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title: "中阿含經 · 131 降魔經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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### （一三一）中阿含大品降魔經第十五第三念誦

> （一三一）中阿含 大品 降魔経 第十五<note>第三念誦</note>

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊婆奇瘦，在鼉山怖林鹿野園中。

> ある時、仏陀はバーキーの地を巡り、蛇山の怖林の鹿野園に滞在しておられました。

爾時，尊者大目犍連教授為佛而作禪屋，露地經行。彼時，魔王化作細形，入尊者大目揵連腹中。於是，尊者大目犍連即作是念：「我今腹中猶如食豆，我寧可入如其像定，以如其像定自觀其腹。」是時，尊者大目犍連至經行道頭，敷尼師檀，結跏趺坐，入如其像定，以如其像定自觀其腹，尊者大目犍連便知魔王在其腹中。

> その時、尊者大目犍連は、仏のために坐禅小屋を整え、露地で経行していました。そのとき、魔王は小さな姿に変身して、尊者大目犍連の腹の中に入り込みました。そこで、尊者大目犍連はこう思いました。「今、私の腹の中はまるで豆を食べたように感じられる。私は入定して、その定力で自分の腹を観察してみよう。」そして、尊者大目犍連は経行の小道の端に坐具を敷き、結跏趺坐して入定し、その定力で自らの腹を観察すると、魔王が腹の中にいるのを知りました。

尊者大目犍連即從定寤，語魔王曰：「汝波旬出！汝波旬出！莫觸嬈如來，亦莫觸嬈如來弟子，莫於長夜無義無饒益，必生惡處，受無量苦。」

> 尊者大目犍連は禅定から覚めて、魔王に言いました。「お前、波旬よ、出て来い！出て来い！如来を悩ませてはならない。如来の弟子たちも悩ませてはならない。長い夜の間、無意味で利益のないことをして、必ず悪い場所に生まれ、限りのない苦しみを受けることになる。」

彼時，魔王便作是念：「此沙門不見不知而作是說：『汝波旬出！汝波旬出！莫觸嬈如來，亦莫觸嬈如來弟子，莫於長夜無義無饒益，必生惡處，受無量苦。』汝之尊師有大如意足，有大威德，有大福祐，有大威神，彼猶不能速知速見，況復弟子能知見耶？」

> その時、悪魔はこう考えました。「この修行僧は、見てもいないのに、知ってもいないのに、こう言っている。『出ていけ、悪魔よ！出ていけ、悪魔よ！如来を悩ませるな、如来の弟子たちも悩ませるな。長い夜の間、無意味で利益もなく、きっと悪い場所に生まれ、計り知れない苦しみを受けることになるぞ。』お前の尊い師匠は、大きな自在の力を持ち、大きな威徳を持ち、大きな福徳を持ち、大きな威神力を持っている。それでも、彼は素早く知り、素早く見ることができない。ましてや、弟子たちにそんなことができようか？」

尊者大目揵連復語魔王：「我復知汝意，汝作是念：『此沙門不知不見而作是說：「汝波旬出！汝波旬出！莫觸嬈如來，亦莫觸嬈如來弟子，莫於長夜無義無饒益，必生惡處，受無量苦。汝之尊師有大如意足，有大威德，有大福祐，有大威神，彼猶不能如是速知速見，況復弟子能知見耶？」』」

> 尊者大目犍連はさらに魔王に言った。「私はあなたの心もまた知っている。あなたはこう考えているだろう。『この修行者は、見もせず知りもしないのに、こう言っている。「悪魔よ、出て行け。悪魔よ、出て行け。如来を煩わすな。また如来の弟子たちをも煩わすな。長い夜の間にも、無意味で利益もなく、必ず悪い場所に生まれ変わり、計り知れない苦しみを受けることになる。あなたの師匠は大きな自在力を持ち、大きな威徳、大きな福徳、大きな威神力を持っている。それでも彼はこれほど素早く知り、見ることはできない。ましてや弟子にそんなことができようか」と。』」

彼魔波旬復作是念：「今此沙門知見我故，而作是說耳。」於是，魔波旬化作細形，從口中出，在尊者大目犍連前立。

> 魔の波旬はまたこう思った。「今、この沙門は私を見て知っているから、そのように言うのだ。」そこで、魔の波旬は小さな姿に変身し、口から出て、尊者大目犍連の前に立った。

