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title: "中阿含經 · 157 黃蘆園經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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## 中阿含經卷第四十

東晉罽賓三藏瞿曇僧伽提婆譯

> 東晋・罽賓三蔵・瞿曇僧伽提婆 訳

### （一五七）梵志品黃蘆園經第六第四分別誦

> （一五七）梵志品 黄蘆園経 第六

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊鞞蘭若，在黃蘆園中。

> ある時、仏陀はベーラナ村に滞在され、クロヨシの園におられた。

爾時，鞞蘭若梵志年耆宿老，壽將欲過，命埀至盡，年百二十，拄杖而行。中後彷徉，往詣佛所，共相問訊，當在佛前倚杖而立，白曰：「瞿曇！我聞沙門瞿曇年幼極少，新出家學。若有名德沙門梵志親自來詣，而不禮敬，亦不尊重，不從坐起，不請令坐。瞿曇！此事大為不可。」

> その時、ヴェーランジャのバラモンは老齢で、寿命が尽きようとしていた。歳は百二十歳で、杖をついて歩いていた。午後遅くに彷徨いながら、仏のところへやって来て、互いに挨拶を交わしたが、仏の前で杖に寄りかかって立ちながら、こう言った。「ゴータマよ、私は沙門ゴータマが非常に若く、新しく出家して学んだと聞いている。もし名高い徳のある沙門やバラモンが自ら訪ねて来ても、あなたは彼らに礼を尽くさず、尊敬もせず、座から立ち上がることもなく、座るよう勧めることもないと。ゴータマよ、これはまったくもって不適切なことだ。」

世尊告曰：「梵志！我初不見天及魔、梵、沙門、梵志，從人至天，謂自來詣，能令如來禮敬尊重，而從坐起，請令坐者。梵志！若有來詣，欲令如來禮敬尊重，而從坐起，請令坐者，彼人必當頭破七分。」

> 世尊がおっしゃいました。「バラモンよ、私は天界の神々や悪魔、梵天、修行者、バラモンに至るまで、人間から天の世界に至るどんな者も、自らやって来てわたしに礼拝や敬意を払わせ、席から立たせて座るように求めることができる者を見たことがない。バラモンよ、もしもそんな者が来て、如来に礼拝や敬意を払わせ、席から立たせて座らせようとすれば、その者の頭は必ず七つに割れるであろう。」

梵志復白：「瞿曇無味。」

> バラモンが再び言いました。「ゴータマよ、あなたの教えには味わいがありません。」

世尊告曰：「梵志！有事令我無味，然不如汝言。若有色味、聲味、香味、觸味者，彼如來斷智絕滅拔根終不復生，是謂有事令我無味，然不如汝言。」

> 世尊がおっしゃいました。「バラモンよ、私には味わいを失わせる事柄がある。しかし、それはあなたの言うところとは異なる。もし、色の味わい、声の味わい、香りの味わい、味の味わい、触れたものの味わいがあるならば、如来はそれらに対する執着の知覚を断ち、滅ぼし、根こそぎ抜き去り、二度と生じさせない。このことをもって、私には味わいを失わせる事柄があると言うのだ。しかし、それはあなたの言うところとは異なる。」

梵志復白：「瞿曇無恐怖。」

> ヴァラモン（梵志）が再び言った。「ゴータマよ、あなたには恐れはありません。」

世尊告曰：「梵志！有事令我無恐怖，然不如汝言。若有色恐怖，聲、香、味、觸恐怖者，彼如來斷智絕滅拔根終不復生，是謂有事令我無恐怖，然不如汝言。」

> 世尊はおっしゃいました。「バラモンよ、私に怖れがない理由があるが、あなたの言う通りではない。もし色（かたち）に怖れがあり、声、香り、味、触れるものに怖れがあるなら、如来はそれらを断ち、智慧で絶ち滅し、根から抜き去って、二度と生じさせない。これが私に怖れがない理由である。しかし、あなたの言う通りではない。」

梵志復白：「瞿曇不入胎。」

> バラモンがまた言った。「ゴータマは胎内に入らなかった。」

世尊告曰：「梵志！有事令我不入胎，然不如汝言。若有沙門、梵志當來胎床，斷智絕滅拔根終不復生者，我說彼不入胎，如來當來胎床，斷智絕滅拔根終不復生，是故令我不入胎。是謂有事令我不入胎，然不如汝言。

