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title: "中阿含經 · 145 瞿默目揵連經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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## 中阿含經卷第三十六

> 中阿含経 第三十六巻

東晉罽賓三藏瞿曇僧伽提婆譯

> 東晋・罽賓三蔵・瞿曇僧伽提婆 訳

### （一四五）梵志品瞿默目揵連經第四第三念誦

> （一四五）バラモン経典 ゴーマカ・モッガラーナ経 第四

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛般涅槃後不久，尊者阿難遊王舍城。

> ある時、お釈迦様が涅槃に入られて間もなく、尊者アーナンダは王舎城に滞在しておられました。

爾時，摩竭陀大臣雨勢治王舍城，為防跋耆故。於是，摩竭陀大臣雨勢遣瞿默目揵連田作人，往至竹林加蘭哆園。

> その頃、マガダ国の大臣ヴァルシャカーラ（雨勢）は、ヴァッジ族（跋耆）を防ぐため、ラージャガハ（王舎城）の防備を固めていました。そこで、大臣ヴァルシャカーラは田舎役人のゴーパーラ・モッガラーナ（瞿默目揵連）を、竹林のカランダカ・ニヴァーパ（加蘭哆園）へ遣わしました。

爾時，尊者阿難過夜平旦，著衣持鉢，為乞食故，入王舍城。於是，尊者阿難作是念：「且置王舍城乞食，我寧可往詣瞿默目揵連田作人所。」於是，尊者阿難往詣瞿默目揵連田作人所。

> その夜が明けて朝の訪れとともに、尊き阿難（アーナンダ）は衣を身にまとい、鉢を手にして、托鉢のために王舎城（ラージャガハ）へと入っていきました。そのとき、尊き阿難はこう思いました。「王舎城での托鉢はひとまず置いて、私はむしろゴパカ・モッガラーナという農耕者のもとへ行こう。」そこで尊き阿難はゴパカ・モッガラーナの農場へと向かいました。

梵志瞿默目揵連遙見尊者阿難來，即從坐起，偏袒著衣，叉手向尊者阿難，白曰：「善來，阿難！久不來此，可坐此座。」尊者阿難即坐彼座。

> バラモンの瞿默目揵連は、尊者アーナンダが遠くから来るのを見ると、すぐに座から立ち上がり、衣を片方の肩にかけて、合掌して尊者アーナンダに向かい、こう言いました。「ようこそ、アーナンダよ。長らくお見かけしませんでした。どうぞこちらにお掛けください。」尊者アーナンダはその座に座りました。

梵志瞿默目揵連與尊者阿難共相問訊，却坐一面，白曰：「阿難！欲有所問，聽我問耶？」

> バラモンのゴーヴァ・ムッダ・モッガラーナが尊者アーナンダに挨拶を交わし、一方に座ってから言いました。「アーナンダよ、お尋ねしたいことがあります。お聞きいただいてもよろしいでしょうか？」

尊者阿難報曰：「目揵連！汝便可問，我聞當思。」

> 尊者である阿難がお答えになりました。「目揵連よ、あなたはそのままお尋ねなさい。私が聞いたことについて、よく考えましょう。」

則便問曰：「阿難！頗有一比丘與沙門瞿曇等耶？」

> そこで問いかけました。「アーナンダよ、ブッダと同等の修行者が一人でもいるのですか？」

尊者阿難與梵志瞿默目揵連共論此事時，爾時，摩竭陀大臣雨勢慰勞田作人，往詣梵志瞿默目揵連田作人所。

> 阿難尊者と、バラモンの瞿默（グモク）目揵連（モッガラーナ）がこの話をしていた時、ちょうどマガダ国の大臣・雨勢（ウセイ）が農作業者たちをねぎらいに来て、バラモンの瞿默目揵連の農作業場へと向かいました。

摩竭陀大臣雨勢遙見尊者阿難坐在梵志瞿默目揵連田作人中，往詣尊者阿難所，共相問訊，却坐一面，問曰：「阿難！與梵志瞿默目揵連共論何事，以何事故共會此耶？」

> マガダ大臣の雨勢は、尊者アーナンダが、ブラフマン（修行者）瞿默目揵連の田んぼで働く人々の中に座っているのを遠くから見て、尊者アーナンダのところに赴きました。互いに挨拶を交わし、その後、一方の側に座って尋ねました。「アーナンダよ。ブラフマン瞿默目揵連とどのような話をされたのですか。どのような用事で、ここでお会いになったのですか。」