尊者大目揵連告曰：「波旬！昔有如來名覺礫拘荀大無所著、等正覺，我時作魔，名曰惡，我有妹，名黑，汝是彼子。波旬！因此事故，汝是我𡖦甥。波旬！覺礫拘荀大如來、無所著、等正覺有二大弟子，一者名音，二者名想。波旬！以何義故，尊者音名音耶？波旬！尊者音住梵天上，以常音聲滿千世界，更無有弟子音聲與彼等者、相似者、勝者。波旬！以是義故，尊者音名音也。

> 尊者の大目揵連が告げられた。「波旬よ、昔、釈迦牟尼如来・無所著・等正覚という名の覚者がおられた。その時、私は悪という名の魔であり、私には黒という名の妹がいた。お前はその子である。波旬よ、このような理由から、お前は私の甥にあたる。波旬よ、その覚者には二人の大いなる弟子がいた。一人は音と名づけられ、もう一人は想と名づけられた。波旬よ、なぜ尊者の音が『音』と呼ばれるのか。波旬よ、尊者音は梵天の天界に住み、常にその音声で千の世界を満たしていた。彼の音声に並ぶ者、似る者、勝る者は、他の弟子にはいなかった。波旬よ、このような理由から、尊者音は『音』と呼ばれるのである。

「波旬！復以何義尊者想名想耶？波旬！尊者想所依遊行村邑，過夜平旦，著衣持鉢，入村乞食，善護其身，善攝諸根，立於正念。彼乞食已，食訖，中後收舉衣鉢，澡洗手足，以尼師檀著於肩上，至無事處，或至山林樹下，或至閑居靜處，敷尼師檀，結加趺坐，速入想知滅定。彼時，若有放牛羊人、取樵草人，或行路人，入彼山林，人見入想知滅定，便作是念：『今此沙門於無事處坐而命終，我等寧可以燥樵、草拾已，積聚覆其身上而耶維之。』即拾樵、草積覆其身，以火然之，便捨而去。彼尊者想過夜平旦，從定寤起，抖擻衣服，所依村邑遊行，如常著衣，持鉢入村乞食，善護其身，善攝諸根，立於正念。彼放牛羊人、取樵草人，或行路人，入彼山林人先見者，便作是念：『今此沙門在無事處坐坐而命終，我等昨已拾燥樵、草積覆其身，以火燒之，然已而去。然此賢者更復想也。』波旬！以是義故，尊者想名想也。

> 「波旬、このような理由から、尊者は「想」という名で呼ばれるのです。 波旬よ、「想」という尊者が村や町を巡り歩き、夜が明けて朝になると、衣をまとい、鉢を持って村に托鉢に入ります。身をよく守り、諸々の感覚器官をよく制御し、正しい念を保ちます。托鉢を終え、食事を済ませた後、衣と鉢をしまい、手と足を洗い、坐具を肩にかけて、静かな場所、あるいは山林の木陰、あるいは閑静な孤独の場所に行き、坐具を敷いて、結跏趺坐し、速やかに想と知を滅する定（想知滅定）に入ります。 その時、もし牛飼いや羊飼い、薪や草を集める人、あるいは旅人がその山林に入り、想知滅定に入っている尊者を見て、こう思います。『今、この沙門は静かな場所に座って命を終えている。私たちが乾いた薪や草を拾い集め、彼の身体の上に積み重ねて荼毘に付すのが良いだろう。』そうして薪や草を拾い集めて身体の上に積み、火をつけて立ち去ります。 夜が明け朝になると、その「想」という尊者は定から目覚め、衣のほこりをはたき落とし、再び村や町を巡り歩き、いつものように衣をまとい、鉢を持って村に托鉢に入り、身をよく守り、諸々の感覚器官をよく制御し、正しい念を保ちます。すると、先に彼を見た牛飼いや羊飼い、薪や草を集める人、あるいは旅人は、こう思います。『今、この沙門は静かな場所に座って命を終えていた。我々は昨日、乾いた薪や草を拾い集め、身体の上に積み重ね、火をつけてから立ち去った。しかしこの尊い方は、さらにまた「想う」のだ（生きておられるのだ）。』 波旬よ、このような理由から、尊者は「想（想う者）」という名で呼ばれるのです。」

