---
title: "中阿含經 · 144 算數目揵連經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cma7j463f048sjl0axmpyvpop"
---

### （一四四）中阿含梵志品算數目揵連經第三第三念誦

> （一四四）中阿含 梵志品 算數目揵連經 第三<note>第三の誦</

我聞如是：

一時，佛遊舍衛國，在東園鹿子母堂。

爾時，算數梵志目揵連中後彷徉，往詣佛所，共相問訊，却坐一面，白曰：「瞿曇！我欲有所問，聽乃敢陳。」

> あるとき、算数バラモンのモッガラーナは午後に散歩がてら、仏のもとを訪れました。互いに挨拶を交わした後、座り込んでこう言いました。「ゴータマ尊者、お尋ねしたいことがあります。お聴きいただけるなら、申し上げたいのです。」

世尊告曰：「目揵連！恣汝所問，莫自疑難。」

> 世尊がおっしゃいました。「目犍連よ、あなたの質問を自由に述べなさい。ためらったり、迷ったりする必要はありません。」

算數目揵連則便問曰：「瞿曇！此鹿子母堂漸次第作，轉後成訖。瞿曇！此鹿子母堂椷梯，初昇一隥，後二、三、四。瞿曇！如是此鹿子母堂漸次第上。瞿曇！此御象者，亦漸次第調御成訖，謂因鈎故。瞿曇！此御馬者，亦漸次第調御成訖，謂因䩙故。瞿曇！此剎利亦漸次第至成就訖，謂因捉弓箭故。瞿曇！此諸梵志亦漸次第至成就訖，謂因學經書故。瞿曇！我等學算數，以算數存命，亦漸次第至成就訖。若有弟子，或男或女，始教一一數，二、二、三、三、十、百、千、萬，次第至上。瞿曇！如是我等學算數，以算數存命，漸次第至成訖。沙門瞿曇！此法、律中，云何漸次第作至成就訖？」

> 算数の達者であるモーガラーナ（目連）が尋ねました。 「ゴータマよ、このルツ子母堂（鹿子母堂）は、順を追って段階的に建てられ、ついには完成しました。 ゴータマよ、この堂の階段も、まず一段目を上り、次に二段、三段、四段と、順を追って上って行きます。 ゴータマよ、象使いもまた、段階を踏んで象を調教し、完成に至ります。なぜなら、鉤を用いるからです。 ゴータマよ、馬使いもまた、段階を踏んで馬を調教し、完成に至ります。なぜなら、手綱を用いるからです。 ゴータマよ、クシャトリヤ（王族・武士）もまた、段階を踏んで、弓矢を用いることによって、完成に至ります。 ゴータマよ、バラモンたちもまた、段階を踏んで、聖典を学ぶことによって、完成に至ります。 ゴータマよ、我々は算数を学び、算数によって身を立てていますが、これもまた段階を踏んで、完成に至ります。 弟子がいるなら、男性でも女性でも、まず一、一と数えることを教え、次に二、二、三、三、十、百、千、万と、順を追って上の段階へと導きます。 ゴータマよ、このように、我々は算数を学び、算数によって身を立て、段階を踏んで完成に至ります。 では、ゴータマよ、あなたの教えと修行の道においては、どのように段階を踏んで、完成へと至るのでしょうか？」

世尊告曰：「目揵連！若有正說漸次第作，乃至成訖。目揵連！我法、律中謂正說。所以者何？目揵連！我於此法、律漸次第作至成就訖。目揵連！若年少比丘初來學道，始入法、律者，如來先教：『比丘！汝來身護命清淨，口、意護命清淨。』目揵連！若比丘身護命清淨，口、意護命清淨者，如來復上教：『比丘！汝來觀內身如身，至觀覺、心、法如法。』目揵連！若比丘觀內身如身，至觀覺、心、法如法者，如來復上教：『比丘！汝來觀內身如身，莫念欲相應念，至觀覺、心、法如法，莫念非法相應念。』

