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title: "中阿含經 · 135 善生經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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### （一三五）中阿含大品善生經第十九第三念誦

> （一三五）中阿含 大品 善生経 第十九<note>第三念誦</note>

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊王舍城，在饒蝦蟆林。

> ある時、仏陀は王舎城の、蝦蟆（がま）の多い林に滞在しておられた。

爾時，善生居士子，父臨終時，因六方故，遺勅其子，善教善訶曰：「善生！我命終後，汝當叉手向六方禮：『東方若有眾生者，我盡恭敬、供養、禮事彼。我盡恭敬、供養、禮事彼已，彼亦當恭敬、供養、禮事我。如是南方、西方、北方、下方、上方，若有眾生者，我盡恭敬、供養、禮事彼。我盡恭敬、供養、禮事彼已，彼亦當恭敬、供養、禮事我。』」

> その昔、善生という在家の若者がおりました。彼の父親は臨終の際、六方（東西南北・上下）にまつわる教えを息子に遺し、次のように諭しました。 「善生よ。私が亡き後、お前は合掌して六方に向かい、こう礼拝しなさい。 『東方にいる全ての生きとし生けるものに対し、私は心から敬い、供養し、礼拝します。私がそうするならば、彼らもまた、私を敬い、供養し、礼拝してくれるでしょう。』 同様に、南方、西方、北方、下方、上方についても、こう唱えなさい。 『（それぞれの方角に）いる全ての生きとし生けるものに対し、私は心から敬い、供養し、礼拝します。私がそうするならば、彼らもまた、私を敬い、供養し、礼拝してくれるでしょう。』」

善生居士子聞父教已，白父曰：「唯。當如尊勅。」

> 善生居士子は、父の教えを聞き終えて、父に申し上げました。「かしこまりました。必ず御指示の通りにいたします。」

於是，善生居士子，父命終後，平旦沐浴，著新蒭磨衣，手執生拘舍葉，往至水邊，叉手向六方禮：「東方若有眾生者，我盡恭敬、供養、禮事彼。我盡恭敬、供養、禮事彼已，彼亦當恭敬、供養、禮事我。如是南方、西方、北方、下方、上方，若有眾生者，我盡恭敬、供養、禮事彼。我盡恭敬、供養、禮事彼已，彼亦當恭敬、供養、禮事我。」

> そこで、善生居士の子は、父が亡くなった後、明け方に沐浴し、新しい真っ白な衣をまとい、手に生のゴーシャ（拘舎）の葉を持って、水辺に行き、合掌して六方に向かって礼をした。 「東方にいるすべての生きとし生けるものに対して、私は心から敬い、供養し、礼拝いたします。私がそのように敬い、供養し、礼拝すれば、彼らもまた、私を敬い、供養し、礼拝してくれるでしょう。 同様に、南方、西方、北方、下方、上方にいるすべての生きとし生けるものに対して、私は心から敬い、供養し、礼拝いたします。私がそのように敬い、供養し、礼拝すれば、彼らもまた、私を敬い、供養し、礼拝してくれるでしょう。」

彼時，世尊過夜平旦，著衣持鉢，入王舍城而行乞食。世尊入王舍城乞食時，遙見善生居士子平旦沐浴，著新蒭磨衣，手執生拘舍葉，往至水邊，叉手向六方禮：「東方若有眾生者，我盡恭敬、供養、禮事彼。我盡恭敬、供養、禮事彼已，彼亦當恭敬、供養、禮事我。如是南方、西方、北方、下方、上方，若有眾生者，我盡恭敬、供養、禮事彼。我盡恭敬、供養、禮事彼已，彼亦當恭敬、供養、禮事我。」

> ある時のこと、世尊は夜が明けて朝になり、衣を身にまとい鉢を持って、王舎城に入り托鉢に出かけられました。世尊が王舎城で托鉢していたところ、遠くに善生という在家の若者が朝早くに沐浴し、新しい麻の衣服をまとい、手に生のクシャ草の葉を持って、水辺に赴き、合掌して六方を礼拝しているのをご覧になりました。 彼はこう唱えていました。 「東方にいるすべての生きとし生けるものに対し、私は心から敬い、供養し、礼拝します。私がそれらを敬い、供養し、礼拝すれば、彼らもまた私を敬い、供養し、礼拝してくれるでしょう。 同様に南方、西方、北方、下方、上方についても、そこにいるすべての生きとし生けるものに対し、私は心から敬い、供養し、礼拝します。私がそれらを敬い、供養し、礼拝すれば、彼らもまた私を敬い、供養し、礼拝してくれるでしょう。」

世尊見已，往至善生居士子所，問曰：「居士子！受何沙門、梵志教，教汝恭敬、供養、禮事，平旦沐浴，著新芻磨衣，手執生拘舍葉，往至水邊，叉手向六方禮：『東方若有眾生者，我盡恭敬、供養、禮事彼。我盡恭敬、供養、禮事彼已，彼亦當恭敬、供養、禮事我。如是南方、西方、北方、下方、上方，若有眾生者，我盡恭敬、供養、禮事彼。我盡恭敬、供養、禮事彼已，彼亦當恭敬、供養、禮事我耶？』」

> 世尊はそれを見て、善生居士子のもとへ行き、尋ねられました。 「居士子よ。あなたはどの沙門やバラモンの教えに従って、朝早くから沐浴し、新しい麻の衣をまとい、生のコーシャ葉を手に持ち、水辺に行き、両手を合わせて六方に向かって礼拝し、こう言っているのですか。 『東方にいる全ての生きとし生けるものを、私は敬い、供養し、礼拝します。私が彼らを敬い、供養し、礼拝すれば、彼らもまた私を敬い、供養し、礼拝するでしょう。 同様に、南方、西方、北方、下方、上方にいる全ての生きとし生けるものを、私は敬い、供養し、礼拝します。私が彼らを敬い、供養し、礼拝すれば、彼らもまた私を敬い、供養し、礼拝するでしょう。』と。」

