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title: "中阿含經 · 147 聞德經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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### （一四七）中阿含梵志品聞德經第六第三念誦

> （147）中阿含梵志品 聞徳経 第六<note>第三誦</note>

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊舍衛國，在勝林給孤獨園。

> ある時、お釈迦さまは舎衛国に滞在され、勝林給孤独園におられました。

爾時，生聞梵志中後彷徉，往詣佛所，共相問訊，却坐一面，白曰：「瞿曇！我欲有所問，聽乃敢陳。」

> その時、生聞というバラモンが午後に散歩しながら、仏のもとを訪れました。互いにあいさつを交わし、片隅に座ってから、こう言いました。「ゴータマよ、わたしはお尋ねしたいことがあります。お許しをいただければ申し上げます。」

世尊告曰：「梵志！恣汝所問。」

> 世尊はおっしゃいました。「バラモンよ、あなたが望むままに質問しなさい。」

生聞梵志即便問曰：「沙門瞿曇弟子或有在家，或有出家學道，以何義故博聞誦習耶？」

> ある在家の信者または出家修行者がいるが、どのような目的で広く教えを学び暗唱するのか？

世尊答曰：「梵志！我弟子或有在家，或出家學道，所以博聞誦習，欲自調御，欲自息止，自求滅訖。梵志！我弟子或有在家，或出家學道，以此義故博聞誦習。」

> 世尊はお答えになりました。「バラモンよ。私の弟子たちには、在家の人もいれば、出家して修行する人もいます。彼らが幅広く教えを聞き、学び、唱えるのは、自分自身を調え、制御し、心を静め、自ら苦しみの消滅を求めるためです。バラモンよ。私の弟子たちには、在家の人もいれば、出家して修行する人もいます。このような理由から、彼らは幅広く教えを聞き、学び、唱えるのです。」

生聞梵志復問曰：「瞿曇！博聞誦習有差別耶？博聞誦習有功德耶？」

> 生聞バラモンが再び尋ねました。「ゴータマさま、広く学び暗唱することには、違いがあるのでしょうか？広く学び暗唱することには、功徳があるのでしょうか？」

世尊答曰：「梵志，博聞誦習而有差別，博聞誦習則有功德。」

> 世尊がお答えになりました。「バラモンよ、広く聞き学び、暗唱して身につけることには、意味の違いがあります。しかし、広く聞き学び、暗唱して身につけることには、確かに功徳があるのです。」

生聞梵志復問曰：「瞿曇！博聞誦習有何差別，有何德耶？」

> 生聞梵志（ショウモン・バラモン）がさらに尋ねた。「ゴータマよ、広く学び経典を暗唱することには、どのような違いがあり、どのような徳があるのでしょうか。」

世尊答曰：「梵志！多聞聖弟子晝日作業，欲得其利，彼所作業敗壞不成，彼所作業敗壞不成已，然不憂慼、愁煩、啼哭，不椎身懊惱，亦不癡狂。梵志！若多聞聖弟子晝日作業，欲得其利，彼所作業敗壞不成，彼所作業敗壞不成已，然不憂慼、愁煩、啼哭，不椎身懊惱，亦不癡狂者，梵志！是謂博聞誦習而有差別，有此功德。

> 世尊がお答えになりました。「バラモンよ。よく学んだ聖なる弟子が、昼間に仕事をして利益を得ようとしても、その仕事が失敗に終わることがあります。その時、彼は憂い悲しみ、悩み、泣き叫んだり、胸を打って苦しんだり、あるいは心を乱したりすることはありません。 バラモンよ。よく学んだ聖なる弟子が、昼間に仕事をして利益を得ようとしても、その仕事が失敗に終わっても、憂い悲しみ、悩み、泣き叫んだり、胸を打って苦しんだり、心を乱したりしないこと、これこそが、広く学びよく誦習することの違いであり、このような功徳があるのです。」

「復次，梵志！多聞聖弟子所有愛念，異無散解，不復相應，與別離已，然不憂慼、愁煩、啼哭，不椎身懊惱，亦不癡狂。梵志！若多聞聖弟子所有愛念，異無散解，不復相應，與別離已，然不憂慼、愁煩、啼哭，不椎身懊惱，亦不癡狂者，梵志！是謂博聞誦習而有差別，有此功德。

