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title: "中阿含經 · 158 頭那經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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### （一五八）中阿含梵志品頭那經第七第四分別誦

> 中阿含 梵志品 頭那経 第七<note>第四別誦</note>

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊舍衛國，在勝林給孤獨園。

> ある時、お釈迦さまは舎衛国に滞在され、勝林給孤独園におられました。

爾時，頭那梵志中後彷徉，往詣佛所，共相問訊，却坐一面，世尊問曰：「頭那！若有問汝是梵志耶？汝梵志汝自稱說。」

> その頃、梵志の頭那（ずな）が午後に歩きながら、仏のもとへやって来ました。互いにあいさつを交わし、ひとまず座ると、世尊が尋ねました。「頭那よ、もし人が『あなたは梵志か？』と尋ねたら、あなたは自ら『梵志です』と答えるのか？」

梵志頭那答曰：「瞿曇！若有正稱說梵志者，為父母所舉，受生清淨，乃至七世父母不絕種族，生生無惡，博聞總持，誦過四典經，深達因、緣、正、文、戲五句說。瞿曇！正稱說梵志者，即是我也。所以者何？我為父母所舉，受生清淨，乃至七世父母不絕種族，生生無惡，博聞總持，誦過四典經，深達因、緣、正、文、戲五句說。」

> バラモンのスナ（頭那）が答えた。「ゴータマよ、もし人が正しく『バラモン』と呼ぶならば、それは父母が誉れとし、清らかに生まれ、七代にわたる父母の家系が絶えることなく、代々悪がなく、広く学問を修め、経典を暗誦し、四つのヴェーダ聖典をすべて読誦し、因・縁・正・文・戯れの五つの句の意味を深く理解している者です。ゴータマよ、正しく『バラモン』と呼ぶべき者は、まさに私のことです。なぜなら、私は父母が誉れとし、清らかに生まれ、七代にわたる父母の家系が絶えることなく、代々悪がなく、広く学問を修め、経典を暗誦し、四つのヴェーダ聖典をすべて読誦し、因・縁・正・文・戯れの五つの句の意味を深く理解しているからです。」

世尊告曰：「頭那！我今問汝，隨所解答。頭那！於意云何？若昔有梵志壽終命過，誦持經書，流布經書，誦習典經，所謂夜吒、婆摩、婆摩提婆、毗奢蜜哆邏、夜陀揵尼、應疑羅娑、婆私吒、迦葉、婆羅婆、婆和，謂此施設五種梵志，有梵志猶如梵，有梵志似如天，有梵志不越界，有梵志越界，有梵志旃茶羅第五。頭那！此五種梵志，汝為似誰？」

> お釈迦様は仰せになりました。「トゥンナよ、今、お前に問う。お前の考えを聞かせなさい。 かつてバラモンの修行者たる梵士がおり、寿命を終えて世を去った。彼らは経典を暗誦し、広く伝え、深く学んだ。すなわち、夜吒、婆摩、婆摩提婆、毗奢蜜哆邏、夜陀揵尼、應疑羅娑、婆私吒、迦葉、婆羅婆、婆和である。これらの者たちは、五種類のバラモンを定めた。 すなわち、梵天のようなバラモン、天人のようなバラモン、境界を超えないバラモン、境界を超えるバラモン、そして第五に賤しいバラモンである。 トゥンナよ、この五種類のバラモンの中で、お前はどのような者に当たると思うか？」

頭那白曰：「瞿曇略說此義，不廣分別，我不能知。唯願沙門瞿曇善說，令我知義。」

> 頭那（托那）が言いました。「ゴータマよ、あなたはこの教えを簡略に説かれ、詳しく説明されなかったので、私は理解できません。どうか沙門ゴータマが、私にも意味がわかるようによく説いてください。」