善生居士子答曰：「世尊！我不受餘沙門、梵志教也。世尊！我父臨命終時，因六方故，遺勅於我，善教善訶曰：『善生！我命終後，汝當叉手向六方禮：「東方若有眾生者，我盡恭敬、供養、禮事彼。我盡恭敬、供養、禮事彼已，彼亦當恭敬、供養、禮事我。如是南方、西方、北方、下方、上方，若有眾生者，我盡恭敬、供養、禮事彼。我盡恭敬、供養、禮事彼已，彼亦當恭敬、供養、禮事我。」』世尊！我受父遺教，恭敬、供養、禮事故，平旦沐浴，著新芻磨衣，手執生拘舍葉，往至水邊，叉手向六方禮：『東方若有眾生者，我盡恭敬、供養、禮事彼。我盡恭敬，供養、禮事彼已，彼亦當恭敬、供養、禮事我。如是南方、西方、北方、下方、上方，若有眾生者，我盡恭敬、供養、禮事彼。我盡恭敬、供養、禮事彼已，彼亦當恭敬、供養、禮事我。』」

> 善生居士子がお答えしました。「世尊よ、私は他の沙門や梵志の教えを受けているのではありません。私の父が臨終の際に、六方のことに因んで、私に戒めを遺され、よく教えよく諭してこう言いました。『善生よ、私が死んだ後、お前は合掌して六方に向かって礼拝しなさい。「東方に生きとし生けるものがいれば、私は精一杯敬い、供養し、礼拝いたします。私が精一杯敬い、供養し、礼拝すれば、彼らもまた私を敬い、供養し、礼拝してくれるでしょう。同様に南方、西方、北方、下方、上方にも、生きとし生けるものがいれば、私は精一杯敬い、供養し、礼拝いたします。私が精一杯敬い、供養し、礼拝すれば、彼らもまた私を敬い、供養し、礼拝してくれるでしょう。」』と。世尊よ、私は父の遺教を受けて、敬い、供養し、礼拝するために、早朝に沐浴し、新しい苫摩衣を着て、手に生の拘舍葉を持ち、水辺に赴き、合掌して六方に向かって礼拝しております。『東方に生きとし生けるものがいれば、私は精一杯敬い、供養し、礼拝いたします。私が精一杯敬い、供養し、礼拝すれば、彼らもまた私を敬い、供養し、礼拝してくれるでしょう。同様に南方、西方、北方、下方、上方にも、生きとし生けるものがいれば、私は精一杯敬い、供養し、礼拝いたします。私が精一杯敬い、供養し、礼拝すれば、彼らもまた私を敬い、供養し、礼拝してくれるでしょう。」』」

世尊聞已，告曰：「居士子！我說有六方，不說無也。居士子！若有人善別六方，離四方惡不善業垢，彼於現法可敬可重，身壞命終，必至善處，上生天中。居士子！眾生有四種業、四種穢。云何為四？居士子！殺生者，是眾生業種、穢種，不與取、邪婬、妄言者，是眾生業種、穢種。」於是，世尊說此頌曰：

> 世尊はこれを聞いて、お告げになりました。「在家の方よ、私は六方という教えを説く。これを『ない』とは言わない。在家の方よ、もし人が六方を正しくわきまえ、四方の悪しき業や汚れを離れるならば、その人は現世において敬われ、重んじられる。そして、この身が壊れ、命が終わるとき、必ず良いところに生まれ変わり、天界に昇るであろう。在家の方よ、人には四つの業と四つの汚れがある。その四つとは何か？在家の方よ、命あるものを殺すこと、これは人の業の種であり、汚れの種である。与えられていないものを取ること、よこしまな行い、偽りの言葉を語ること、これらもまた人の業の種であり、汚れの種である。」そこで世尊は、この偈（うた）を説かれました。

「殺生不與取， 邪婬犯他妻，所言不真實， 慧者不稱譽。

> 生き物を殺さず、他人のものを盗まず、 他人の配偶者と淫らな関係を持たず、 嘘をつかないこと——これらを賢者は誉め称えます。

「居士子！人因四事故，便得多罪。云何為四？行欲、行恚、行怖、行癡。」於是，世尊說此頌曰：

> 「在家の皆さんよ、人が四つのことによって多くの罪を積むことがあります。その四つとは何か？欲望に従って行動すること、怒りに従って行動すること、恐怖に従って行動すること、愚かさに従って行動することです。」そこで、世尊はこの偈（うた）を説かれました。

「欲恚怖及癡， 行惡非法行，彼必滅名稱， 如月向盡沒。

> 欲望、怒り、恐怖、そして無知のために、 善からぬ行いや道に外れた行いをすれば、 その人の名声は必ず衰え、 まるで月が欠けて消えゆくかのようになる。

「居士子！人因四事故，便得多福。云何為四？不行欲、不行恚、不行怖、不行癡。」於是，世尊說此頌曰：

> 「在家の方々よ、人は四つのことによって、多くの福徳を得るのです。その四つとは何か。欲望に振り回されないこと、怒りに振り回されないこと、恐れに振り回されないこと、無知に振り回されないことです。」 そこで、世尊はこの詩を説かれました。

