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title: "中阿含經 · 152 鸚鵡經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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### （一五二）中阿含梵志品鸚鵡經第一第三念誦

> （一五二）中阿含梵志品鸚鵡経第一<note>第三誦</note>

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊王舍城，在竹林加蘭哆園。

> ある時、ブッダは王舎城に滞在し、竹林の精舎にいました。

爾時，鸚鵡摩納都題子少有所為，往至王舍城，寄宿居士家。於是，鸚鵡摩納都題子問所寄宿居士曰：「頗有沙門、梵志宗主眾師，統領大眾，為人所尊，令我隨時往見奉敬，儻能因此敬奉之時，得歡喜耶？」

> その時、若いバラモンのトーディヤの子はある用事があって、ラージャガハ（王舎城）へ向かい、ある在家の家に宿をとりました。そこで、トーディヤの子は宿の主人に尋ねました。「この近くに、立派な修行者やバラモンの先生方で、多くの弟子を率い、人々から敬われている方はいないでしょうか。そうした方に折を見てお会いし、敬意を表したいのです。もしかすると、そのように敬うことによって、心が安らかになるかもしれないからです。」

居士答曰：「有也。天愛！沙門瞿曇釋種子捨釋宗族，剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道，覺無上正盡覺。天愛！自可隨時往見，詣彼奉敬，或能因此奉敬之時，心得歡喜。」

> 在家の者が答えました。「ありますとも、天愛よ。沙門ゴータマは、釈迦族の出身でありながら、その一族を捨て、髪やひげを剃り、袈裟の衣をまとい、深い信によって家を出て、家なき修行者となり、無上の悟りを開かれました。天愛よ、お望みならいつでもお会いになり、彼のもとを訪れて敬うがよいでしょう。あるいは、そのように敬うことで、心に喜びが得られるかもしれません。」

鸚鵡摩納即復問曰：「沙門瞿曇今在何處？我欲見之。」

> 鸚鵡摩納（若きバラモン）が尋ねました。「沙門ゴータマは今どこにおられますか？私はお会いしたいのです。」

居士答曰：「沙門瞿曇在此王舍城竹林加蘭哆園，便可往見。」

> 居士が答えて言いました。「沙門ゴータマは今、王舎城の竹林ガランダ園におられます。ぜひお会いになりに行かれてはいかがでしょうか。」

於是，鸚鵡摩納從所寄宿居士家出，往詣竹林加蘭哆園。鸚鵡摩納遙見世尊在樹林間，端政姝好，猶星中月，光耀煒曄，晃若金山，相好具足，威神巍巍，諸根寂定，無有蔽礙，成就調御，息心靜默。見已，便前往詣佛所，共相問訊，却坐一面，白曰：「瞿曇！欲有所問，聽乃敢陳？」

> そこで、鸚鵡のモラナは宿を借りていた在家者の家を出て、竹林のカランダカ園へと向かいました。モラナは遠くから世尊が林の中にいらっしゃるのを見ました。その姿は端正で美しく、まるで星空の中の月のように輝き、光り輝いて金色の山のように眩しく、相好は完全に備わり、威厳は高く、諸々の感官は静かに落ち着いていて、何の妨げもなく、調御を成就し、心を静め沈黙していました。これを見て、彼は仏のもとへ進み、互いに挨拶を交わしてから、一方に座り、こう言いました。「ゴータマよ、お尋ねしたいことがあります。お許しをいただいてから申し上げてもよろしいでしょうか？」

世尊告曰：「恣汝所問。」

> 世尊がおっしゃいました。「思うままに質問しなさい。」

鸚鵡摩納問曰：「瞿曇！如我所聞，若在家者，便得善解，則知如法，出家學道者，則不然也。我問瞿曇此事云何？」

> 鸚鵡モッカリ（若きバラモン）が尋ねた。「ゴータマ尊師よ、私の聞いたところによれば、在家の者は善く理解して、正しい道をわきまえることができるが、出家して学道する者はそうではないと言います。このことについて、尊師はどのようにお考えでしょうか。」

世尊告曰：「此事不定。」

> 世尊はおっしゃいました。「このことは定まってはいない。」

鸚鵡摩納白曰：「瞿曇！願今為我分別此事。」

> 鸚鵡摩納が言いました。「ゴータマさま、どうかこのことについて、私にお示しください。」

世尊告曰：「摩納！諦聽，善思念之，我當為汝具分別說。」鸚鵡摩納受教而聽。

> 世尊がおっしゃいました。「若者よ、よく聞きなさい。しっかりと心に留め、よく考えなさい。あなたのために詳しく説き明かしましょう。」鸚鵡の若者は教えを受け、耳を傾けました。

佛言：「摩納！若有在家及出家學道行邪行者，我不稱彼。所以者何？若有在家及出家學道行邪行者，不得善解，不知如法。是故，摩納！若有在家及出家學道行邪行者，我不稱彼。摩納！若有在家及出家學道行正行者，我稱說彼。所以者何？若有在家及出家學道行正行者，必得善解，則知如法。是故，摩納！若有在家及出家學道行正行者，我稱說彼。摩納！我如是說，說此二法，如是分別，如是顯示。若有沙門梵志有力堅固深入，一向專著，而說此為真諦，餘者虛妄。」

> 仏陀は言われた。「マーナヴァよ、在家であろうと出家して学道する者であろうと、邪まな行いをする者を、わたしは称賛しない。なぜなら、在家であろうと出家であろうと、邪まな行いをする者は、善く理解することができず、法のとおりに知ることができないからである。それゆえ、マーナヴァよ、在家であろうと出家であろうと、邪まな行いをする者を、わたしは称賛しない。 マーナヴァよ、在家であろうと出家して学道する者であろうと、正しい行いをする者を、わたしは称賛する。なぜなら、在家であろうと出家であろうと、正しい行いをする者は、必ず善く理解し、法のとおりに知ることができるからである。それゆえ、マーナヴァよ、在家であろうと出家であろうと、正しい行いをする者を、わたしは称賛する。 マーナヴァよ、わたしはこのように説き、この二つの法を説き、このように区別し、このように明らかに示す。たとえ、ある沙門や梵志が、力強く確固として深く執着し、ひたすら一つの見解にこだわって、『これこそが真理であり、他は虚妄である』と説いても、」

