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title: "中阿含經 · 130 教曇彌經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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### （一三〇）中阿含大品教曇彌經第十四第三念誦

> 第十四章 大品教曇彌経

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊舍衛國，在勝林給孤獨園。

> ある時、お釈迦さまは舎衛国に滞在され、勝林給孤独園におられました。

爾時，尊者曇彌為生地尊長，作佛圖主，為人所宗，凶暴急弊，極為麤惡，罵詈責數於諸比丘，因此故生地諸比丘皆捨離去，不樂住此。於是，生地諸優婆塞見生地諸比丘皆捨離去，不樂住此，便作是念：「此生地諸比丘以何意故，皆捨離去，不樂住此？」生地諸優婆塞聞此生地尊者曇彌生地尊長，作佛圖主，為人所宗，凶暴急弊，極為麤惡，罵詈責數於諸比丘，因此故生地諸比丘皆捨離去，不樂住此。生地諸優婆塞聞已，即共往詣尊者曇彌所，驅逐曇彌，令出生地諸寺中去。

> その時、尊者曇彌は生地の長たる存在であり、寺院の管理責任者として人々から敬われていた。しかし、彼は非常に荒々しく短気で、極めて粗暴であり、比丘たちに対して罵倒し責め立てた。そのため、生地の比丘たちは皆、彼のもとを離れ、そこに留まることを好まなくなった。そこで、生地の在家信者たちは、比丘たちが皆去ってしまい、そこに住みたくないと思っているのを見て、こう考えた。「なぜ生地の比丘たちは皆去ってしまい、ここに留まることを望まないのだろうか？」彼らは、尊者曇彌が生地の長であり、寺院の管理責任者として人々から敬われているが、その性格は荒々しく短気で、極めて粗暴であり、比丘たちを罵倒し責め立てているために、比丘たちが皆去ってしまったと聞いた。これを聞いた在家信者たちは、すぐに一緒に尊者曇彌のところへ赴き、彼を追い出し、生地のすべての寺院から去らせた。

於是尊者曇彌，為生地諸優婆塞所驅，令出生地諸寺中去，即攝衣持鉢遊行，往詣舍衛國，展轉進至舍衛國，住勝林給孤獨園。於是，尊者曇彌往詣佛所，稽首佛足，却坐一面，白曰：「世尊！我於生地諸優婆塞無所污、無所說、無所犯，然生地諸優婆塞橫驅逐我，令出生地諸寺中去。」

> そこで、尊者曇彌は生地の優婆塞たちに追い出され、生地の寺院を去ることになった。そこで彼は衣鉢を整えて遊行し、舎衛国へと向かい、やがて舎衛国に到着して勝林給孤独園に住んだ。その後、尊者曇彌は仏のもとへ赴き、仏の足に頭を接して礼拝し、一方に座って申し上げた。「世尊よ、私は生地の優婆塞たちに対して何も汚すことなく、何も語らず、何も犯しておりません。しかし、生地の優婆塞たちは私を不当に追い出し、生地の寺院を去らせたのです。」

彼時世尊告曰：「止止曇彌！何須說此？」

> その時、世尊はおっしゃいました。「もうよい、もうよい、曇彌よ。それをどうして語る必要があろうか。」

尊者曇彌叉手向佛再白曰：「世尊！我於生地諸優婆塞，無所污、無所說、無所犯，然生地諸優婆塞橫驅逐我，令出生地諸寺中去。」

> 尊者曇彌が合掌して仏に再び申し上げました。「世尊よ、私は生地の在家の信者たちに対して、何も汚さず、何も語らず、何も犯しておりません。それにもかかわらず、生地の在家の信者たちは一方的に私を追い出し、生地のすべての寺院から退出させました。」

世尊亦再告曰：「曇彌！往昔之時，此閻浮洲有諸商人，乘船入海持視岸鷹行，彼入大海不遠便放視岸鷹，若視岸鷹得至大海岸者，終不還船。若視岸鷹不得至大海岸者，便來還船。如是曇彌！為生地優婆塞所驅逐，令出生地諸寺故，便還至我所。止止曇彌！何須復說此？」