「波旬！彼時惡魔便作是念：『此禿沙門以黑所縛，斷種無子，彼學禪，伺、增伺、數數伺，猶若如驢，竟日負重，繫在櫪上，不得麥食，為彼麥故，伺、增伺、數數伺。如是，此禿沙門為黑所縛，斷種無子，學禪，伺、增伺、數數伺，猶如猫子在鼠穴邊，欲捕鼠故，伺、增伺、數數伺。如是，此禿沙門為黑所縛，斷種無子，彼學禪，伺、增伺、數數伺，猶如鵂狐在燥樵積間，為捕鼠故，伺、增伺、數數伺。如是，此禿沙門為黑所縛，斷種無子，學禪，伺、增伺、數數伺，猶如鶴鳥在水岸邊，為捕魚故，伺、增伺、數數伺。如是，此禿沙門為黑所縛，斷種無子，學禪，伺、增伺、數數伺。彼何所伺？為何義伺？求何等伺？彼調亂狂發敗壞，我不知彼何所從來？亦不知彼何所從去？亦不知住止，不知死不知生，我寧可教勅梵志、居士，汝等共來罵詈精進沙門，打破責數。所以者何？或罵打破責數時，儻能起惡心，令我得其便。』

> 魔よ、その時、悪魔はこう考えた。『この禿げ頭の沙門（修行者）は、黒い煩悩に縛られ、家系を断ち子を残さず、あの者は坐禅を学んでいる。そして、待ち構え、執拗に待ち構え、しつこく待ち構えている。まるで驢馬が、一日中重荷を負わされ、係蹄に繋がれ、麦さえも得られず、その麦のために待ち構え、執拗に待ち構え、しつこく待ち構えるように。それと同じように、この禿げ頭の沙門は黒い煩悩に縛られ、家系を断ち子を残さず、坐禅を学び、待ち構え、執拗に待ち構え、しつこく待ち構えている。まるで猫が鼠穴のそばで、鼠を捕らえようとして待ち構え、執拗に待ち構え、しつこく待ち構えるように。それと同じように、この禿げ頭の沙門は黒い煩悩に縛られ、家系を断ち子を残さず、坐禅を学び、待ち構え、執拗に待ち構え、しつこく待ち構えている。まるで梟が乾いた薪の山の間で、鼠を捕らえようとして待ち構え、執拗に待ち構え、しつこく待ち構えるように。それと同じように、この禿げ頭の沙門は黒い煩悩に縛られ、家系を断ち子を残さず、坐禅を学び、待ち構え、執拗に待ち構え、しつこく待ち構えている。まるで鶴が水辺で、魚を捕らえようとして待ち構え、執拗に待ち構え、しつこく待ち構えるように。それと同じように、この禿げ頭の沙門は黒い煩悩に縛られ、家系を断ち子を残さず、坐禅を学び、待ち構え、執拗に待ち構え、しつこく待ち構えている。あの者は、いったい何を待ち構えているのか？何のために待ち構えているのか？何を求めて待ち構えているのか？あの者は乱心し、狂乱し、敗れ去るだろう。私は、あの者がどこから来たのかも知らず、どこへ去ったのかも知らず、その住まいも、死も生も知らない。ならば、私はバラモンや在家の者たちに命じよう。「あなたたちは共に来て、精進する沙門を罵り、打ち叩き、非難しなさい」と。なぜなら、彼らが罵り、打ち叩き、非難する時、もしもそれによって沙門に怒りの心が生じれば、私はその隙に乗じて捕らえることができるからである。』

「波旬！彼時惡魔便教勅梵志、居士，彼梵志、居士罵詈精進沙門，打破責數。彼梵志、居士或以木打，或以石擲，或以杖撾，或傷精進沙門頭，或裂壞衣，或破應器。爾時，梵志、居士若有死者，因此緣此，身壞命終，必至惡處，生地獄中。彼生已，作是念：『我應受此苦，當復更受極苦過是。所以者何？以我等向精進沙門行惡行故。』