世尊告曰：「頭那！諦聽，善思念之，我當為汝廣分別說。」

> 世尊がおっしゃいました。「頭那よ、よく聞き、よく心にとめなさい。私は今からあなたに詳しく説きましょう。」

頭那白曰：「唯然。瞿曇！」頭那梵志受教而聽。

> 頭那が言った。「はい、ゴータマよ。」 頭那のバラモンは教えを受け、耳を傾けた。

佛言：「頭那！云何梵志猶如梵耶？若有梵志為父母所舉，受生清淨，乃至七世父母不絕種族，生生無惡，彼四十八年行童子梵行，欲得經書，誦習典經。彼得經書，誦習典經已，為供養師求乞財物，如法，非不如法。云何不如法？非田作，非治生，非書，非算，非數，非印，非手筆，非文章，非經，非詩，非以刀杖，非王從事。如法求乞，求乞財物供養於師，布施財物已，心與慈俱，遍滿一方成就遊。如是二三四方、四維上下，普周一切，心與慈俱，無結無怨，無恚無諍，極廣甚大，無量善修，遍滿一切世間成就遊。如是悲、喜心與捨俱，無結無怨，無恚無諍，極廣甚大，無量善修，遍滿一切世間成就遊。頭那！如是梵志猶如梵也。

> 仏が言われた。「トウナよ。どのようにしてバラモンは梵天（天界の神）のようであるのか。もしバラモンが父母によって育てられ、清らかな生まれであり、七代の父母に至るまで家系が絶えることなく、代々悪がなく、その者は四十八年間、童子として清らかな行いを修める。経典を学び、それを暗誦し習得することを望む。経典を学び、暗誦し習得したならば、師を供養するために財物を求める。それは正しい方法によってであって、正しくない方法ではない。正しくない方法とは何か。それは耕作することでも、商売をすることでも、物を書き写すことでも、数字を数えることでも、物を計算することでも、印を押すことでも、手書きの文字を書くことでも、文章を作ることでも、経典を読むことでも、詩を詠むことでもなく、また刀や杖を用いることでも、王の仕事に従事することでもない。正しい方法によって求め、財物を求めて師を供養する。財物を施した後は、心に慈しみの気持ちを共に広げ、一方の方向（東など）に行き渡らせて安住する。同様に、二方、三方、四方、四隅、上下、あらゆる場所に行き渡らせ、全体にわたって、心に慈しみの気持ちを共に広げ、わだかまりもなく、恨みもなく、怒りもなく、争いもなく、極めて広く大きく、限りなく善く修めて、あらゆる世界に行き渡らせて安住する。同様に、悲しみ、喜び、そして心に捨（平静）の気持ちを共に広げ、わだかまりもなく、恨みもなく、怒りもなく、争いもなく、極めて広く大きく、限りなく善く修めて、あらゆる世界に行き渡らせて安住する。トウナよ。このように、バラモンは梵天のようであるのだ。」

「頭那！云何梵志似如天耶？若有梵志為父母所舉，受生清淨，乃至七世父母不絕種族，生生無惡。彼四十八年行童子梵行，欲得經書，誦習典經，彼得經書，誦習典經已，為供養師求乞財物，如法，非不如法。云何不如法？非田作，非治生，非書，非算，非數，非印，非手筆，非文章，非經，非詩，非以刀杖，非王從事。如法求乞，求乞財物供養於師，布施財物已，行身妙行，口、意妙行，行身妙行，口、意妙行已，彼因緣此，身壞命終，必昇善處，上生天中。頭那！如是梵志似如天也。

> 頭那よ。どのようにしてバラモンが天のようであると言えるのか。もしバラモンが父母から生まれ、清らかな生を受け、七代前の父母に至るまで、その家系が途絶えることなく、代々悪行がなかったとする。その者は四十八年にわたり、童貞の梵行を行う。経典を求めて習い覚え、その経典を習得した後には、師を養うために財物を求める。その方法は法に従い、法に背くものではない。では、何が法に背くことか。それは、農耕を営むこと、商売をすること、文字を書くこと、計算をすること、数を数えること、印を押すこと、筆を執ること、文章を綴ること、経典を読むこと、詩歌を作ること、刀や杖を用いること、王に仕えることではない。法に従って財物を求め、師を養うために施しを行う。財物を施した後は、身体による善行、言葉による善行、心による善行を行う。これらの善行を実践したことにより、その者は命終の後、必ず善き場所に生まれ変わり、天上に昇るであろう。頭那よ。このようにして、バラモンは天のようであると言えるのである。

