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title: "中阿含經 · 133 優婆離經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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## 中阿含經卷第三十二

> 中阿含経 第三十二巻

東晉罽賓三藏瞿曇僧伽提婆譯

> 東晋・罽賓三蔵・瞿曇僧伽提婆 訳

### （一三三）大品優婆離經第十七第三念誦

> （一三三）大品ウパーリ経　第十七<note>第三念誦</note>

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊那難陀，在波婆離㮈林。

> ある時、仏陀は那難陀に滞在し、波婆離の庵の林の中におられました。

爾時，長苦行尼揵中後彷佯，往詣佛所，共相問訊，却坐一面。於是，世尊問曰：「苦行尼揵親子施設幾行，令不行惡業，不作惡業？」

> その時、長苦行尼揵（ながくぎょうにけん）が午後に散歩しながら、仏のもとへ訪ねて行き、互いにあいさつを交わしてから、座って一方に控えました。 そこで世尊が尋ねられました。「苦行尼揵の親子は、悪い行いをせず、悪い業（カルマ）を作らせないために、いくつの修行の道を定めているのですか？」

長苦行尼揵答曰：「瞿曇！我尊師尼揵親子不為我等施設於行，令不行惡業，不作惡業。但為我等施設於罰，令不行惡業，不作惡業。」

世尊又復問曰：「苦行尼揵親子施設幾罰，令不行惡業，不作惡業？」

> 世尊はさらに尋ねられました。「苦行を実践する尼乾子（ジャイナ教の出家者）は、不善な行いをせず、悪業を作らないために、いくつの罰を定めているのですか？」

長苦行尼揵答曰：「瞿曇！我尊師尼揵親子為我等輩施設三罰，令不行惡業，不作惡業。云何為三？身罰、口罰及意罰也。」

> 長苦行尼ケーンは答えた。「ゴータマよ、私の尊師である尼ケーン親子は私たちのために三つの罰を定め、悪業を行わせず、悪業をなさしめません。その三つとは何か。身体の罰、言葉の罰、そして心の罰であります。」

世尊又復問曰：「苦行！云何身罰異、口罰異、意罰異耶？」

> 釈尊はさらに問われました。「苦行よ、身体の悪行、言葉の悪行、心の悪行は、どのように異なるのか。」

長苦行尼揵答曰：「瞿曇！我等身罰異、口罰異、意罰異也。」

> 長苦行尼鍵が答えた。「ゴータマよ、私たちにとっては、身体による罰と言葉による罰と心による罰は、それぞれ別のものです。」

世尊又復問曰：「苦行！此三罰如是相似，尼揵親子施設何罰為最重，令不行惡業，不作惡業？為身罰、口罰，為意罰耶？」

> 世尊がまた尋ねられました。「苦行よ。この三つの罰（身・口・意の三業）は互いに似ていますが、ニガンタの教えでは、悪い行いをさせず、悪い業を作らせないために、いったいどの罰が最も重いと定めていますか。身の罰か、口の罰か、それとも意の罰か。」

長苦行尼揵答曰：「瞿曇！此三罰如是相似，我尊師尼揵親子施設身罰為最重，令不行惡業，不作惡業。口罰不然，意罰最下，不及身罰極大甚重。」

> 長苦行尼ケンが答えて言った。「ゴータマよ、これらの三つの罰はこのように似ているが、私の尊師である尼ケン親子は、身の罰が最も重いと定め、悪業を行わせず、悪業を作らせないとしている。口の罰はそうではなく、意の罰は最も下であり、身の罰ほどの極めて大きな重さには及ばない。」

世尊又復問曰：「苦行！汝說身罰為最重耶？」

> 世尊がさらに問われました。「苦行よ、あなたは身の罰が最も重いと言うのですか？」

長苦行尼揵答曰：「瞿曇！身罰最重。」

> 長苦行尼ケイは答えました。「ゴータマよ、身体の罪が最も重いのです。」

世尊復再三問曰：「苦行！汝說身罰為最重耶？」

> そこで、尊師はさらに二度三度と尋ねられました。「苦行者よ、あなたは身体の行いが最も重いと説いているのか？」

長苦行尼揵亦再三答曰：「瞿曇！身罰最重。」於是，世尊再三審定長苦行尼揵如此事已，便默然住。

> 長苦行尼ケーンは再びこう答えた。「ゴータマよ、身体の罰が最も重いのです。」 そこで、世尊は三度にわたって確かめ、それを聞き終えると、黙っておられた。

長苦行尼揵問曰：「沙門瞿曇施設幾罰，令不行惡業，不作惡業？」

> 長苦行尼ケイが問うた。「沙門ゴータマは、悪い行いをさせず、悪い行いを為させないために、いくつの罰を設けておられるのですか？」

爾時，世尊答曰：「苦行！我不施設罰，令不行惡業，不作惡業。我但施設業，令不行惡業，不作惡業。」

> その時、世尊はお答えになりました。「苦行よ、私は罰を設けて人々に悪業を行わせないようにしているのではない。私はただ、業（カルマ）の道理を示すことによって、人々が自ら悪業を行わず、悪をなさないように導いているのである。」

長苦行尼揵問曰：「瞿曇施設幾業，令不行惡業，不作惡業。」

> \*\*\*長苦行尼乾が尋ねた。「ゴータマは、悪い行為をせず、悪い行いを起こさないために、いくつの業（カルマ）を説かれますか。」\*\*\*

世尊又復答曰：「苦行！我施設三業，令不行惡業，不作惡業。云何為三？身業、口業及意業也。」

> 世尊はさらに答えて言われました。「苦行よ、私は三つの業を設けています。それによって悪業を行わせず、悪業を為させないのです。その三つとは何か？身業、口業、そして意業です。」

長苦行尼揵問曰：「瞿曇！身業異、口業異、意業異耶？」

> 長苦行尼犍が尋ねました。「ゴータマよ、身の行為と、口の行為と、心の行為とは、別々のものなのでしょうか？」

世尊又復答曰：「苦行！我身業異、口業異、意業異也。」

> 世尊はまたお答えになりました。「苦行よ、私の身の行いと口の行いと心の行いは、それぞれ異なっているのです。」

長苦行尼揵問曰：「瞿曇！此三業如是相似，施設何業為最重，令不行惡業，不作惡業？為身業、口業，為意業耶？」

> 長苦行尼揵が尋ねました。「ゴータマよ、この三つの業はこのように似通っていますが、どの業を最も重いものと定めて、悪い業を行わせず、悪い業をなさせないのですか。身業、口業、それとも意業ですか。」

世尊又復答曰：「苦行！此三業如是相似，我施設意業為最重，令不行惡業，不作惡業。身業、口業則不然也。」

> 世尊がさらに答えられました。「苦行よ、これらの三つの業（身・口・意）は一見似ているように見える。しかし私は、意の業（心の働き）が最も重いと説く。なぜなら、悪業を行わせず、悪をなさないようにさせるのは、心の在り方だからである。身体の業や言葉の業は、そうではないのだ。」

長苦行尼揵問曰：「瞿曇！施設意業為最重耶？」

> 長苦行尼揵が尋ねました。「ゴータマよ、あなたは意業（心の行い）を最も重いと説くのですか？」

世尊又復答曰：「苦行！我施設意業為最重也。」

> 世尊がさらに答えられました。「苦行よ、私は意の業を最も重いものと説く。」

長苦行尼揵復再三問曰：「瞿曇！施設意業為最重耶？」世尊亦再三答曰：「苦行！我施設意業為最重也。」於是，長苦行尼揵再三審定世尊如此事已，即從座起，繞世尊三匝而退還去，往詣尼揵親子所。

> 長苦行尼ケンは三度重ねて問うた。「ゴータマよ。あなたは、意業を最も重いと説くのですか？」 世尊もまた三度重ねてお答えになった。「苦行よ、私は意業を最も重いと説くのである。」 そこで、長苦行尼ケンは、世尊がこのようにおっしゃったことを再三確認すると、ただちに座を立ち、世尊を右に三度巡って退去した。そして、尼ケン親子のところへ赴いた。