> 「また、バラモンよ。多く聞き、よく学んだ聖なる弟子は、愛するものがあっても、その心が執着して解き離れず、再び結びつくことなく、別れが訪れても、憂い悲しみ、悩み、泣き叫ぶことはなく、自らの身を打ち叩いて苦しめることも、狂い乱れることもありません。 バラモンよ。このように多く聞き、よく学んだ聖なる弟子が、愛するものがあっても、心が執着せず、再び結びつくこともなく、別れが訪れても、憂えず、悲しまず、泣かず、身を苦しめず、狂わないこと――バラモンよ。これこそが、多く聞き、よく学ぶことの差異であり、このような功徳があるのです。」

「復次，梵志！多聞聖弟子知所有財物皆悉無常，念出家學道。梵志！若多聞聖弟子知所有財物皆悉無常，念出家學道者，梵志！是謂博聞誦習而有差別，有此功德。復次，梵志！多聞聖弟子知所有財物皆悉無常已，剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道。梵志，若多聞聖弟子知所有財物皆悉無常已，剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道者，梵志！是謂博聞誦習而有差別，有此功德。

> さらに、バラモンよ。よく学んだ聖なる弟子は、すべての財物が無常であると知り、出家して道を学ぶことを志します。バラモンよ、もしよく学んだ聖なる弟子が、すべての財物が無常であると知り、出家して道を学ぶことを志すならば、バラモンよ、これこそが広く学び暗誦することの意義であり、このような功徳があるのです。 さらに、バラモンよ。よく学んだ聖なる弟子は、すべての財物が無常であると知った後、髪やひげを剃り、袈裟を着て、深い信仰心から家を捨て、家なき者として道を学びます。バラモンよ、もしよく学んだ聖なる弟子が、すべての財物が無常であると知った後、髪やひげを剃り、袈裟を着て、深い信仰心から家を捨て、家なき者として道を学ぶならば、バラモンよ、これこそが広く学び暗誦することの意義であり、このような功徳があるのです。

「復次，梵志！多聞聖弟子能忍飢渴、寒熱、蚊虻、蠅蚤，風日所逼、惡聲捶杖亦能忍之，身遇諸疾，極為苦痛，至命欲絕，諸不可樂皆能堪耐。梵志！若多聞聖弟子能忍飢渴、寒熱、蚊虻、蠅蚤，風日所逼、惡聲捶杖亦能忍之，身遇諸疾，極為苦痛，至命欲絕，諸不可樂皆能堪耐者，梵志！是謂博聞誦習而有差別，有此功德。

> さらに、バラモンよ。よく学んだ聖なる弟子は、飢えや渇き、寒さや暑さ、蚊やあぶ、蠅や蚤、風や日差しにさらされること、悪口や暴力に耐えることができる。また、身体に様々な病が起こり、非常に苦しく痛み、命が絶えそうになるような、すべての不快なことにも耐え忍ぶことができる。バラモンよ。もし、よく学んだ聖なる弟子が、これらのことを耐え忍ぶことができるなら、バラモンよ、これこそが、広く教えを学び、それを誦し習うことによる違いであり、このような功徳があるのである。

「復次，梵志！多聞聖弟子堪耐不樂，生不樂已，心終不著。梵志！若多聞聖弟子堪耐不樂，生不樂已，心終不著者，梵志！是謂博聞誦習而有差別，有此功德。

> さらに、バラモンよ。よく学んだ聖なる弟子は、 不快なことがあっても耐え忍び、不快が生じても心がそれに執着することはありません。 バラモンよ。もしよく学んだ聖なる弟子がそのようにできるなら、 それはまさに、多く聞き、よく学ぶことに違いがあり、 そのような功徳があるということなのです。

「復次，梵志！多聞聖弟子堪耐恐怖，生恐怖已，心終不著。梵志！若多聞聖弟子堪耐恐怖，生恐怖已，心終不著，梵志！是謂博聞誦習而有差別，有此功德。

> さらに、バラモンよ。よく学んだ聖なる弟子は、恐怖に耐えることができる。たとえ恐怖が生じても、心がそれにとらわれることは決してない。バラモンよ、よく学んだ聖なる弟子が、恐怖に耐え、恐怖が生じても心がとらわれないこと。これこそが、広く学び、暗唱することの違いであり、功徳なのだ。