「斷欲無恚怖， 無癡行法行，彼名稱普聞， 如月漸盛滿。

> 欲望を断ち、怒りや恐れを捨て、 愚かさなく、法に従って生きる人。 その人の名声は広く伝わり、 満ちていく月のように、日々、輝きを増していく。

「居士子！求財物者，當知有六非道。云何為六？一曰種種戲求財物者為非道。二曰非時行求財物者為非道。三曰飲酒放逸求財物者為非道。四曰親近惡知識求財物者為非道。五曰常喜妓樂求財物者為非道。六曰懶惰求財物者為非道。

> 在家の方よ、財を求める者には、六つの正しくない道があることを知るべきです。その六つとは何か。第一に、さまざまな賭け事によって財を求めることは正しくない道です。第二に、不適切な時に行動して財を求めることは正しくない道です。第三に、酒を飲み放蕩にふけって財を求めることは正しくない道です。第四に、悪い友人に親しんで財を求めることは正しくない道です。第五に、いつも遊びや音楽を好んで財を求めることは正しくない道です。第六に、怠け心で財を求めることは正しくない道です。

「居士子！若人種種戲者，當知有六災患。云何為六？一者負則生怨。二者失則生恥。三者負則眠不安。四者令怨家懷喜。五者使宗親懷憂。六者在眾所說人不信用。居士子！人博戲者，不經營作事，作事不營，則功業不成，未得財物，則不能得，本有財物，便轉消耗。

> 「在家人よ、人が様々な賭け事に興じるならば、六つの災いがあると知るべきです。その六つとは何か。第一に、負ければ恨みが生じる。第二に、損をすれば恥を感じる。第三に、負ければ眠りも安らかでない。第四に、敵に喜びを与える。第五に、親族に心配をかける。第六に、大勢の中で語る言葉を信頼されない。在家人よ、賭け事にふける人は、仕事に励まず、仕事に励まなければ、成し遂げるべきことも成し遂げられず、まだ得ていない財は得られず、すでに持っている財までも減り失われていくのです。」

「居士子，人非時行者，當知有六災患。云何為六？一者不自護。二者不護財物。三者不護妻子。四者為人所疑。五者多生苦患。六者為人所謗。居士子！人非時行者，不經營作事，作事不營，則功業不成，未得財物，則不能得，本有財物，便轉消耗。

> 在家の方よ、不適切な時間に行動する者には、六つの災いがあると知るべきです。その六つとは何か。第一に、自分自身を守れない。第二に、財産を守れない。第三に、妻や子どもを守れない。第四に、他人から疑われる。第五に、多くの苦しみや悩みが生じる。第六に、他人から非難される。在家の方よ、不適切な時間に行動する者は、仕事を計画的に行わず、仕事を計画的に行わなければ、成果を上げることができません。まだ得ていない財物は得られず、すでに持っている財物も次第に減り、失われてしまうのです。

「居士子！若人飲酒放逸者，當知有六災患。一者現財物失。二者多有疾患。三者增諸鬪諍。四者隱藏發露。五者不稱不護。六者滅慧生癡。居士子！人飲酒放逸者，不經營作事，作事不營，則功業不成，未得財物，則不能得，本有財物，便轉消耗。

> 居士よ、人が酒を飲み、放逸に陥る者には、六つの災いがあると知るべきです。 第一に、現にある財物を失うこと。 第二に、多くの病や患いが生じること。 第三に、様々な争いが増えること。 第四に、隠していたことが明るみに出ること。 第五に、名声を得られず、身を守れなくなること。 第六に、智慧が滅し、愚かさが生まれること。 居士よ、酒を飲み、放逸に陥る者は、仕事を計画的に営まず、営んでも成果が上がりません。そのため、功業は成らず、まだ得ていない財物は得られず、元々あった財物も次第に減り失われていきます。

「居士子！若人親近惡知識者，當知有六災患。云何為六？一者親近賊。二者親近欺誑。三者親近狂醉。四者親近放恣。五者逐會嬉戲。六者以此為親友，以此為伴侶。居士子！若人親近惡知識者，不經營作事，作事不營，則功業不成，未得財物，則不能得，本有財物，便轉消耗。

> 「在家の方よ、もし人が悪友に親しむなら、六つの災いがあると知るべきです。その六つとは何か。第一に、盗人に親しむこと。第二に、人を欺く者に親しむこと。第三に、酒に酔いしれる者に親しむこと。第四に、勝手気ままな者に親しむこと。第五に、遊びや催しにふけること。第六に、そうした者たちを友とし、仲間とすることです。在家の方よ、もし人が悪友に親しむなら、仕事を計画的に進めず、計画を立てても実行しないため、成果が上がりません。まだ得ていない財産は得られず、すでに持っている財産も減り失われてしまいます。」

「居士子！若人憙伎樂者，當知有六災患。云何為六？一者憙聞歌。二者憙見舞。三者憙往作樂。四者憙見弄鈴。五者憙拍兩手。六者憙大聚會。居士子！若人憙伎樂者，不經營作事，作事不營，則功業不成，未得財物，則不能得，本有財物，便轉消耗。

> 居士子よ、もし人が芸能遊びを好むなら、六つの災いがあると知るべきである。その六つとは何か。第一に歌を聞くことを好むこと。第二に舞を見ることを好むこと。第三に自ら楽器を奏でに出かけること。第四に鈴の音を楽しむこと。第五に手拍子を打つこと。第六に大がかりな集まりを好むこと。居士子よ、もし人が芸能遊びを好むなら、仕事を計画的に営まず、営まなければ功績や事業は成し遂げられず、まだ得ていない財物は得ることができず、すでに持っている財物も浪費して減ってしまうのである。