尼揵親子遙見長苦行尼揵來，即便問曰：「苦行！從何處來？」

> 尼揵の親子は、遠くから長苦行の尼揵（行者）がやって来るのを見て、すぐに尋ねました。「苦行よ、どこから来たのか？」

長苦行尼揵答曰：「尊！我從那難陀波婆離㮈林沙門瞿曇處來。」

> 長い苦行をしているニガンタ（尼揵）が答えました。「尊い方よ、私はナランダー（那難陀）のポーヴァリカ（波婆離）のマンゴー林にいる沙門ゴータマ（瞿曇）のもとから参りました。」

尼揵親子問曰：「苦行！頗共沙門瞿曇有所論耶？」

> 尼揵子が尋ねました。「苦行の修行者よ、沙門ゴータマと何か議論をしたのか？」

長苦行尼揵答曰：「共論。」

> では、ご一緒に論じましょう。

尼揵親子告曰：「苦行！若共沙門瞿曇有所論者，盡為我說，我或能知彼之所論。」

> 尼揵親子が言いました。「苦行よ、もし沙門ゴータマと議論することがあれば、すべて私に話しなさい。私なら彼の主張を理解できるかもしれない。」

於是，長苦行尼揵共世尊有所論者盡向彼說，尼揵親子聞便歎曰：「善哉！苦行！謂汝於師行弟子法，所作智辯聰明決定，安隱無畏成就調御，逮大辯才，得甘露幢，於甘露界自作證成就遊。所以者何？謂汝向沙門瞿曇施設身罰為最重，令不行惡業，不作惡業。口罰不然，意罰最下，不及身罰極大甚重。」

> そこで、長苦行尼乾陀が世尊と論じたことをすべて彼に話した。それを聞いた尼乾陀の親子は感嘆して言った。「善きかな、苦行よ。まさにあなたは師に対して弟子の道を実践し、智慧と弁才に優れ、確固たる決断を下し、安らかで恐れを知らず、調御を成就し、大いなる弁才を得て、甘露の幢を得て、甘露の境地において自ら証得し成就して遊ぶことができる。なぜなら、あなたは沙門ゴータマに対して身体の罰を最も重いものと設定し、悪行を為さず、悪業を作らないようにしたからである。言葉の罰はそうではなく、意の罰は最も下であり、身体の罰の極めて大きく甚だしいものには及ばないからである。」

是時，優婆離居士與五百居士俱集在眾中，叉手向尼揵親子。於是，優婆離居士語長苦行尼揵曰：「尊已再三審定沙門瞿曇如此事耶？」

> その時、ウパーリ居士は五百人の居士たちと共に集まっており、合掌してニガンタ・ナータプッタ（尼乾子）の方へ向かいました。そこで、ウパーリ居士は苦行者の長であるニガンタにこう尋ねました。「尊師は、何度も何度も、沙門ゴータマについてこのように確かめられたのですか？」

長苦行尼揵答曰：「居士！我已再三審定沙門瞿曇如此事也。」

> 長苦行尼乾が答えた。「居士よ、私は再三にわたって沙門ゴータマについてのこの件を確かめました。」

優婆離居士語長苦行尼揵曰：「我亦能至再三審定沙門瞿曇如此事已，隨所牽挽。猶如力士執長髦羊，隨所牽挽。我亦如是，能至再三審定沙門瞿曇如此事已，隨所牽挽。猶如力士手執髦裘，抖擻去塵。我亦如是，能至再三審定沙門瞿曇如此事已，隨所牽挽。猶如沽酒師、沽酒弟子取漉酒囊，著深水中，隨意所欲，隨所牽挽。我亦如是，能至再三審定沙門瞿曇如此事已，隨所牽挽。猶龍象王年滿六十，而以憍傲摩訶能加牙足體具，筋力熾盛，力士將去以水洗髀、洗脊、洗脇、洗腹、洗牙、洗頭及水中戲。我亦如是，能至再三審定沙門瞿曇如此事已，隨其所洗。我往詣沙門瞿曇所，共彼談論，降伏已還。」

> 優婆離居士が苦行者の長であるニガンタにこう言いました。「私もまた、沙門ゴータマについて、その事柄を二度、三度と確かめた上で、彼の導くままに従うことができるのです。ちょうど力士が長い毛の羊を捕らえ、引くままに従わせるように、私もまた、沙門ゴータマについてその事柄を二度、三度と確かめた上で、彼の導くままに従うことができます。また、力士が毛皮の衣を手に取り、振り払って塵を落とすように、私もまた、沙門ゴータマについてその事柄を二度、三度と確かめた上で、彼の導くままに従うことができます。また、酒造りの師匠やその弟子が、濾し袋を深い水の中に浸し、思いのままに引くように、私もまた、沙門ゴータマについてその事柄を二度、三度と確かめた上で、彼の導くままに従うことができます。また、六十歳を迎えた龍象の王が、誇り高く、摩訶能加という強い牙と、完全な手足と体、盛んな筋力を持ち、力士に連れられて水で腿や背中や脇腹や腹や牙や頭を洗われ、水中で遊ぶように、私もまた、沙門ゴータマについてその事柄を二度、三度と確かめた上で、彼に洗われるままになります。私は沙門ゴータマのもとへ赴き、彼と議論を交わし、彼を打ち負かして帰ってまいりましょう。」

尼揵親子語優婆離居士曰：「我亦可伏沙門瞿曇，汝亦可也，長苦行尼揵亦可也。」

> 尼揵の親子が優婆離居士にこう言いました。「私も沙門瞿曇を論破できるし、あなたにもできる。長く苦行を重ねた尼揵にもできるのです。」

於是，長苦行尼揵白尼揵親子曰：「我不欲令優婆離居士往詣沙門瞿曇所。所以者何？沙門瞿曇知幻化呪，能呪化作弟子，比丘、比丘尼、優婆塞、優婆私，恐優婆離居士受沙門瞿曇化，化作弟子。」

> すると、苦行者の長である尼揵が、尼揵の息子にこう言った。 「私は、ウパーリ居士が修行者ゴータマのところへ行くことを望まない。なぜなら、修行者ゴータマは幻術の呪文を知っており、その呪文で弟子を創り出すことができるからだ。比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷に至るまで、ゴータマはそれらの者たちを変容させる。ウパーリ居士もゴータマに教化され、弟子にされてしまうのではないかと心配なのだ。」

尼揵親子語曰：「苦行！若優婆離居士受沙門瞿曇化作弟子者，終無是處。若沙門瞿曇受優婆離居士化作弟子者，必有是處。」

> 尼揵の親子が言いました。「苦行よ！もし優婆離という在家の行者が、沙門ゴータマによって教化されて弟子となるようなことは、決してありえない。しかし、沙門ゴータマが優婆離という在家の行者に教化されて弟子となるなら、それは必ずありえることだ。」

優婆離居士再三白尼揵親子曰：「我今往詣沙門瞿曇所，共彼談論，降伏已還。」

> 優婆離居士は何度も尼揵の弟子にこう言いました。「私は今、沙門瞿曇のもとへ行き、彼と議論し、打ち負かして戻ってまいります。」

尼揵親子亦再三答曰：「汝可速往！我亦可伏沙門瞿曇，汝亦可也，長苦行尼揵亦可也。」

> 尼揵の親子も繰り返し答えた。「すぐに行きなさい。私も沙門ゴータマを打ち負かすことができる。あなたもできる。長く苦行する尼揵もできるのだ。」

長苦行尼揵復再三白曰：「我不欲令優婆離居士往詣沙門瞿曇所。所以者何？沙門瞿曇知幻化呪，能呪化作弟子，比丘、比丘尼、優婆塞、優婆私，恐優婆離居士受沙門瞿曇化，化作弟子。」