尊者阿難答曰：「雨勢！梵志瞿默目揵連問我：『阿難！頗有一比丘與沙門瞿曇等耶？』」

> 尊者アーナンダがお答えになりました。「雨勢よ、バラモンのゴーマル・モッガラーナが私にこう尋ねました：『アーナンダよ、ゴータマ沙門と同等の比丘がいるだろうか？』と。」

摩竭陀大臣雨勢復問曰：「阿難！云何答彼？」

> マガダの大臣ヴァルシャ（雨勢）がさらに尋ねました。「アーナンダよ、どのようにお答えすればよいのでしょうか？」

尊者阿難答曰：「雨勢！都無一比丘與世尊等等。」

> 尊者阿難がお答えになりました。「雨勢よ、世尊と等しい比丘は一人もおりません。」

摩竭陀大臣雨勢復問曰：「唯然，阿難！無一比丘與世尊等等。頗有一比丘為沙門瞿曇在時所立，此比丘我般涅槃後，為諸比丘所依，謂令汝等今所依耶？」

> 「もちろんです、阿難よ。しかし、世尊と肩を並べる比丘は一人もいません。では、沙門ゴータマが在世中に後継者として指名し、『私の涅槃後、この比丘を皆の拠り所とせよ』と定めた方、つまり、あなた方の現在の拠り所となっているそのような比丘はおられますか？」

尊者阿難答曰：「雨勢！都無一比丘為世尊所知、見，如來、無所著、等正覺在時所立，此比丘我般涅槃後，為諸比丘所依，謂令我等今所依者。」

> 尊者アーナンダが答えた。「雨勢よ、世尊（如来）がご存知で、ご覧になり、現に在世中に定められたような、『私が涅槃に入った後、比丘たちの拠り所となる』という特定の一人の比丘は、今現在私たちが依っているように、一人も存在しません。」

摩竭陀大臣雨勢復問曰：「阿難！唯然。無一比丘與沙門瞿曇等等；亦無一比丘為沙門瞿曇在時所立，此比丘我般涅槃後，為諸比丘所依，謂令汝等今所依者。頗有一比丘與眾共和集拜，此比丘世尊般涅槃後，為諸比丘所依，謂令汝等今所依耶？」

> 摩竭陀国の大臣・雨勢がさらに問うた。 「阿難よ、なるほど。世尊在世の時、世尊と同等とされる比丘は一人もおらず、また世尊が『私の涅槃の後、諸比丘が依るべき者』として定めた比丘もいない。そして今、あなた方が依っているように、世尊の涅槃の後に、大衆が共に集まって推挙し、諸比丘が依るべき者として定めた比丘がいるのでしょうか？」

尊者阿難答曰：「雨勢！亦無一比丘與眾共和集拜，此比丘世尊般涅槃後，為諸比丘所依，謂令我等今所依者。」

> 阿難尊者がお答えになりました。「雨勢よ、そのような比丘は一人もおりません。衆僧が集まって恭敬し、世尊が涅槃に入られた後、比丘たちがよりどころとするような方、すなわち、私たちが今、よりどころとするような方はいないのです。」

摩竭陀大臣雨勢復問曰：「阿難！唯然。無一比丘與沙門瞿曇等等；亦無一比丘為沙門瞿曇在時所立，此比丘我般涅槃後，為諸比丘所依，謂令汝等今所依者；亦無一比丘與眾共和集拜此比丘，世尊般涅槃後，為諸比丘所依，謂令汝等今所依者。阿難！若爾者，汝等無所依，共和合、不諍、安隱，同一一教，合一水乳，快樂遊行，如沙門瞿曇在時耶？」

> 摩伽陀国の大臣・雨勢はさらに問うた。「アーナンダよ、そうだとしても、お前たちの間には、沙門ゴータマに等しい比丘は一人もいない。また沙門ゴータマが在世の時に『この比丘を、私が般涅槃した後、諸比丘のよりどころとせよ。すなわち今お前たちが依っているように』と定めた比丘も一人もいない。さらに、比丘たちが集まって話し合い、『この比丘を、世尊の般涅槃の後、諸比丘のよりどころとしよう。今お前たちが依っているように』と推挙した比丘も一人もいない。それならばアーナンダよ、お前たちにはよりどころがなくとも、集まり合い、争わず、安らかに、同じ一つの教えに従い、水と乳が混ざり合うように和合して、楽しく修行し、沙門ゴータマが在世していた時のように過ごせるというのか？」

