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title: "中阿含經 · 155 須達哆經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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### （一五五）中阿含梵志品須達哆經第四第三分別誦

> （一五五）中阿含 バラモン品 スダッタ経 第四<note>第三分別誦</

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊舍衛國，在勝林給孤獨園。

> ある時、お釈迦さまは舎衛国に滞在され、勝林給孤独園におられました。

爾時，須達哆居士往詣佛所，稽首作禮，却坐一面。

> その時、在家信者の須達多（スダッタ）長者が、仏のもとへ訪れました。敬虔に頭を下げてお辞儀をし、それから静かに片隅に座りました。

世尊問曰：「居士家頗行施耶？」

> 世尊がお尋ねになりました。「在家の者よ、あなたは施しを行っていますか。」

須達哆居士答曰：「唯然。世尊！家行布施，但為至麤，不能好也。糠飯麻羹，薑菜一片。」

> 須達多居士はお答えしました。「はい、世尊。私の家では施しをしておりますが、それは極めて粗末なもので、良いものとは言えません。ぬかご飯に、あさりの汁、そして一片の生姜だけです。」

世尊告曰：「居士！若施麤食及施妙食，俱得報耳。居士！若行麤施，不信施、不故施、不自手施、不自往施、不思惟施、不由信施、不觀業果報施者，當觀如是受報。心不欲得好家，不欲得好乘，不欲得好衣被，不欲得好飲食，不欲得好五欲功德。所以者何？以不至心故行施也。居士！當知受報如是。居士！若行麤施，信施、故施、自手施、自往施、思惟施、由信施、觀業果報施者，當觀如是受報。心欲得好家，欲得好乘，欲得好衣被，欲得好飲食，欲得好五欲功德。所以者何？以其至心故行施也。居士！當知受報如是。

> 世尊が仰せになった。「居士よ、粗末な食べ物を施すにしても、あるいは上等な食べ物を施すにしても、共に結果（報い）を受けるのだ。居士よ、もし粗末な施しを行い、それに確かな信心がなく、自らの意志で施すのでもなく、自らの手で施すのでもなく、自ら赴いて施すのでもなく、よく考えて施すのでもなく、信仰に基づいて施すのでもなく、業と果報を観察して施すのでもなければ、その受け取る報いは次のようになると知るがよい。すなわち、良い家に生まれたいと望まず、良い乗り物を得たいとも望まず、良い衣服を得たいとも望まず、良い食物を得たいとも望まず、優れた五つの欲の功徳（五欲功徳）を得たいとも望まない。それはなぜか。真心を込めて施しを行わなかったからである。居士よ、このような報いを受けると知るがよい。 居士よ、もし粗末な施しであっても、確かな信心を持ち、自らの意志で施し、自らの手で施し、自ら赴いて施し、よく考えて施し、信仰に基づいて施し、業と果報を観察して施すならば、その受け取る報いは次のようになると知るがよい。すなわち、良い家に生まれたいと望み、良い乗り物を得たいと望み、良い衣服を得たいと望み、良い食物を得たいと望み、優れた五つの欲の功徳を得たいと望む。それはなぜか。真心を込めて施しを行うからである。居士よ、このような報いを受けると知るがよい。」

「居士！若行妙施，不信施、不故施、不自手施、不自往施、不思惟施、不由信施、不觀業果報施者，當觀如是受報。心不欲得好家，不欲得好乘，不欲得好衣被，不欲得好飲食，不欲得好五欲功德。所以者何？以不至心故行施也。居士！當知受報如是。居士！若行妙施，信施、故施、自手施、自往施、思惟施、由信施、觀業果報施者，當觀如是受報。心欲得好家，欲得好乘，欲得好衣被，欲得好飲食，欲得好五欲功德。所以者何？以其至心故行施也。居士！當知受報如是。