> 世尊はさらに告げられた。「曇彌よ、昔、この閻浮提に商人たちがいて、船に乗って海に入る際に、海岸を見張る鷹を連れて行った。彼らは海に入って遠くない場所で、その海岸を見張る鷹を放した。もしその鷹が大海の岸にたどり着けるならば、決して船に戻ってはこない。もしその鷹が大海の岸にたどり着けないならば、船に戻ってくる。これと同じように、曇彌よ、あなたは生地の在家信者たちに追い出され、生地の寺院から出されたために、私のもとに戻ってきたのだ。もうよい、曇彌よ。何も改めて語る必要はない。」

尊者曇彌復三白曰：「世尊！我於生地諸優婆塞，無所污、無所說、無所犯，然生地諸優婆塞橫驅逐我，令出生地諸寺中去。」

> 尊者曇彌がさらに三度申し上げました。「世尊よ、私は生地の優婆塞たちに対して、何も汚すことなく、何も言うことなく、何も犯しておりません。それにもかかわらず、生地の優婆塞たちは私を不当に追い出し、生地の諸寺院から去らせました。」

世尊亦復三告曰：「曇彌！汝住沙門法，為生地諸優婆塞所驅逐，令出生地諸寺耶？」

> 世尊もまた三度おっしゃいました。「曇彌よ、あなたは沙門の道に生きながら、生地の在家信者たちに追い出され、生地の諸々の寺院から追われることとなったのですか？」

於是，尊者曇彌即從座起，叉手向佛，白曰：「世尊！云何沙門住沙門法？」

> そこで、尊者ダミは座を立ち、合掌して仏に向かい、こう申し上げました。「世尊よ。どのようにして修行者は修行者の道に安住するのでしょうか。」

世尊告曰：「曇彌！昔時有人壽八萬歲。曇彌！人壽八萬歲時，此閻浮洲極大富樂，多有人民，村邑相近，如鷄一飛。曇彌！人壽八萬歲時，女年五百歲乃嫁。曇彌！人壽八萬歲時，有如是病，大便、小便、欲、不食、老。曇彌！人壽八萬歲時，有王名高羅婆，聰明智慧，為轉輪王，有四種軍，整御天下，如法法王成就七寶。彼七寶者，輪寶、象寶、馬寶、珠寶、女寶、居士寶、主兵臣寶，是為七。具足千子，顏貌端政，勇猛無畏，能伏他眾，彼必統領此一切地乃至大海，不以刀杖，以法治化，令得安隱。

> 世尊は仰せになった。「曇彌よ、昔、人間の寿命が八万歳の時代があった。曇彌よ、その寿命八万歳の時代、この閻浮洲は非常に豊かで安楽であり、人々は多く、村々は近接していて、まるで鶏がひと飛びする距離であった。曇彌よ、その寿命八万歳の時代、女性は五百歳になってから嫁いだ。曇彌よ、その寿命八万歳の時代には、次のような病があった。すなわち、大便、小便、欲望、食欲不振、老いである。曇彌よ、その寿命八万歳の時代に、高羅婆という名の王がいた。彼は聡明で智慧があり、転輪王であり、四種の軍を有し、天下を統治し、法に従う法王として七宝を成就していた。その七宝とは、輪宝、象宝、馬宝、珠宝、女宝、居士宝、主兵臣宝であり、これらが七つである。また、彼には千人の王子がおり、顔かたちは端正で、勇猛にして恐れることなく、他の者たちを従わせることができた。彼は必ずやこの全地を、大海に至るまで、刀杖を用いることなく、法によって治め、人々を安穏に導いたのである。」

「曇彌！高羅婆王有樹，名善住尼拘類王。曇彌！善住尼拘類樹王而有五枝，第一枝者，王所食及皇后。第二枝者，太子食及諸臣。第三枝者，國人民食。第四枝者，沙門、梵志食。第五枝者，禽獸所食。曇彌！善住尼拘類樹王果大如二升瓶，味如淳蜜丸。曇彌！善住尼拘類樹王果無有護者，亦無更相偷。有一人來，饑渴極羸，顏色憔悴，欲得食果，往至善住尼拘類樹王所，飽噉果已，毀折其枝，持果歸去。善住尼拘類樹王，有一天依而居之，彼作是念：『閻浮洲人異哉！無恩無有反復。所以者何？從善住尼拘類樹王飽噉果已，毀折其枝，持果歸去，寧令善住尼拘類樹王無果不生果。』善住尼拘類樹王即無果，亦不生果。」