> 世尊はお告げになりました。「バラモンよ、私が胎内に入らない理由は確かに存在する。しかし、それはあなたの言う通りではない。もしも修行者やバラモンが、将来再び胎内に生まれる基盤を断ち切り、智慧によって滅ぼし尽くし、根こそぎ絶やして二度と生まれ変わらない者があるならば、私はその者は胎内に入らないと言う。如来は、将来再び胎内に生まれる基盤を断ち切り、智慧によって滅ぼし尽くし、根こそぎ絶やして二度と生まれ変わらない。それゆえ、私は胎内に入らないのである。これが、私が胎内に入らない理由である。しかし、それはあなたの言う通りではない。」

「梵志！我於此眾生無明來，無明樂，無明覆，無明卵之所裹，我先觀法，我於眾生為最第一。猶鷄生卵，或十或十二，隨時念，隨時覆，隨時暖，隨時擁護。彼於其後，鷄設放逸，於中有鷄子，或以口嘴，或以足爪，啄破其卵，安隱自出，彼於鷄子為最第一。我亦如是，於此眾生無明來，無明樂、無明覆，無明卵之所裹，我先觀法，我於眾生為最第一。

> 梵志よ、私はこの衆生が無明から来て、無明を楽しみ、無明に覆われ、無明の卵に包まれているのを見て、まず法を観察しました。その中で、私は衆生の中で最も優れているのです。ちょうど、めんどりが卵を産み、あるいは十個、あるいは十二個、常に気を配り、常に覆い、常に温め、常に守ることようです。その後、もしめんどりが油断すれば、その卵の中には、くちばしや足の爪で殻をつついて破り、安らかに自分から出てくるひよこがいます。そのひよこは、卵の中でもっとも優れています。私もまた、このように、衆生が無明から来て、無明を楽しみ、無明に覆われ、無明の卵に包まれている中で、まず法を観察しました。私は衆生の中で最も優れているのです。

「梵志！我持蒿草往詣覺樹，布草樹下，敷尼師檀，結加趺坐，不破正坐，要至漏盡，我不破正坐，要至漏盡。我正坐已，離欲、離惡不善之法，有覺、有觀，離生喜、樂，逮初禪成就遊，是謂我爾時獲第一增上心，即於現法得安樂居，易不難得，樂住無怖，安隱快樂，令昇涅槃。

> 「バラモンよ、私は茅（かや）を持って菩提樹のもとへ行き、樹の下に敷き、坐具を置き、結跏趺坐（けっかふざ）を組みました。決してこの姿勢を崩さず、煩悩の尽きるまで坐ろうと決意しました。実際に坐した後、私は欲望から離れ、悪い不善の法から離れ、思考と観察を伴い、離欲から生じる喜びと楽を体得し、第一禅定を成就しました。これが、その時に得た第一のすぐれた心の平安であり、現世において安楽に暮らせる境地で、容易に得られ、困難なく、楽しく住み、恐れなく、安らかで楽しみ、涅槃へと導くものなのです。」

「復次，梵志！我覺、觀已息，內靜、一心，無覺、無觀，定生喜、樂，逮第二禪成就遊，是謂我爾時獲第二增上心，即於現法得安樂居，易不難得，樂住無怖，安隱快樂，令昇涅槃。

> 「次に、バラモンよ。私は考えや分析が静まり、心が内側で静まり、一つに統合され、考えも分析もない、集中から生まれる喜びと安らぎのある第二の禅定に達して、そこに安住しました。私はその時、第二のより優れた心の境地を得て、まさにこの現世において安らかな住まいを得たのです。それは容易に得られ、困難なく、楽しく住み、恐れがなく、安らかで楽しく、涅槃へと昇っていくものです。」

「復次，梵志！我離於喜欲捨無求遊，正念正智而身覺樂，謂聖所說聖所捨、念、樂住室，逮第三禪成就遊，是謂我爾時獲第三增上心，即於現法得安樂居，易不難得，樂住無怖，安隱快樂，令昇涅槃。復次，梵志！我樂滅、苦滅，喜、憂本已滅，不苦不樂、捨、念、清淨，逮第四禪成就遊，是謂我爾時獲第四增上心，即於現法得安樂居，易不難得，樂住無怖，安隱快樂，令昇涅槃。