鸚鵡摩納白曰：「瞿曇！如我所聞，若在家者，便有大利，有大功德，出家學道者，則不然也。我問瞿曇此事云何？」

> 「ゴータマ様、私の聞いたところによれば、在家の者は大きな利益や功徳を得られるが、出家して道を学ぶ者にはそれはないとのことです。このことについて、ゴータマ様はどのようにお考えですか？」

世尊告曰：「此事不定。」

> 世尊はおっしゃいました。「このことは定まってはいない。」

鸚鵡摩納白曰：「瞿曇！願復為我分別此事。」

> 鸚鵡の若者が言いました。「ゴータマよ、どうかもう一度このことを私に詳しく説いてください。」

世尊告曰：「摩納！諦聽，善思念之，我當為汝具分別說。」鸚鵡摩納受教而聽。

> 世尊がおっしゃいました。「若者よ、よく聞きなさい。しっかりと心に留め、よく考えなさい。あなたのために詳しく説き明かしましょう。」鸚鵡の若者は教えを受け、耳を傾けました。

佛言：「摩納！若在家者，有大災患，有大鬪諍，有大怨憎，行邪行者，不得大果，無大功德。猶如田作，有大災患，有大鬪諍，有大怨憎，行邪行者，不得大果，無大功德。如是，摩納！若在家者亦復如是。摩納！出家學道少有災患，少有鬪諍，少有怨憎，行邪行者，不得大果，無大功德。猶如治生，少有災患，少有鬪諍，少有怨憎，行邪行者，不得大果，無大功德。如是，摩納！出家學道亦復如是。

> 仏は言われた。「摩納よ、在家の者には大きな災いや悩み、争い、怨みがあり、邪な行いをすれば、大きな果報も大きな功徳も得られない。これはちょうど農作業に大きな災いや悩み、争い、怨みがあり、邪な行いをすれば大きな果報も大きな功徳も得られないのと同じである。摩納よ、在家の者もまた同じである。摩納よ、出家して学道する者は災いも少なく、争いも少なく、怨みも少ない。しかし、邪な行いをすれば、やはり大きな果報も大きな功徳も得られない。これはちょうど商売にも災いが少なく、争いも少なく、怨みも少ないが、邪な行いをすれば大きな果報も大きな功徳も得られないのと同じである。摩納よ、出家して学道する者もまた同じである。」

「摩納！若在家者，有大災患，有大鬪諍，有大怨憎，行正行者，得大果報，有大功德。猶如田作，有大災患，有大鬪諍，有大怨憎，行正行者，得大果報，有大功德。如是，摩納！若在家者亦復如是。摩納！出家學道少有災患，少有鬪諍，少有怨憎，行正行者，得大果報，有大功德。猶如治生，少有災患，少有鬪諍，少有怨憎，行正行者，得大果報，有大功德。如是，摩納！出家學道亦復如是。摩納！我如是說，說此二法，如是分別，如是顯示。若有沙門、梵志有力堅固深入，一向專著，而說此為真諦，餘者虛妄。」

> 「モーナよ。在家の者には、大きな災いや悩み、激しい争い、深い恨みがあります。しかし、正しい行いを行うならば、大きな報いと功徳を得ることができます。それはちょうど、農作業に大きな災いや悩み、激しい争い、深い恨みがあるものの、正しく行えば大きな収穫と功徳が得られるようなものです。モーナよ、在家の者も全く同じです。 モーナよ。出家して学びの道に入る者は、災いや悩み、争い、恨みが少ないものです。そして正しい行いを行うならば、大きな報いと功徳を得ることができます。それはちょうど、商売に災いや悩み、争い、恨みが少なく、正しく行えば大きな利益と功徳が得られるようなものです。モーナよ、出家して学びの道に入る者も全く同じです。 モーナよ。私はこのように説き、この二つの道を明らかにし、このように分別し、このように示しました。しかし、もし修行者や司祭たちの中に、力強く固執し、深くこだわり、一方的に執着して、「これこそが真理であり、他は虚偽である」と説く者がいるならば…」

鸚鵡摩納白曰：「瞿曇！彼諸梵志施設五法，有大果報，有大功德，作福得善。」

> パーカッチャという名の若者がお釈迦様に尋ねました。「ゴータマ尊者よ。あのバラモンたちは五つの方法を説いており、それには大きな利益と功徳があり、福を積むことで善い結果が得られると言っています。」

世尊告曰：「若諸梵志施設五法，有大果報，有大功德，作福得善。汝在此眾，今可說耶？」

> 世尊がおっしゃいました。「修行者たちよ、もし五つの教えを設けるならば、それは大きな果報をもたらし、大きな功徳を生み、福を積んで善を得ることになるでしょう。あなたはこの集まりの中で、それを今お話しできますか？」

鸚鵡摩納白曰：「瞿曇！我無不可。所以者何？瞿曇！於今現坐此眾。」

> さて、スバ（鸚鵡）という青年バラモンは言いました。「ゴータマ様、私は何も差し支えありません。なぜなら、ゴータマ様は今まさにこの会衆の中にお座りになっているからです。」

世尊告曰：「汝便可說。」

> 世尊がおっしゃいました。「それでは、あなたがお話ししなさい。」

鸚鵡摩納白曰：「瞿曇！善聽。瞿曇！梵志施設第一真諦法，有大果報，有大功德，作福得善；第二誦習，第三熱行，第四苦行。瞿曇！梵志施設第五梵行，有大果報，有大功德作福得善。」