> 「波旬よ。その時、悪魔はバラモンや在家の者たちに教え命じた。それらのバラモンや在家の者たちは、修行に励む沙門（僧）を罵り、打ち据え、責めさいなんだ。彼らは木で打ち、石を投げ、杖で殴り、修行者の頭を傷つけ、衣を裂き、鉢を壊した。 その時、バラモンや在家の者たちの中に命を落とす者がいたなら、その原因によって、身が滅び命が終わった後、必ず悪いところ、すなわち地獄に生まれ落ちた。そしてそこで、こう思った。『我々はこの苦しみを受けるべきであり、さらにこの何倍もの極めて大きな苦しみを受けねばならない。なぜなら、我々は修行に励む沙門に対して悪い行いをしたからだ』と。」

「波旬！覺礫拘荀大如來、無所著、等正覺弟子用傷其頭，裂壞其衣，破其應器已，往詣覺礫拘荀大如來、無所著、等正覺所。爾時，覺礫拘荀大如來、無所著、等正覺無量百千眷屬圍遶而為說法。覺礫拘荀大如來、無所著、等正覺遙見弟子頭傷、衣裂、鉢破而來，見已，告諸比丘：『汝等見不？惡魔教勅梵志、居士：「汝等共來罵詈精進沙門，打破嘖數。所以者何？或罵打破責數時，儻能起惡心，令我得其便。」比丘！汝等當以心與慈俱，遍滿一方成就遊。如是二三四方、四維上下，普周一切，心與慈俱，無結無怨，無恚無諍，極廣甚大，無量善修，遍滿一切世間成就遊。如是悲、喜心與捨俱，無結無怨，無恚無諍，極廣甚大，無量善修，遍滿一切世間成就遊，令惡魔求便不能得便。』

> 波旬よ。覚礫拘荀大如来（訳注：過去仏の名）、阿羅漢、正等覚者の弟子が頭を傷つけられ、衣を裂かれ、応器（おうき、鉢）を破られた後、覚礫拘荀大如来、阿羅漢、正等覚者のもとへやって来ました。その時、覚礫拘荀大如来は無数の百千の眷属に囲まれて説法をされていました。覚礫拘荀大如来は遠くから弟子が頭を傷つけられ、衣を裂かれ、鉢を破られて来るのをご覧になり、諸比丘に告げました。「あなたたちは見ないか。悪魔がバラモンや在家の者たちにこう命じている。『あなたたちは皆で来て、精進する修行者を罵り、打ち壊し、責め立てよ。なぜなら、罵ったり打ち壊したり責め立てる時に、もし彼らに悪心が生じれば、私はその機会を得ることができるからだ。』比丘たちよ。あなたがたは心を慈しみと共にし、一方の方向に遍く満たして安住しなさい。そのように第二、第三、第四の方向、上下、四方すべてを、心を慈しみと共にし、束縛なく、怨みなく、怒りなく、争いなく、極めて広く甚大で、無量に善く修め、一切の世間に遍く満たして安住しなさい。同様に、悲しみ、喜び、捨てる心もまた、束縛なく、怨みなく、怒りなく、争いなく、極めて広く甚大で、無量に善く修め、一切の世間に遍く満たして安住しなさい。そうすれば、悪魔が機会を求めても、その機会を得ることができないだろう。」

「波旬！覺礫拘荀大如來、無所著、等正覺以此教教諸弟子，彼即受教，心與慈俱，遍滿一方成就遊。如是二三四方、四維上下，普周一切，心與慈俱，無結無怨，無恚無諍，極廣甚大，無量善修，遍滿一切世間成就遊。如是悲喜心與捨俱，無結無怨無恚無諍，極廣甚大，無量善修，遍滿一切世間成就遊。以此故，彼惡魔求便不能得便。

> 波旬よ。覚礫拘荀大如来、無所著、等正覚は、弟子たちにこう教えられた。彼らはその教えを受け、慈しみの心と共に、一方向を満たして遊行した。さらに、二方向、三方向、四方向、そして上下、四方すべてにわたって、あまねく一切を行き渡らせ、慈しみの心と共に、こだわりなく、怨みなく、怒りなく、争いなく、極めて広く大きく、無量に善く修め、一切の世間を満たして遊行した。このように、悲しみの心、喜びの心、そして捨てる心も同様に、こだわりなく、怨みなく、怒りなく、争いなく、極めて広く大きく、無量に善く修め、一切の世間を満たして遊行した。それゆえ、かの悪魔は機会を求めても、機会を得ることができなかったのである。