> 長苦行尼乾はさらに繰り返し言いました。「私は、優婆離居士が沙門ゴータマのところへ行くことを望みません。なぜなら、沙門ゴータマは幻術の呪文を知っており、その呪文で弟子を化けることができるからです。比丘や比丘尼、優婆塞、優婆夷を化けることができるのです。私は、優婆離居士が沙門ゴータマに化されて、弟子になるのではないかと恐れています。」

尼揵親子語曰：「苦行！若優婆離居士受沙門瞿曇化作弟子者，終無是處。若沙門瞿曇受優婆離居士化作弟子者，必有是處。優婆離居士！汝去隨意。」

> ニガンダ親子は言った。「苦行者よ！在家のウパーリ居士が修行者ゴータマに教化されて弟子となることは決してあり得ない。だが、修行者ゴータマがウパーリ居士に教化されて弟子となるならば、それは必ずあり得ることだ。ウパーリ居士よ、あなたはお好きなように行きなさい。」

於是，優婆離居士稽首尼揵親子足，繞三匝而去，往詣佛所，共相問訊，却坐一面，問曰：「瞿曇！今日長苦行尼揵來至此耶？」

> さて、ウパーリ居士はニガンタ・ナータプッタの足に頭を下げて礼拝し、三度右繞してから立ち去り、仏陀の元へと向かいました。到着して互いに挨拶を交わした後、一方に座って尋ねました。「ゴータマ様、本日、あの長年苦行を続けてきたニガンタがここに来ましたか？」

世尊答曰：「來也。居士！」

> 世尊はお答えになりました。「おいでなさい。在家の方よ。」

優婆離居士問曰：「瞿曇！頗共長苦行尼揵有所論耶？」

> ウパーリ在俗信者が尋ねました。「ゴータマ様、長い苦行を続ける尼乾陀（ニガンタ）と何か議論をなさいましたか？」

世尊答曰：「有所論也。」

> 世尊はお答えになりました。「そういう意味で説いているのです。」

優婆離居士語曰：「瞿曇！若共長苦行尼揵有所論者，盡為我說，若我聞已，或能知之。」於是，世尊共長苦行尼揵有所論者，盡向彼說。

> 優婆離居士が言った。「ゴータマよ。もし長苦行の尼乾子と論じ合われたことがあるなら、そのすべてを私にお聞かせください。それを聞けば、私にも理解できるかもしれません。」そこで、世尊は長苦行の尼乾子と論じられたことを、すべて彼に語られた。

爾時，優婆離居士聞便歎曰：「善哉！苦行！謂於尊師行弟子法，所作智辯聰明決定，安隱無畏成就調御，逮大辯才，得甘露幢，於甘露界自作證成就遊。所以者何？謂向沙門瞿曇施設身罰最重，令不行惡業，不作惡業。口罰不然，意罰最下，不及身罰極大甚重。」

> その時、優婆離居士はこれを聞いて嘆じて言った。「素晴らしい！苦行とは何と立派なことか。すなわち、尊師に対して弟子の務めを果たし、智慧と弁舌を具え、明らかに判断し、安らかで恐れることなく、調御を成就し、大いなる弁才を得て、甘露の幢を授かり、甘露の境地において自ら悟りを実証し、遊行されたのである。なぜならば、沙門ゴータマは身体による罰を最も重いものと定めて、悪行を行わせず、悪業をなさしめないからである。言葉による罰はそうではなく、心による罰は最も軽微であり、身体による罰のような極めて大きく甚だしいものには及ばないのである。」

彼時，世尊告曰：「居士！我欲與汝共論此事，汝若住真諦者，以真諦答。」

> その時、世尊はおっしゃいました。「在家の方よ、あなたとこのことについて話し合いたいと思います。もし真理に基づいておられるなら、真理をもってお答えください。」

優婆離居士報曰：「瞿曇！我住真諦，以真諦答。沙門瞿曇！但當與我共論此事。」

> ウパーリ長老は答えました。「ゴータマよ、私は真理に基づいて、真理をもってお答えします。どうか、このことについて一緒に論じてください。」

世尊問曰：「居士！於意云何？若有尼揵來，好喜於布施，樂行於布施，無戲、樂不戲，為極清淨，極行呪也。若彼行來時，多殺大小蟲，云何？居士！尼揵親子於此殺生施設報耶？」

> 世尊がお尋ねになりました。「在家信者よ、あなたはどう思うか。もしもジャイナ教徒が訪ねてきて、布施を好み喜び、布施を楽しんで行い、遊戯を好まず遊戯を楽しまず、極めて清らかであり、呪文を極めて行うとする。その者が歩き回る時に、多くの大小の虫を殺してしまうとしたら、どうであろうか。在家信者よ、ジャイナ教の信者は、この殺生に対して報いがあると説くのだろうか。」

優婆離居士答曰：「瞿曇！若思者有大罪，若無思者無大罪也。」

> ウバーリー居士が答えました。「ゴータマさま、もし悪意があれば大きな罪となり、悪意がなければ大きな罪とはなりません。」

世尊問曰：「居士！汝說思為何等耶？」

> 釈尊がお尋ねになりました。「在家の方よ、あなたは『思』（心の働き）とは何だと説くのですか？」

優婆離居士答曰：「瞿曇！意業是也。」

> 優婆離居士が答えました。「ゴータマよ、意の行いです。」

世尊告曰：「居士！汝當思量而後答也。汝之所說，前與後違，後與前違，則不相應。居士！汝在此眾自說：『瞿曇！我住真諦，以真諦答。沙門瞿曇！但當與我共論此事。』居士！於意云何？若有尼揵來飲湯斷冷水，彼無湯時，便欲飲冷水，不得冷水，彼便命終。居士！尼揵親子云何可說彼尼揵所生耶？」

> 世尊はおっしゃいました。「在家の方よ、よくよく考えてから答えなさい。あなたの今の言葉は、前と後ろで食い違っており、後ろと前で食い違って、つじつまが合っていません。在家の方よ、あなたはこの衆の中で『ゴータマよ、私は真実の道理に基づき、真実の道理をもって答えます。沙門ゴータマよ、ただこのことについて私と議論してください』と言いました。在家の方よ、どう思いますか。もしも、ある尼乾子が訪ねてきて、熱いスープを飲み、冷たい水を断ったとします。その人がスープがなくなったときに冷たい水を欲し、冷たい水を得られずに、そのまま命を終えたとします。在家の方よ、尼乾子の実子は、その尼乾子によって生まれたと言えるでしょうか。」

優婆離居士答曰：「瞿曇！有天名意著，彼尼揵命終，若意著死者，必生彼處。」

> ウパーリ居士は答えました。「ゴータマよ、『意著（いじゃく）』という名前の天があります。あのニガンタ（ジャイナ教の修行者）がこの世を去ったなら、もし意著天に執着する心で死んだなら、必ずその場所に生まれ変わるでしょう。」

世尊告曰：「居士！汝當思量而後答也。汝之所說，前與後違，後與前違，則不相應。汝在此眾自說：『瞿曇！我住真諦，以真諦答。沙門瞿曇！但當與我共論此事。』居士！於意云何？若使有人持利刀來，彼作是說：『我於此那難陀內一切眾生，於一日中斫剉斬截、剝裂削割，作一肉聚，作一肉積。』居士！於意云何？彼人寧能於此那難陀內一切眾生，於一日中斫剉斬截、剝裂削割，作一肉聚，作一肉積耶？」

> 世尊がお告げになりました。「居士よ、あなたはよく考えてから答えるべきです。あなたの言葉は前後で矛盾しており、道理に合いません。あなたはこの集まりの中で、『瞿曇よ、私は真実に基づいて答える』と言い、『沙門瞿曇よ、どうか私とこのことについて議論してください』と言いました。居士よ、あなたはどう思いますか?もし誰かが鋭い刀を持って来て、こう言ったとしましょう──『私はこのナーランダーにいるすべての生きとし生けるものを、一日のうちに切り刻み、裂き、剥ぎ、削り、一つに積み上げて、肉の山としよう』と。居士よ、あなたはどう思いますか?その人は本当にナーランダーのすべての生きとし生けるものを、一日のうちに切り刻み、裂き、剥ぎ、削り、一つに積み上げて、肉の山とすることができるでしょうか?」