「居士子！若有懶惰者，當知有六災患。云何為六？一者大早不作業。二者大晚不作業。三者大寒不作業。四者大熱不作業。五者大飽不作業。六者大飢不作業。居士子！若人懶惰者不經營作事，作事不營則功業不成，未得財物則不能得，本有財物便轉消耗。」於是世尊說此頌曰：

> 「在家の皆さん。もし怠け者であるならば、六つの災いがあると知るべきです。その六つとは何か。第一に、朝早すぎるからといって働かないこと。第二に、夜遅すぎるからといって働かないこと。第三に、寒すぎるからといって働かないこと。第四に、暑すぎるからといって働かないこと。第五に、食べ過ぎたからといって働かないこと。第六に、空腹すぎるからといって働かないことです。在家の皆さん。もし人が怠け者であれば、仕事を計画して行うことがなく、仕事を行わなければ成果は上がらず、まだ得ていない財産は得られず、すでに持っている財産も減っていってしまいます。」 そこで、世尊はこの偈を説かれました。

「種種戲逐色， 嗜酒憙作樂，親近惡知識， 懶惰不作業，放恣不自護， 此處壞敗人。行來不防護， 邪婬犯他妻，心中常結怨， 求願無有利，飲酒念女色， 此處壞敗人。重作不善行， 佷戾不受教，罵沙門梵志， 顛倒有邪見，凶暴行黑業， 此處壞敗人。自乏無財物， 飲酒失衣被，負債如涌泉， 彼必壞門族。數往至酒鑪， 親近惡朋友，應得財不得， 是伴黨為樂。多有惡朋友， 常隨不善伴，今世及後世， 二俱得敗壞。人習惡轉減， 習善轉興盛，習勝者轉增， 是故當習勝。習昇則得昇， 常逮智慧昇，轉獲清淨戒， 及與微妙上，晝則喜眠臥， 夜則好遊行。放逸常飲酒， 居家不得成，大寒及大熱， 謂有懶惰人。至竟不成業， 終不獲財利，若寒及大熱， 不計猶如草。若人作是業， 彼終不失樂。

> さまざまな遊びに夢中になり、酒を好み楽しみ、 悪い友に親しみ、怠けて仕事をしない。 勝手気ままに自分を律せず――こうしたことが人を滅ぼす。 外出しても節度がなく、他人の妻と姦通し心に恨みを抱き続ける。 願い叶わず、酒を飲み女に心を奪われる――こうしたことが人を滅ぼす。 悪行を重ね、強情で教えを受け入れず、 修行者や聖者を罵り間違った邪見を持つ。 凶暴に振る舞い悪しき行いをする――こうしたことが人を滅ぼす。 自分は貧しく財もないのに、酒を飲んで衣類を失い、 借金が泉のように湧き出る。その人は必ず家系を滅ぼす。 たびたび酒場に通い悪い友に親しみ、 得るはずの財を得られない。これが悪友との付き合いで得る楽しみだ。 多くの悪友がいて常に悪い仲間に従えば、 現在も来世も、どちらも滅んでしまう。 人は悪に慣れればますます悪くなり、善に慣れればますます善くなる。 勝れたものになればさらに増すゆえに、勝れたものを学びなさい。 勝れたものを学べば高まり、常に智慧の高みに達する。 清らかな戒律（かい）を次々に得て、さらに優れた高い境地を得る。 昼は眠り込み夜は遊び歩き、 だらしなく酒に浸る者は、家庭を築けない。 大寒さや大暑さを理由に怠ける者がいるが、 結局何も成し遂げられず財を得ることはない。 寒さや暑さを草のように気にせず、 このように努力する人は決して真の楽しみを失わない。

「居士子！有四不親而似親。云何為四？一者知事非親似如親。二者面前愛言非親似如親。三者言語非親似如親。四者惡趣伴非親似如親。居士子！因四事故，知事非親似如親。云何為四？一者以知事奪財。二者以少取多。三者或以恐怖。四者或為利狎習。」於是世尊說此頌曰：

> 「家人よ、親しげに見えて実際は親しくない者が四種類いる。どのような四種類か。第一に、世話をするふりをして実際は親しくない者。第二に、面と向かって愛想よく振る舞いながら実際は親しくない者。第三に、言葉だけ巧みで実際は親しくない者。第四に、悪い道に導く仲間として実際は親しくない者である。家人よ、四つの理由によって、世話をするふりをする者は親しくないと分かる。どのような四つか。第一に、何かと世話をするふりをして財産を奪う。第二に、少し与えて多くを得ようとする。第三に、恐れさせることで利用する。第四に、利益のために親しく振る舞う。」そこで世尊は次の詩句を唱えられた。

「人以知為事， 言語至柔軟，怖為利狎習， 知非親如親，常當遠離彼， 如道有恐怖。

> 人は知識をもって物事を判断し 言葉は非常に柔らかになる。 だが、恐怖から利益のために親しみ寄り、 真の親ではないのに親であるかのように振る舞う者を、 常に遠く離れるべきである。 あたかも道に恐れがあるように。

「居士子！因四事故，面前愛言非親似如親。云何為四？一者制妙事。二者教作惡。三者面前稱譽。四者背說其惡。」於是世尊說此頌曰：

> 「在家の方よ、四つの理由によって、目先だけの愛想のよい言葉をかける人は、本当の親とは言えません。その四つとは何か。第一に、良いことを妨げること。第二に、悪いことを教えること。第三に、本人の前で褒めること。第四に、陰で悪口を言うことです。」 そこで世尊は、この偈（うた）を説かれました。