「頭那！云何梵志不越界耶？若有梵志為父母所舉，受生清淨，乃至七世父母不絕種族，生生無惡，彼四十八年行童子梵行，欲得經書，誦習典經。彼得經書，誦習典經已，為供養師求乞財物，如法，非不如法。云何不如法？非田作，非治生，非書，非算，非數，非印，非手筆，非文章，非經，非詩，非以刀杖，非王從事。如法求乞，求乞財物供養於師，布施財物已，為自求妻，如法，非不如法。云何不如法？梵志不如是，意向梵志女，令更相愛，相攝合會，彼趣梵志女，非不梵志女，亦非剎利女，不懷姙，不產生。頭那！以何等故梵志非趣懷姙？莫令彼男及以女人名不淨婬，是故梵志非趣懷姙。頭那！以何等故梵志非趣產生？莫令彼男及以女人名不淨恚，是故梵志不趣產生。頭那！彼所趣向，不為財物，不為憍慠，不為莊嚴，不為珓餝，但為子故。彼生子已，若有故梵志要誓處所界障，住彼、持彼，不越於彼。頭那！如是梵志不越界也。

> トゥンナよ。では、バラモンがどのように境界を越えないのか、聞きなさい。 あるバラモンがいる。父母によって育てられ、清らかな生まれであり、過去七代の父母に至るまで血筋が絶えず、代々悪行がなかった。その者は四十八年間、梵行を修め、経典を求め、それを学び習得しようと願う。経典を学び習得した後、師に供養するため、法に従って、法に反することなく、財物を請い求める。 では、どのようなことが法に反するのか。それは、田畑を耕すこと、商売をすること、書を書くこと、計算をすること、数を数えること、印を押すこと、筆を使うこと、文章を書くこと、経典を読むこと、詩を作ること、刀杖を用いること、王に仕えること、これらのことではない。 法に従って請い求め、財物を得たなら、師にそれを施し、自らは妻を求める。これも法に従って行い、法に反しない。 では、どのようなことが法に反するのか。バラモンは次のようにしない。すなわち、バラモンの女に対して愛情を抱かせようとし、互いに引き寄せ合い、結びつこうとすることである。彼はバラモンの女のところへ通う。バラモンでない女や、クシャトリヤの女のところではない。また、妊娠している女にも、産後の女にも通わない。 トゥンナよ。なぜバラモンは妊娠している女のところへ通わないのか。それは、その男と女が「不浄の婬」と呼ばれるのを避けるためである。ゆえに、バラモンは妊娠している女のところへ通わない。 トゥンナよ。なぜバラモンは産後の女のところへ通わないのか。それは、その男と女が「不浄の恚」と呼ばれるのを避けるためである。ゆえに、バラモンは産後の女のところへ通わない。 トゥンナよ。彼が女のもとへ通うのは、財物のためでもなく、驕りのためでもなく、飾りのためでもなく、装飾のためでもない。ただ子を望むがためである。 彼に子が生まれた後、もし従来のバラモンの誓いに基づく境涯や境界があるならば、そこに留まり、それを守り、それを越えることはない。 トゥンナよ。このようにして、バラモンは境界を越えないのである。

「頭那！云何梵志為越界耶？若有梵志為父母所舉，受生清淨，乃至七世父母不絕種族，生生無惡，彼四十八年行童子梵行，欲得經書，誦習典經。彼得經書，誦習典經已，為供養師求乞財物，如法，非不如法。云何不如法？非田作，非治生，非書，非算，非數，非印，非手筆，非文章，非經，非詩，非以刀杖，非王從事。如法求乞，求乞財物供養於師，布施財物已，為自求妻，如法，非不如法。云何不如法？梵志不如是，意向梵志女，令更相愛，相攝合會，彼趣梵志女，非不梵志女，亦非剎利女，不懷姙，不產生。頭那！以何等故梵志不趣懷姙？莫令彼男及以女人名不淨婬，是故梵志不趣懷姙。頭那！以何等故梵志不趣產生？莫令彼男及以女人名不淨恚，是故梵志不趣產生。頭那！彼所趣向，不為財物，不為憍慠，不為莊嚴，不為珓餝，但為子故。彼生子已，若有故梵志要誓處所界障，不住止彼，不受持彼，便越於彼。頭那！如是梵志名越界也。