> 世尊が仰せになった。「目犍連よ、もし『次第に修行を積み、ついには完成に至る』と正しく説く者があれば、それが真の説法である。なぜなら、目犍連よ、私の教えと戒律においては、まさにこのように次第に修行を積み、ついには完成に至るからである。 目犍連よ、もし若い比丘が新たに仏道を学び、私の教えと戒律に入ったなら、如来はまずこう教える。『比丘よ、あなたは身を守り、命を清らかに保ちなさい。口と意もまた、命を清らかに保ちなさい。』 目犍連よ、その比丘が身を守り、命を清らかに保ち、口と意も命を清らかに保つことができたなら、如来はさらにこう教える。『比丘よ、あなたは内なる身体を、身体そのものとして観察しなさい。さらには、感受・心・法も同様に、それぞれそのまま観察しなさい。』 目犍連よ、その比丘が内なる身体を身体そのものとして観察し、感受・心・法もそれぞれそのまま観察できるようになれば、如来はさらにこう教える。『比丘よ、あなたは内なる身体を身体そのものとして観察しなさい。その際、欲望と結びついた想念を起こしてはならない。さらには、感受・心・法もそれぞれそのまま観察しなさい。その際、善ならざる法と結びついた想念を起こしてはならない。』」

「目揵連！若比丘觀內身如身，不念欲相應念，至觀覺、心、法如法，不念非法相應念者，如來復上教：『比丘！汝來守護諸根，常念閉塞，念欲明達，守護念心而得成就，恒起正知，若眼見色，然不受相，亦不味色，謂忿諍故，守護眼根。心中不生貪伺、憂慼、惡不善法，趣向彼故，守護眼根。如是耳、鼻、舌、身，若意知法，然不受相，亦不味法，謂忿諍故，守護意根。心中不生貪伺、憂慼、惡不善法，趣向彼故，守護意根。』

> 「目連よ。もし比丘が、身体を身体として観察し、欲望に結びつく想念にとらわれず、さらに感受・心・法を法として観察し、善ならざる法に結びつく想念にとらわれないならば、如来はさらにこう教える。『比丘よ、あなたは諸根を守護し、常に心を閉ざし、念を明晰にせよ。心を守る念を成就し、常に正知を起こせ。もし眼が色を見るとき、その形相に執着せず、色に味わいを求めない。それは怒りや争いを防ぐためであり、眼根を守護するためである。心の中に貪りや憂い、悪しき不善の法を生じさせず、それらに向かわないようにして、眼根を守護せよ。同様に、耳・鼻・舌・身もそうである。もし意が法を知るとき、その形相に執着せず、法に味わいを求めない。それは怒りや争いを防ぐためであり、意根を守護するためである。心の中に貪りや憂い、悪しき不善の法を生じさせず、それらに向かわないようにして、意根を守護せよ。』」

「目揵連！若比丘守護諸根，常念閉塞，念欲明達，守護念心而得成就，恒起正知，若眼見色，然不受相，亦不味色，謂忿諍故，守護眼根。心中不生貪伺、憂慼、惡不善法，趣向彼故，守護眼根。如是耳、鼻、舌、身，若意知法，然不受相，亦不味法，謂忿諍故，守護意根。心中不生貪伺、憂慼、惡不善法，趣向彼故，守護意根者，如來復上教：『比丘！汝來正知出入，善觀分別，屈伸低仰，儀容庠序，善著僧伽梨及諸衣鉢，行住坐臥、眠寤語默，皆正知之。』

> 目犍連よ、もし比丘が諸々の感覚の根を守り、常に心を閉ざし、智慧によって明らかに悟ろうと念じ、心を守ることで成就を得て、常に正しい気づきを起こすならば、たとえば目で色を見る時、その形に執着せず、またその色に味わいを求めない。なぜなら、それは争いの原因となるからである。こうして眼の根を守る。心の中に貪りの欲、憂い、悪しき不善の法が生じないように、それに向かって眼の根を守る。耳、鼻、舌、身も同様である。また、もし意が法を知る時、その相に執着せず、その法に味わいを求めない。なぜなら、それは争いの原因となるからである。こうして意の根を守る。心の中に貪りの欲、憂い、悪しき不善の法が生じないように、それに向かって意の根を守る。 そのような比丘に対して、如来はさらに教える。「比丘よ、あなたは来なさい。正しく気づきをもって出入りし、よく観察し、分別し、屈伸や上げ下げ、儀容を整え、僧伽梨（僧衣）や衣鉢を正しく着用し、行住坐臥、眠りと覚醒、語ることと沈黙のすべてにおいて、正しく気づきをもって知りなさい。」