優婆離居士答曰：「不也。所以者何？此那難陀內極大富樂，多有人民。是故彼人於此那難陀內一切眾生，必不能得於一日中斫剉斬截、剝裂削割，作一肉聚，作一肉積。瞿曇！彼人唐大煩勞。」

> 優婆離居士は答えました。「いいえ、そうではありません。なぜなら、このナランダーには内に極めて大きな富と楽しみがあり、多くの人々が住んでいるからです。ですから、その人はこのナランダーにいる全ての生き物に対して、たった一日のうちに切り刻み、断ち切り、裂き、削ぎ、はぎ取り、一つの肉の塊にし、一つの肉の山にすることは決してできないでしょう。ゴータマよ、その人はただ無駄に大いに苦労するだけなのです。」

「居士！於意云何？若有沙門、梵志來，有大如意足，有大威德，有大福祐，有大威神，心得自在，彼作是說：『我以發一瞋念，令此一切那難陀內燒使成灰。』居士！於意云何？彼沙門、梵志寧能令此一切那難陀內燒成灰耶？」

> 「居士、いかがお考えか。もしも沙門や梵志が訪れて、大きな自在力を得、大きな威徳と大きな福徳があり、大きな威神力によって心が自在であるとする。その者がこう言う——『私は一つの怒りの念を起こすことで、このナランダの地のすべてを燃やし尽くして灰にすることができる』と。居士、いかがお考えか。その沙門や梵志は、本当にこのナランダの地のすべてを内側から焼き尽くして灰にすることができるだろうか。」

優婆離居士答曰：「瞿曇！何但一那難陀？何但二、三、四？瞿曇！彼沙門、梵志有大如意足，有大威德，有大福祐，有大威神，心得自在，若發一瞋念，能令一切國一切人民燒使成灰，況一那難陀耶？」

> 優婆離居士は答えました。「ゴータマよ、どうして一つのナランダーだけの問題でしょうか。二つや三つ、四つにとどまる話ではありません。ゴータマよ、あの修行者やバラモンたちは、大きな自在な神通力を持ち、大きな威徳と、大きな福徳と、大きな威力を備えており、心は自在を得ています。もし一度でも怒りの思いを起こせば、すべての国、すべての人々を灰燼に帰すことができるのです。ましてや一つのナランダーなど問題になりません。」

世尊告曰：「居士！汝當思量而後答也。汝之所說，前與後違，後與前違，則不相應。汝在此眾自說：『瞿曇！我住真諦，以真諦答。沙門瞿曇！但當與我共論此事。』」

> 世尊はおっしゃいました。「在家の方よ、よく考えてから答えるがよい。あなたの言うことは、前と後ろで食い違っており、互いに調和していない。あなたはこの集まりの中で、『ゴータマよ、私は真実に基づいて、真実をもって答えます。沙門ゴータマよ、どうか私とこのことについて議論してください』と自ら言ったではないか。」

世尊問曰：「居士！汝頗曾聞大澤無事、麒麟無事、麋鹿無事、靜寂無事、空野無事、無事即無事耶？」

> 世尊がお尋ねになりました。「在家の方よ、あなたはこれまでに、大きな沼が静かであること、麒麟が静かであること、麋鹿が静かであること、静けさの中に静寂があること、広い野原が静かであること、そして静けさそのものが静かであることを聞いたことがありますか？」

優婆離居士答曰：「瞿曇！我聞有也。」

> ウパーリ在家者は答えました。「ゴータマさま、私はそのように聞いております。」

「居士！於意云何？彼為誰大澤無事、麒麟無事、麋鹿無事、靜寂無事、空野無事、無事即無事耶？」

> 「居士よ、あなたはどう思いますか。彼ら（比丘たち）にとって、大きな沼地に煩わされないこと、麒麟に煩わされないこと、麋鹿に煩わされないこと、静寂に煩わされないこと、虚ろな野原に煩わされないこと、そして煩わしそのものがないこと、これがまさに「煩わしのない状態」であると言えるでしょうか？」

優婆離居士默然不答。世尊告曰：「居士！速答。居士！速答。今非默然時。居士在此眾自說：『瞿曇！我住真諦，以真諦答。沙門瞿曇！但當與我共論此事。』」

> ウバーリの在家信者は沈黙して答えなかった。 そこで世尊はおっしゃった。「在家信者よ、答えなさい。在家信者よ、答えなさい。今は沈黙している時ではありません。あなたはこの集まりの中で、自らこう言いました。『ゴータマよ、私は真実に基づいて生きており、真実をもって答えます。沙門ゴータマよ、私と共にこの事について論じてください。』と。」

於是，優婆離居士須臾默然已，語曰：「瞿曇！我不默然，我但思惟於此義耳。瞿曇！彼愚癡尼揵不善曉了，不能解知，不識良田，而不自審，長夜欺我，為彼所誤，謂向沙門瞿曇施設身罰最重，令不行惡業，不作惡業，口罰、意罰而不如也。如我從沙門瞿曇所說知義，仙人發一瞋念，能令大澤無事、麒麟無事、麋鹿無事、寂靜無事、空野無事、無事即無事。世尊！我已知。善逝！我已解。我今自歸於佛、法及比丘眾，唯願世尊受我為優婆塞，從今日始，終身自歸，乃至命盡。」

> そこで、ウパーリ居士はしばらく沈黙した後、こう言いました。「ゴータマ様、私は沈黙していたのではありません。ただ、この意味について考えていたのです。ゴータマ様、あの愚かなニガンタ（ジャイナ教の修行者）は、よく理解しておらず、正しく知ることもできず、良い田んぼ（正しい教え）を見分けることもできません。そして、長い間、私を欺き、私は彼に惑わされてきました。すなわち、『沙門ゴータマに向けて、身体による罰が最も重く、悪業を行わせず、悪業をなさしめない。口による罰や心による罰はそれに及ばない』と説いていたのです。しかし、私が沙門ゴータマ様から教えていただいた意味を理解するならば、聖者が一度、怒りの念を起こせば、大きな沼地も何事もなく、麒麟も何事もなく、鹿も何事もなく、静寂も何事もなく、荒野も何事もなく、何事もないというそのままの状態にできるのです。\*世尊よ、私は悟りました。善逝よ、私は理解しました。今より、私は仏・法・僧団に帰依いたします。どうか世尊よ、私を優婆塞（在家信者）としてお受け入れください。今日から、命が尽きるまで、生涯、帰依いたします。\*」 \* 注釈：「世尊」「善逝」は釈迦牟尼仏の尊称です。「優婆塞」は在家の男性信者を指します。

世尊告曰：「居士！汝默然行，勿得宣言，如是勝人默然為善。」

> 世尊がおっしゃいました。「在家の方よ、あなたは黙って行きなさい。決して言葉にしてはなりません。このように優れた人は、沈黙を善しとするのです。」

優婆離居士白曰：「世尊！我以是故，復於世尊重加歡喜。所以者何？謂世尊作如是說：『居士！汝默然行，勿得宣言，如是勝人默然為善。』世尊！若我更為餘沙門、梵志作弟子者，彼等便當持幢、幡、蓋，遍行宣令於那難陀，作如是說：『優婆離居士為我作弟子，優婆離居士為我作弟子。然世尊作是說：居士！汝默然行，勿得宣言，如是勝人默然為善。』」