「若制妙善法， 教作惡不善，對面前稱譽， 背後說其惡。若知妙及惡， 亦復覺二說，是親不可親， 知彼人如是。常當遠離彼， 如道有恐怖。

> もしも「良い法を教えている」と言いながら、 悪い不善な行いをさせる者がいるなら、 面と向かっては褒め称えながら、 背後ではその悪口を言うならば、 善いことと悪いことを知り、 その二つの語り口にも気づいたなら、 親しむべきでない者だと知れ。 そのような人だと分かったなら、 常にその者から遠ざかるがよい。 あたかも危険な道から離れるように。

「居士子！因四事故言語非親似如親。云何為四？一者認過去事。二者必辯當來事。三者虛不真說。四者現事必滅，我當作不作認說。」於是世尊說此頌曰：

> 「居士よ、四つの理由によって、言葉が親のように見えて実は親ではない人がいる。どのような四つか。第一に、過去のことばかり話す。第二に、必ず将来のことを論じる。第三に、真実ではなく偽りを言う。第四に、「現在のことは必ず滅びる。私はそれをするのもしないのも認めて言う」ということである。」そこで、世尊はこの偈を説かれた。

「認過及未來， 虛論現滅事，當作不作說， 知非親如親，常當遠離彼， 如道有恐怖。

> 過去や未来をいちいち認めたり、 はかない現実の消滅について虚ろな論を交わしたり、 為すべきことをせず、為すべきでないことを語り、 味方でもないのに味方のように振る舞う者とは、 常に距離を置きなさい。危険な道を避けるようにして。

「居士子！因四事故，惡趣伴非親似如親。云何為四？一者教種種戲。二者教非時行。三者教令飲酒。四者教親近惡知識。」於是世尊說此頌曰：

> 「居士よ、四つの理由によって、悪しき友は親しみのある者でありながら、実はそうではないのです。その四つとは何か。第一に、様々な遊びに興じることを教えること。第二に、不適切な時間に出歩くことを教えること。第三に、酒を飲むことを教えること。第四に、悪い知識（悪友）と親しむことを教えることです。」そこで、世尊はこの偈（うた）を説かれました。

「教若干種戲， 飲酒犯他妻，習下不習勝， 彼滅如月盡，常當遠離彼， 如道有恐怖。

> さまざまな道楽にふけり、酒を飲み、他人の妻を犯す。 下劣な行いに親しんで、優れた道を求めなければ、 そのような人は、欠けていく月のように滅びていく。 常にそのような人から遠ざかりなさい。あたかも危険な道を避けるように。

「居士子！善親當知有四種。云何為四？一者同苦樂，當知是善親。二者愍念，當知是善親。三者求利，當知是善親。四者饒益，當知是善親。居士子！因四事故同苦樂，當知是善親。云何為四？一者為彼捨己。二者為彼捨財。三者為彼捨妻子。四者所說堪忍。」於是世尊說此頌曰：

> 「在家の皆さん。善い友には四種類があります。どのような四つかというと、第一に苦楽を共にする人、これを善い友と知るべきです。第二に慈しみ思いやる人、これを善い友と知るべきです。第三に利益を求める人、これを善い友と知るべきです。第四に益をもたらす人、これを善い友と知るべきです。在家の皆さん。四つの理由によって苦楽を共にする人を、善い友と知るべきです。どのような四つかというと、第一にその人のために自分を犠牲にすること。第二にその人のために財産を惜しまないこと。第三にその人のために妻や子を捨てること。第四に言われたことを耐え忍ぶことです。」 そこで世尊はこの偈を唱えられました。

「捨欲財妻子， 所說能堪忍，知親同苦樂， 慧者當狎習。

> 欲望や財産、妻や子を捨て去ることができ、 教えを耐え忍ぶことができる人。 苦楽を共にする真の友と知ったなら、 賢い人はその人と親しく交わりなさい。

「居士子！因四事故愍念，當知是善親。云何為四？一者教妙法。二者制惡法。三者面前稱說。四者却怨家。」於是世尊說此頌曰：

> 「居士よ、四つの理由によって慈しみと思いやりの心を持つなら、それを善き友人と知るべきである。その四つとは何か。第一に、優れた教えを説くこと。第二に、悪しき行いを戒めること。第三に、面と向かって正直に語ること。第四に、敵から守ることである。」 そこで、世尊は次の偈を説かれた。

「教妙善制惡， 面稱却怨家，知善親愍念， 慧者當狎習。

> 教えは善を説き、悪を戒める。 面と向かって批判する者こそ、真の友である。 善を知る友は、慈しみをもって気にかけてくれる。 賢者は、そのような人と親しく交わるべきである。

「居士子！因四事故求利，當知是善親。云何為四？一者密事發露。二者密不覆藏。三者得利為喜。四者不得利不憂。」於是世尊說此頌曰：

> 「在家の方々よ！四つの理由によって利益を求めるとき、これを善き友と知るべきです。その四つとは何か。第一に、秘密の事柄を包み隠さず打ち明けること。第二に、秘密を隠し立てしないこと。第三に、利益を得たとき共に喜ぶこと。第四に、利益を得られなくても憂えないことです。」 そこで世尊は、この偈を説かれました。

「密事露不藏， 利喜無不憂，知善親求利， 慧者當狎習。

> 密かなることを隠さず、利と喜びに憂いなし。 善き友を知り、利を求めるなら、 賢者はその人と親しく交わるべきである。

「居士子！因四事故饒益，當知是善親。云何為四？一者知財物盡。二者知財物盡已便給與物。三者見放逸教訶。四者常以愍念。」於是世尊說此頌曰：

> 「居士よ、四つのことによって利益をもたらす、これを善き友人と知るべきである。どのような四つか。第一に、財産が尽きるのを知っている。第二に、財産が尽きたならば、物を与える。第三に、放逸を見ては教え戒める。第四に、常に哀れみの心をもって接する。」そこで世尊はこの偈を説かれた。