「目揵連！若比丘正知出入，善觀分別，屈伸低仰，儀容庠序，善著僧伽梨及諸衣鉢，行住坐臥、眠寤語默，皆正知者，如來復上教：『比丘！汝來獨住遠離，在無事處，或至樹下空安靜處、山巖石室、露地穰積，或至林中，或住在塚間。汝已在無事處，或至樹下空安靜處，敷尼師檀，結加趺坐，正身正願，及念不向，斷除貪伺，心無有諍。見他財物、諸生活具，莫起貪伺，欲令我得，汝於貪伺淨除其心。如是瞋恚、睡眠、調悔、斷疑、度惑，於諸善法無有猶豫，汝於疑惑淨除其心。汝斷此五蓋——心穢、慧羸，離欲，離惡不善之法，至得第四禪成就遊。』目揵連！若比丘離欲、離惡不善之法，至得第四禪成就遊者，目揵連！如來為諸年少比丘多有所益，謂訓誨教訶。目揵連！若有比丘、長老、上尊、舊學梵行，如來復上教，謂究竟訖一切漏盡。」

> 「マハー・モッガラーナよ。比丘が正しく出入りを知り、よく観察し分別し、屈伸や上下の動作、威儀を整え、僧伽梨や衣鉢を適切に扱い、行住坐臥、眠りと目覚め、語りと沈黙においてすべてを正しく知っているなら、如来はさらにこう教え示す。 『比丘よ、あなたは来て、独り離れて住みなさい。何もない場所に。あるいは木の下、静かな空き地、山の岩石室、露地、藁の積み重ね、あるいは林の中、あるいは墓地に住みなさい。あなたはすでに何もない場所、あるいは木の下の静かな空き地に坐し、坐具を敷き、結跏趺坐し、身体を正しくし、願いを正しくし、そして心を外へ向けず、貪りの思いを断ち切り、心に争いがないようにしなさい。他人の財物や生活の道具を見ても、『それを我が物にしたい』という貪りの思いを起こしてはならない。あなたは貪りの思いから心を清めなさい。同様に、怒り、眠気、後悔、疑惑をも断ち、迷いを越え、すべての善い法について猶豫することがないようにしなさい。あなたは疑惑から心を清めなさい。この五つの覆い――心の汚れ、智慧の弱さ――を断ち、欲望を離れ、悪しき不善の法を離れ、第四禅の成就に至って遊んでいなさい。』 マハー・モッガラーナよ。比丘が欲望を離れ、悪しき不善の法を離れ、第四禅の成就に至って遊んでいるなら――マハー・モッガラーナよ。如来は若い比丘たちに大いに利益をもたらす。すなわち、教え導き、訓戒することによってである。マハー・モッガラーナよ。もし比丘が長老であり、尊敬すべき者であり、長く修行を積んだ梵行者であるなら、如来はさらにこう教え示す。すなわち、すべての煩悩を完全に滅尽させるという究極の教えを。」

算數目揵連即復問曰：「沙門瞿曇！一切弟子如是訓誨，如是教訶，盡得究竟智必涅槃耶？」

> 算数目連がすぐに尋ねました。「沙門ゴータマよ。あなたの弟子たちは、このように教え導かれ、戒め指導されれば、皆、究竟の智慧を得て、必ず涅槃に至るのでしょうか。」

世尊答曰：「目揵連！不一向得，或有得者，或不得者。」

> 世尊がお答えになりました。「目犍連よ、必ずしも皆が得られるとは限らない。得られる者もいれば、得られない者もいる。」

算數目揵連復更問曰：「瞿曇！此中何因何緣，有涅槃、有涅槃道？沙門瞿曇現在導師，或有比丘如是訓誨，如是教訶，得究竟涅槃，或復不得耶？」

> サーリプッタ（算数目揵連）がさらに尋ねました。「ゴータマよ、どのような理由や条件によって、涅槃と涅槃への道があるのでしょうか。沙門ゴータマが現在の導師として、ある比丘たちをこのように教え導き、このように訓戒しても、究極の涅槃を得る者もいれば、得られない者もいるのはなぜですか？」