> 「在家の皆さん。もし善い布施を行うにあたって、信じて施さず、わざわざ施さず、自らの手で施さず、自ら赴いて施さず、よく考えて施さず、信の心から施さず、業の果報を見て施さないなら、そのような者が受ける果報はこうだと知るべきです。心が良い家に生まれたいとも思わず、良い乗り物を得たいとも思わず、良い衣服を得たいとも思わず、良い飲食を得たいとも思わず、良い五つの欲の功徳を得たいとも思いません。なぜなら、真実の心で施しを行っていないからです。在家の皆さん、果報はこのようなものだと知ってください。 在家の皆さん。もし善い布施を行うにあたって、信じて施し、わざわざ施し、自らの手で施し、自ら赴いて施し、よく考えて施し、信の心から施し、業の果報を見て施すなら、そのような者が受ける果報はこうだと知るべきです。心が良い家に生まれたいと願い、良い乗り物を得たいと願い、良い衣服を得たいと願い、良い飲食を得たいと願い、良い五つの欲の功徳を得たいと願います。なぜなら、真実の心で施しを行っているからです。在家の皆さん、果報はこのようなものだと知ってください。」

「居士！昔過去時有梵志大長者，名曰隨藍，極大富樂，資財無量，封戶食邑多諸珍寶，畜牧產業不可稱計。彼行布施其像如是，八萬四千金鉢盛滿碎銀，行如是大施。八萬四千銀鉢盛滿碎金，行如是大施。八萬四千金鉢盛滿碎金，行如是大施。八萬四千銀鉢盛滿碎銀，行如是大施。八萬四千象，莊珓嚴飾，白絡覆上，行如是大施。八萬四千馬，莊嚴珓飾，白絡金合霏那，行如是大施。八萬四千牛，衣繩衣覆，𤛓之皆得一斛乳汁，行如是大施。八萬四千女，姿容端正，覩者歡悅，眾寶瓔珞，嚴飾具足，行如是大施。況復其餘食噉含消？

> 「居士よ。かつて過去の時、一人のバラモン僧であり大長者である者がおりました。名を随藍といい、非常に富み栄え、財産は限りなく、領地や年貢の村々、多くの珍宝、家畜や財産も計り知れませんでした。彼が行った布施は次のようなものでした。八万四千の金の鉢に細かな銀を満たして、このような大布施を行いました。八万四千の銀の鉢に細かな金を満たして、このような大布施を行いました。八万四千の金の鉢に細かな金を満たして、このような大布施を行いました。八万四千の銀の鉢に細かな銀を満たして、このような大布施を行いました。八万四千の象を美しく飾り立て、白い覆いをかけて、このような大布施を行いました。八万四千の馬を美しく飾り立て、白い覆いと金の飾りをつけて、このような大布施を行いました。八万四千の牛に衣と綱をかけ、搾ればそれぞれ一斛の乳が取れるもので、このような大布施を行いました。八万四千の女性たちは姿かたちが整い美しく、見る者を喜ばせ、多くの宝の瓔珞で見事に飾り立てられ、このような大布施を行いました。ましてや、それ以外の飲食や食べ物については言うまでもありません。」

「居士！若梵志隨藍行如是大施，若復有施滿閻浮場凡夫食者，此於彼施為最勝也。居士！若梵志隨藍行如是大施，及施滿閻浮場凡夫人食，若復有施一須陀洹食者，此於彼施最為勝也。居士！若梵志隨藍行如是大施，及施滿閻浮場凡夫人食，施百須陀洹食，若復有施一斯陀含食者，此於彼施為最勝也。居士！若梵志隨藍行如是大施，及施滿閻浮場凡夫人食，施百須陀洹、百斯陀含食，若復有施一阿那含食者，此於彼施為最勝也。居士！若梵志隨藍行如是大施，及施滿閻浮場凡夫人食，施百須陀洹、百斯陀含、百阿那含食，若復有施一阿羅訶食者，此於彼施為最勝也。