> ウパーリ居士がお釈迦様に申し上げました。「世尊よ、私はこのことから、さらに世尊への喜びを深めました。なぜなら、世尊はこうおっしゃったからです——『居士よ、あなたは静かにしていなさい。宣言してはなりません。このように、勝れた人は沈黙しているのが良いのです』と。世尊よ、もし私が他の修行者や梵志（バラモン修行者）の弟子になっていたならば、彼らはきっと旗や幢や蓋を掲げて、那難陀（ナランダ）中に『ウパーリ居士が私の弟子になりました』『ウパーリ居士が私の弟子になりました』と大々的に触れて回ったことでしょう。しかし、世尊はこうおっしゃいました——『居士よ、あなたは静かにしていなさい。宣言してはなりません。このように、勝れた人は沈黙しているのが良いのです』と。」

優婆離居士白曰：「世尊！從今日始，不聽諸尼揵入我家門，唯聽世尊四眾弟子，比丘、比丘尼、優婆塞、優婆私入。」

> ウパーリ居士が申し上げました。「世尊よ、本日より、私は尼乾子（ジャイナ教の修行者）たちを我家に入れることをお許しません。ただ世尊の四つの集いの弟子たち――比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷――だけをお入れいたします。」

世尊告曰：「居士！彼尼揵等，汝家長夜所共尊敬，若其來者，汝當隨力供養於彼。」

> 世尊は仰せになった。「在家の者よ。かのニガンタたちは、あなたの家で長い間、共に敬われてきた者たちである。もし彼らが訪ねてきたならば、あなたは力に応じて彼らをもてなしなさい。」

優婆離白曰：「世尊！我以是故，復於世尊倍加歡喜。所以者何？謂世尊作如是說：『居士！彼尼揵等，汝家長夜所共尊敬，若其來者，汝當隨力供養於彼。』世尊！我本聞世尊作如是說：『當施與我，莫施與他。當施與我弟子，莫施與他弟子。若施與我者，當得大福，若施與他，不得大福。施與我弟子，當得大福，施與他弟子，不得大福。』」

> 優波離は言いました。「世尊よ、私はそのことから、ますます世尊を敬い喜んでおります。なぜなら、世尊がこうおっしゃったからです。『在家の方よ、あなたの家で長い間敬ってきたニガンタたちが来たなら、あなたはできる限りの供養をしなさい。』と。世尊よ、私は以前、世尊がこうおっしゃるのを聞きました。『私に施しなさい。他の者には施してはいけない。私の弟子に施しなさい。他の者の弟子には施してはいけない。もし私に施せば、大きな福を得られるが、他の者に施しても、大きな福は得られない。私の弟子に施せば、大きな福を得られるが、他の者の弟子に施しても、大きな福は得られない。』と。」

世尊告曰：「居士！我不如是說：『當施與我，莫施與他。施與我弟子，莫施與他弟子。若施與我者，當得大福，若施與他，不得大福。施與我弟子，當得大福，若施與他弟子，不得大福。』居士！我說如是，施與一切，隨心歡喜，但施與不精進者，不得大福，施與精進者，當得大福。」

> 世尊はおっしゃいました。「居士よ、私はこう言っているのではない——『私に施しなさい、他の人に施してはいけない。私の弟子に施しなさい、他の人の弟子に施してはいけない。私に施せば大きな福徳を得るが、他人に施しても大きな福徳は得られない。私の弟子に施せば大きな福徳を得るが、他の人の弟子に施しても大きな福徳は得られない』と。 居士よ、私はこう説いている——施しはすべての者に行い、心から喜んで与えなさい。ただし、努力しない者に施しても大きな福徳は得られず、努力する者に施せば大きな福徳を得られる、と。」

優婆離居士白曰：「世尊！願無為也。我自知施與尼揵、不施與尼揵。世尊！我今再自歸佛、法及比丘眾，唯願世尊受我為優婆塞，從今日始，終身自歸，乃至命盡。」於是，世尊為優婆離居士說法，勸發渴仰，成就歡喜，無量方便為彼說法，勸發渴仰。成就歡喜已，如諸佛法，先說端正法，聞者歡悅，謂說施、說戒、說生天法，毀呰欲為災患，生死為穢，稱歎無欲為妙，道品白淨。世尊為彼說如是法已，佛知彼有歡喜心、具足心、柔軟心、堪耐心、昇上心、一向心、無疑心、無蓋心，有能有力，堪受正法，謂如諸佛所說正要。世尊便為彼說苦、習、滅、道。優婆離居士即於坐中見四聖諦，苦、習、滅、道，猶如白素，易染為色。如是優婆離居士即於坐中見四聖諦，苦、習、滅、道。

於是，優婆離居士見法得法，覺白淨法，斷疑度惑，更無餘尊，不復從他，無有猶豫，已住果證，於世尊法得無所畏。即從坐起，為佛作禮：「世尊！我今三自歸佛、法及比丘眾，唯願世尊受我為優婆塞，從今日始，終身自歸，乃至命盡。」

> そこで、ウパーリ居士は法を見、法を得、清らかな法を覚り、疑いを断ち惑いを越え、もはや他の尊い師を求めず、他に頼ることなく、ためらいもなく、すでに果の証を得て、世尊の教えにおいて無所畏を得た。すぐに座から立ち上がり、仏に礼をして言った。「世尊よ、私は今、仏・法・僧（さん）に三帰依いたします。どうか世尊よ、私を優婆塞（うばそく）としてお受け入れください。今日より始めて、命終わるまで、終身帰依いたします。」

於是，優婆離居士聞佛所說，善受善持，稽首佛足，繞三匝而歸，勅守門者：「汝等當知，我今則為世尊弟子，從今日始，諸尼揵來，莫聽入門，唯聽世尊四眾弟子，比丘、比丘尼、優婆塞、優婆私入。若尼揵來者，當語彼言：『尊者！優婆離居士今受佛化，化作弟子，則不聽諸尼揵入門，唯聽世尊四眾弟子，比丘、比丘尼、優婆塞、優婆私入。若須食者，便可住此，當出食與。』」

於是，長苦行尼揵聞優婆離居士受沙門瞿曇化，化作弟子，則不聽諸尼揵入門，唯聽沙門瞿曇弟子，比丘、比丘尼、優婆塞、優婆私入。長苦行尼揵聞已，往詣尼揵親子所，白曰：「尊！此是我本所說。」

> そのことから、長苦行（尼乾陀・若提子の弟子）は、ウパーリ居士が沙門ゴータマ（釈尊）によって教化され、その弟子となったと聞いて、尼乾陀の信者たちについては門に入ることを許さず、ただ沙門ゴータマの弟子である比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷だけを入れるようにした。長苦行はこれを聞いて、尼乾陀・若提子のもとへ赴き、申し上げた。「尊師よ、これはまさに私が以前に申し上げたとおりでございます。」

尼揵親子問曰：「苦行！何者是汝本所說耶？」

長苦行尼揵答曰：「尊！我本所說，不欲令優婆離居士往詣沙門瞿曇所。所以者何？沙門瞿曇知幻化呪，能呪化作弟子，比丘、比丘尼、優婆塞、優婆私，恐優婆離居士受沙門瞿曇化，化作弟子。尊！優婆離居士今已受沙門瞿曇化。化作弟子已，不聽諸尼揵入門，唯聽沙門瞿曇弟子，比丘、比丘尼、優婆塞、優婆私入。」

> 長苦行尼ケイが答えた。「尊者よ。私が先ほど申し上げたのは、優波離居士が沙門ゴータマのところへ行くべきではないという意味でした。なぜなら、沙門ゴータマは幻術の呪文を知っており、その呪文で比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷を弟子に変えられるからです。優波離居士が沙門ゴータマに化かされて弟子にされるのを恐れたのです。尊者よ。今、優波離居士はすでに沙門ゴータマに化かされ、弟子となってしまいました。そして、尼ケイ教徒の入門を許さず、沙門ゴータマの弟子である比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷だけを入れるようにしました。」