尊者阿難告曰：「雨勢！汝莫作是說，言我等無所依。所以者何？我等有所依耳。」

> 尊者アーナンダが言いました。「雨勢よ、そのように言ってはならない。『私たちにはよりどころがない』などと。なぜなら、私たちにはよりどころがあるからだ。」

摩竭陀大臣雨勢白曰：「阿難！前後所說何不相應？阿難向如是說：『無一比丘與世尊等等；亦無一比丘為世尊所知、見，如來、無所著、等正覺在時所立，此比丘我般涅槃後，為諸比丘所依，謂令我等今所依者；亦無一比丘與眾共和集拜，此比丘世尊般涅槃後，為諸比丘所依，謂令我等今所依者。』阿難！何因何緣，今說我有所依耶？」

> 摩竭陀の大臣・雨勢が言った。「阿難よ、あなたの前後の言葉はなぜ食い違っているのか。あなたは先にこう言ったではないか。『世尊と同等の比丘は一人もいない。また、如来・無著・等正覚が在世の時に定められ、私が涅槃した後に比丘たちの拠り所となるようにと、世尊が知り、見られた比丘も一人もいない。また、私たちが今拠り所としているように、世尊の涅槃後に比丘たちの拠り所となるべく、僧団の合議によって選ばれた比丘も一人もいない。』それなのに、阿難よ、今なぜ『私は拠り所がある』と言うのか。その理由は何か。」

尊者阿難答曰：「雨勢！我等不依於人而依於法。雨勢！我等若依村邑遊行，十五日說從解脫時，集坐一處。若有比丘知法者，我等請彼比丘為我等說法。若彼眾清淨者，我等一切歡喜奉行彼比丘所說。若彼眾不清淨者，隨法所說，我等教作是。」

> 尊者アーナンダがお答えになりました。「雨勢よ、私たちは人に依るのではなく、法（教え）に依っています。雨勢よ、私たちが村や町を巡って歩くとき、十五日ごとの戒律を説く機会には、一堂に集まって座ります。もし法を知っている比丘（修行僧）がおられるなら、その比丘に私たちのために法を説いてくださるようお願いします。もしその集まりが清らかであれば、私たちは皆、喜んでその比丘の教えに従います。もしその集まりが清らかでないならば、法の教えに従って、私たちがその人を指導して正させます。」

摩竭陀大臣雨勢白曰：「阿難！非汝等教作是，但法教作是。阿難！如是少法、多法可得久住者，如是阿難等共和合、不諍、安隱，同一一教，合一水乳，快樂遊行，如沙門瞿曇在時。」

> マガダ国の大臣である雨勢（うせい）が申し上げました。「アーナンダよ、あなた方がそう教えたのではありません。ただ、法（真理の教え）がそう教えたのです。アーナンダよ、このように、たとえ少ない教えであっても多くの教えであっても、長く続くことができるものがあります。それは、アーナンダのあなた方のように、互いに和合し、争わず、安らかで、同じ一つの教えを守り、水と乳が一つに混ざり合うように、和やかに行動し、快く修行の旅を続けることです。それは、ちょうど沙門ゴータマが在世されていたときと同じように。」

摩竭陀大臣雨勢復問曰：「阿難！頗有可尊敬耶？」

> マガダ国の大臣、雨勢はさらに尋ねました。「阿難よ、尊敬すべき方はいらっしゃるのですか。」

尊者阿難答曰：「雨勢！有可尊敬。」

> 尊者アーナンダが答えて言った。「雨勢よ、敬うべきものは存在します。」

雨勢白曰：「阿難！前後所說何不相應？阿難向如是說：『無一比丘與世尊共等等；亦無一比丘為世尊在時所立，此比丘我般涅槃後，為諸比丘所依，謂令我等今所依者；亦無一比丘與眾共和集拜，此比丘世尊般涅槃後，為諸比丘所依，謂令我等今所依者。』阿難！汝何因何緣，今說有可尊敬耶？」