世尊告曰：「目揵連！我還問汝，隨所解答。目揵連！於意云何？汝知王舍城處，諳彼道耶？」

> 世尊がおっしゃった。「目揵連よ、私はあなたに問いかけます。あなたはそれを思うままに答えなさい。目揵連よ、あなたはどう思うか。王舎城の場所を知り、その道に詳しいか？」

算數目揵連答曰：「唯然。我知王舍城處，亦諳彼道。」

世尊問曰：「目揵連！若有人來欲見彼王，至王舍城。其人問汝：『我欲見王，至王舍城，算數目揵連知王舍城處，諳彼道徑，可示語我耶？』汝告彼人曰：『從此東行至彼某村，從某村去當至某邑，如是展轉至王舍城。若王舍城外有好園林，其地平正，樓觀浴池，若干華樹，俠長流河，又有清泉，盡見盡知。』彼人聞汝語，受汝教已，從此東行，須臾不久，便捨正道，從惡道還。若王舍城外有好園林，其地平正，樓觀浴池，若干華樹，俠長流河，又有清泉，彼盡不見，亦不知也。

> 世尊は問われた。「目連よ、もし誰かが王に会いたいと思って、王舎城に来たとしよう。その人がお前に尋ねる。『私は王に会いたいのだが、ここが王舎城だとは知らない。道案内してくれないか？』と。するとお前はその人に告げる。『ここから東へ行けば、あそこにある村に着く。その村から行くと、次はあの町に着く。そうして進んでいけば、王舎城に着く。また、王舎城の外には美しい園林があり、地面は平らで、楼閣や浴池、多くの花木があり、長い川が流れ、清らかな泉もある。そうしたすべてを、ここから見渡すこともできるし、知ることもできる』と。その人はお前の言葉を聞き、教えを受けて、東へ歩き出したが、しばらくもしないうちに正しい道を離れ、悪い道へと戻ってしまった。すると、王舎城の外にある美しい園林も、平らな地面も、楼閣や浴池、多くの花木、長く流れる川、清らかな泉も、その人はまったく見ることも知ることもできなかった。

「復有人來欲見彼王，至王舍城。其人問汝：『我欲見王，至王舍城。算數目揵連知王舍城處，諳彼道徑，可示語我耶？』汝告彼人曰：『從此東行至彼某村，從某村去當至某邑，如是展轉至王舍城。若王舍城外有好園林，其地平正，樓觀浴池，若干華樹，俠長流河，又有清泉，盡見盡知。』彼人聞汝語，受汝教已，即從此東行至彼某村，從某村去得至某邑，如是展轉至王舍城。若王舍城外有好園林，其地平正，樓觀浴池，若干華樹，俠長流河，又有清泉，盡見盡知。

> もし誰かがその王に会いたいと思って、王舎城に来たとしましょう。その人があなたに尋ねます。「私は王に会いたいのです。王舎城に来ました。算数目捷連という人は王舎城の場所を知っていて、その道筋にも詳しいと聞きました。教えていただけませんか？」そのとき、あなたはその人にこう告げます。「ここから東へ行くと、ある村に着きます。その村からさらに進むと、ある町に着きます。このようにして、次々と進んでいけば、やがて王舎城に着きます。また、王舎城の外には美しい林があり、その土地は平らで整い、見晴らしのよい建物や浴池があり、多くの花の木々が川沿いに植えられ、清らかな泉もあります。それらすべてを、はっきりと見て知ることができます。」その人はあなたの言葉を聞き、教えの通りに、ここから東へ行ってある村に着き、その村からある町へと進み、こうして次々に進んで、ついに王舎城に着きました。そして、王舎城の外にある美しい林、その平らで整った土地、見晴らしのよい建物や浴池、多くの花の木々が川沿いに植えられ、清らかな泉があるのを、すべてはっきりと見て知ることができたのです。

