲望を追い求める人々には、どのような種類があるのでしょうか？」

世尊告曰：「居士！世中凡有十人行欲。云何為十？居士，有一行欲人，非法無道求索財物，彼非法無道求財物已，不自養安隱及父母、妻子、奴婢、作使，亦不供養沙門、梵志，令昇上與樂俱而受樂報，生天長壽。如是有一行欲人也。復次，居士！有一行欲人，非法無道求索財物，彼非法無道求財物已，能自養安隱及父母、妻子、奴婢、作使，而不供養沙門、梵志，令昇上與樂俱而受樂報，生天長壽。如是有一行欲人也。復次，居士！有一行欲人，非法無道求索財物，彼非法無道求財物已，能自養安隱及父母、妻子、奴婢、作使，亦供養沙門、梵志，令昇上與樂俱而受樂報，生天長壽。如是有一行欲人也。

> 世尊はおっしゃいました。「居士よ、世の中には、欲望を追い求める人々に十通りの種類がある。どのような十通りか。居士よ、まず第一に、ある欲望を追い求める人は、法に適わず道に外れた方法で財物を求める。そのようにして財物を得た後、自分自身や父母、妻、子、召使、使用人を養い安心させず、また修行者や清らかな人々を供養して、彼らをより高い境地に導き、共に楽しみながら喜びの報いを受け、天界に生まれ長寿を得ることもない。これが第一の欲望を追い求める人である。 次に、居士よ、ある欲望を追い求める人は、法に適わず道に外れた方法で財物を求める。そのようにして財物を得た後、自分自身や父母、妻、子、召使、使用人を養い安心させることはできても、修行者や清らかな人々を供養して、彼らをより高い境地に導き、共に楽しみながら喜びの報いを受け、天界に生まれ長寿を得ることはない。これが第二の欲望を追い求める人である。 さらに、居士よ、ある欲望を追い求める人は、法に適わず道に外れた方法で財物を求める。そのようにして財物を得た後、自分自身や父母、妻、子、召使、使用人を養い安心させ、また修行者や清らかな人々を供養して、彼らをより高い境地に導き、共に楽しみながら喜びの報いを受け、天界に生まれ長寿を得る。これが第三の欲望を追い求める人である。」

「復次，居士！有一行欲人，法非法求索財物，彼法非法求財物已，不自養安隱及父母、妻子、奴婢、作使，亦不供養沙門、梵志，令昇上與樂俱而受樂報，生天長壽。如是有一行欲人也。復次，居士！有一行欲人，法非法求索財物，彼法非法求財物已，能自養安隱及父母、妻子、奴婢、作使，而不供養沙門、梵志，令昇上與樂俱而受樂報，生天長壽。如是有一行欲人也。復次，居士！有一行欲人，法非法求索財物，彼法非法求財物已，能自養安隱及父母、妻子、奴婢、作使，亦供養沙門、梵志，令昇上與樂俱而受樂報，生天長壽。如是有一行欲人也。」

> 「さらに、在家の方々よ。ある種の欲に生きる人は、法にかなった方法でも、かなわない方法でも財産を求めます。そのようにして財産を得ても、自分自身や両親、妻、子供、召使い、使用人を安心して養うことはなく、また修行僧や聖者を供養して、彼らをより高い境地に導き、共に楽しい報いを受け、天に生まれて長寿を得ることもありません。これが第一の欲に生きる人です。 さらに、在家の方々よ。ある種の欲に生きる人は、法にかなった方法でも、かなわない方法でも財産を求めます。そのようにして財産を得て、自分自身や両親、妻、子供、召使い、使用人を安心して養うことはできますが、修行僧や聖者を供養して、彼らをより高い境地に導き、共に楽しい報いを受け、天に生まれて長寿を得ることはありません。これが第二の欲に生きる人です。 さらに、在家の方々よ。ある種の欲に生きる人は、法にかなった方法でも、かなわない方法でも財産を求めます。そのようにして財産を得て、自分自身や両親、妻、子供、召使い、使用人を安心して養い、さらに修行僧や聖者を供養して、彼らをより高い境地に導き、共に楽しい報いを受け、天に生まれて長寿を得ます。これが第三の欲に生きる人です。」