> スバ王が申し上げました。「ゴータマ様、よくお聞きください。修行僧たちは第一に真実の教えを設け、大きな果報と大きな功徳があり、福をなして善を得るとしています。第二に経典の暗誦、第三に厳しい修行、第四に苦行です。ゴータマ様、修行僧たちは第五に清らかな行いを設け、大きな果報と大きな功徳があり、福をなして善を得るとしています。」

世尊告曰：「若有梵志施設五法，有大果報，有大功德，作福得善。彼梵志中頗有一梵志作如是說：『我此五法，於現法中自知自覺，自作證已，施設果耶？』」

> 世尊がおっしゃいました。 「もし修行者が五つの教えを実践すれば、大きな結果が得られ、大きな功徳があり、福を積んで善い行いとなります。 その修行者たちの中で、『私はこの五つの教えを、この現世において自ら知り、自ら悟り、自ら確かなものとして実証し、その結果をはっきり示すことができる』と語る修行者がいるでしょうか。」

鸚鵡摩納白世尊曰：「無也。瞿曇！」

> 鸚鵡摩納が世尊に申し上げました。「いいえ、ゴータマよ。」

世尊告曰：「頗有師及祖師，至七世父母，作如是說：『我此五法，於現法中自知自覺，自作證已，施設果耶？』」

> 世尊がおっしゃいました。 「あなたの師や祖師、また七代前までの父母の中で、『これらの五つの教えについては、今この世の中で自ら気づき、自ら悟り、自らその証を得たうえで、その結果を説き示した』と、そのように語った者はいるのですか。」

鸚鵡摩納白世尊曰：「無也。瞿曇！」

> 鸚鵡摩納が世尊に申し上げた。「いいえ、ゴータマ様。」

爾時，世尊問曰：「摩納！若昔有梵志壽終命過，誦持經書，流布經書，誦習典經：一曰夜吒，二曰婆摩，三曰婆摩提婆，四曰毗奢蜜哆羅，五曰夜婆陀揵尼，六曰應疑羅婆，七曰婆私吒，八曰迦葉，九曰婆羅婆，十曰婆惒。謂今諸梵志即彼具經誦習持學，彼頗作是說：『我此五法，於現法中自知自覺，自作證已，施設果耶？』」

> そこで、世尊はお尋ねになりました。「マータンガよ。昔、修行者たちが世を去り、経典を暗唱し、広め、学んだ者たちがいた。すなわち、夜吒、婆摩、婆摩提婆、毗奢蜜哆羅、夜婆陀揵尼、應疑羅婆、婆私吒、迦葉、婆羅婆、婆惒である。今の修行者たちは、まさに彼らの経典を学び、身につけている。彼らがこう言っただろうか——『私はこの五つの教えを、今この世で自ら知り、自ら目覚め、自らの確かな証として得た後に、その結果を説き示した』と。」

鸚鵡摩納白世尊曰：「無也。瞿曇！但諸梵志因信受持。」

> 鸚鵡摩納が世尊に申し上げました。「いいえ、ゴータマよ。ただ、バラモンたちは信仰によってこれを受け入れ、守っているのです。」

世尊告曰：「若於諸梵志，無一梵志而作是說：『我此五法，於現法中自知自覺，自作證已，施設果報。』亦無師及祖師，乃至七世父母，而作是說：『我此五法，於現法中自知自覺，自作證已，施設果報。』若昔有梵志壽終命過，誦持經書，流布經書，誦習典經：一曰夜吒，二曰婆摩，三曰婆摩提婆，四曰毗奢蜜哆邏，五曰夜婆陀揵尼，六曰應疑羅婆，七曰婆私吒，八曰迦葉，九曰婆羅婆，十曰婆惒。謂今諸梵志即彼具經誦習持學，彼無作是說：『我此五法，於現法中自知自覺，自作證已，施設果報。』摩納！彼諸梵志不以此故，於信向中無根本耶？」

> 世尊はおっしゃいました。「もし修行者たちの中で、『この五つの法について、現世において自ら知り、自ら悟り、自ら証得したうえで、その果報を示す』と語る修行者が一人もいないならば、師匠も、その師匠も、さらには七代前の祖先に至るまで、『この五つの法について、現世において自ら知り、自ら悟り、自ら証得したうえで、その果報を示す』と語る者はいないでしょう。 かつて、命を終えた修行者たちがいた。彼らは経典を暗唱し、広め、学んでいた。その経典とは、夜吒、婆摩、婆摩提婆、毗奢蜜哆邏、夜婆陀揵尼、應疑羅婆、婆私吒、迦葉、婆羅婆、婆惒である。今の修行者たちは、それらの完全な経典を暗唱し、学び、保持している。しかし彼らもまた、『この五つの法について、現世において自ら知り、自ら悟り、自ら証得したうえで、その果報を示す』とは語らない。 マガヴァよ、それゆえ修行者たちは、信仰と確信の基盤を持たないのではないか。」

鸚鵡摩納白曰：「瞿曇！實無根本，但諸梵志聞已受持。」

> 「ゴータマよ、実際には根拠はありません。ただバラモンたちがそれを聞いて、受け継いでいるだけです。」

世尊告曰：「猶眾盲兒各相扶持，彼在前者，不見於後，亦不見中。彼在中者，不見於前，亦不見後。彼在後者，不見於中，亦不見前。摩納！所說諸梵志輩亦復如是。摩納！前說信而後復說聞。」

> 世尊はお告げになった。「まるで目の見えない人々の集まりが互いに手を取り合って歩くようなものだ。先頭に立つ者は後ろの者も真ん中の者も見えない。真ん中にいる者は前の者も後ろの者も見えない。最後尾の者は真ん中の者も前の者も見えない。マーナよ、それと同じように、あなたが言うところのバラモンたちもまた同じである。マーナよ、彼らは先には信仰を語り、後には伝聞を語っているにすぎないのだ。」