「知財盡與物， 放逸教愍念，知善親饒益， 慧者當狎習。

> 財産をすべて与え、 怠けている者には憐れみをもって教え、 善き友が利益をもたらすことを知っている 賢者は、そうした友と親しく付き合うべきである。

「居士子！聖法律中有六方，東方、南方、西方、北方、下方、上方。居士子！如東方者，如是子觀父母，子當以五事奉敬供養父母。云何為五？一者增益財物。二者備辦眾事。三者所欲則奉。四者自恣不違。五者所有私物盡以奉上。子以此五事奉敬供養父母，父母亦以五事善念其子，云何為五？一者愛念兒子。二者供給無乏。三者令子不負債。四者婚娶稱可。五者父母可意所有財物盡以付子。父母以此五事善念其子。居士子！如是東方二俱分別。居士子！聖法律中東方者，謂子、父母也。居士子！若慈孝父母者，必有增益則無衰耗。

> 「在家人。聖なる教えには六方があります。東方、南方、西方、北方、下方、上方です。 在家人。東方というのは、子が父母を観るように、子は五つの事柄をもって父母を敬い、養い、供養するべきです。五つとは何か。 第一に、財物を増やすこと。 第二に、さまざまな仕事を整えること。 第三に、望むものを差し出すこと。 第四に、自由にさせて逆らわないこと。 第五に、所有する私物をすべて差し出すことです。 子がこの五つの事柄で父母を敬い養い供養すれば、父母もまた五つの事柄で子をよく想います。五つとは何か。 第一に、子を愛しく想うこと。 第二に、不足なく供給すること。 第三に、子に借金を負わせないこと。 第四に、結婚を適切に行わせること。 第五に、父母が満足するすべての財物を子に与えることです。 父母はこの五つの事柄で子をよく想います。 在家人。これが東方の両方の務めです。 在家人。聖なる教えにおける東方とは、子と父母のことです。 在家人。もし父母に慈しみと孝行を尽くすならば、必ず益があり、衰え損なうことはありません。」

「居士子！如南方者，如是弟子觀師，弟子當以五事恭敬供養於師。云何為五？一者善恭順。二者善承事。三者速起。四者所作業善。五者能奉敬師。弟子以此五事恭敬供養於師，師亦以五事善念弟子。云何為五？一者教技術。二者速教。三者盡教所知。四者安處善方。五者付囑善知識。師以此五事善念弟子。居士子！如是南方二俱分別。居士子！聖法律中南方者，謂弟子、師也。居士子！若人慈順於師者，必有增益則無衰耗。

> 在家の方よ、南の方角というのは、弟子が師を敬う関係を表しています。弟子は五つの方法で師を敬い、仕えるべきです。その五つとは何か。第一に、よく従い恭しくあること。第二に、よく仕え世話をすること。第三に、すぐに立ち上がって対応すること。第四に、なすべき行いを良く行うこと。第五に、師を敬い奉ることです。 弟子がこの五つの方法で師を敬い仕えるならば、師もまた五つの方法で弟子を思いやります。その五つとは何か。第一に、技術を教えること。第二に、速やかに教えること。第三に、知っていることをすべて教えること。第四に、安全で良い方向へ導くこと。第五に、善き友人（善知識）を紹介することです。師はこの五つの方法で弟子を思いやります。 在家の方よ、このように南の方角については、両者がそれぞれの役割を果たすのです。在家の方よ、聖なる教えと律において、南の方角とは弟子と師の関係を指します。在家の方よ、もし人が師に対して慈しみと従順の心を持つならば、必ず利益が増し、衰え減少することはありません。

「居士子！如西方者，如是夫觀妻子，夫當以五事愛敬供給妻子。云何為五？一者憐念妻子。二者不輕慢。三者為作瓔珞嚴具。四者於家中得自在。五者念妻親親。夫以此五事愛敬供給妻子，妻子當以十三事善敬順夫，云何十三？一者重愛敬夫。二者重供養夫。三者善念其夫。四者攝持作業。五者善攝眷屬。六者前以瞻侍。七者後以愛行。八者言以誠實。九者不禁制門。十者見來讚善。十一者敷設床待。十二者施設淨美豐饒飲食。十三者供養沙門梵志。妻子以此十三事善敬順夫。居士子！如是西方二俱分別。居士子！聖法律中西方者，謂夫、妻子也。居士子！若人慈愍妻子者，必有增益則無衰耗。

> 「在家の方々よ。西方とは、夫が妻を観ることをいいます。夫は五つの事をもって、妻を愛し、敬い、供養すべきです。五つとは何か。第一に、妻を哀れみ慈しむこと。第二に、軽んじたり侮ったりしないこと。第三に、装身具や飾り物を用意してやること。第四に、家の中で自由に振る舞えるようにすること。第五に、妻の親族を心にかけること。夫がこの五つの事で妻を愛し敬い供養するならば、妻は十三の事をもって夫をよく敬い従うべきです。十三の事とは何か。第一に、夫を重んじ愛し敬うこと。第二に、夫を重んじて養うこと。第三に、夫のことをよく心にかけること。第四に、家の仕事をよく取り仕切ること。第五に、家族や使用人をうまくまとめること。第六に、夫の前で進んで世話をすること。第七に、夫の後ろで愛情をもって行動すること。第八に、言葉を誠実にすること。第九に、門を閉ざして人の出入りを禁じないこと。第十に、客が来たら喜んで挨拶すること。第十一に、寝床や座席を整えて待つこと。第十二に、清らかで豊かな飲食を用意すること。第十三に、修行者や僧侶に供養すること。妻はこの十三の事をもって、夫をよく敬い従うのです。 在家の方々よ。このように、西方の関係は二つの側面からそれぞれに述べられました。在家の方々よ。聖なる法律において西方とは、夫と妻子のことをいいます。在家の方々よ。もし人が妻と子を慈しみ哀れむならば、必ず利益が増し、衰退することはありません。」