> 雨勢が言いました。「アーナンダよ、前と後ろで言っていることが一致していないのではないか。あなたは前にこう言ったはずだ。『一人の比丘も、世尊と同等である者はいない。また、世尊が在世中に後継者として定めた、この比丘を世尊が涅槃に入られた後に比丘たちの拠り所とする、すなわち私たちが今拠り所とするような者もいない。さらに、皆が集まって合意し、世尊が涅槃に入られた後に比丘たちの拠り所とする、すなわち私たちが今拠り所とするような者もいない。』それなのに、アーナンダよ、なぜ今、尊敬すべき者がいると言うのか。」

尊者阿難答曰：「雨勢！世尊知、見，如來、無所著、等正覺說有十法而可尊敬，我等若見比丘有此十法者，則共愛敬、尊重、供養、宗奉，禮事於彼比丘。云何為十？雨勢！比丘修習禁戒，守護從解脫，又復善攝威儀禮節，見纖芥罪，常懷畏怖，受持學戒。雨勢！我等若見比丘極行增上戒者，則共愛敬、尊重、供養、宗奉，禮事於彼比丘。

> 尊者アーナンダが答えました。「雨勢よ、如来・無所著・等正覚である世尊は、知り、見ておられます。世尊は、尊敬に値する十の法があると説かれました。もし私たちが、この十の法を備えた比丘を見たならば、共に愛し敬い、尊重し、供養し、尊び仕え、その比丘に礼を尽くすのです。その十の法とは何でしょうか。雨勢よ、比丘が戒律を修め習い、解脱の教えを守り、また、威儀や礼節をよく身につけ、わずかな罪を見ても常に恐れ慎み、学びの戒を受けて守ることです。雨勢よ、もし私たちが、このように戒律を極めた比丘を見たならば、共に愛し敬い、尊重し、供養し、尊び仕え、その比丘に礼を尽くすのです。」

「復次，雨勢！比丘廣學多聞，守持不忘，積聚博聞。所謂法者，初妙、中妙、竟亦妙，有義有文，具足清淨，顯現梵行。如是諸法廣學，多聞誦習至千，意所推觀，明見深遠。雨勢！我等若見比丘極多聞者，則共愛敬、尊重、供養、宗奉，禮事於彼比丘。

> また、雨勢よ。比丘が広く学び、多く聞き、記憶に留めて忘れず、知識を積み重ねること。いわゆる法とは、初めも素晴らしく、中も素晴らしく、終わりもまた素晴らしい。意味もあり、言葉もあり、完全に清らかで、清らかな行いを明らかに示すものである。このような諸法を広く学び、多く聞き、千回も繰り返し誦習し、心でよく考察し、深く明らかに見極めること。雨勢よ。私は、もし比丘が非常に多くのことを聞き知る者を見たなら、その比丘に対して共に愛情と敬意を抱き、尊重し、供養し、敬い、礼拝するであろう。

「復次，雨勢！比丘作善知識，作善朋友，作善伴黨。雨勢！我等若見比丘極善知識者，則共愛敬、尊重、供養、宗奉，禮事於彼比丘。

> また、雨勢よ。比丘は善き知識となり、善き朋友となり、善き仲間となるのです。雨勢よ。私たちは、とりわけ善き知識である比丘を見れば、その比丘を共に敬愛し、尊重し、供養し、崇め奉り、礼拝するのです。

「復次，雨勢！比丘樂住遠離，成就二遠離，身及心也。雨勢！我等若見比丘極樂住遠離者，則共愛敬、尊重、供養、宗奉，禮事於彼比丘。

> さらに、雨勢（うせい）よ。比丘（びく）が遠離（おんり）を楽しみ、身と心の二つの遠離を成就しているならば、雨勢よ、私たちはその比丘をこよなく遠離に住む者と見なし、共に愛敬（あいきょう）し、尊重し、供養し、宗奉（しゅうぶ）し、礼事（らいじ）するのです。

「復次，雨勢！比丘樂於燕坐，內行正止，亦不離伺，成就於觀，增長空行。雨勢！我等若見比丘極樂燕坐者，則共愛敬、尊重、供養、宗奉，禮事於彼比丘。

> さらに、雨勢よ。比丘が静かな坐禅を楽しみ、心の内に正しい止（サマタ）を修め、観（ヴィパッサナー）を怠ることなく、観察を成就し、空の行を増長させるならば、雨勢よ。我々は、そのように静かな坐禅を極めて楽しむ比丘を見るとき、共にその比丘を敬愛し、尊重し、供養し、尊び、礼拝するのである。