「復次，梵志！多聞聖弟子若生三惡不善之念，欲念、恚念及害念，為此三惡不善念已，心終不著。梵志！若多聞聖弟子若生三惡不善之念，欲念、恚念及害念，為此三惡不善念已，心終不著者，梵志！是謂博聞誦習而有差別，有此功德。

> さらに、バラモンよ。よく学んだ聖なる弟子は、もし三つの悪しき不善の念（欲望の念、怒りの念、害そうとする念）を生じても、これらの三つの悪しき不善の念に対して、心がとらわれることはありません。バラモンよ。よく学んだ聖なる弟子が、もし三つの悪しき不善の念を生じても、心がとらわれないならば、バラモンよ。これこそが、広く聞き学ぶことに違いがあり、このような功徳があるということなのです。

「復次，梵志！多聞聖弟子離欲、離惡不善之法，至得第四禪成就遊。梵志！若多聞聖弟子離欲、離惡不善之法，至得第四禪成就遊者，梵志！是謂博聞誦習而有差別，有此功德。

> さらに、ヴァラモンよ。よく学んだ聖なる弟子は、欲望を離れ、悪しき善からざる法を離れ、第四禅に至り、その境地を成就して安住する。ヴァラモンよ。もしよく学んだ聖なる弟子が、欲望を離れ、悪しき善からざる法を離れ、第四禅に至り、その境地を成就して安住するならば、ヴァラモンよ。これこそが、広く学び習熟することに違いがあり、このような功徳があると知るべきである。

「復次，梵志！多聞聖弟子三結已盡，得須陀洹，不墮惡法，定趣正覺，極受七有，天上、人間七往來已，則得苦邊。梵志！若多聞聖弟子三結已盡，得須陀洹，不墮惡法，定趣正覺，極受七有，天上、人間七往來已，則得苦邊者，梵志！是謂博聞誦習而有差別，有此功德。

> さらに、バラモンよ。よく聞き学んだ聖なる弟子は、三つの束縛（三結）を完全に断ち切り、須陀洹（しょうとおん：預流果）を得ます。これにより、悪しき境地に堕ちることはなく、必ず正しい覚りに向かい、最大でも七回の生死を経ます。天界と人間界を七回往復した後、苦しみの終わりを達成します。 バラモンよ。もし、よく聞き学んだ聖なる弟子が、三つの束縛を断ち切り、須陀洹を得て、悪しき境地に堕ちず、必ず正しい覚りに向かい、最大七回の生死を経て、天界と人間界を七回往復した後、苦しみの終わりを達成するならば、バラモンよ、これこそが広く聞き学び、誦習することの違いであり、このような功徳があるのです。

「復次，梵志！多聞聖弟子三結已盡，婬、怒、癡薄，得一往來，天上、人間一往來已，則得苦邊。梵志！若多聞聖弟子三結已盡，婬、怒、癡薄，得一往來，天上人間一往來已，則得苦邊者，梵志！是謂博聞誦習而有差別，有此功德。

> さらに、バラモンよ。よく学んだ聖なる弟子は、三つの束縛を完全に断ち、欲・怒り・無知が薄くなり、一度だけ再びこの世に生まれ変わる者となります。天界と人間界に一度ずつ生まれ変わった後、苦しみの終わりに達します。バラモンよ、もしよく学んだ聖なる弟子が三つの束縛を完全に断ち、欲・怒り・無知が薄くなり、一度だけ再びこの世に生まれ変わる者となり、天界と人間界に一度ずつ生まれ変わった後、苦しみの終わりに達するならば、バラモンよ、これこそが広く学び、よく暗誦することによる違いであり、このような功徳があるのです。

「復次，梵志！多聞聖弟子五下分結盡，生彼間已，便般涅槃，得不退法，不還此世。梵志！若多聞聖弟子五下分結盡，生彼間已，便般涅槃，得不退法，不還此世者，梵志！是謂博聞誦習而有差別，有此功德。

> さらに、バラモンよ。よく学んだ聖なる弟子は、五つの下位の束縛（下分結）を尽くし、その先に生まれて、完全な涅槃に入り、退転しない法を得て、この世に戻ってこないのです。バラモンよ。もしよく学んだ聖なる弟子が五つの下位の束縛を尽くし、その先に生まれて、完全な涅槃に入り、退転しない法を得て、この世に戻ってこないならば、バラモンよ、これこそが広く学び、暗誦することによる違いであり、このような功徳があるのです。