> 曇彌よ、高羅婆王が所有する「善住尼拘類樹王」という木がある。 曇彌よ、この善住尼拘類樹王には五本の枝がある。 第一の枝の実は、王と后妃が食べる。 第二の枝の実は、太子と家臣たちが食べる。 第三の枝の実は、国の民が食べる。 第四の枝の実は、修行者や聖者が食べる。 第五の枝の実は、鳥や獣が食べる。 曇彌よ、善住尼拘類樹王の実は、二升入りの瓶ほどの大きさで、その味は純粋な蜜の球のように甘い。 曇彌よ、その実には守る者もなく、盗み合うこともなかった。 そこにある人がやって来た。飢えと渇きに極度にやせ細り、顔色は青ざめ、実を食べたいと思った。 彼は善住尼拘類樹王のもとへ行き、実を腹いっぱい食べた後、枝を折り曲げて、実を持って帰ってしまった。 善住尼拘類樹王には、一人の天が住み着いていた。その天はこう思った。 「閻浮提（人間界）の人々は、なんと恩知らずで、報いる心がないことか。 なぜなら、善住尼拘類樹王から実を腹いっぱい食べておきながら、枝を折り曲げ、実を持ち帰るとは。 それならば、善住尼拘類樹王に実をならせず、実を生ませないようにしよう。」 すると、善住尼拘類樹王は実をつけなくなり、その後も実を生じなくなった。

「復有一人來，饑渴極羸，顏色憔悴，欲得噉果，往詣善住尼拘類樹王所，見善住尼拘類樹王無果，亦不生果，即便往詣高羅婆王所，白曰：『天王！當知善住尼拘類樹王無果，亦不生果。』高羅婆王聞已，猶如力士屈伸臂頃，如是高羅婆王於拘樓瘦沒，至三十三天，住天帝釋前，白曰：『拘翼！當知善住尼拘類樹王無果，亦不生果。』於是，天帝釋及高羅婆王猶如力士屈伸臂頃，如是天帝釋及高羅婆王於三十三天中沒，至拘樓瘦。去善住尼拘類樹王不遠住，天帝釋作如其像如意足，以如其像如意足化作大水暴風雨，作大水暴風雨已，善住尼拘類樹王拔根倒竪。

> ある人が来て、飢えと渇きに耐え、ひどくやつれ、顔色も青ざめていました。その人は果物を食べたいと願い、善住尼拘類樹王のもとへ行きました。しかし、そこには果実がなく、実もなっていませんでした。そこで、その人は高羅婆王のもとへ行き、こう告げました。「天王よ、ご存知のとおり、善住尼拘類樹王には果実がなく、実もなっておりません。」これを聞いた高羅婆王は、力士が腕を伸ばしたり曲げたりするほどの瞬時に、閻浮提を離れて三十三天へと昇り、天帝釈の前に立って申し上げました。「拘翼よ、ご存知のとおり、善住尼拘類樹王には果実がなく、実もなっておりません。」すると、天帝釈と高羅婆王は、力士が腕を伸ばしたり曲げたりするほどの瞬時に、三十三天を離れて閻浮提に降り立ちました。そして、善住尼拘類樹王から遠くない場所に留まりました。天帝釈は、その神通力によって、大雨と暴風雨を起こしました。その大雨と暴風雨の後、善住尼拘類樹王は根を抜かれて、逆さまに倒れてしまいました。

「於是，善住尼拘類樹王居止樹天，因此故，憂苦愁慼，啼泣垂淚，在天帝釋前立。天帝釋問曰：『天！汝何意憂苦愁慼，啼泣垂淚，在我前立耶？』彼天白曰：『拘翼！當知大水暴風雨，善住尼拘類樹王拔根倒竪。』時，天帝釋告彼樹天曰：『天！汝樹天住樹天法，大水暴風雨，善住尼拘類樹王拔根倒竪耶？』樹天白曰：『拘翼！云何樹天住樹天法耶？』天帝釋告曰：『天！若使人欲得樹根，持樹根去，欲得樹莖、樹枝、樹葉、樹華、樹果持去者，樹天不應瞋恚，不應憎嫉，心不應恨。樹天捨意而住樹天，如是樹天住樹天法。』