「居士子！如北方者，如是大家觀奴婢使人，大家當以五事愍念給恤奴婢使人。云何為五？一者隨其力而作業。二者隨時食之。三者隨時飲之。四者及日休息。五者病給湯藥。大家以此五事愍念給恤奴婢使人，奴婢使人當以九事善奉大家。云何為九？一者隨時作業。二者專心作業。三者一切作業。四者前以瞻侍。五者後以愛行。六者言以誠實。七者急時不遠離。八者行他方時則便讚歎。九者稱大家庶幾。奴婢使人以此九事善奉大家。居士子！如是北方二俱分別。居士子！聖法律中北方者，謂大家、奴婢使人也。居士子！若有人慈愍奴婢使人者，必有增益則無衰耗。

> 居士子よ。「北方」とは、主人と奴婢（使用人）たちの関係を表しています。主人は奴婢たちに対して、五つの心遣いをもって慈しみ、世話をしなければなりません。五つとは、以下の通りです。 第一に、その者の力に応じて仕事をさせること。 第二に、適切な時に食事を与えること。 第三に、適切時に飲み物を与えること。 第四に、日が高いうちに休息の時間を与えること。 第五に、病気の時には薬を与えて治療すること。 主人がこの五つの心遣いで奴婢たちを慈しみ世話すれば、奴婢たちは九つの務めをもって主人によく仕えるべきです。九つとは、以下の通りです。 第一に、適切な時に仕事をすること。 第二に、仕事に専念すること。 第三に、全ての仕事を引き受けること。 第四に、先様に立って見守り仕えること。 第五に、後方も愛をもって行動すること。 第六に、誠実な言葉を使うこと。 第七に、緊急時には遠くへ離れないこと。 第八に、他の場所へ行く時には、主人を称賛すること。 第九に、主人の素晴らしさを心から称えること。 奴婢たちはこの九つの務めによって主人によく仕えるのです。 居士子よ。以上が「北方」における両者の心構えです。居士子よ、聖なる教えと法則において「北方」とは、主人と奴婢（使用人）たちのことなのです。居士子よ、もし人が慈しみの心をもって奴婢たちを扱うならば、必ず益が増し、衰えることは決してありません。

「居士子！如下方者，如是親友觀親友臣，親友當以五事愛敬供給親友臣。云何為五？一者愛敬。二者不輕慢。三者不欺誑。四者施與珍寶。五者拯念親友臣。親友以此五事愛敬供給親友臣，親友臣亦以五事善念親友，云何為五？一者知財物盡。二者知財物盡已供給財物。三者見放逸教訶。四者愛念。五者急時可歸依。親友臣以此五事善念親友。居士子！如是下方二俱分別。居士子！聖法律中下方者，謂親友、親友臣也。居士子！若人慈愍親友臣者，必有增益則無衰耗。

> 居士子よ。「下方」とは、ここでは友人とその友人の臣下（親しい従者）の関係を指します。 友人は、以下の五つの方法で友人である臣下を敬い、大切にし、世話をしなければなりません。五つとは何でしょうか。 第一に、敬い愛すること。 第二に、軽んじないこと。 第三に、欺かないこと。 第四に、宝を施すこと。 第五に、困難から救い、気にかけることです。 友人がこれらの五つの方法で臣下を敬い世話すれば、臣下もまた五つの方法で友人をよく想い、支えます。五つとは何でしょうか。 第一に、友人の財産が尽きたことを知ること。 第二に、財産が尽きたことを知ったなら、新たな財物を供給すること。 第三に、友人が放逸に陥ったなら戒め教えること。 第四に、愛情を持って想うこと。 第五に、緊急の際に頼りになることです。 臣下はこれらの五つの方法で友人をよく想い、支えます。 居士子よ。これが「下方」における双方向の務めの説き分けです。 居士子よ。聖なる法律において「下方」とは、友人とその臣下の関係を指します。 居士子よ。もし人が、このように友人である臣下を慈しみ哀れむならば、必ず繁栄は増し、衰退はありません。

「居士子！如上方者，如是施主觀沙門梵志，施主當以五事尊敬供養沙門梵志。云何為五？一者不禁制門。二者見來讚善。三者敷設床待。四者施設淨美豐饒飲食。五者擁護如法。施主以此五事尊敬供養沙門梵志，沙門梵志亦以五事善念施主。云何為五？一者教信行信念信。二者教禁戒。三者教博聞。四者教布施。五者教慧行慧立慧。沙門梵志以此五事善念施主。居士子！如是上方二俱分別。居士子！聖法律中上方者，謂施主、沙門梵志也。居士子！若人尊奉沙門梵志者，必有增益則無衰耗。