鸚鵡摩納瞋恚世尊，憎嫉不悅，誹謗世尊，指擿世尊，罵詈世尊：「應誹謗瞿曇！應指瞿曇！應墮瞿曇！」語世尊曰：「有一梵志，名弗袈裟裟羅，姓直清淨化，彼作是說：『若有沙門、梵志，於人上法有知有見，現我得者。我聞是已，便大笑之，意不相可，虛妄不真，亦不如法。云何人生人中，自說得人上法？若於人上法言我知我見者，此事不然。』」

> 鸚鵡摩納は世尊に対して怒りを抱き、憎しみと不満の念を抱いて、世尊を誹謗し、世尊を非難し、世尊を罵って言いました。「瞿曇を誹謗するのが当然だ！ 瞿曇を非難するのが当然だ！ 瞿曇は堕ちるべきだ！」そして世尊にこう語りました。「一人のバラモンがおりまして、名を弗袈裟裟羅といい、姓は直清浄化と申します。彼はこう述べておりました。『もし修行者やバラモンが、人間を超えた法について知り、見て、「私はそれを体得した」と現に語るならば、私はそれを聞いて大笑し、心から承服できず、虚偽であり真実ではなく、また法にも適わない。なぜなら、人間として生まれた者が、人間を超えた法を自ら知り、見たと語るなど、そんなことはありえないからだ』」と。

於是，世尊便作是念：「鸚鵡摩納都題子瞋恚於我，憎嫉不悅，誹謗於我，指擿於我，罵詈於我：『應誹謗，瞿曇！應指，瞿曇！應墮，瞿曇！』而語我曰：『瞿曇！有梵志名弗袈裟裟羅，姓直清淨化，彼作是說：「若有沙門、梵志，於人上法有知有見，現我得者。我聞是已，便大笑之，意不相可，虛妄不真，亦不如法。云何人生人中，自說得人上法？若於人上法言我知我見者，此事不然。」』」

> そこで、世尊はこうお考えになった。「鳩の若者トゥディッタは、私に対して怒り、憎悪し、不満を抱き、私を誹謗し、私を指弾し、私を罵っている。『ゴータマよ、誹謗すべきだ。ゴータマよ、指弾すべきだ。ゴータマよ、堕ちるべきだ』と。そして私にこう言ったのだ。『ゴータマよ、フリヴァーサという名のバラモンがいる。姓はジュンセイジョウカ。彼はこう言った。「もしも修行者やバラモンが人間を超えた法について、知り、見ることができ、『私はそれを得た』と現前するならば。私はそれを聞けば大笑いし、心から受け入れず、それは虚偽であり真実でなく、法にもかなわない。どうして人が人間の中に生まれながら、人間を超えた法を自ら得たと言えるのか？人間を超えた法について『私は知っている、私は見ている』と言うことなど、ありえない。」と。』」

世尊知已，告曰：「摩納！梵志弗袈裟裟羅，姓直清淨化，彼知一切沙門、梵志心之所念，然後作是說：『若有沙門、梵志，於人上法有知有見，現我得者。我聞是已，便大笑之，意不相可，虛妄不真，亦不如法。云何人生人中，自說得人上法？若於人上法言我知我見者，此事不然耶？』」

> 世尊はこれを聞いて、こうおっしゃいました。 「マーヴァよ。バラモンのフサッサーラ（弗袈裟裟羅）は、姓は正直で清らかな生まれの人である。彼は、すべての修行者やバラモンの心の思いを知った上で、次のように言ったのだ。 『もし修行者やバラモンの中で、人間を超えた法について知り、見て、「今、私はそれを得た」と主張する者がいるならば、私はそれを聞いて大笑いし、認めることはない。それは虚偽であり、真実ではなく、法にもかなっていない。なぜなら、人間として生まれながら、どうして人間を超えた法について「私は知っている」「私は見ている」と言えるのか。そんなことはありえないではないか。』」

鸚鵡摩納答曰：「瞿曇！梵志弗袈裟裟羅，姓直清淨化，自有一婢，名曰不尼，尚不能知心之所念，況復欲知一切沙門、梵志心之所念耶？若使知者，終無是處。」

> 鸚鵡摩納が答えて言いました。「ゴータマよ、バラモンの弗袈裟裟羅は、姓は直清浄化といい、一人の召使いの女がおりまして、その名を不尼といいます。その召使いの心に何が思い浮かんでいるかさえも知ることができないのに、ましてやすべての修行者やバラモンの心に思い浮かぶことを知ることなどできるはずがありません。もしそれを知ることができるというなら、決してそんなことはありえません。」

世尊告曰：「猶人生盲，彼作是說：『無黑白色，亦無見黑白色者。無好惡色，亦無見好惡色。無長短色，亦無見長短色。無近遠色，亦無見近遠色。無麤細色，亦無見麤細色。我初不見不知，是故無色。』彼生盲人作如是說，為真實耶？」

> 世尊はおっしゃいました。「例えば、生まれつき目の見えない人がこう言ったとします。『黒も白もない。黒や白を見る人もいない。良い色も悪い色もない。良い色や悪い色を見る人もいない。長い色も短い色もない。長い色や短い色を見る人もいない。近い色も遠い色もない。近い色や遠い色を見る人もいない。粗い色も細かい色もない。粗い色や細かい色を見る人もいない。私は最初から見たことがなく、知ることもない。だから色など存在しないのだ。』この生まれつき目の見えない人の言うことは、本当でしょうか？」

鸚鵡摩納答世尊曰：「不也。瞿曇！所以者何？有黑白色，亦有見黑白色者。有好惡色，亦有見好惡色。有長短色，亦有見長短色。有近遠色，亦有見近遠色。有麤細色，亦有見麤細色。若言我初不見不知，是故無色。彼生盲人作是說者，為不真實。」