> 「居士よ、もしバラモンがスナ行いのように大きな布施を行い、また閻浮提中全ての凡夫に食物を施すとしても、一人の預流果（須陀洹）に食物を施す方が、その布施よりも勝れているのです。 居士よ、もしバラモンがスナ行いのように大きな布施を行い、また閻浮提中全ての凡夫に食物を施し、さらに百人の預流果に食物を施すとしても、一人の一来果（斯陀含）に食物を施す方が、その布施よりも勝れているのです。 居士よ、もしバラモンがスナ行いのように大きな布施を行い、また閻浮提中全ての凡夫に食物を施し、百人の預流果と百人の一来果に食物を施すとしても、一人の不還果（阿那含）に食物を施す方が、その布施よりも勝れているのです。 居士よ、もしバラモンがスナ行いのように大きな布施を行い、また閻浮提中全ての凡夫に食物を施し、百人の預流果、百人の一来果、百人の不還果に食物を施すとしても、一人の阿羅漢（阿羅訶）に食物を施す方が、その布施よりも勝れているのです。」

「居士！若梵志隨藍行如是大施，及施滿閻浮場凡夫人食，施百須陀洹、百斯陀含、百阿那含、百阿羅訶食，若復有施一辟支佛食者，此於彼施為最勝也。居士！若梵志隨藍行如是大施，及施滿閻浮場凡夫人食，施百須陀洹、百斯陀含、百阿那含、百阿羅訶、百辟支佛食，若復有施一如來、無所著、等正覺食者，此於彼施為最勝也。居士！若梵志隨藍行如是大施，及施滿閻浮場凡夫人食，施百須陀洹、百斯陀含、百阿那含、百阿羅訶、百辟支佛食，若有作房舍，施四方比丘眾者，此於彼施為最勝也。

> 「居士さん。もしバラモンのスイランがこのような大布施を行い、さらに閻浮提中すべての凡夫の人々に食べ物を施し、百人の預流・一来・不還・阿羅漢それぞれに食べ物を施したとしても、一人の辟支仏に食べ物を施すことのほうが、それらの布施よりも優れています。居士さん。もしバラモンのスイランがこのような大布施を行い、さらに閻浮提中すべての凡夫の人々に食べ物を施し、百人の預流・一来・不還・阿羅漢・辟支仏それぞれに食べ物を施したとしても、一人の如来・阿羅漢・正等覚者に食べ物を施すことのほうが、それらの布施よりも優れています。居士さん。もしバラモンのスイランがこのような大布施を行い、さらに閻浮提中すべての凡夫の人々に食べ物を施し、百人の預流・一来・不還・阿羅漢・辟支仏それぞれに食べ物を施したとしても、僧坊を建てて四方の比丘僧団に布施することのほうが、それらの布施よりも優れています。」

「居士！若梵志隨藍行如是大施，及施滿閻浮場凡夫人食，施百須陀洹、百斯陀含、百阿那含、百阿羅訶、百辟支佛食，作房舍施四方比丘眾，若有歡喜心歸命三尊佛、法、比丘眾及受戒者，此於彼施為最勝也。居士！若梵志隨藍行如是大施，及施滿閻浮場凡夫人食，施百須陀洹、百斯陀含、百阿那含、百阿羅訶、百辟支佛食，作房舍施四方比丘眾，歡喜心歸命三尊佛、法、比丘眾及受戒，若有為彼一切眾生行於慈心，乃至𤛓牛頃者，此於彼施為最勝也。

> 「在家の方よ、もしバラモンのスイランがこのような大施を修行し、また閻浮提中に満ちるだけの凡夫の者に食物を施し、百人の須陀洹、百人の斯陀含、百人の阿那含、百人の阿羅漢、百人の辟支仏に食物を施し、僧房を建てて四方の比丘僧伽に施すとしても、もし喜びの心をもって三宝——仏、法、比丘僧伽に帰依し、戒を受けようとするならば、この行いはあの布施よりも優れているのです。 在家の方よ、もしバラモンのスイランがこのような大施を修行し、また閻浮提中に満ちるだけの凡夫の者に食物を施し、百人の須陀洹、百人の斯陀含、百人の阿那含、百人の阿羅漢、百人の辟支仏に食物を施し、僧房を建てて四方の比丘僧伽に施し、喜びの心をもって三宝——仏、法、比丘僧伽に帰依し、戒を受けたとしても、もしその全ての生きとし生けるものに対して慈しみの心を修行するならば、たとえ乳牛を搾るほどの短い間であっても、この行いはあの布施よりも優れているのです。」