> 「在家の皆さん——『上方』とは、施主が沙門（修行僧）や梵志（バラモン）を敬い、見守る関係を指します。施主は五つの方法で沙門や梵志を敬い、支えるべきです。その五つとは何でしょうか。 第一に、門を閉ざさずに受け入れること。 第二に、訪れたときに喜んで迎え、良い言葉をかけること。 第三に、坐る場所を整えて待つこと。 第四に、清らかで美しく、豊かな食べ物や飲み物を用意すること。 第五に、法（正しい道理）に従って支え、守ること。 施主がこれら五つの方法で沙門や梵志を敬い支えるならば、沙門や梵志もまた五つの方法で施主を思いやり、慈しみます。その五つとは何でしょうか。 第一に、信じ、行い、信念を持ち、その信を貫くよう教えること。 第二に、戒めを守るよう教えること。 第三に、広く学ぶよう教えること。 第四に、施しを行うよう教えること。 第五に、智慧によって行動し、智慧を身につけ、智慧を確立するよう教えること。 沙門や梵志はこれら五つの方法で施主を思いやり、慈しみます。 在家の皆さん——このように、『上方』の関係は、双方がそれぞれの役割を果たすことではっきりと分けられます。聖なる教えと律の中で言う『上方』とは、施主と沙門・梵志の関係を指します。 在家の皆さん——もし人が沙門や梵志を敬い、尊び、支えるならば、必ず利益が増し、衰え減ることはありません。」

「居士子，有四攝事，云何為四？一者惠施。二者愛言。三者行利。四者等利。」於是世尊說此頌曰：

> 「在家の方々よ、人をまとめる四つの方法があります。それらは何かと言えば、第一に施し、第二に愛ある言葉、第三に利益になる行い、第四に平等な利益です。」そこで世尊はこの偈を説かれました。

「惠施及愛言， 常為他行利，眾生等同利， 名稱普遠至，此則攝持世， 猶如御車人。若無攝持者， 母不因其子，得供養恭敬， 父因子亦然，若有此法攝， 故得大福祐。照遠猶日光， 速利翻捷疾，不麤說聰明， 如是得名稱。定獲無功高， 速利翻捷疾，成就信尸賴， 如是得名稱。常起不懶惰， 憙施人飲食，將去調御正， 如是得名稱。親友臣同恤， 愛樂有齊限，謂攝在親中， 殊妙如師子。初當學技術， 於後求財物，後求財物已， 分別作四分。一分作飲食， 一分作田業，一分舉藏置， 急時赴所須，耕作商人給， 一分出息利，第五為取婦， 第六作屋宅。家若具六事， 不增快得樂，彼必饒錢財， 如海中水流。彼如是求財， 猶如蜂採花，長夜求錢財， 當自受快樂。出財莫令遠， 亦勿令普漫，不可以財與， 兇暴及豪強。東方為父母， 南方為師尊，西方為妻子， 北方為奴婢，下方親友臣， 上沙門梵志。願禮此諸方， 二俱得大稱，禮此諸方已， 施主得生天。」

> 〈布施と愛ある言葉、常に他者のために利益を行い、</row><row>生きとし生けるもの全てに等しく利益を施せば、名声は遠くまで広がる。</row><row>これこそが世の中を支える道であり、まるで車を御する人のようである。</row><row>もし支え合いがなければ、母であっても子ゆえに供養や敬いを得ることはできず、</row><row>父もまた子によって同様に得ることはない。</row><row>しかし、このような支え合いの法があれば、大きな福徳を得ることができる。</row><row>遠くまで照らすこと太陽の光の如く、素早く利益をもたらすこと疾風の如く、</row><row>粗野でなく賢明に語ることで、このように名声を得る。</row><row>確かに高ぶることなく、素早く利益をもたらすこと疾風の如く、</row><row>信と戒めを成就することで、このように名声を得る。</row><row>常に怠ることなく進んで施し、人々に飲食を与え、</row><row>導き、調え、正しく統べることで、このように名声を得る。</row><row>親しい友人や家臣を共に思いやり、愛し楽しむことには限りがあるが、</row><row>これを親族の中に収めるという。獅子のように殊勝で優れている。</row><row>まずは技術を学び、その後で財物を求め、</row><row>財物を得たならば、これを四分に分ける。</row><row>一分は飲食に、一分は田畑や事業に、</row><row>一分は蓄えて隠し置き、危急の時に用いる。</row><row>耕作や商人に与えるための一分は利息を生み出し、</row><row>第五に妻を娶り、第六に家を建てる。</row><row>家がこれら六つの事を備えれば、増えずとも快く楽しみを得られ、</row><row>その家は必ず財貨に富み、海に水が流れ込むようである。</row><row>このようにして財を求めることは、蜜蜂が花の蜜を集めるようであり、</row><row>長い夜にわたって財を求め、自ら楽しみを受けるのである。</row><row>財を出すに当たっては、遠くへやり過ぎず、また無闇に散らしてはならない。</row><row>凶暴な者や権力ある者に財を与えてはならない。</row><row>東方には父母、南方には師や尊き者、</row><row>西方には妻や子、北方には召使いや下人、</row><row>下方には親しい友人や家臣、上方には修行者や婆羅門がいる。</row><row>願わくは、これらの方角を敬い礼拝せよ。そうすれば双方が大いなる称賛を得る。</row><row>このように諸方角を礼拝した布施主は、天界に生まれるのである。

佛說如是。善生居士子聞佛所說，歡喜奉行。

> 仏はこのようにお説きになりました。善生居士子（善生という在家の信者）は、仏の教えを聞いて大いに喜び、その教えの通りに実践しました。

善生經第十九竟四千二百五十五字

> 善生経 第十九 終わり<note>四二五五字</note>

## 中阿含經卷第三十三萬一千六百二十三字

> 中阿含経 巻第三十三<note>一万千六百二十三字</note>