尼揵親子語曰：「苦行！若優婆離居士受沙門瞿曇化作弟子者，終無是處。若沙門瞿曇受優婆離居士化作弟子者，必有是處。」

> 尼揵の親子が言いました。「苦行よ！もし優婆離という在家の行者が、沙門ゴータマによって教化されて弟子となるようなことは、決してありえない。しかし、沙門ゴータマが優婆離という在家の行者に教化されて弟子となるなら、それは必ずありえることだ。」

長苦行尼揵復白曰：「尊！若不信我所說者，尊自可往，亦可遣使。」

> 「尊者、もし私の言葉をお信じいただけないのであれば、ご自身でお出かけになるか、使者をお遣わしください。」

於是，尼揵親子告曰：「苦行！汝可自往，詣彼看之，為優婆離居士受沙門瞿曇化作弟子耶？為沙門瞿曇受優婆離居士化作弟子耶？」

> そこで、尼乾子（マハーヴィーラ）は言った。「苦行よ、お前が自ら行って確かめてこい。ウパーリ在俗信者が修行者ゴータマを弟子にしたのか、それとも修行者ゴータマがウパーリ在俗信者を弟子にしたのか？」

長苦行尼揵受尼揵親子教已，往詣優婆離居士家。守門人遙見長苦行尼揵來，而作是說：「尊者！優婆離居士今受佛化，化作弟子，則不聽諸尼揵入門，唯聽世尊四眾弟子，比丘、比丘尼、優婆塞、優婆私入。若欲得食者，便可住此，當出食與。」

> 長苦行尼乾は、尼乾の親子から教えを受けて、ウパーリ長者のもとへと向かった。門番は遠くから長苦行尼乾が来るのを見て、こう言った。「尊師よ、ウパーリ長者は今、仏陀の教えを受け、仏弟子となりました。それゆえ、尼乾たちが門をくぐることは許されず、世尊の四つの弟子の集い、比丘、比丘尼、優婆塞、優婆私のみが入ることができます。もし食べ物をお求めでしたら、こちらでお待ちください。私がお渡しいたしましょう。」

長苦行尼揵語曰：「守門人！我不用食。」

> 長苦行尼乾が言いました。「門番よ、私は食べ物はいらない。」

長苦行尼揵知此事已，奮頭而去，往詣尼揵親子所，白曰：「尊！此是如我本所說。」

> 長く苦行していたニガンタ（出家者）はこのことを知って、首を振りながら立ち去り、ニガンタ・ナータプッタ尊者（ニガンタの教祖）のもとへ向かい、こう申し上げた。「尊師よ。これは、まさに私が以前から申し上げていた通りでございます。」

尼揵親子問曰：「苦行！何者是汝本所說耶？」

> 尼揵の子が尋ねました。「苦行者よ、あなたが根本的に説いている教えとは、どのようなものなのですか？」

長苦行尼揵答曰：「尊！我本所說，不欲令優婆離居士往詣沙門瞿曇所。所以者何？沙門瞿曇知幻化呪，能呪化作弟子，比丘、比丘尼、優婆塞、優婆私，恐優婆離居士受沙門瞿曇化，化作弟子。尊！優婆離居士今已受沙門瞿曇化，化作弟子已，不聽諸尼揵入門，唯聽沙門瞿曇弟子，比丘、比丘尼、優婆塞、優婆私入。」

> 長苦行尼犍が答えた。「尊き方よ。私が先ほど申し上げたのは、決して優婆離居士が沙門ゴータマのところへ行くことを望まなかったからではありません。なぜなら、沙門ゴータマは幻術を自在に操り、その術を用いて弟子を作り出すことができるからです。比丘、比丘尼、優婆塞、優婆私を幻化するのです。ですから、優婆離居士が沙門ゴータマの教化を受け、その弟子になってしまうのが心配だったのです。尊き方よ。今や優婆離居士は沙門ゴータマの教化を受け、弟子となってしまいました。もはや、尼犍の徒が門に入ることを許さず、ただ沙門ゴータマの弟子である比丘、比丘尼、優婆塞、優婆私だけを入れることを許しているのです。」

尼揵親子告曰：「苦行！若優婆離居士受沙門瞿曇化作弟子者，終無是處。若沙門瞿曇受優婆離居士化作弟子者，必有是處。」

> 尼ケン子（※火葬外道の支持者）が言った。「苦行よ、もしウパーリ在俗信者が修行者ゴータマの教えを受けてその弟子となるならば、そんなことは決してあり得ない。逆に修行者ゴータマがウパーリ在俗信者に教えられて、その弟子になることならば、必ずあり得るだろう。」

長苦行尼揵白曰：「尊！若不信我所說者，願尊自往。」

> 長苦行尼ケイ（出家修行者）が申し上げました。「尊い方よ。もし私の申し上げることをお信じにならないのでしたら、どうかご自身でおいでくださいませ。」

於是，尼揵親子與大尼揵眾五百人俱，往詣優婆離居士家。守門人遙見尼揵親子與大尼揵眾五百人俱來，而作是說：「尊者！優婆離居士今受佛化，化作弟子，則不聽諸尼揵入門，唯聽世尊四眾弟子，比丘、比丘尼、優婆塞、優婆私入。若欲得食者，便可住此，當出食與。」

> そこで、マハーヴィーラ（ニガンタ・ナータプッタ）は五百人の大ニガンタたちを率いて、居士ウパーリの家を訪れました。門番は遠くから彼らが来るのを見て、こう告げました。「尊者よ、ウパーリ居士は今や仏陀の教えを受け、その弟子となりました。そのため、ニガンタたちの入門はお許しにならず、世尊の四衆の弟子——比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷——だけがお許しになっています。もし食を求めるなら、こちらに留まってください。食を差し出しましょう。」

尼揵親子語曰：「守門人！我不用食，但欲得見優婆離居士。」

> 尼乾子は言いました。「門番よ、私は食事は要らない。ただ優婆離（うばり）居士に会いたいのだ。」

守門人語曰：「願尊住此，我今入白尊者優婆離居士。」

> 門番が言いました。「どうかこちらでお待ちください。ただ今、尊者ウパーリー居士にお伝えいたします。」

彼守門人即入白曰：「居士！當知尼揵親子與大尼揵眾五百人俱住在門外，作如是語：『我欲得見優婆離居士。』」

> 門番がすぐに中に入って告げた。「居士様、尼乾子（にけんし）と五百人の尼乾の弟子たちが門の外にいて、こう申しております。『優婆離（うばり）居士にお会いしたい』と。」

優婆離居士告守門人：「汝至中門，敷設床座，訖還白我。」

> 優婆離居士は門番に言いました。「あなたは中門に行って、床座を準備しなさい。それが終わったら、戻って私に報告しなさい。」

守門人受教，往至中門，敷設床座訖，還白曰：「居士！當知敷床已訖，唯願居士自當知時。」

> 門番は教えを受け、中門に行って床座を整え終え、戻ってこう言った。「居士よ、床の準備は整いました。どうか、適宜お越しくださいませ。」

優婆離居士將守門人往至中門，若有床座，極高廣大，極淨好敷，謂優婆離居士本抱尼揵親子所令坐者。優婆離居士自處其上，結加趺坐，告守門人：「汝出往至尼揵親子所，作如是語：『尊人！優婆離居士言：「尊人欲入者，自可隨意。」』」

> 優婆離居士は門番を中門まで連れて行った。そこには、非常に高く広く、清らかで見事な敷物が施された寝台があった。これは、優婆離居士がかつて尼揵（ジェイン教の開祖）の直弟子から座るよう命じられたものである。優婆離居士は自らその上に足を組んで座り、門番に告げた。「あなたは外に出て、尼揵の直弟子のもとへ行き、こう伝えなさい。『尊者よ、優婆離居士が申します。尊者がお入りになりたいならば、どうぞご随意に。』」