「波旬！彼時惡魔復作是念：『我以此事求精進沙門便，而不能得。我寧可教勅梵志、居士，汝等共來奉敬、供養、禮事精進沙門，或以奉敬、供養、禮事精進沙門，儻能起惡心，令我得其便。』波旬！彼梵志、居士為惡魔所教勅已，即共奉敬、供養、禮事精進沙門，以衣敷地而作是說：『精進沙門可於上行，精進沙門難行而行，令我長夜得利饒益，安隱快樂。』梵志、居士以髮布地而作是說：『精進沙門可於上行，精進沙門難行而行，令我長夜得利饒益，安隱快樂。』梵志、居士以手捧持種種飲食，住道邊待而作是說：『精進沙門受是食是，可持是去，隨意而用，令我長夜得利饒益，安隱快樂。』諸信梵志、居士見精進沙門，敬心扶抱，將入於內，持種種財物與精進沙門，作如是說：『受是用是，可持是去，隨意所用。』爾時，梵志、居士若有死者，因此緣此，身壞命終，必至善處，生於天上。生已，作是念：『我應受是樂，當復更受極樂勝是。所以者何？以我等向精進沙門行善行故。』

> 魔王はまたこう考えた。「私はこの方法では、修行に励む沙門（修行者）に付け入る隙を見つけられない。ならば、バラモンや在家の信者たちにこう命じよう——『あなたたちは共に、修行に励む沙門を敬い、供養し、礼拝しなさい。あるいは、その敬い、供養、礼拝によって、もし彼らに悪心が生じれば、私がその隙に付け入ることができるかもしれない』と。」 魔王に命じられたバラモンや在家の信者たちは、共に修行に励む沙門を敬い、供養し、礼拝した。彼らは衣を地に敷いてこう言った。「修行に励む沙門よ、どうかこの上をお歩きください。難しい行を実践される沙門よ、どうかお進みください。どうか私たちが長い夜の間、利益と安らぎを得られますように。」また、彼らは髪の毛を地に敷いてこう言った。「修行に励む沙門よ、どうかこの上をお歩きください。難しい行を実践される沙門よ、どうかお進みください。どうか私たちが長い夜の間、利益と安らぎを得られますように。」さらに、彼らは様々な飲食物を手に捧げ持って道端に立ち、こう言った。「修行に励む沙門よ、どうかこの食べ物をお受け取りください。どうかこれをお持ち帰りになり、お好きなようにお使いください。どうか私たちが長い夜の間、利益と安らぎを得られますように。」信仰厚きバラモンや在家の信者たちは、修行に励む沙門を見ると、敬いの心で抱きかかえるように家の中へ導き入れ、様々な財物を彼らに与えてこう言った。「どうかこれをお受け取りになり、お使いください。どうかこれをお持ち帰りになり、お好きなようにお使いください。」 さて、その時、バラモンや在家の信者たちの中に命を終える者がいたなら、その因縁によって、身が壊れ命が尽きるとき、必ず良い所（善趣）に生まれ、天界に生まれる。そして生まれた後、こう思う。「この楽しみを受けるにふさわしい。さらに、これよりもはるかに勝れた楽しみを再び受けるだろう。それはなぜか。私たちが修行に励む沙門に対して善い行いを行ったからである。」

「波旬！覺礫拘荀大如來、無所著、等正覺弟子得奉敬、供養、禮事已，往詣覺礫拘荀大如來、無所著、等正覺所。是時，覺礫拘荀大如來、無所著、等正覺無量百千眷屬圍遶而為說法。覺礫拘荀大如來、無所著、等正覺遙見弟子得奉敬、供養、禮事而來，見已，告諸比丘：『汝等見不？惡魔教勅梵志、居士：「汝等共來奉敬、供養、禮事精進沙門、或以奉敬、供養、禮事精進沙門，儻能起惡心，令我得其便。」比丘！汝等當觀諸行無常，觀興衰法，觀無欲，觀捨離，觀滅，觀斷，令惡魔求便而不能得。』波旬！覺礫拘荀大如來、無所著、等正覺以此教教諸弟子，彼即受教，觀一切行無常，觀興衰法，觀無欲，觀捨離，觀滅，觀斷，令惡魔求便而不能得。