「居士！若梵志隨藍行如是大施，及施滿閻浮場凡夫人食，施百須陀洹、百斯陀含、百阿那含、百阿羅訶、百辟支佛食，作房舍施四方比丘眾，歡喜心歸命三尊佛、法、比丘眾及受戒，為一切眾生行於慈心，乃至𤛓牛頃，若有能觀一切諸法無常、苦、空及非神者，此於彼施為最勝也。

> 「在家の方々よ、もしバラモンがスイランに行ってこのような大きな施しを行うこと、また閻浮提中に満ちるほどの一般人の食物を施し、百人の預流（シュダオン）、百人の一来（シタアンガミン）、百人の不還（アナーガミン）、百人の阿羅漢、百人の独覚（ビャクラ）のための食物を施し、比丘僧団に方々に住まいを施すこと、また喜びの心で三宝（仏・法・僧）に帰依し、戒律を受けること、さらにはすべての衆生に対して慈しみの心を持ち続けること（たとえ牛を搾るほどの短い間であっても）よりも、ある者がすべての諸法は無常・苦・空であり、また実体（神我）ではないと観じることの方が、これらの施しよりも最も勝れているのである。」

「於居士意云何？昔時梵志大長者名隨藍者，謂異人耶？莫作斯念。所以者何？當知即是我也。我昔為梵志大長者，名曰隨藍。居士！我於爾時為自饒益，亦饒益他，饒益多人，愍傷世間，為天、為人求義及饒益，求安隱快樂。爾時說法不至究竟，不究竟白淨、不究竟梵行、不究竟梵行訖。爾時，不離生老病死、啼哭憂慼，亦未能得脫一切苦。

> 「居士さん、どう思われますか？昔、梵志の大長者であった随藍という人物は、あなたから見て違う人でしょうか？そう考えてはいけません。なぜなら、それはつまり私自身だったからです。私は昔、梵志の大長者で、名を随藍といいました。 居士さん、その当時の私は、自らの利益のためでもあり、また他者の利益のため、多くの人の利益のためでもありました。世の中を哀れみ、天や人のために意味や利益を求め、平安と安楽を求めていました。 しかしその時、説いた教えは究極のものではありませんでした。清らかさを極めることなく、梵行（聖なる行い）を極めることなく、梵行を完成することもありませんでした。そのため、私は今なお生・老・病・死、泣き悲しみ、憂い悩むことから離れておらず、あらゆる苦しみから完全に脱することもできなかったのです。」

「居士！我今出世如來、無所著、等正覺、明行成為、善逝、世間解、無上士、道法御、天人師，號佛、眾祐。我今自饒益，亦饒益他，饒益多人，愍傷世間，為天、為人求義及饒益，求安隱快樂。我今說法得至究竟，究竟白淨、究竟梵行、究竟梵行訖。我今已離生老病死、啼哭憂慼，我今已得脫一切苦。」

> 「居士よ、私は今世に出現した如来である。執着するところなく、正しく目覚め、智慧と行いを完成させ、幸せな境涯に至り、世間を理解し、この上ない者であり、道を説き導く者、天と人の師であり、仏陀、世の宝と呼ばれる。私は今、自らを益し、また他を益し、多くの人々を益している。世の中を哀れみ、天と人のために義と利益を求め、安らぎと楽しみを求めている。私は今、説法によって究極に至った。完全に清らかで、完全な梵行（清らかな行い）を完成させ、完全な梵行を成就した。私は今、生・老・病・死、泣き悲しむことを離れ、あらゆる苦しみから解脱したのである。」

佛說如是。須達哆居士及諸比丘。聞佛所說，歡喜奉行。須達哆經第四竟一千五百八十九字

> 仏はこのようにお説きになりました。須達多居士や比丘たちは、仏の教えを聞いて、喜び、その通りに実践しました。『須達多経』第四 終わり<note>千五百八十九字</note>