> さらに、修行者よ。私は喜びを離れ、捨てることに安住し、求めずに遊び、正しい念と正しい智慧をもって、からだで楽を感じる。これは聖者が説き、聖者が捨て、念と楽に安住するところである。第三禅の成就に遊んだ。これが私がその時に得た第三のより高き心である。現世において安らかな楽しい境地を得て、易しく、得難からず、楽しんで住み、怖れなく、安穏で楽しさに満ち、涅槃に至らせるものである。 さらに、修行者よ。私は楽を滅し、苦を滅し、喜びと憂いがすでに滅した。苦もなく楽もなく、捨て、念、清らかさをもって、第四禅の成就に遊んだ。これが私がその時に得た第四のより高き心である。現世において安らかな楽しい境地を得て、易しく、得難からず、楽しんで住み、怖れなく、安穏で楽しさに満ち、涅槃に至らせるものである。

「復次，梵志！我已得如是定心清淨，無穢無煩，柔軟善住，得不動心，覺憶宿命智通作證。我有行有相貌，憶本無量昔所經歷，謂一生、二生、百生、千生、成劫、敗劫、無量成敗劫，彼眾生名某，彼昔更歷，我曾生彼，如是姓、如是字、如是生、如是飲食、如是受苦樂、如是長壽、如是久住、如是壽訖，此死生彼，彼死生此，我生在此，如是姓、如是字、如是生、如是飲食、如是受苦樂、如是長壽、如是久住、如是壽訖，是謂我爾時初夜得此第一明達。以本無放逸，樂住遠離，修行精懃，謂無智滅而智生，闇壞而明成，無明滅而明生，謂憶宿命智作證明達。

> 「また、修行者よ。私はこのように心を定め、清らかにし、汚れなく、煩わしさもなく、柔らかく善く住し、動かざる心を得て、過去世の記憶を明晰に知る智慧の成就を体験しました。私は行いと形跡をもって、無数の過去の経験を記憶します。すなわち、一度の生、二度の生、百の生、千の生、世界の形成される劫、世界の壊れる劫、無数の形成と壊滅の劫において、あの衆生の名はこうであり、あの過去の経験はこうであり、私はあそこに生まれた。こういう姓、こういう字、こういう生まれ、こういう飲食、こういう苦楽を受け、こういう長寿、こういう久しく住み、こうして寿命が尽きた。ここで死に、あそこに生まれ、あそこで死に、ここに生まれる。私はここに生まれ、こういう姓、こういう字、こういう生まれ、こういう飲食、こういう苦楽を受け、こういう長寿、こういう久しく住み、こうして寿命が尽きた。これが私がその時、初夜に得た最初の明達である。もともと放逸することなく、遠離に安住し、修行に精励したことにより、無知は滅びて智慧が生じ、闇は壊れて明るさが成り、無明は滅びて明が生じ、これを過去世の記憶の智慧の証明と成就と呼ぶ。

「復次，梵志！我已得如是定心清淨，無穢無煩，柔軟善住，得不動心，學於生死智通作證，我以清淨天眼出過於人，見此眾生死時生時，好色惡色，妙與不妙，往來善處及不善處，隨此眾生之所作業，見其如真。若此眾生成就身惡行，口、意惡行，誹謗聖人，邪見，成就邪見業，彼因緣此，身壞命終，必至惡處，生地獄中。若此眾生成就身妙行，口、意妙行，不誹謗聖人，正見，成就正見業，彼因緣此，身壞命終，必昇善處，上生天中。是謂我爾時中夜得此第二明達。以本無放逸，樂住遠離，修行精勤，謂無智滅而智生，闇壞而明成，無明滅而明生，謂生死智作證明達。

> さらに、バラモンよ、私はこのように心の定を得て、清らかで、汚れや煩わしさがなく、柔らかくよく安住し、動じない心を得ました。そして、生死に関する智慧の神通を学び、それを証得しました。私は清らかな天眼によって人間を超えた見方を得て、この世の衆生が死ぬ時や生まれる時、美しい色や醜い色、良い境遇や悪い境遇に至る様子を、それぞれの衆生の行いに応じて、あるがままに見ます。 もしある衆生が、身体による悪い行い、言葉による悪い行い、心による悪い行いを成就し、聖人を誹謗し、邪見を持ち、邪見の業を成就したなら、その因縁によって、身体が壊れ命が終わった後、必ず悪い場所、地獄に生まれます。 もしある衆生が、身体による良い行い、言葉による良い行い、心による良い行いを成就し、聖人を誹謗せず、正見を持ち、正見の業を成就したなら、その因縁によって、身体が壊れ命が終わった後、必ず良い場所、天界に生まれます。 これが、私がその時、真夜中に得た第二の明達です。もともと放逸することなく、遠離に安住し、修行に精励したことにより、無知が滅びて智慧が生じ、闇が破れて明かりが成り、無明が滅びて明が生じたのです。すなわち、生死の智慧の神通を証得する明達です。