> 波旬よ、覚礫拘荀大如来（グルシャナ如来）無所著、等正覚の弟子たちは、尊敬し供養し礼拝した後、覚礫拘荀大如来のもとへ向かった。その時、覚礫拘荀大如来は無量の多くの弟子たちに囲まれ、説法をしていた。覚礫拘荀大如来は、はるか遠くから、尊敬や供養や礼拝を受けてやって来たその弟子を見て、比丘たちにこう言った。 「あなたたちは見ているか？　悪魔がバラモンや在家の人々にこう命じているのだ。『来たれ、共に修行に励む沙門を尊敬し、供養し、礼拝せよ。あるいはそのような行いによって、もしお前たちに悪意が生じるなら、それを私（悪魔）が利用する機会としたいのだ』と。」 「比丘たちよ、あなたたちは諸行が無常であることを観察しなさい。生じ消える法則を観察しなさい。欲望のないこと（無欲）を観察しなさい。手放すこと（捨離）を観察しなさい。消え去ること（滅）を観察しなさい。断ち切ること（断）を観察しなさい。そうすることで、悪魔はその機会を捉えようと求めるが、決して捉えることはできなくなるのだ。」 波旬よ、覚礫拘荀大如来はこの教えによって弟子たちを教えた。彼らはその教えを受け入れ、一切の行は無常であることを観察し、生じ消える法則を観察し、欲望のないことを観察し、手放すことを観察し、消え去ることを観察し、断ち切ることを観察した。こうして、悪魔が機会を捉えようと求めることも、決して捉えられなくなったのである。

「波旬！彼時惡魔復作是念：『我以此事求精進沙門便，而不能得。我寧可化作年少形，手執大杖，住其道邊，打尊者音頭，令破血流污面。』波旬！覺礫拘荀大如來、無所著、等正覺於後所依村邑遊行，彼於平旦著衣持鉢，入村乞食，尊者音在後侍從。波旬！爾時，惡魔化作年少形，手執大杖，住在道邊，擊尊者音頭破血流污面。波旬！尊者音破頭流血已，隨從覺礫拘荀大如來、無所著、等正覺後，猶影不離。

> 波旬よ、そのとき悪魔はこう考えました。「私はこの方法で修行に励む沙門（修行者）を困らせようとしたが、できなかった。ならば、若者の姿に変身し、大きな杖を手に道端に立ち、尊者音の頭を打ち割って、血を流させ顔を汚してやろう。」 波旬よ、覚礫拘荀大如来・無所著・等正覚は、その後、村や町を巡っていました。ある朝、衣を着け鉢を持って村に托鉢に入ると、尊者音が後ろに従っていました。波旬よ、そのとき、悪魔は若者の姿に変身し、大きな杖を手に道端に立ち、尊者音の頭を打ち割って、血を流させ顔を汚しました。 波旬よ、尊者音は頭を打たれて血を流しながらも、覚礫拘荀大如来・無所著・等正覚の後ろに、影のごとく離れずに従い続けました。

「波旬！覺礫拘荀大如來、無所著、等正覺至村邑已，極其身力右旋顧視，猶如龍視，不恐不怖，不驚不懼而觀諸方。波旬！覺礫拘荀大如來、無所著、等正覺見尊者音頭破血流污面，隨佛後行，如影不離，便作是說：『此惡魔凶暴，大有威力，此惡魔不知厭足。』波旬！覺礫拘荀大如來、無所著、等正覺說語未訖，彼時，惡魔便於彼處，其身即墮無缺大地獄。波旬！此大地獄而有四名，一者無缺，二者百釘，三者逆刺，四者六更。彼大地獄其中有卒，往至惡魔所，語惡魔曰：『汝今當知，若釘釘等共合者，當知滿百年。』」

> 波旬よ。覚礫拘荀大如来、無所著、等正覚は、村や町に到着すると、全身の力を込めて右を顧み、まるで龍が見渡すかのように、恐れもせず、驚きもせず、怯えもせず、四方を見渡されたのです。 波旬よ。覚礫拘荀大如来、無所著、等正覚は、尊者音頭が血にまみれ、顔を傷つけ、まるで影のように仏の後をついて離れないのをご覧になり、こうおっしゃいました。 「この悪魔は凶暴で、大きな力を有している。この悪魔は決して満足することを知らない。」 波旬よ。覚礫拘荀大如来、無所著、等正覚がこの言葉を言い終わらないうちに、その時、悪魔はその場で、たちまち無缺の大地獄に堕ちてしまいました。 波旬よ。この大地獄には四つの名前があります。一つは無缺、二つは百釘、三つは逆刺、四つは六更と呼ばれます。 その大地獄には獄卒がいて、悪魔のもとへ行き、こう告げました。 「あなたは今、このことを知るがよい。もし釘が釘と重なり合うなら、百年が満ちたと知るがよい。」