> その時、善住尼拘類樹の王にとどまる天の神がいました。そのため、彼は憂い苦しみ悲しみ、涙を流して泣き、天帝釈の前に立っていました。天帝釈が尋ねました。「天よ、なぜお前は憂い苦しみ悲しみ、涙を流して泣き、私の前に立っているのか。」その天の神が答えました。「拘翼よ、知ってください。大雨と暴風雨によって、善住尼拘類樹の王は根こそぎにされて倒れてしまいました。」その時、天帝釈はその樹の神に言いました。「天よ、お前は樹の神として樹の神の道に従っているのか。大雨と暴風雨によって、善住尼拘類樹の王が根こそぎにされて倒れたのか。」樹の神が尋ねました。「拘翼よ、では樹の神が樹の神の道に従うとは、どういうことですか。」天帝釈は告げました。「天よ、もし人が樹の根を欲しがって持ち去ろうとし、茎や枝、葉、花、果実を持ち去ろうとしても、樹の神は怒ってはならず、憎んだり嫉んだりしてはならず、心に恨みを持ってはならない。樹の神はこだわりを捨てて樹の神としてとどまること、これが樹の神の道に従うということなのだ。」

「天復白曰：『拘翼！我樹天不住樹天法，從今日始樹天住樹天法，願善住尼拘類樹王還復如本。』於是，天帝釋作如其像如意足，作如其像如意足已，復化作大水暴風雨，化作大水暴風雨已，善住尼拘類樹王即復如故。如是，曇彌！若有比丘罵者不罵，瞋者不瞋，破者不破，打者不打。如是，曇彌！沙門住沙門法。」

> 天が答えて言いました。「拘翼（クシャカ）よ、私は樹天でありながら、樹天の法に従って生きていませんでした。今日からは、樹天の法に従って生きます。どうか、善住尼拘類樹王（スジャータ・ニグローダ樹王）が元のように戻って、しっかりとお鎮まりくださいませ。」そこで、天帝釈（シャクラ）は、そのような神通力（如意足）を現しました。その神通力を現した後、さらに大水と暴風雨を起こしました。大水と暴風雨を起こした後、善住尼拘類樹王はすぐに元の姿に戻りました。 このように、曇弥（ダンミカ）よ。もし比丘が、罵られても罵り返さず、怒られても怒り返さず、破られても破り返さず、打たれても打ち返さないならば、そのようにして、曇弥よ、沙門（修行者）は沙門の法に従って生きるのです。

於是，尊者曇彌即從坐起，偏袒著衣，叉手向佛，啼泣垂淚，白曰：「世尊！我非沙門住沙門法，從今日始沙門住沙門法。」

> そこで、尊師ダンマが座を立ち、衣を肩にかけ、合掌して仏に向かい、涙を流しながらこう申し上げた。 「世尊よ、私は今まで修行者としての道を歩んでおりませんでした。しかし本日より、真の修行者としての歩みを始めます。」

世尊告曰：「曇彌！昔有大師，名曰善眼，為外道仙人之所師宗，捨離欲愛，得如意足。曇彌！善眼大師有無量百千弟子。曇彌！善眼大師為諸弟子說梵世法。曇彌！若善眼大師為說梵世法時，諸弟子等有不具足奉行法者，彼命終已，或生四王天，或生三十三天，或生㷿磨天，或生兜率哆天，或生化樂天，或生他化樂天。曇彌！若善眼大師為說梵世法時，諸弟子等設有具足奉行法者，彼修四梵室，捨離於欲，彼命終已，得生梵天。曇彌！彼時善眼大師而作是念：『我不應與弟子等同俱至後世，共生一處，我今寧可更修增上慈，修增上慈已，命終得生晃昱天中。』