彼守門人受教即出，至尼揵親子所，作如是語：「尊人！優婆離居士言：『尊人欲入者，自可隨意。』」於是，尼揵親子與大尼揵眾五百人俱入至中門。

> 門番は教えを受けてすぐに出かけ、尼犍の親子のもとへ行き、こう言った。「尊師よ、ウパーリ居士が申します。『尊師がお入りになりたければ、ご自由にどうぞ』と。」そこで、尼犍の親子は五百人の大尼犍の者たちとともに、中門まで入ってきた。

優婆離居士遙見尼揵親子與大尼揵眾五百人俱入，而作是語：「尊人！有座，欲坐隨意。」

> 優婆離居士は、遠くから尼乾子（にけんし）と五百人の大尼乾の弟子たちが入ってくるのを見て、こう言いました。「尊い方よ、お席がございます。どうぞお好きなようにお掛けください。」

尼揵親子語曰：「居士！汝應爾耶？自上高座，結加趺坐，與人共語，如出家者學道無異。」

> 尼揵の親子が言いました。「居士よ、あなたは、自ら高い座に上り、結跏趺坐を組みながら、出家修行者のように人と語るのが正しいことだと思っているのですか？」

優婆離居士語曰：「尊人！我自有物，欲與便與，不與便不與，此座我有，是故我言：『有座，欲坐隨意。』」

> ウパーリ居士がおっしゃいました。「尊い方よ。私には自分の持ち物があり、与えたいときに与え、与えたくないときには与えません。この座席も私のものだからこそ、『座席がありますので、お好きなようにおかけください』と言ったのです。」

尼揵親子敷座而坐，語曰：「居士！何以故爾？欲降伏沙門瞿曇而反自降伏來。猶如有人求眼入林，而失眼還。如是，居士欲往降伏沙門瞿曇，反為沙門瞿曇所降伏來。猶如有人以渴入池，而反渴還。居士亦然，欲往降伏沙門瞿曇，而反自降伏還。居士！何以故爾？」

> ニガンタの親子が座を整えて座り、言いました。「居士よ、なぜそうなったのか。沙門ゴータマを打ち負かそうとして、かえって自らが打ち負かされて帰ってきたのだ。まるで、目を求めて森に入りながら、目を失って帰ってくる者のように。同じように、居士よ、あなたは沙門ゴータマを打ち負かそうとして、かえって沙門ゴータマに打ち負かされて帰ってきたのだ。また、喉の渇きを癒そうと池に入りながら、かえって渇いたまま帰ってくる者のように。居士もまた同じで、沙門ゴータマを打ち負かそうとして、かえって自らが打ち負かされて帰ってきたのだ。居士よ、なぜそうなったのか。」

優婆離居士語曰：「尊人！聽我說喻，慧者聞喻則解其義。尊人！譬一梵志，有年少婦，彼婦懷妊，語其夫曰：『我今懷妊，君去至市，可為兒買好戲具來。』時，彼梵志語其婦曰：『但令卿得安隱產已，何憂無耶？若生男者，當為卿買男戲具來，若生女者，亦當為買女戲具來。』婦至再三語其夫曰：『我今懷妊，君去至市，速為兒買好戲具來。』梵志亦至再三語其婦曰：『但令卿得安隱產已，何憂無耶？若生男者，當為卿買男戲具來，若生女者，亦當為買女戲具來。』

> 優婆離居士が言いました。「尊い方よ、たとえ話をさせてください。賢い人はたとえ話を聞けば、その意味を理解するものです。 尊い方よ、例えば、あるバラモンに若い妻がいました。その妻は妊娠して、夫にこう言いました。 『私は今、子どもを身ごもっています。町に行って、子どものための良いおもちゃを買ってきてください。』 すると、そのバラモンは妻に言いました。 『君が無事に出産すれば、何も心配はいらないではないか。もし男の子が生まれたら、男の子用のおもちゃを買ってあげよう。もし女の子が生まれたら、女の子用のおもちゃも買ってあげよう。』 妻は二度、三度と夫に言いました。 『私は今、子どもを身ごもっています。町に行って、すぐに子どものための良いおもちゃを買ってきてください。』 バラモンもまた二度、三度と妻に言いました。 『君が無事に出産すれば、何も心配はいらないではないか。もし男の子が生まれたら、男の子用のおもちゃを買ってあげよう。もし女の子が生まれたら、女の子用のおもちゃも買ってあげよう。』

「彼梵志者極憐念婦，即便問曰：『卿欲為兒買何戲具？』婦報之曰：『君去為兒買獼猴子好戲具來。』梵志聞已，往至市中買獼猴子戲具。持還語其婦曰：『我已為兒買獼猴子戲具來還。』其婦見已，嫌色不好，即語夫曰：『君可持此獼猴戲具往至染家，染作黃色，令極可愛，擣使光生。』梵志聞已，即時持此獼猴戲具，往至染家而語之曰：『為我染此獼猴戲具，作好黃色，令極可愛，擣使光生。』爾時，染家便語梵志：『獼猴戲具染作黃色，令極可愛，此可爾也，然不可擣使光澤生。』於是，染家說此頌曰：

> あるバラモンは妻を非常に慈しんでおり、すぐに尋ねました。「子どもにどんなおもちゃを買ってやろうか。」妻が答えました。「あなたが行って、子どもにおサルのおもちゃを買ってきてください。」バラモンはそれを聞いて、市場に行き、おサルのおもちゃを買いました。持ち帰って妻に言いました。「もう子どもにおサルのおもちゃを買ってきたよ。」妻はそれを見ると、色が気に入らず、夫に言いました。「このおサルのおもちゃを染め屋に持っていって、黄色に染めてもらい、とてもかわいく仕上げてもらい、磨いて光沢を出してもらいなさい。」バラモンはそれを聞いて、すぐにおサルのおもちゃを染め屋に持って行き、こう言いました。「このおサルのおもちゃを染めてください。きれいな黄色に、とてもかわいく、磨いて光沢を出してください。」その時、染め屋はバラモンに言いました。「おサルのおもちゃを黄色に染めて、とてもかわいくすることはできます。しかし、磨いて光沢を出すことはできません。」そこで、染め屋は次の偈を唱えました。

「『獼猴忍受色， 不能堪忍擣，若擣則命終， 終不可椎打，此是臭穢囊， 獼猴滿不淨。』

> 「猿は色に耐えられても、砕かれることは耐えられない。 もし砕かれるなら、命は終わる。決して叩いてはいけない。 これは臭い汚れた袋であり、猿は不浄で満ちている。」

「尊人！當知尼揵所說亦復如是，不能堪忍受他難問，亦不可得思惟觀察，唯但染愚，不染慧也。尊人！復聽，猶如清淨波羅㮈衣，主持往至於彼染家，而語之曰：『為染此衣，作極好色，令可愛也。亦為極擣，使光澤生。』彼時染家語衣主曰：『此衣可染，作極好色，令可愛也。亦可極擣，使光澤生。』於是，染家說此頌曰：

> 「尊き方よ、知るがよい。尼揵（ニガンタ）の説もまたこれと同じである。彼らは他人の問い詰めに耐えることができず、思考し観察することもできない。ただ愚かさに染まるだけで、智慧に染まることはないのだ。 尊き方よ、さらに聞け。例えば清らかな波羅奈の衣（布）がある。衣の主がそれを染め屋に持って行き、こう言う。『この衣を染めて、とても美しい色にし、愛らしいものにしてください。また、よく打って光沢を出してください』と。その時、染め屋は衣の主に答える。『この衣は染められます。とても美しい色にし、愛らしいものにしましょう。また、よく打って光沢を出すこともできます』と。そこで染め屋はこの偈（うた）を唱えた。」

「『如波羅㮈衣， 白淨忍受色，擣已則柔軟， 光色增益好。』

> 「波羅奈の衣は、純白でよく色を染め、よく打てば柔らかくなり、光沢がますます良くなる。」

「尊人！當知諸如來、無所著、等正覺所說亦復如是，極能堪忍受他難問，亦快可得思惟觀察。唯但染慧，不染愚也。」

> 尊い方よ、知るべきです。如来、阿羅漢、正等覚者が説かれる教えもまた、全く同じです。他人からの厳しい問いにも非常によく耐えられ、また、よく考え、観察することができます。ただ、智慧を汚すことはあっても、無明を汚すことはないのです。