「復次，梵志！多聞聖弟子有息解脫，離色得無色如其像定，身作證成就遊，慧觀斷漏而知漏。梵志！若多聞聖弟子有息解脫，離色得無色如其像定，身作證成就遊，慧觀斷漏而知漏者，梵志！是謂博聞誦習而有差別，有此功德。

> さらに、バラモンよ。よく学んだ聖なる弟子には、呼吸による解脱がある。色（物質的なもの）から離れ、無色の領域に至る、そのような定（瞑想状態）を自らの身で体験し、実証して安住する。智慧の観察によって煩悩を断ち、その煩悩を知り尽くしている。 バラモンよ。もしよく学んだ聖なる弟子が、呼吸による解脱を得て、色から離れ、無色の領域に至るそのような定を、自らの身で体験し実証して安住し、智慧の観察によって煩悩を断ち、その煩悩を知り尽くしているならば――バラモンよ、これこそが広く聞き学び、朗読し暗誦することによって生じる違いであり、このような功徳があるのだ。

「復次，梵志！多聞聖弟子如意足、天耳、他心智、宿命智、生死智，諸漏已盡，得無漏，心解脫、慧解脫，於現法中自知自覺，自作證成就遊，生已盡，梵行已立，所作已辦，不更受有，知如真。梵志！若多聞聖弟子如意足、天耳、他心智、宿命智、生死智，諸漏已盡，得無漏，心解脫、慧解脫，於現法中自知自覺，自作證成就遊，生已盡，梵行已立，所作已辦，不更受有，知如真者，梵志！是謂博聞誦習而有差別，有此功德。」

> さらに、バラモンよ。よく学ぶ聖なる弟子は、如意足、天耳、他心智、宿命智、生死智をそなえ、すべての煩悩を尽くし、無漏の境地に達し、心の解脱と智慧の解脱を得る。現世において自ら知り、自ら悟り、自ら証してその境地に遊ぶ。生はすでに尽き、清らかな行いはすでに立ち、なすべきことはすでに成し遂げ、再び迷いの世界に受生することはないと、あるがままに知る。 バラモンよ。もしよく学ぶ聖なる弟子が、如意足、天耳、他心智、宿命智、生死智をそなえ、すべての煩悩を尽くし、無漏の境地に達し、心の解脱と智慧の解脱を得て、現世において自ら知り、自ら悟り、自ら証してその境地に遊び、生はすでに尽き、清らかな行いはすでに立ち、なすべきことはすでに成し遂げ、再び迷いの世界に受生することはないと、あるがままに知るならば、バラモンよ。これこそが広く聞き、学び、暗誦することによって生じる違いであり、このような功徳があるのである。

生聞梵志復問世尊：「此博聞誦習有此差別，有此功德，頗更有差別，更有功德，最上、最妙、最勝耶？」

> 生聞梵志が再び世尊に尋ねた。「この広く学び経典を暗誦することに、このような区別や功徳があるとお聞きしましたが、さらにそれを超える区別や功徳、最も優れ、最も素晴らしく、最も勝れたものがあるのでしょうか。」

世尊答曰：「梵志！此博聞誦習有此差別，有此功德，更無差別，更無功德，最上、最妙、最勝者。」

> 世尊がお答えになりました。「バラモンよ、このように広く聞き、学び、暗誦することには、確かにこのような違いがあり、このような功徳があるのです。しかし、それ以上の違いや、それ以上の功徳はありません。最も優れ、最も素晴らしく、最も勝れたものは、これなのです。」

生聞梵志白曰：「世尊！我已知。善逝！我已解。世尊！我今自歸於佛、法及比丘眾，唯願世尊受我為優婆塞，從今日始，終身自歸，乃至命盡。」

> 生聞（しょうもん）というバラモンが申し上げました。「世尊よ、私はわかりました。善逝（ぜんぜい）よ、私は悟りました。世尊よ、私は今、仏さま、教え、そして僧団に帰依いたします。どうか世尊よ、私を在家の信者（優婆塞）としてお受け入れください。本日より、命の終わるその日まで、生涯にわたって帰依いたします。」

佛說如是。生聞梵志聞佛所說，歡喜奉行。

> 仏はこのように説かれた。生聞梵志は仏の説法を聞いて、喜び、実践した。

聞德經第六竟一千六百九字

> 聞徳経　第六　了<note>千六百九字</note>