「復次，雨勢！比丘知足，衣取覆形，食取充軀，隨所遊至，與衣鉢俱，行無顧戀。猶如鷹鳥，與兩翅俱，飛翔空中；如是比丘知足，衣取覆形，食取充軀，隨所遊至，與衣鉢俱，行無顧戀。雨勢！我等若見比丘極知足者，則共愛敬、尊重、供養、宗奉，禮事於彼比丘。

> さらに、雨勢（うせい）よ。比丘（びく）は足ることを知り、衣は形を覆うために受け、食は身を満たすために受ける。赴くところに従い、衣と鉢とを共にし、行くに顧み執着することがない。ちょうど鷹や鳥が、両翼と共に空を飛ぶように。このように比丘は足ることを知り、衣は形を覆うために受け、食は身を満たすために受ける。赴くところに従い、衣と鉢とを共にし、行くに顧み執着することがない。雨勢よ。私たちは、もしも比丘が極めて足ることを知っているのを見れば、共にその比丘を敬愛し、尊重し、供養し、敬い仕えるのである。

「復次，雨勢！比丘常行於念，成就正念，久所曾習，久所曾聞，恒憶不忘。雨勢！我等若見比丘極有正念者，則共愛敬、尊重、供養、宗奉，禮事於彼比丘。

> また、雨勢よ。比丘が常に気づきを保ち、正しい気づきを成就し、長い間学び、長い間聞いたことを常に記憶し忘れないならば、雨勢よ。私たちは、極めて正しい気づきを持つ比丘を見るとき、その比丘を共に愛し敬い、尊重し、供養し、敬い仕え、礼拝するのです。

「復次，雨勢！比丘常行精進，斷惡不善，修諸善法，恒自起意，專一堅固，為諸善本，不捨方便。雨勢！我等若見比丘極精懃者，則共愛敬、尊重、供養、宗奉，禮事於彼比丘。

> 「さらに、雨勢よ。比丘が常に精進して、悪しき不善の法を断ち、諸々の善法を修め、常に心を起こし、専一に堅固であって、諸々の善の根本となり、方便を捨てないこと。雨勢よ。私どもは、もし比丘が極めて精励しているのを見れば、その比丘を共に愛敬し、尊重し、供養し、宗奉し、礼事するのである。」

「復次，雨勢！比丘修行智慧，觀興衰法，得如此智，聖慧明達，分別曉了，以正盡苦。雨勢！我等若見比丘極行慧者，則共愛敬、尊重、供養、宗奉，禮事於彼比丘。

> 「また、雨勢よ。比丘が智慧を修行して、物事の盛衰の法を観察し、このような智を得て、聖なる智慧が明らかに通達し、はっきりと弁別し理解して、正しく苦しみを尽くすならば──雨勢よ。われらは、もし比丘が極めて智慧を行ずる者を見れば、その比丘を共に愛敬し、尊重し、供養し、宗奉し、礼事するのである。」

「復次，雨勢！比丘諸漏已盡，而得無漏，心解脫、慧解脫，自知自覺，自作證成就遊，生已盡，梵行已立，所作已辦，不更受有，知如真。雨勢！我等若見比丘諸漏盡者，則共愛敬、尊重、供養、宗奉，禮事於彼比丘。

> さらに、雨勢よ。比丘がすでにすべての煩悩を尽くし、無漏の境地に達して、心の解脱と智慧の解脱を得たならば、自ら知り、自ら覚り、自ら悟りを成就して実践する。生は尽き、清らかな行いは既に確立され、なすべきことは成し遂げられ、再び迷いの生存を受けることはないと、如実に知るのである。雨勢よ。われらは、もし比丘が煩悩を尽くした者を見るならば、その比丘を共に敬愛し、尊重し、供養し、宗と仰ぎ奉り、礼拝し仕えるのである。

「雨勢！世尊知見，如來、無所著、等正覺說此十法而可尊敬。雨勢！我等若見比丘行此十法者，則共愛敬、尊重、供養、宗奉，禮事於彼比丘。於是，彼大眾放高大音聲：『可修直道，非不可修，若修直道，非不可修者，隨世中阿羅訶愛敬、尊重、供養、禮事。若諸尊可修直道而能修者，是故世中阿羅訶愛敬、尊重、供養、禮事。』」