於是，魔波旬聞說此已，即便心悸，恐怖驚懼，身毛皆竪，向尊者大目揵連即說頌曰：

> そこで、悪魔の波旬はこの言葉を聞くと、心臓がドキドキし、恐怖に震え、全身の毛が逆立ちました。そして、尊者の大目揵連に向かって、次のような偈を唱えました。

「云何彼地獄， 惡魔昔在中，嬈害佛梵行， 及犯彼比丘？」

> 「あの地獄には、かつて悪魔がいたというが、 仏の梵行を悩ませ、比丘たちに罪を犯させたのは、なぜなのか。」

尊者大目揵連即時以偈答魔波旬曰：

> 尊者大目揵連、即座に偈をもって魔王パーピマンに答えた。

「地獄名無缺， 惡魔曾在中，嬈害佛梵行， 及犯彼比丘。彼鐵釘有百， 一切各逆刺，地獄名無缺， 惡魔昔在中。若有不知者， 比丘佛弟子，必得如是苦， 受黑業之報。若干種園觀， 人者在於地，食自然粳米， 居止在北洲。大須彌山巖， 善修之所熏，修習於解脫， 受持最後身。跱立在大泉， 宮殿住至劫，金色可愛樂， 猶火㷿晃昱。作諸眾妓樂， 往詣帝釋所，本以一屋舍， 善覺了為施。若釋在前行， 昇毘闍延殿，見釋大歡喜， 天女各各舞。若見比丘來， 還顧有慚愧，若毘闍延殿， 見比丘問義。大仙頗能知， 愛盡得解脫？比丘即為答， 問者如其義。拘翼我能知， 愛盡得解脫。聞彼之所答， 釋得歡喜樂。比丘多饒益， 所說如其義。若毘闍延殿， 問帝釋天王，此殿名何等， 汝釋攝持城？釋答大仙人， 名毘闍延哆。是謂千世界， 於千世界中，無有勝此殿， 如毘闍延哆。天王天帝釋， 自在隨所遊，愛樂那遊哆， 化作一行百。毘闍延殿內， 釋得自在遊，毘闍延大殿， 足指能震動。天王眼所觀， 釋得自在遊。若鹿子母堂， 築基極深堅，難動不可震， 如意足能搖。彼有琉璃地， 聖人之所履，滑澤樂更觸， 布柔軟綿褥。愛語共和合， 天王常歡喜，善能作妓樂， 音節善諧和，謂天來會聚， 而說須陀洹。若干無量千， 及百諸那術，至三十三天， 慧眼者說法，聞彼所說法， 歡喜而奉行。我亦有是法， 如仙人所說，謂至梵天上， 問彼梵天事，梵故有此見， 謂見昔時有，我住有常存， 恒有不變易。梵天為答彼， 大仙我無見，謂見昔時有， 我恒常不變，我見此境界， 諸梵皆過去，我今何由說， 恒常不變易？我見此世間， 正覺之所說，隨所因緣生， 所往而轉還，火無有思念， 我燒愚癡人，火然若愚觸， 必自然得燒。如是汝波旬， 觸嬈於如來，久作不善行， 受報亦當久。魔汝莫厭佛， 莫嬈害比丘，一比丘降魔， 住在於怖林。彼鬼愁憂慼， 目連之所訶，恐怖無智慧， 即於彼處沒。」