「復次，梵志！我已得如是定心清淨，無穢無煩，柔軟善住，得不動心，學於漏盡智通作證，我知此苦如真，知此苦習、知此苦滅，知此苦滅道如真。知此漏如真，知此漏習、知此漏滅，知此漏滅道如真。我如是知、如是見，欲漏心解脫，有漏、無明漏心解脫，解脫已，便知解脫，生已盡，梵行已立，所作已辦，不更受有，知如真。是謂我爾時後夜得此第三明達。以本無放逸，樂住遠離，修行精勤，謂無智滅而智生，闇壞而明成，無明滅而明生，謂漏盡智作證明達。

> さらに、バラモンよ、私はこのようにして心を定め、清らかにし、汚れや煩わしさを取り除き、柔らかく安らかにとどまり、動じない心を得ました。そして、煩悩の消滅に関する智慧による悟りを修め、実証しました。私はこの苦しみをあるがままに知り、この苦しみの原因、この苦しみの消滅、この苦しみの消滅に至る道をあるがままに知りました。また、この煩悩をあるがままに知り、この煩悩の原因、この煩悩の消滅、この煩悩の消滅に至る道をあるがままに知りました。このように知り、このように見て、欲の煩悩から心が解脱し、存在の煩悩、無明の煩悩から心が解脱しました。解脱したならば、「解脱した」と知り、「生は尽きた。清らかな行いは完成した。なすべきことはなし遂げた。もはや再びこの世に生まれることはない」と、あるがままに知りました。これこそが、私がその夜明けに得た第三の明らかな智慧です。それは、もとより怠ることなく、遠く離れたところに安らかにとどまり、修行に励んだ結果、無知が滅びて智慧が生まれ、闇が壊れて光が現れ、無明が滅びて明るい智慧が生まれたのです。すなわち、煩悩の消滅に関する智慧による悟りの実証です。

「復次，梵志！若有正說而說不癡法，眾生生世，一切眾生最勝，不為苦樂所覆，當知正說者即是我也。所以者何？我說不癡法，眾生生世，一切眾生最勝，不為苦樂所覆。」

> 「さらに、バラモンよ、もし正しい教えを説く者がいて、迷いのない法を説き、『世に生まれる生きとし生けるものの中で、最も優れた者であり、苦しみや楽しみに覆われることがない』と説くなら、その正しい教えを説く者こそ、私であると知るべきです。なぜなら、私は迷いのない法を説き、『世に生まれる生きとし生けるものの中で、最も優れた者であり、苦しみや楽しみに覆われることがない』と説くからです。」

於是，鞞蘭若梵志即便捨杖，稽首佛足，白世尊曰：「世尊為第一，世尊為大，世尊為最，世尊為勝，世尊為等，世尊為不等，世尊無與等等，世尊無障，世尊無障人。世尊！我今自歸於佛、法及比丘眾，唯願世尊受我為優婆塞，從今日始，終身自歸，乃至命盡。」

> そこで、バラモンのヴェーランジャは杖を置き、仏の足に額を付けてお辞儀をし、こう申し上げました。 「世尊は第一であり、世尊は偉大であり、世尊は最も優れ、世尊は勝れておられます。世尊は全てと等しく、また等しからず、世尊に並ぶ者はなく、世尊は妨げられることがなく、世尊は人々を妨げから救われます。世尊よ、私は今、自ら仏・法・僧伽に帰依いたします。どうか世尊よ、私を在家信者としてお受け入れください。今日より生涯、命の終わるまで自ら帰依いたします。」

佛說如是。鞞蘭若梵志及諸比丘，聞佛所說，歡喜奉行。

> 仏様はこのようにお説きになりました。ヴェーラーマ仙人や比丘たちは、仏様の教えを聞いて、喜び、その教えの通りに実践しました。

黃蘆園經第六竟千六百二字

> 黄蘆園経 第六 終わり <note>千六百二字</note>