> 「雨勢よ。世尊は知見し、如来・無著・等正覚はこの十の法を説き、それは尊敬に値するものです。雨勢よ。私たちは比丘がこの十の法を行うのを見れば、その比丘に対して共に愛し敬い、尊重し、供養し、宗奉し、礼事します。そこで、その大衆は大きな声を上げて言いました。『まっすぐな道を修めるべきであり、修めてはならないのではない。もしまっすぐな道を修めるならば、修めてはならないのではないならば、世の中の阿羅漢に従って愛敬・尊重・供養・礼事する。もし諸尊がまっすぐな道を修めるべきであり、それを修めることができるならば、それゆえに世の中の阿羅漢は愛敬・尊重・供養・礼事されるのである。』」

於是，摩竭陀大臣雨勢及其眷屬問曰：「阿難！今遊何處？」

> そこで、マガダ国の大臣ヴァルシャー（雨勢）とその家族は尋ねました。「アーナンダよ、今どこをお訪ねになっているのですか？」

尊者阿難答曰：「我今遊行此王舍城竹林加蘭哆園。」

> 尊者の阿難が答えました。「私は今、この王舎城の竹林精舎（ちくりんしょうじゃ）に滞在しております。」

「阿難！竹林加蘭哆園至可愛樂，政頓可喜，晝不喧閙，夜則靜寂，無有蚊虻，亦無蠅蚤，不寒不熱。阿難！樂住竹林加蘭哆園耶？」

> 「アーナンダよ、竹林のガランダ園はなんと素晴らしく、落ち着いていて、昼は騒がしくなく、夜は静かで、蚊やあぶ、はえやのみもおらず、寒くも暑くもありません。アーナンダよ、この竹林のガランダ園に楽しく住んでいますか？」

尊者阿難答曰：「如是。雨勢！如是。雨勢！竹林加蘭哆園至可愛樂，政頓可喜，晝不喧閙，夜則靜寂，無有蚊虻，亦無蠅蚤，不寒不熱。雨勢！我樂住竹林加蘭哆園中。所以者何？以世尊擁護故。」

> 尊者阿難がお答えになりました。「その通りです、雨勢よ。その通りです、雨勢よ。竹林のカランダカ園は実に愛すべき場所であり、統治が行われていて心地よく、昼は騒がしくなく、夜は静かで、蚊や虻もおらず、蠅や蚤もいません。寒くも暑くもありません。雨勢よ、私は喜んで竹林のカランダカ園に住んでいます。なぜなら、世尊がお守りくださっているからです。」

是時，婆難大將在彼眾中。婆難大將白曰：「如是。雨勢！如是。雨勢！竹林加蘭哆園至可愛樂，政頓可喜，晝不喧閙，夜則靜寂，無有蚊虻，亦無蠅蚤，不寒不熱，彼尊者樂住竹林加蘭哆園。所以者何？此尊者行伺、樂伺故。」

> その時、婆難大将がその群れの中にいました。 婆難大将がこう言いました。「おっしゃる通りです、雨勢よ。おっしゃる通りです、雨勢よ。竹林カランダ園は実に愛らしく、まさに喜ばしく、昼は騒がしくなく、夜は静寂で、蚊や虻もおらず、蠅や蚤もいません。寒くもなく暑くもなく、あの尊者は竹林カランダ園に安らかにお住まいです。なぜなら、この尊者は修行と静寂の楽しみを好んでおられるからです。」

摩竭陀大臣雨勢聞已，語曰：「婆難大將！沙門瞿曇昔時遊行金鞞羅樂園中，婆難大將！爾時我數往詣彼，見沙門瞿曇。所以者何？沙門瞿曇行伺、樂伺，稱歎一切伺。」

> 摩訶陀の大臣・雨勢（うせい）がこれを聞いて言いました。「婆難（ばなん）大将よ。沙門ゴータマは昔、金鞞羅（こんべいら）の楽園を訪れていました。婆難大将よ、その時、私はたびたび彼のもとを訪れ、沙門ゴータマにお会いしました。なぜかというと、沙門ゴータマは常に（人の言葉や心を）うかがい、それを楽しみ、あらゆるうかがいを称賛していたからです。」