> 「欠けたところのない地獄という場所があり、悪魔がかつてその中に住んでいました。 仏と僧侶の清らかな修行を悩ませ、害していたのです。 その地獄には百本の鉄の釘があり、それぞれに逆棘が生えていました。 欠けたところのない地獄、かつて悪魔がその中にいた。 もしそのことを知らないなら、比丘や仏の弟子は、 必ずこのような苦しみを受けることになります。それは悪業の報いです。 様々な素晴らしい庭園や見晴らし台があり、人々はその地に住み、 自然に生える米を食べて暮らしている。それが北俱盧洲です。 大きな須弥山の岩肌、それは善く修行した者が熏じられた場所。 解脱を修め、最後の身体を受けた者が住むのです。 大きな泉のほとりにそびえ立ち、宮殿は一劫の間存在し続ける。 黄金のように輝き愛らしく、まるで炎が燃え盛るかのようです。 様々な音楽を奏で、帝釈天の元へと向かいます。 もとは一つの小屋を、善く覚った方が布施されたからです。 もし帝釈天が先に行けば、毘闍延殿に昇ります。 帝釈天を見て大いに喜び、天女たちはそれぞれ舞います。 しかし比丘が来るのを見ると、振り返って恥じ入ります。 毘闍延殿で、比丘にその意味を問います。 「大仙よ、あなたはお分かりでしょうか。渇愛が尽きて解脱を得たことを？」 比丘はすぐに答えました。問いかけた者に対して、その意味の通りに。 「拘翼よ、私は知っています。渇愛が尽きて解脱を得たことを。」 その答えを聞いて、帝釈天は喜び楽しみました。 比丘は大いに益をもたらし、述べたことはその意味の通りです。 毘闍延殿で、帝釈天に問います。 「この殿を何といいますか。あなた、帝釈天が統べる城は？」 帝釈天は答えます。「大仙よ、毘闍延哆といいます。」 これこそが千世界です。千の世界の中で、 この殿に勝るものはありません。毘闍延哆のように。 天王、天帝釈は、自在に遊びたいところへ行きます。 愛楽那遊哆を楽しみ、一つのものが百通りに変化します。 毘闍延殿の中で、帝釈天は自在に遊びます。 毘闍延の大殿は、足の指で震えることができます。 天王の眼に見えるものを見て、帝釈天は自在に遊びます。 鹿子母堂は、土台が非常に深く堅固で、 動かしがたく震えませんが、如意足によって揺り動かせます。 そこには瑠璃の床があり、聖人が歩む場所です。 滑らかで触り心地がよく、柔らかい綿の敷物が敷かれています。 愛情ある言葉で和合し、天王は常に喜びます。 見事に音楽を奏で、そのリズムは美しく調和しています。 天の集いが来た者たちに、須陀洹について説きます。 数えきれない何千、何百、あるいは無数のナーガたちが、 三十三天に至り、慧眼の者が説法します。 その説法を聞いて、喜びながら実践します。 私にもその法があります。仙人が説いたように。 梵天に至って、その梵天の事を問います。 梵天にはこのような見解があります。かつてあったものを見るという見解。 「私は常に存在し、永遠で変わらない」と。 梵天はその大仙に答えます。「私には見えません。 かつてあったものを見て、私が永遠で変わらないなどとは。 私はこの境界を見ますが、すべての梵天は過ぎ去ってしまいました。 今の私がどうして『永遠で変わらない』などと言えましょう？」 私はこの世の中を、正覚者が説かれたように見ます。 縁に従って生じ、行く先々で巡り変わる。 火は「私は愚か者を焼く」などと思いはしません。 しかし火が燃えているところに愚か者が触れれば、必ず自然に焼かれるのです。 同じように、あなた悪魔よ、如来を悩ませてしまった。 長い間悪い行いをしてきたから、その報いも長く続くでしょう。 悪魔よ、仏を嫌ってはならない。比丘を悩ませ害してはならない。 一人の比丘が悪魔を降伏させた。それは恐怖の林に住んでいた。 その鬼は憂い悲しみ、目連尊者に叱責された。 恐怖に満ち、智慧もなく、その場で姿を消したのです。」 （注：『魔』は悪魔、『梵天』はブラフマー神、『帝釈天』はインドラ神、『拘翼』は帝釈天の別名、『毘闍延殿』は帝釈天の宮殿、『如意足』は神通力の一種です。）

尊者大目揵連所說如是。彼魔波旬聞尊者大目揵連所說，歡喜奉行。

> これが、尊者の大目揵連によって説かれました。悪魔の波旬は尊者の大目揵連の説法を聞き、喜んで実践しました。

降魔經第十五竟三千二百七十四字

> 第十五章 降魔経 終わり<note>三千二百七十四字</note>

## 中阿含經卷第三十九千五百一十五字

> 中阿含経 第三十巻<note>九千五百十五字</note>