尼揵親子語曰：「居士為沙門瞿曇幻呪所化。」

> ニガンタの子は言いました。「在家の方は、沙門ゴータマの幻術に惑わされているのです。」

優婆離居士語曰：「尊人！善幻化呪，極善幻化呪。尊人！彼幻化呪令我父母長夜得利饒益，安隱快樂，及其妻子、奴婢、作使、那難陀國王，及一切世間，天及魔梵、沙門、梵志，從人至天，令彼長夜得利饒益，安隱快樂。」

> 優波離居士が申し上げました。「尊い方よ、あなたは見事な変化身の呪文をお持ちです。まことに素晴らしい変化身の呪文です。尊い方よ、その変化身の呪文によって、私の父母は長きにわたり利益を得、安らかで幸せになるでしょう。同様に、私の妻や子供、奴婢や使用人、那難陀国王、そして一切の世の人々、天や魔、梵天、修行者やバラモン、人間から天に至るまで、そのすべてが長きにわたり利益を得、安らかで幸せになることでしょう。」

尼揵親子語曰：「居士！舉那難陀知優婆離居士是尼揵弟子，今者竟為誰弟子耶？」

> 尼ケンダの子が言いました。「居士よ。ナーランダー中の誰もが、ウパーリ居士がニガンタ（尼ケンダ）の弟子であることを知っています。ところで今、あなたは一体どなたの弟子となられたのですか？」 （※「尼揵」を「尼ケンダ」とカタカナ表記にし、読みやすくしました。「尼揵親子」は「尼ケンダの子」と意訳し、固有名詞であることを明確にしています。）

於是，優婆離居士即從座起，右膝著地，若方有佛，叉手向彼，語曰：「尊人！聽我所說也。

> そこで、優婆離居士は座を立ち、右膝を地につけ、もしどこかに仏がおられるならば、合掌してその方に向かい、言った。「尊き方よ、私の申すことをお聞きください。」

「雄猛離愚癡， 斷穢整降伏，無敵微妙思， 學戒禪智慧，安隱無有垢， 佛弟子婆離。大聖修習已， 得德說自在，善念妙正觀， 不高亦不下，不動常自在， 佛弟子婆離。無曲常知足， 捨離慳得滿，作沙門成覺， 後身尊大士，無比無有塵， 佛弟子婆離。無疾不可量， 甚深得牟尼，常安隱勇猛， 住法微妙思，調御常不戲， 佛弟子婆離。大龍樂住高， 結盡得解脫，應辯才清淨， 慧生離憂慼，不還有釋迦， 佛弟子婆離。正去禪思惟， 無有嬈清淨，常笑無有恚， 樂離得第一，無畏常專精， 佛弟子婆離。七仙無與等， 三達逮得梵，淨浴如明燈， 得息止怨結，勇猛極清淨， 佛弟子婆離。得息慧如地， 大慧除世貪，可祠無上眼， 上士無與等，御者無有恚， 佛弟子婆離。斷望無上善， 善調無比御，無上常歡喜， 無疑有光明，斷慢無上覺， 佛弟子婆離。斷愛無比覺， 無烟無有㷿，如去為善逝， 無比無與等，名稱已逮正， 佛弟子婆離。此是百難佛， 本未曾思惟，優婆離所說， 諸天來至彼，善助加諸辯， 如法如其人，尼揵親子問， 佛十力弟子。」

> 「雄々しくも愚かさを離れ、 汚れを断ち、調伏を整え、 比べる者なく、微細な智慧を持ち、 戒・禅定・智慧を学び、 安らかで穢れのない、 仏の弟子・婆離（うぱり）。 大いなる聖者は修行を終え、 功徳を得て自在に説き、 善き念と妙なる正観を持ち、 高ぶらず、卑下もせず、 動じず、常に自在である、 仏の弟子・婆離。 曲がった心なく、常に満足を知り、 貪りを捨てて満ち足り、 沙門となり悟りを開き、 最後の身であり尊い大士、 比類なく、塵（ちり）もない、 仏の弟子・婆離。 病なく、計り知れず、 深遠にして牟尼（もくに、聖者）を得、 常に安らかで勇猛、 法にとどまり微細な思いを持ち、 調御され、常に戯れない、 仏の弟子・婆離。 大龍は高みに住むことを楽しみ、 煩悩を尽くして解脱し、 弁才清らかに応じ、 智慧が生まれて憂いを離れ、 還り来ることなき者、釈迦の、 仏の弟子・婆離。 正しく行き、禅定を思惟し、 悩ますことなく清らかで、 常に笑みあり、怒りなく、 離れることを楽しみ、第一を得、 恐れず、常に専ら精進する、 仏の弟子・婆離。 七仙に並ぶ者なく、 三つの達智を得て梵（清らか）に至り、 清らかに浴み、明灯の如く、 息い、怨みの結びを止め、 勇猛にして極めて清らか、 仏の弟子・婆離。 息い、智慧は大地の如く、 大いなる智慧は世の貪りを除き、 供養に値する無上の眼、 上士に並ぶ者なく、 御者に怒りがない、 仏の弟子・婆離。 望みを断つ無上の善、 善く調御され比類なき御者、 無上に常に歓喜し、 疑いなく、光明あり、 慢を断つ無上の覚り、 仏の弟子・婆離。 愛を断つ比類なき覚り、 煙なく、燃え立つ炎もなく、 如去（にょご、如来）となり善逝（ぜんご）となり、 比類なく、並ぶ者なく、 名声は既に正しきに至る、 仏の弟子・婆離。 これは百の難問を持つ仏、 本来は思惟したことのないものを、 優波離（うぱり）が説き、 諸々の天がそこに至り、 善く助け、諸々の弁才を加えた、 法の如く、その人の如く、 尼犍子（にけんし、ジャイナ教の開祖）が問い尋ねた、 仏の十力の弟子である。」

尼揵親子問曰：「居士！汝以何意稱歎沙門瞿曇耶？」

> 尼乾の子が尋ねました。「在家の皆様よ、あなたはどのようなお考えで沙門ゴータマを褒め称えられるのですか？」

優婆離居士報曰：「尊人！聽我說喻，慧者聞喻則解其義。猶善鬘師、鬘師弟子，採種種華，以長綖結作種種鬘。如是，尊人！如來、無所著、等正覺有無量稱歎，我之所尊，以故稱歎。」

> ウバーリ居士は答えました。「尊者よ、たとえ話をお聞きください。賢者はたとえを聞けば、その意味を理解します。例えば、優れた花飾り職人やその弟子たちが、さまざまな花を集め、長い糸で結んで様々な花飾りを作るようなものです。それと同じように、尊者よ、如来（如来）、阿羅漢（無所著）、正等覚者（等正覚）には数えきれないほどの賛嘆すべき徳があり、私が敬うところであります。それゆえに、私はその方を賛嘆するのです。」

說此法時，優婆離居士遠塵離垢，諸法法眼生；尼揵親子即吐熱血，至波惒國，以此惡患，尋便命終。

> この教えが説かれた時、優婆離（うばり）居士は塵や汚れを離れ、諸法に対する清らかな法眼が生じました。一方、尼犍（にけん）親子は熱血を吐き、波惒国に至って、その悪い患いのままにまもなく命を終えました。

佛說如是。優婆離居士聞佛所說，歡喜奉行。

> 仏はこのようにお説きになった。優婆離居士は仏の教えを聞き、喜んで実践した。

優婆離經第十七竟六千二百六十三字

> 「ウバーリ経」第十七章 終わり〈注釈：六千二百六十三字〉

## 中阿含經卷第三十二

> 中阿含経 第三十二巻