> 鸚鵡摩納が世尊に答えて言った。「いいえ、ゴータマ様。なぜなら、黒と白の色があり、その黒と白を見る者もいます。良い色と悪い色があり、それらを見る者もいます。長い色と短い色があり、それらを見る者もいます。近い色と遠い色があり、それらを見る者もいます。粗い色と細かい色があり、それらを見る者もいます。（もし「私は元々見たことがなく、知らない。だから色は存在しない」と言うならば、そのように語る生まれつきの盲人は、真実ではありません。」

「摩納！梵志弗袈裟裟羅，姓直清淨化，彼所說者，非如生盲無目人耶？」

> 「モーノーよ。バラモンのフケシャシャラは、姓は直清浄化と言うが、彼の語ることこそ、生まれつき目の見えない人のようではないか？」

鸚鵡摩納答世尊曰：「如盲。瞿曇！」

> 鸚鵡摩納が世尊に答えました。「まるで目の見えない人のようです、ゴータマ様！」

世尊告曰：「摩納！於意云何？若昔有梵志壽終命過，誦持經書，流布經書，誦習典經，謂商伽梵志、生聞梵志、弗袈裟裟羅梵志及汝父都題，若彼所說，可不可、有真無真、有高有下耶？」

> 世尊が言われた。「摩納（若者よ）、あなたはどう思うか。もし昔の修行僧が寿命を終え、経典を唱え、広め、習い覚えた者たち——すなわち商伽梵志、生聞梵志、弗袈裟裟羅梵志、そしてあなたの父である都題——の言葉が、正しいか正しくないか、真実か虚偽か、優れているか劣っているか、判断できるだろうか。」

鸚鵡摩納答世尊曰：「若昔有梵志壽終命過，誦持經書，流布經書，誦習典經，謂商伽梵志、生聞梵志、弗袈裟裟羅梵志及我父都題。彼所說者，於我意者，欲令可，莫令不可，欲令真，莫令不真，欲令高，莫令下。」

> 鸚鵡摩納が世尊に申し上げた。「かつて生きていた梵志（修行者）が寿命を終え、経典を暗誦し、それを広め、学んでいた方々がいました。すなわち、商伽梵志、生聞梵志、弗袈裟裟羅梵志、そして私の父である都題です。彼らの教えは、私の考えでは、『正しいと認めさせ、間違いと認めさせない』『真実と認めさせ、真実でないと認めさせない』『高きものと認めさせ、低きものと認めさせない』という意図を持ったものでした。」

彼時，世尊問曰：「摩納！梵志弗袈裟裟羅，姓直清淨化，彼所說者，非為不可、無有可耶？非為不真、無有真耶？非為至下、無有高耶？」

> その時、世尊はお尋ねになった。 「マーナヴァよ、バラモンのフリッチャッサラ（姓は直清浄化）の語ることは、間違いではないのか？ 正しくないことはないのか？ 下等ではないのか？ 優れていることはあるのか？」

鸚鵡摩納答世尊曰：「實爾。瞿曇！」

> 鸚鵡（インコ）が世尊にこう答えた。「まことにその通りです。ゴータマ様。」

「復次，摩納！有五法作障礙，作覆蓋，作盲無目，能滅智慧，唐自疲勞，不得涅槃。云何為五？摩納！欲第一法作障礙，作覆蓋，作盲無目，能滅智慧，唐自疲勞，不得涅槃。摩納！恚、身見、戒取，疑第五法作障礙，作覆蓋，作盲無目，能滅智慧，唐自疲勞，不得涅槃。摩納！於意云何？為此五法之所障礙、覆蓋、陰纏，彼若欲觀自義，觀他義，觀俱義，及知一切沙門、梵志心之所念者，終無是處。摩納！梵志弗袈裟裟羅，姓直清淨化，為欲所染，欲所穢染，欲觸欲猗，著於欲，入於欲中，不見災患，不知出要而行於欲。彼為此五法之所障礙、覆蓋、陰纏，彼若欲觀自義，觀他義，觀俱義，及知一切沙門、梵志心之所念者，終無是處。

> 「また、モーラよ。五つの法が障害となり、覆いとなり、盲目となって智慧を滅ぼし、ただ疲れのみをもたらし、涅槃に至らせない。その五つとは何か。モーラよ。欲望が第一の法として障害となり、覆いとなり、盲目となって智慧を滅ぼし、ただ疲れのみをもたらし、涅槃に至らせない。モーラよ。怒り、自己への執着、戒律への固執、そして疑惑が第五の法として障害となり、覆いとなり、盲目となって智慧を滅ぼし、ただ疲れのみをもたらし、涅槃に至らせない。モーラよ。どう思うか。もしこれらの五つの法によって妨げられ、覆われ、包み込まれているなら、自らの利益を観ようとし、他者の利益を観ようとし、両方の利益を観ようとし、またあらゆる修行者や聖者たちの心の思いを知ろうとしても、それは決して可能ではない。モーラよ。バラモンのフリキャーサーサーラ、姓は直清浄教は、欲望に染まり、欲望に汚され、欲望に触れ、欲望に寄りかかり、欲望に執着し、欲望の中に入り込み、その危険を見ず、その出離の道を知らずして欲望を実践している。彼はこれらの五つの法によって妨げられ、覆われ、包み込まれているなら、自らの利益を観ようとし、他者の利益を観ようとし、両方の利益を観ようとし、またあらゆる修行者や聖者たちの心の思いを知ろうとしても、それは決して可能ではない。」

「復次，摩納！有五欲功德，愛念意樂，彼有愛色欲相應，甚可於樂。云何為五？目知色，耳知聲，鼻知香，舌知味，身知觸。摩納！於意云何？眾生因此五欲功德故，生樂生喜，不復是過耶？」

> さらに、マーナよ。五つの欲望の対象があり、それは心を引きつけ、喜びをもたらす。それらは愛しい色や形と結びつき、大きな楽しみをもたらす。その五つとは何か？目で知る色、耳で知る音、鼻で知る香り、舌で知る味、身体で知る感触である。マーナよ、どう思うか。人々はこれらの五つの欲望の対象によって喜びや楽しみを得るが、それ以上に過ちがあるだろうか？