> 世尊は仰せになった。「曇弥よ、昔、善眼という名の偉大な師がいた。彼は外道の仙人たちから師として仰がれ、欲望や愛著を捨て去り、思いのままに自在な境地（如意足）を得ていた。曇弥よ、善眼の大師には無数の弟子たちがいた。曇弥よ、善眼の大師は弟子たちに梵天の世界（梵世）の教えを説いた。曇弥よ、善眼の大師が梵天の世界の教えを説いた時、その教えを十分に実践しなかった弟子たちは、命を終えた後に、四王天、三十三天、焔摩天、兜率天、化楽天、他化自在天に生まれる者もいた。曇弥よ、善眼の大師が梵天の世界の教えを説いた時、その教えを十分に実践した弟子たちは、四つの梵天の境地（四梵室）を修め、欲望を捨て去り、命を終えた後に梵天に生まれた。曇弥よ、その時、善眼の大師はこう考えた。『私は弟子たちと共に同じ場所に生まれて、同じ来世を迎えるべきではない。今こそさらに勝れた慈しみ（増上慈）を修めよう。増上慈を修めたなら、命を終えた後に晃昱天に生まれるであろう。』」

「曇彌！彼時善眼大師則於後時更修增上慈，修增上慈已，命終得生晃昱天中。曇彌！善眼大師及諸弟子學道不虛，得大果報，如善眼大師，如是牟犁破群那、阿羅那遮婆羅門、瞿陀梨舍哆、害提婆羅摩納、儲提摩麗橋鞞陀邏，及薩哆富樓奚哆。

> 曇彌よ。その善眼大師は、のちにさらに深い慈しみの心を修行し、その修行を終えて命終した後、輝く天界に生まれました。 曇彌よ。善眼大師とその弟子たちは、道を学ぶことが無駄ではなく、大きな果報を得ました。 善眼大師と同じように、牟犁破群那、阿羅那遮婆羅門、瞿陀梨舍哆、害提婆羅摩納、儲提摩麗橋鞞陀邏、そして薩哆富楼奚哆もまた、同様です。

「曇彌！七富樓奚哆師亦有無量百千弟子。曇彌！七富樓奚哆師為諸弟子說梵世法。若七富樓奚哆師為說梵世法時，諸弟子等有不具足奉行法者，彼命終已，或生四王天，或生三十三天，或生㷿磨天，或生兜率哆天，或生化樂天，或生他化樂天。若七富樓奚哆師為說梵世法時，諸弟子等設有具足奉行法者，彼修四梵室，捨離於欲，彼命終已，得生梵天。曇彌！七富樓奚哆師而作是念：『我不應與弟子等同俱至後世，共生一處，我今寧可更修增上慈，修增上慈已，命終得生晃昱天中。』

> 曇弥よ。七富楼奚哆師にも、無量百千の弟子がいました。曇弥よ。七富楼奚哆師は弟子たちに、梵天の世界に至る法を説きました。七富楼奚哆師が梵天の法を説いた時、その教えを完全に守り実践しなかった弟子たちは、命を終えた後、ある者は四王天に生まれ、ある者は三十三天に、あるいは焔摩天に、あるいは兜率天に、あるいは化楽天に、あるいは他化自在天に生まれました。しかし、七富楼奚哆師が梵天の法を説いた時、その教えを完全に守り実践した弟子たちは、四つの梵住（慈・悲・喜・捨）を修めて欲を離れ、命を終えた後、梵天に生まれました。曇弥よ。そこで七富楼奚哆師はこう考えました。『私は弟子たちと共に、後に同じ世界に生まれるべきではない。今こそさらに増上慈（より深い慈しみ）を修めよう。増上慈を修めて命を終えれば、晃昱天（輝く天界）に生まれるであろう。』

「曇彌！彼時七富樓奚哆師則於後時更修增上慈，修增上慈已，命終得生晃昱天中。曇彌！七富樓奚哆師及諸弟子學道不虛，得大果報。曇彌！若有罵彼七師及無量百千眷屬，打破瞋恚責數者，必受無量罪。若有一成就正見佛弟子比丘得小果，罵詈打破瞋恚責數者，此受罪多於彼。是故，曇彌！汝等各各更迭相護。所以者何？離此過已，更無有失。」