「復次，居士！有一行欲人，如法以道求索財物，彼如法以道求財物已，不自養安隱及父母、妻子、奴婢、作使，亦不供養沙門、梵志，令昇上與樂俱而受樂報，生天長壽。如是有一行欲人也。復次，居士！有一行欲人，如法以道求索財物，彼如法以道求財物已，能自養安隱及父母、妻子、奴婢、作使，而不供養沙門、梵志，令昇上與樂俱而受樂報，生天長壽。如是有一行欲行人也。

> さらに、在家の方々よ。ある種の欲望を持つ人は、正しい方法で財産を求めます。そのようにして財を得た後、自分自身や両親、妻、子、召使い、使用人を養いながらも、沙門（修行者）や梵志（清らかな人々）を供養せず、彼らを高めて共に楽を受け、楽の報いを得て天に生まれ長寿となることもありません。これが一つの欲望を持つ人のあり方です。 さらに、在家の方々よ。ある種の欲望を持つ人は、正しい方法で財産を求めます。そのようにして財を得た後、自分自身や両親、妻、子、召使い、使用人を養いますが、沙門（修行者）や梵志（清らかな人々）を供養せず、彼らを高めて共に楽を受け、楽の報いを得て天に生まれ長寿となることもありません。これが別の一つの欲望を持つ人のあり方です。

「復次，居士！有一行欲人，如法以道求索財物，彼如法以道求財物已，能自養安隱及父母、妻子、奴婢、作使，亦供養沙門、梵志，令昇上與樂俱而受樂報，生天長壽。得財物已，染著縛繳，繳已染著，不見災患，不知出要而用。如是有一行欲人也。復次，居士！有一行欲人，如法以道求索財物，彼如法以道求財物已，能自養安隱及父母、妻子、奴婢、作使，亦供養沙門、梵志，令昇上與樂俱而受樂報，生天長壽。得財物已，不染不著，不縛不繳，不繳已染著，見災患，知出要而用。如是有一行欲人也。

> また、居士よ、ある種の欲を楽しむ人がいる。彼は法に従い、正しい方法で財物を求める。そうして得た財物で、自らを養い安らかにし、父母、妻、子、召使い、使用人をも養う。また、沙門や梵志（修行者）を供養し、彼らをより高い境地へと導き、共に楽を受け、楽の報いを得、天に生まれ長寿を得る。しかし、財物を得た後、それに執着し、束縛され、絡め取られ、その危険を見ず、そこから脱する方法を知らずに用いる。これが、ある種の欲を楽しむ人である。 また、居士よ、さらに別の、ある種の欲を楽しむ人がいる。彼は法に従い、正しい方法で財物を求める。そうして得た財物で、自らを養い安らかにし、父母、妻、子、召使い、使用人をも養う。また、沙門や梵志を供養し、彼らをより高い境地へと導き、共に楽を受け、楽の報いを得、天に生まれ長寿を得る。そして、財物を得た後も、それに執着せず、束縛されず、絡め取られず、その危険を見極め、そこから脱する方法を知って用いる。これが、ある種の欲を楽しむ人である。

「居士！若有一行欲人，非法無道求索財物，彼非法無道求財物已，不自養安隱及父母、妻子、奴婢、作使，亦不供養沙門、梵志，令昇上與樂俱而受樂報，生天長壽者，此行欲人於諸行欲人為最下也。居士！若有一行欲人，法非法求索財物，彼法非法求財物已，自養安隱及父母、妻子、奴婢、作使，亦供養沙門、梵志，令昇上與樂俱而受樂報，生天長壽者，此行欲人於諸行欲人為最上也。