鸚鵡摩納白世尊曰：「如是。瞿曇！」

> 鸚鵡摩納が世尊に申し上げました。「その通りです、ゴータマよ。」

世尊問曰：「摩納！於意云何？若因草木而然火，及離草木而然火，何者光㷿最上、最妙、最勝耶？」

> 世尊がお尋ねになりました。「摩納よ、あなたはどう思うか。草木によって火を起こした場合と、草木から離れて火を起こした場合とでは、どちらの光が最も明るく、最もすぐれ、最も勝れているだろうか。」

鸚鵡摩納白曰：「瞿曇！若離草木而然火者，終無是處，唯有如意足力。瞿曇！若離草木而然火者，彼光㷿最上、最妙、最勝。」

> 鹦鹉が言いました。「ゴータマよ。もし草木から離れて火を起こすならば、それは決してありえません。ただ如意足の力によれば別です。ゴータマよ。もし草木から離れて火を起こすならば、その光は最も優れ、最も素晴らしく、最も勝れているでしょう。」

世尊告曰：「如是，如是。摩納！若離草木而然火者，終無是處，唯有如意足力。若離草木而然火者，彼光㷿最上、最妙、最勝，我今假說。摩納！如因草木而然火者，如是眾生所生喜樂，謂因欲、惡不善之法，不得捨樂及於止息。摩納！如離草木而然火者，如是眾生所生捨樂，謂因離欲，從諸善法而得捨樂及於止息。」

> 世尊はおっしゃいました。「その通り、その通りです。マーナよ。もし草木を離れて火を起こそうとするならば、それは決して叶いません。ただ、如意足（思いのままに働く力）による場合のみ可能です。草木を離れて火を起こせば、その光は最も優れ、最も素晴らしく、最上のものとなります。私は今それを仮に説いているのです。 マーナよ。草木によって火が起こされるように、衆生に喜びや楽しみが生じるのは、欲望や悪しき、善からざるものによるのです。彼らは楽しみを捨てることも、心を静めることもできません。 マーナよ。草木を離れて火が起こされるように、衆生に生じる『捨てる楽しみ』とは、欲望を離れ、善い法によるものです。彼らはその楽しみを捨て、心を静めることができるのです。」

世尊告曰：「摩納！於意云何？有一梵志作齋行施，或從東方有剎利童子來，彼作是說：『我於其中得第一座、第一澡水、第一飲食。』彼於其中不得第一座、第一澡水、第一飲食，便生怨恨而懷憎嫉。或從南方有梵志童子來，彼作是說：『我於其中得淨妙食。』彼於其中不得淨妙食，便生怨恨而懷憎嫉。或從西方有居士童子來，彼作是說：『我於其中得豐饒食。』彼於其中不得豐饒食，便生怨恨而懷憎嫉。或從北方有工師童子來，彼作是說：『我於其中得豐足食。』彼於其中不得豐足食，便生怨恨而懷憎嫉。摩納！彼諸梵志行如是施，施設何等報耶？」

> 世尊がおっしゃいました。「マーナヴァよ、あなたはどう思うか。あるバラモンが斎戒を施し、供養を行うとする。東方からクシャトリヤの若者が来て、こう言うかもしれない。『私はこの席で一番の座、一番の沐浴、一番の飲食を得るべきだ。』しかし、そこで一番の座も、一番の沐浴も、一番の飲食も得られなければ、彼は恨みを抱き、嫉妬するだろう。また、南方からバラモンの若者が来て、『私はここで清らかで素晴らしい食事を得るだろう。』と言うかもしれない。しかし、それを得られなければ、恨みを抱き、嫉妬するだろう。また、西方から家長の若者が来て、『私はここで豊かな食事を得るだろう。』と言うかもしれない。しかし、それを得られなければ、恨みを抱き、嫉妬するだろう。また、北方から職人の若者が来て、『私はここで十分な食事を得るだろう。』と言うかもしれない。しかし、それを得られなければ、恨みを抱き、嫉妬するだろう。マーナヴァよ、これらのバラモンたちがこのように施しを行うとき、その施しはどのような報いをもたらすと考えるか。」

鸚鵡摩納白曰：「瞿曇！梵志不如是心行於布施，使他生怨恨而懷憎嫉。瞿曇！當知梵志以愍傷心而行於施，以愍傷心而行施已，便得大福。」

> 「コータマよ、バラモンたちはそのような心で施しを行うのではありません。人に恨みを抱かせ、妬みの心を起こさせるようなことはしません。コータマよ、知ってください。バラモンたちは慈しみの心で施しを行います。慈しみの心で施しを行うならば、大きな福徳を得るのです。」とトーデイヤの子のブラフマンが言った。

世尊告曰：「摩納！梵志非為施設第六法，有大果報，有大功德，作福得善耶？」

> 世尊がおっしゃいました。「マーナヴァよ。バラモンたちは、第六の法を説くとき、大きな果報があり、大きな功徳があり、福をなして善を得ると説いているのではないか？」

鸚鵡摩納答世尊曰：「如是。瞿曇！」

> 鸚鵡摩納が世尊に答えました。「その通りです、ゴータマ様。」

世尊問曰：「摩納！若有梵志施設五法，有大果報，有大功德，作福得善，汝見此法多在何處，為在家耶？為出家學道耶？」

> 世尊がお尋ねになりました。「摩納（マーナヴァ）よ、もしかするとバラモンたちが五つの教えを説き、それが大きな果報をもたらし、大きな功徳を生み、福をなして善を得ることができると言っているのを聞いたことがあるだろうか。その教えは、おもに在家の人々の中にあると思うか、それとも出家して道を学ぶ人々の中にあると思うか。」