> 「曇弥よ。その時、七人の富楼奚哆師は、後にさらに増上慈（より高次の慈しみ）を修めた。増上慈を修め終えて、命終の後、晃昱天（こういくてん）に生まれた。曇弥よ。七人の富楼奚哆師とその弟子たちは、道を学んで虚しくなく、大きな果報を得た。曇弥よ。もし、それら七人の師と無量の百千の眷属を罵り、打ち壊し、怒って責め立てる者がいれば、必ず無量の罪を受ける。しかし、もし一人の正見を成就した仏弟子の比丘が小さな果報を得ている者を罵り、打ち壊し、怒って責め立てるならば、その受ける罪は、それよりも大きい。それゆえ、曇弥よ、あなたがたは互いに護り合いなさい。なぜならば、この過ちを離れてしまえば、もはや失うことはないからである。」

於是，世尊說此偈曰：

> そこで、世尊は次の偈（うた）を説かれました。

「須涅、牟梨破群那、　阿邏那遮婆羅門、　瞿陀梨舍哆、　害提婆羅摩納、　儲提摩麗橋鞞陀邏、　薩哆富樓奚哆。

> 須涅（太陽）よ、牟梨破群那（月光）よ、 阿邏那遮の婆羅門よ、瞿陀梨舍哆よ、 害提婆のマーナヴァよ、 儲提摩麗よ、橋鞞陀邏（賢者）よ、 サッタよ、プッラのゴータマよ。

「此在過去世， 七師有名德，無愛縛樂悲， 欲結盡過去。彼有諸弟子， 無量百千數，彼亦離欲結， 須臾不究竟。若彼外仙人， 善護行苦行，心中懷憎嫉， 罵者受罪多。若一得正見， 佛子住小果，罵詈責打破， 受罪多於彼。是故汝曇彌， 各各更相護，所以更相護， 重罪無過是。如是甚重苦， 亦為聖所惡，必得受惡色， 橫取邪見處。此是最下人， 聖法之所說，謂未離婬欲， 得微妙五根。信精進念處， 正定及正觀，如是得此苦， 前所受其殃。自受其殃已， 於後便害他，若能自護者， 彼為能護外。是故當自護， 慧者無央樂。」

> 過去世において七人の師は名高く徳あり、 愛欲の束縛なく、楽しみと悲しみを超え、 すべての欲望の結びつきを断ち切っていた。 彼らには無数の弟子たちがいた―― 何百、何千という数であったが、 彼らもまた欲望の束縛を離れていたわけではなく、 ほんの一時、完全には至らなかった。 もし外道の仙人たちが、慎み深く苦行を修めていても、 心の内に憎しみと嫉妬を抱いていれば、 罵る者には大きな罪が生じる。 もし一人の正しい見解を得た仏弟子が、小さな果報に安住している者を 罵り、責め、打ち、傷つければ、 その者が受ける罪は、それよりはるかに大きい。 だからこそ、あなた方曇弥（修行者）よ、 互いに守り合いなさい。 互いに守り合うべき理由とは、 これに勝る重い罪はないからである。 このような非常に重い苦しみは、 聖者たちにも嫌われるものである。 必ずや醜い姿を受け、 間違った邪見の世界に堕ちるであろう。 これは最も低い者の教えである―― 聖法が説くところによれば、 まだ婬欲を離れていない者が、 微妙な五つの根（信・精進・念・定・慧）を得るという。 たとえそうであっても、この苦しみを受けるならば、 先に自らがその災いを受けることになる。 自らがその災いを受けたならば、 その後、他者をも害するようになる。 もし自分自身をよく守ることができるならば、 その人は他者をも守ることができるのだ。 ゆえに、自らを守りなさい。 智慧ある者には、限りない安らぎがある。

佛說如是。尊者曇彌及諸比丘，聞佛所說，歡喜奉行。

> 仏はこのようにお説きになりました。尊者の曇彌と比丘たちは、仏の説法を聞いて、喜び、教えの通りに実践しました。

教曇彌經第十四竟二千四百二十四字

> 『教曇彌経』第十四終わり<note>二千四百二十四字</note>