尊者阿難聞已，告曰：「雨勢！莫作是說，沙門瞿曇稱說一切伺。所以者何？世尊或稱說伺，或不稱說。」

> 尊者アーナンダはこれを聞いて告げた。「ワセッタよ、そう言ってはならない。沙門ゴータマはすべての『尋（思考の働き）』を称賛しているわけではない。なぜなら、世尊は時に『尋』を称賛し、時に称賛しないからである。」

摩竭陀大臣雨勢復問曰：「阿難！沙門瞿曇不稱說伺，不稱說何等伺？」

> マガダの大臣ヴァルシャがまた尋ねました。「アーナンダよ、沙門ゴータマは『伺（伺察）』を称賛されないとのことですが、具体的にどのような『伺』を称賛されないのですか？」

尊者阿難答曰：「雨勢！或有一貪欲所纏而起貪欲，不知出要如真，彼為貪欲所障礙故，伺、增伺而重伺。雨勢！是謂第一伺，世尊不稱說。復次，雨勢！或有一瞋恚所纏而起瞋恚，不知出要如真，彼為瞋恚所障礙故，伺、增伺而重伺。雨勢！是謂第二伺，世尊不稱說。復次，雨勢！睡眠所纏而起睡眠，不知出要如真，彼為睡眠所障礙故，伺、增伺而重伺。雨勢！是謂第三伺，世尊不稱說。復次，雨勢！疑惑所纏而起疑惑，不知出要如真，彼為疑惑所障礙故，伺、增伺而重伺。雨勢！是謂第四伺，世尊不稱說。雨勢！世尊不稱說此四伺。」

> 尊者アーナンダが答えました。「雨勢よ、ある人は貪欲に絡め取られて貪欲を起こし、その出離の方法をあるがままに知りません。その人は貪欲に妨げられるがゆえに、心に抱き、繰り返し抱き、しつこく抱き続けます。雨勢よ、これが第一の執着であり、世尊はこれを称賛されません。また、雨勢よ、ある人は怒りに絡め取られて怒りを起こし、その出離の方法をあるがままに知りません。その人は怒りに妨げられるがゆえに、心に抱き、繰り返し抱き、しつこく抱き続けます。雨勢よ、これが第二の執着であり、世尊はこれを称賛されません。また、雨勢よ、ある人は眠気に絡め取られて眠気を起こし、その出離の方法をあるがままに知りません。その人は眠気に妨げられるがゆえに、心に抱き、繰り返し抱き、しつこく抱き続けます。雨勢よ、これが第三の執着であり、世尊はこれを称賛されません。また、雨勢よ、ある人は疑いに絡め取られて疑いを起こし、その出離の方法をあるがままに知りません。その人は疑いに妨げられるがゆえに、心に抱き、繰り返し抱き、しつこく抱き続けます。雨勢よ、これが第四の執着であり、世尊はこれを称賛されません。雨勢よ、世尊はこの四つの執着を称賛されないのです。」

摩竭陀大臣雨勢白曰：「阿難！此四伺可增可增處，沙門瞿曇不稱說。所以者何？正盡覺故。」

> 摩竭陀の大臣雨勢が申し上げました。「アーナンダよ、これら四つの伺いは、増えたり減ったりするものです。沙門ゴータマはそれらを称賛されませんでした。なぜならば、完全に覚られたからです。」

摩竭陀大臣雨勢復問曰：「阿難！何等伺沙門瞿曇所稱說？」

> マガダ国の大臣である雨勢がさらに問うた。「アーナンダよ、沙門ゴータマはどのような教えを説かれるのですか？」

尊者阿難答曰：「雨勢！比丘者，離欲、離惡不善之法，至得第四禪成就遊。雨勢！世尊稱說此四伺。」

> 敬具なる阿難尊者がお答えになりました。「ウパッダよ。比丘（修行者）は、欲望や不善な状態から離れ、第四禅の境地に至り、そのままに遊戯するのです。ウパッダよ、世尊（お釈迦様）はこの四つの観察の法を称賛されました。」

摩竭陀大臣雨勢白曰：「阿難！此四伺可稱可稱處，沙門瞿曇所稱。所以者何？以正盡覺故。阿難！我事煩猥，請退還歸。」

> マガダの大臣である雨勢が阿難に言いました。「アーナンダよ、この四つの観察すべき点は、まさに称賛に値するものです。沙門ゴータマがこれを称賛されるのも、正しく完全な悟りを開かれたからにほかなりません。アーナンダよ、私は用事があり多忙ですので、これで失礼いたします。」