「目揵連！此中何因何緣，有彼王舍城，有王舍城道？汝現在導師，彼第一人隨受汝教，於後不久，捨平正道，從惡道還。若王舍城外有好園林，其地平正，樓觀浴池，若干華樹，俠長流河，又有清泉，彼盡不見，亦不知耶？彼第二人隨受汝教，從平正道展轉得至於王舍城，若王舍城外有好園林，其地平正，樓觀浴池，若干華樹，俠長流河，又有清泉，彼盡見盡知耶？」

> 「目揵連よ。この中で、どのような因縁があって、あの王舎城があり、王舎城への道があるのだろうか。あなたという現在の案内人がいて、その第一の者があなたの教えを受けて、その後すぐに、正しい道を捨てて悪道から戻った。もし王舎城の外に立派な林があり、地面は平らで整えられ、楼閣や浴池、多くの花木があり、長く流れる川が挟み、清らかな泉もあるとしても、彼はそれらを全く見なかったのか、知らなかったのか？ その第二の者は、あなたの教えを受けて、正しい道に従い、次第に王舎城に至った。もし王舎城の外に立派な林があり、地面は平らで整えられ、楼閣や浴池、多くの花木があり、長く流れる川が挟み、清らかな泉もあるならば、彼はそれらを全て見、全て知ったのではないか？」

算數目揵連答曰：「瞿曇！我都無事，有彼王舍城，有王舍城道。我現在導師，彼第一人不隨我教，捨平正道，從惡道還，若王舍城外有好園林，其地平正，樓觀浴池，若干華樹，俠長流河，又有清泉，彼盡不見，亦不知耶？彼第二人隨順我教，從平正道展轉得至於王舍城，若王舍城外有好園林，其地平正，樓觀浴池，若干華樹，俠長流河，又有清泉，彼盡見盡知耶？」

> 算数目揵連は答えました。「瞿曇よ、私には何の問題もありません。あの王舎城があり、王舎城へ続く道があります。私は今、導師です。その第一の人は私の教えに従わず、平らで正しい道を捨てて、悪い道から引き返してきました。王舎城の外に立派な園林があり、地面は平らで整い、楼閣や見晴らし台、沐浴の池があり、多くの花や木々が茂り、清らかな流れの長い川が辺りを巡り、さらに清水の泉があることを、その人は全く見ていないし、知らないのではないでしょうか？その第二の人は、私の教えに従って、平らで正しい道から次第に王舎城にたどり着きました。王舎城の外に立派な園林があり、地面は平らで整い、楼閣や見晴らし台、沐浴の池があり、多くの花や木々が茂り、清らかな流れの長い川が辺りを巡り、さらに清水の泉があることを、その人はすべて見て、すべて知っているのではないでしょうか？」

世尊告曰：「如是。目揵連！我亦無事，有彼涅槃、有涅槃道。我為導師，為諸比丘如是訓誨，如是教訶，得究竟涅槃，或有不得。目揵連！但各自隨比丘所行。爾時世尊便記彼行，謂究竟漏盡耳。」

> 世尊がおっしゃいました。「その通りです、目揵連よ。私にもこれといった問題はありません。涅槃は存在し、涅槃に至る道も存在します。私は導師として、比丘たちをこのように訓え、このように教え諭します。しかし、比丘たちの中には、最終的に涅槃に達する者もいれば、達しない者もいます。目揵連よ、それはただ、各々の比丘が実践する道次第によります。その時、世尊はその人の修行を察して、究極の煩悩の滅尽に至るかどうかを示されるのです。」

算數目揵連白曰：「瞿曇！我已知。瞿曇！我已解。瞿曇！猶如良地有娑羅林，彼中有守娑羅林人，明健不懈，諸娑羅根以時鋤掘，平高填下，糞沃溉灌，不失其時。若其邊有穢惡草生，盡拔棄之；若有橫曲不調直者，盡𭃞治之；若有極好中直樹者，便權養護，隨時鋤掘，糞沃溉灌，不失其時。如是良地娑羅樹林轉茂盛好。瞿曇！如是有人諛諂、欺誑、極不庶幾無信、懈怠、無念、無定、惡慧、心狂、諸根掉亂，持戒寬緩，不廣修沙門。瞿曇！如是之人不能共事。所以者何？瞿曇！如是人者，穢污梵行。瞿曇！若復有人不有諛諂，亦不欺誑，庶幾有信，精進不懈，有念、有定，亦有智慧，極恭敬戒，廣修沙門。瞿曇！如是之人，能共事也。所以者何？瞿曇！如是人者，清淨梵行。