鸚鵡摩納答曰：「瞿曇！若有梵志施設五法，有大果報，有大功德，作福得善，我見此法多在出家學道，非在家也。所以者何？在家者多事，多有所作，多有結恨，多有憎諍，彼不能得守護誠諦。瞿曇！出家學道者少事，少有所作，少有結恨，少有憎諍，彼必能得守護誠諦。瞿曇！彼誠諦者，我見多在出家學道，非在家也。所以者何？在家者多事，多有所作，多有結恨，多有憎諍，彼不得行施，不得誦習，不得行苦行，不得行梵行。瞿曇！出家學道者少事，少有所作，少有結恨，少有憎諍，彼得行施，彼得誦習，得行苦行，得行梵行。瞿曇！行梵行者，我見此法多在出家學道，非在家也。」

> スバ僧は答えました。「ゴータマ様、バラモンたちが定めた五つの教えは、大きな報いと功徳をもたらし、善行の積み重ねとなります。ですが、私はこの教えが、在家の人々よりもむしろ、出家して修行する人々の中に多く見られるように思います。なぜなら、在家の人は用事が多く、なすべきことが多く、恨みや争いも多いため、真実の誠を守ることが難しいからです。一方、出家して修行する人は、用事が少なく、なすべきことが少なく、恨みや争いも少ないため、誠実に真実を守ることができるのです。ゴータマ様、その誠実さというものは、在家の人々よりも出家した人々に多く見られるものです。なぜなら、在家の人は用事が多く、なすべきことが多く、恨みや争いが多いため、布施を行い、聖典を学び、苦行を実践し、清らかな修行（梵行）を行うことが難しいからです。しかし、出家した人は、用事が少なく、なすべきことが少なく、恨みや争いも少ないため、布施を行い、聖典を学び、苦行を実践し、清らかな修行を行うことができるのです。ゴータマ様、この清らかな修行（梵行）というものは、私は在家の人々よりも、出家した人々の中に多く見られると思います。」

世尊告曰：「摩納！若有梵志施設五法，有大果報，有大功德，作福得善者，我說是從心起。云何為心？若心無結、無怨、無恚、無諍，為修彼故。摩納！於意云何？若有比丘守護誠諦者，彼因守護誠諦故，得喜得悅。摩納！若有喜及悅，善善相應，我說是從心起。云何為心？若心無結、無怨、無恚、無諍，為修彼故，如是彼得行施，彼得誦習，得行苦行，得行梵行。彼因行梵行故，得喜得悅。摩納！若有喜及悅，善善相應，我說是從心起。云何為心？若心無結、無怨、無恚、無諍，彼心與慈俱，遍滿一方成就遊。如是二三四方、四維上下，普周一切，心與慈俱，無結、無怨、無恚、無諍，極廣甚大，無量善修，遍滿一切世間成就遊。如是悲、喜心與捨俱，無結、無怨、無恚、無諍，極廣甚大，無量善修，遍滿一切世間成就遊。

> 世尊はおっしゃいました。「マーガよ。あるバラモンが五つの方法を設け、大きな果報があり、大きな功徳があり、福をなして善を得るならば、私はそれは心から起きると説く。では心とは何か。心に束縛がなく、恨みがなく、怒りがなく、争いがないこと、これを修めるためである。マーガよ、どう思うか。もし比丘が誠実を守り保つならば、その誠実を守り保つがゆえに、喜びを得、悦びを得る。マーガよ、喜びと悦びがあり、善と善が相応するならば、私はそれは心から起きると説く。では心とは何か。心に束縛がなく、恨みがなく、怒りがなく、争いがないこと、これを修めるためである。このようにして、彼は布施を行い、学び誦し、苦行を行い、梵行を行う。その梵行を行うがゆえに、喜びを得、悦びを得る。マーガよ、喜びと悦びがあり、善と善が相応するならば、私はそれは心から起きると説く。では心とは何か。心に束縛がなく、恨みがなく、怒りがなく、争いがないこと、である。その心は慈しみと共にあり、一つの方向に満ち渡り、安住して遊ぶ。このように二、三、四の方向、四隅と上下、あまねくすべてに行き渡り、心は慈しみと共にあり、束縛がなく、恨みがなく、怒りがなく、争いがなく、極めて広く大いにして、量り知れず、善く修められ、すべての世間に満ち渡り、安住して遊ぶ。このように、悲しみ、喜び、そして捨てる心と共にあり、束縛がなく、恨みがなく、怒りがなく、争いがなく、極めて広く大いにして、量り知れず、善く修められ、すべての世間に満ち渡り、安住して遊ぶ。」

「摩納！猶如有人善吹於螺，彼若有方未曾聞者，彼於夜半而登高山，極力吹螺，出微妙聲，遍滿四方。如是，比丘心與慈俱，遍滿一方成就遊。如是二三四方、四維上下，普周一切，心與慈俱，無結、無怨、無恚、無諍，極廣甚大，無量善修，遍滿一切世間成就遊。如是悲、喜心與捨俱，無結、無怨、無恚、無諍，極廣甚大，無量善修，遍滿一切世間成就遊。摩納！於意云何？若有求天，要求天上故，便行貪伺相應心，令我作天及餘天。若有求天，要求天上故，便無結、無怨、無恚、無諍，無量極廣善修，心定意解，遍滿成就遊，令我作天及餘天。汝觀於彼，誰得作天及餘天耶？」