> 居士さん、もしある人が欲望に従って行動し、不正な手段で財産を求め、その財産を得ても、自分自身や両親、妻、子供、召使い、使用人を養うことなく、また修行者や聖者を供養して、彼らを高みへ導き、共に楽しみ、その報いとして天界に生まれ長寿を得ることもないなら、こうした欲望に従って行動する人は、欲望に従って行動する人々の中でも最も下等な者です。 居士さん、またもしある人が欲望に従って行動し、正しい方法と不正な方法の両方で財産を求め、その財産を得て、自分自身や両親、妻、子供、召使い、使用人を養い、さらに修行者や聖者を供養して、彼らを高みへ導き、共に楽しみ、その報いとして天界に生まれ長寿を得るなら、こうした欲望に従って行動する人は、欲望に従って行動する人々の中でも最も優れた者です。

「居士！若有一行欲人，如法以道求索財物，彼如法以道求財物已，自養安隱及父母、妻子、奴婢、作使，亦供養沙門、梵志，令昇上與樂俱而受樂報，生天長壽。得財物已，不染不著，不縛不繳，不繳已染著，見災患，知出要而用者，此行欲人於諸行欲人為最第一、最大、最上、最勝、最尊，為最妙也。猶如因牛有乳，因乳有酪，因酪有生酥，因生酥有熟酥，因熟酥有酥精，酥精者，為最第一、最大、最上、最勝、最尊，為最妙也。如是，居士！此行欲人於諸行欲人為最第一、最大、最上、最勝、最尊，為最妙也。」

> 居士よ、もしある人が欲を修行する者として、正しい方法で財産を求め、そのようにして得た財産で、まず自分自身を養い安んじ、さらに父母、妻、子、召使や使用人たちも養い、また沙門や梵志（修行者）を供養し、彼らをより高い境地に導いて喜びと共にあらせ、その喜びの報いを受け、天に生まれ長寿を得るならば、こうして財産を得た後、それに染まらず、執着せず、縛られず、とらわれず、その過患を見て、それを手放す方法を知って用いるならば、この欲を修行する人は、あらゆる欲を修行する人々の中で最も優れ、最も大きく、最も上であり、最も勝れ、最も尊く、最も優れた者である。 ちょうど、牛から乳が生じ、乳から酪（らく）が生じ、酪から生酥（しょうそ）が生じ、生酥から熟酥（じゅくそ）が生じ、熟酥から酥精（そしょう）が生じるように、酥精が最も優れ、最も大きく、最も上であり、最も勝れ、最も尊く、最も優れたものであるのと同じである。このように、居士よ、この欲を修行する人は、あらゆる欲を修行する人々の中で最も優れ、最も大きく、最も上であり、最も勝れ、最も尊く、最も優れた者なのである。

於是，世尊說此頌曰：

> そこで、世尊は次の偈を説かれました。

「若非法求財， 及法非法求，不供不自用， 亦不施為福，二俱皆有惡， 於行欲最下。若如法求財， 自身懃所得，供他及自用， 亦以施為福，二俱皆有德， 於行欲最上。若得出要慧， 行欲住在家，見災患知足， 節儉用財物，彼得出欲慧， 於行欲最上。」

> 「もしも、法（正しい道）に従わずに財を求め、あるいは法と非法（正・不正）を混ぜて求めるならば、他者に施さず、自らも用いず、また福徳のために施すこともない。そのような二つの行いは、いずれも悪であり、欲を楽しむ者のうちでも最下のものである。 もしも、法に従って財を求め、自ら努力して得たものを、他者に施し、自らも用い、また福徳のために施すならば、その二つの行いは、いずれも徳があり、欲を楽しむ者のうちでも最上のものである。 もしも、真の智慧を得て、欲を楽しみながらも在家に住み、災いや過ちを見て足ることを知り、慎み深く財を用いるならば、その人は欲を超える智慧を得た者であり、欲を楽しむ者のうちでも最上のものである。」

佛說如是。給孤獨居士及諸比丘，聞佛所說，歡喜奉行。

> 仏はこのようにお説きになりました。†給孤独居士と比丘たちは、仏の教えを聞いて、喜び、それに従って実践しました。

行欲經第十竟千二百五十三字

> 行欲経 第十 終わり<note>千二百五十三字</note>