尊者阿難告曰：「欲還隨意。」

> 尊者アーナンダはこう言われました。「お帰りになりたいなら、どうぞご自由になさってください。」

於是，摩竭陀大臣雨勢聞尊者阿難所說，善受善持，即從坐起，繞尊者阿難三匝而去。

> そこで、マガダ国の大臣である雨勢（うせい）は、尊者アーナンダの説かれたことを聞き、よく理解し、よく心に留めた。そして、ただちに座を立ち、尊者アーナンダの周りを三度巡り、礼をしてから去って行った。

是時，梵志瞿默目揵連於摩竭陀大臣雨勢去後不久，白曰：「阿難！我所問事，都不答耶？」

> その時、バラモンのゴーマカ・モッガラーナ（瞿默目揵連）は、マガダ国の大臣・雨勢（雨勢）が去った後、すぐに（アーナンダに）言った。「アーナンダよ、私が尋ねた事柄について、まったく答えてもらえなかったではないか？」

尊者阿難告曰：「目揵連！我實不答。」

> ありがとうございます。尊者アーナンダ（阿難）は次のように告げました。「モッガラーナ（目連）よ、私は実際には答えなかったのです。」

梵志瞿默目揵連白曰：「阿難！我更有所問，聽我問耶？」

> ヴェーダの行者ゴーヴァダ・モッガラーナがこう言いました。「アーナンダ様、もう一つお尋ねしたいことがあります。お聞きしてもよろしいでしょうか？」

尊者阿難答曰：「目揵連！汝便可問，我聞當思。」

> 尊者の阿難が答えました。「目犍連よ、あなたがお尋ねください。私はそれを聞いて、よく考えましょう。」

梵志瞿默目揵連即問曰：「阿難！若如來、無所著、等正覺解脫，及慧解脫、阿羅訶解脫，此三解脫有何差別？有何勝如？」

> バラモンのゴーマカ目揵連が尋ねました。 「アーナンダよ。如来・無所著・等正覚の解脱と、慧解脱と、阿羅漢の解脱―この三つの解脱には、どのような違いがあるのでしょうか。どのような優劣があるのでしょうか。」

尊者阿難答曰：「目揵連！若如來、無所著、等正覺解脫，及慧解脫、阿羅訶解脫，此三解脫無有差別，亦無勝如。」

> 阿難尊者は答えられた。「目犍連よ、如来・無所著・等正覚の解脱と、慧解脱と、阿羅漢の解脱、この三つの解脱には、全く違いはなく、優劣もありません。」

梵志瞿默目揵連白曰：「阿難！可在此食。」尊者阿難默然而受。

> バラモンのゴーヴァダ・モガラーナ（瞿黙目揵連）が尊者アーナンダに申し上げました。「アーナンダ尊者、どうかこちらでお食事をお召し上がりください。」尊者アーナンダは静かに同意されました。

梵志瞿默目揵連知默然受已，即從坐起，自行澡水，極美淨妙，種種豐饒食噉含消，自手斟酌，極令飽滿，食訖舉器，行澡水竟，取一小床，別坐聽法。

> 梵志ゴーマカ・モッガラーナは、尊者が静かに受け入れたことを知ると、席を立ち自ら手を洗い、極めて美しく清らかで、さまざまな豊かな食べ物や飲み物を自らの手で取り分け、十分に満ち足りるまで供応しました。食事が終わると器を片付け、再び手を洗い、小さな椅子を持ってきて別に座り、法の説教を聴く準備をしました。

尊者阿難為彼說法，勸發渴仰，成就歡喜，無量方便為彼說法，勸發渴仰，成就歡喜已。尊者阿難所說如是。摩竭陀大臣雨勢眷屬及梵志瞿默目揵連，聞尊者阿難所說，歡喜奉行。

> 尊者アーナンダは彼らに法を説き、敬いと憧れの心を起こさせ、喜びを成就させた。無量の方便をもって法を説き、敬いと憧れの心を起こさせ、喜びを成就させた後、尊者アーナンダはこのように説き終えた。マガダ国の大臣ヴァルシャ率いる一団とバラモン達のゴーマ・モッガラーナは、尊者アーナンダの説法を聞いて、喜び、信受し、実践した。

瞿默目揵連經第四竟三千一百四十三字

> 瞿默目揵連経 第四 了<note>三千百四十三字</note>