> 「摩納よ。例えば、ある人が上手に法螺貝を吹くとする。その人がまだ聞いたことのない場所で、夜中に高い山に登り、精一杯法螺貝を吹けば、美しい音が四方に響き渡る。そのように、比丘は慈しみの心と共に、一方の方向に遍く満たして実践する。同様に、二方、三方、四方、上下の全ての方向に、遍くあまねく、慈しみの心と共に、執着なく、怨みなく、怒りなく、争いなく、極めて広大で、限りなくよく修められて、一切の世間に遍く満たして実践する。このように、悲しみ、喜び、そして捨てる心も同様に、執着なく、怨みなく、怒りなく、争いなく、極めて広大で、限りなくよく修められて、一切の世間に遍く満たして実践する。 摩納よ、あなたはどう思うか。もし天を求め、天上を願って、「私を天や他の天にしてください」と、貪りと伺いの心を持って行う者と、もし天を求め、天上を願って、執着なく、怨みなく、怒りなく、争いなく、限りなく広大によく修められた、心を定め解き放つ実践を遍く満たして、「私を天や他の天にしてください」と行う者と、どちらが天や他の天になることができると思うか。」

鸚鵡摩納答曰：「瞿曇！若此求天，要求天上故，便無結、無怨、無恚、無諍，無量極廣善修，心定意解，遍滿成就遊者，我觀於彼必得作天或餘天也。」

> 鸚鵡摩納が答えた。「ゴータマよ、もし天を求め、天の境地を願うならば、執着もなく、恨みもなく、怒りもなく、争いもなく、無限に広く善く修められ、心が定まり、理解が深まり、満ち満ちて成就し遊ぶ者であると、私はその人を観れば、必ず天となるか、あるいは他の天となるでしょう。」

世尊問曰：「摩納！於意云何？若有求梵天，要求梵天上故，便行貪伺相應心，令我作梵天及餘梵天。若有求梵天，要求梵天上故，便無結、無怨、無恚、無諍，無量極廣善修，心定意解，遍滿成就遊，令我作梵天及餘梵天。汝觀於彼，誰得作梵天及餘梵天耶？」

> 世尊が尋ねられました。「摩納よ、あなたはどう思うか。もし梵天を求め、梵天に生まれようとして、貪欲や嫉妬を伴う心を持ちながら『私が梵天や他の梵天となれますように』と願う者と、梵天を求め、梵天に生まれようとして、執着なく、怨みなく、怒りなく、争いなく、限りなく広く、よく修められた心で、確かな安らぎをもって遍く満たし、『私が梵天や他の梵天となれますように』と願う者とがいる。この二つのうち、どちらが梵天や他の梵天となることができると思うか。」

鸚鵡摩納答曰：「瞿曇！若此求梵天，要求梵天上故，便無結、無怨、無恚、無諍，無量極廣善修，心定意解，遍滿成就遊者，我觀於彼得作梵天或餘梵天。」

> 鸚鵡摩納が答えて言った。「ゴータマよ、もし梵天を求め、梵天の境を願って、煩わしさなく、恨みなく、怒りなく、争いなく、無限に広く善く修め、心を定め、意を解き放ち、遍く満たし、成就して遊ぶ者があるなら、私はその人が梵天となるか、あるいは他の梵天となるのを見ます。」

鸚鵡摩納問曰：「瞿曇！知梵道跡耶？」

> お釈迦さま、あなたは梵天への道をご存知ですか？

世尊告曰：「摩納！我今問汝，隨所解答。摩納！於意云何？那羅歌邏村去此眾不遠耶？」

> 世尊はお告げになった。「マーナヴァよ、今、あなたに尋ねますので、そのままお答えなさい。マーナヴァよ、あなたはどう思いますか。ナラカーラ村はここからそう遠くはないでしょう。」

鸚鵡摩納答曰：「不遠。」

> 鸚鵡摩納が答えた。「遠くありません。」

世尊告曰：「摩納！於意云何？汝於此眾告一人曰：『汝往至彼那羅歌邏村，到便即還。』彼受汝教，速疾往至那羅歌邏村，到便即還。彼往返已，汝問道路，謂於那羅歌邏村往返出入事。彼人寧住不能答耶？」

> 世尊がお告げになりました。「摩納よ、どう思うか。あなたがこの大勢の中の一人に向かって、『あのナラーカラ村へ行って、すぐに戻って来なさい』と言ったとする。その人はあなたの指示を受けて、急いでナラーカラ村へ行き、すぐに戻って来た。その人が往復した後で、あなたがナラーカラ村への往復や出入りの道筋について尋ねたなら、その人は答えられずに立ち止まってしまうだろうか。」

鸚鵡摩納答世尊曰：「不也。瞿曇！」

> 鸚鵡の若者が世尊に答えました。「いいえ、ゴータマさま。」

世尊告曰：「摩納！彼人往返於那羅歌邏村，問道路事，乃可得住而不能答。若問如來、無所著、等正覺梵道跡者，終不暫住而不能答。」

> 世尊はお告げになりました。「マーナヴァよ、あの男がナラーガーラ村の間を往復して道を尋ねたとしても、立ち止まることはできても答えることはできない。ましてや、如来・無所著・等正覚の梵道の跡について尋ねられたなら、決して立ち止まることすらできず、まして答えることはできないのである。」

鸚鵡摩納白世尊曰：「沙門瞿曇！無著天祠，此事具足，謂問梵道跡能速答故。世尊！我已知。善逝！我已解。世尊！我今自歸於佛、法及比丘眾，唯願世尊受我為優婆塞，從今日始，終身自歸，乃至命盡。」

> 鸚鵡摩納が世尊に申し上げました。「沙門ゴータマよ。執着のない天の祠には、このような完全な備えがあります。すなわち、梵道の跡について問うならば、速やかに答えることができるからです。世尊よ、私はすでに知りました。善逝よ、私はすでに悟りました。世尊よ、私は今より仏、法、そして比丘の僧団に帰依いたします。どうか世尊よ、私を在家の信者としてお受け入れください。今日より生涯、命の終わるまで帰依いたします。」

佛說如是。鸚鵡摩納聞佛所說，歡喜奉行。

> 仏はこのようにお説きになりました。鸚鵡摩納は仏の教えを聞いて、喜びご機嫌に実践いたしました。

鸚鵡經第一竟四千五百六十一字

> 『鸚鵡経』 第一 終わり<note>四千五百六十一字</note>