> 舎利弗（サーリプッタ）が言いました。「尊き方よ、私はわかりました。尊き方よ、私は悟りました。尊き方よ、ちょうど良い土地にサーラの林があるとします。そこには林を守る人がいて、賢明で怠ることなく、サーラの木の根を適時に掘り返し、高きをならし低きを埋め、肥料を与え水をやり、その時を逃しません。もし林の縁に汚れた雑草が生えれば、全て引き抜いて捨てます。もし曲がったり不適切に伸びた木があれば、全て切り整えます。もし非常に良くまっすぐな木があれば、大切に育て守り、適時に掘り返し、肥料を与え水をやり、その時を逃しません。こうして良い土地のサーラの林は、ますます茂り立派になります。 尊き方よ、これと同じように、世の中には、へつらい、欺き、全く道を求めようとせず、信仰なく、怠け者で、心ここにあらず、定まらず、悪しき智慧を持ち、心が乱れ、諸々の感覚が散乱し、戒律をいい加減に守り、修行を広く積まない人がいます。尊き方よ、そのような人とは共に修行できません。なぜなら、尊き方よ、そのような人は清らかな行い（梵行）を汚すからです。 尊き方よ、しかし、もしへつらわず、欺かず、道を求め、信仰があり、精進して怠らず、心ここにあって、定まり、智慧があり、戒律を深く敬い、修行を広く積む人がいるならば。尊き方よ、そのような人とは共に修行できます。なぜなら、尊き方よ、そのような人は清らかな行いを清浄にするからです。」

「瞿曇！猶諸根香，沈香為第一。所以者何？瞿曇！彼沈香者，於諸根香為最上故。瞿曇！猶諸娑羅樹香，赤栴檀為第一。所以者何？瞿曇！赤栴檀者於諸娑羅樹香為最上故。瞿曇！猶諸水華，青蓮華為第一。所以者何？瞿曇！青蓮華者於諸水華為最上故。瞿曇！猶諸陸華，修摩那花為第一。所以者何？瞿曇！修摩那花者於諸陸花為最上故。瞿曇！猶如世中諸有論士，沙門瞿曇為最第一。所以者何？沙門瞿曇論士能伏一切外道異學故。世尊！我今自歸於佛、法及比丘眾，唯願世尊受我為優婆塞，從今日始，終身自歸，乃至命盡。」

> 「ゴータマよ。さまざまな根の香りの中では、沈香が最も勝れています。なぜなら、ゴータマよ。その沈香は、根の香りの中で最も優れているからです。ゴータマよ。さまざまなサーラ樹の香りの中では、赤栴檀が最も勝れています。なぜなら、ゴータマよ。赤栴檀は、サーラ樹の香りの中で最も優れているからです。ゴータマよ。さまざまな水の花の中では、青蓮華が最も勝れています。なぜなら、ゴータマよ。青蓮華は、水の花の中で最も優れているからです。ゴータマよ。さまざまな陸の花の中では、修摩那花が最も勝れています。なぜなら、ゴータマよ。修摩那花は、陸の花の中で最も優れているからです。ゴータマよ。世の中にいる様々な論者の中で、沙門ゴータマが最も第一です。なぜなら、沙門ゴータマは、論者としてあらゆる外道や異学を打ち負かすことができるからです。世尊よ。私は今、仏、法、そして比丘の僧団に帰依いたします。どうか世尊よ、私を優婆塞（在家の信者）としてお受け入れください。今日から始めて、生涯、命のある限り、帰依いたします。」

佛說如是。算數目揵連及諸比丘，聞佛所說，歡喜奉行。

> 仏はこのように説かれた。算数目揵連と比丘たちは、仏の説法を聞いて、喜び、教えの通りに実践した。

算數目揵連經第三竟二千三百五十四字

## 中阿含經卷第三十五七千六百一十三字第三念誦

> 中阿含経 第三十五巻