> 頭那よ。どのようにしてバラモンが境界を越えるのか。もしバラモンが父母によって育てられ、生まれながらに清らかで、七世の父母に至るまで種族が絶えず、代々悪がないとする。その者が四十八年間、梵行（清らかな行い）を修め、経典を学び、読誦し習得しようと願う。経典を学び習得した後、師に供養するため、法に従って、法に反しない方法で財物を求める。法に反するとはどういうことか。それは、農耕でもなく、商売でもなく、書物でもなく、計算でもなく、数え上げでもなく、印判でもなく、筆記でもなく、文章でもなく、経典でもなく、詩歌でもなく、刀や杖を用いるのでもなく、王の仕事に仕えるのでもない。このように法に従って財物を求め、師に供養し、布施を行った後、今度は自らの妻を求める。これも法に従い、法に反しない。法に反するとはどういうことか。バラモンは、バラモンの女に対して、互いに愛し合い、結びつき、交わりたいと望むような心を持つべきではない。彼はバラモンの女のもとへ通う。しかし、バラモンの女でない者や、クシャトリヤの女であってはならない。また、妊娠している女や、出産したばかりの女のもとへも通わない。頭那よ。なぜバラモンは妊娠している女のもとへ通わないのか。それは、その男と女が「不浄な淫行」と呼ばれることを避けるためである。ゆえにバラモンは妊娠している女のもとへ通わない。頭那よ。なぜバラモンは出産したばかりの女のもとへ通わないのか。それは、その男と女が「不浄な怒り」と呼ばれることを避けるためである。ゆえにバラモンは出産したばかりの女のもとへ通わない。頭那よ。彼が女のもとへ通うのは、財物のためでも、高慢のためでも、飾りのためでも、身を飾るためでもなく、ただ子を残すためである。彼が子をもうけた後、もし従来のバラモンの誓約や決まりによって定められた場所や境界があるならば、そこに留まらず、その決まりを受け入れず、それを越えてしまう。頭那よ。このようにして、バラモンは境界を越える者と呼ばれるのである。

「頭那！云何梵志梵志旃茶羅？若有梵志為父母所舉，受生清淨，乃至七世父母不絕種族，生生無惡，彼四十八年行童子梵行，欲得經書，誦習典經。彼得經書，誦習典經已，為供養師求乞財物，如法，非不如法。云何不如法？非田作，非治生，非書，非算，非數，非印，非手筆，非文章，非經，非詩，非以刀杖，非王從事。如法求乞，求乞財物供養於師，布施財物已，為自求妻，如法，非不如法。云何不如法？梵志不如是，意向梵志女，令更相愛，相攝合會，趣彼梵志女，非不梵志女，亦不剎利女，不懷姙，不產生。頭那！以何等故梵志不趣懷姙？莫令彼男及以女人名不淨婬，是故梵志不趣懷姙。頭那！以何等故梵志不趣產生？莫令彼男及以女人名不淨恚，是故梵志不趣產生。頭那！彼所趣向，不為財物，不為憍慠，不為莊嚴，不為珓飾，但為子故。彼生子已，作王相應事、賊相應事、邪道相應事，作如是說：『梵志應作一切事，梵志不以此染著，亦不穢污，猶若如火，淨亦燒，不淨亦燒。梵志不應作一切事，梵志不以此染著，亦不穢污。』頭那！如是梵志梵志旃茶羅。頭那！此五種梵志，汝為似誰？」

> 「頭那よ。では、どのようなバラモンが『バラモン・チャンダーラ（バラモンでありながら賤民のような者）』と呼ばれるのかを説明しよう。 もしあるバラモンが、父母によって育てられ、清らかな家系に生まれ、七代前までの先祖に至るまで種族が絶えることなく、代々悪行のない家系であるとする。その者は四十八年間、童貞の修行を行い、経典を学び暗誦しようと望む。経典を学び暗誦した後、師に供養するため、法に従って財物を求める。法に反した求め方はしない。では、どのような求め方が法に反するのか。それは、田畑を耕すこと、商売をすること、書写、計算、算術、印章、筆記、文章作成、経典研究、詩作、刀や杖を使うこと、王に仕えることなどではない。正しい方法で、つまり適切に財物を求め、師に供養する。布施を終えた後、今度は自分の妻を求める。これも法に従い、法に反しないようにする。では、どのようなことが法に反するのか。バラモンは次のようにしてはならない。すなわち、バラモンの女性に対して情欲を抱き、互いに愛し合い、結びつき、交わろうとすることなく、ただ正しい方法でバラモンの女性に近づくのである。それはバラモン以外の女性でもなく、王族の女性でもなく、妊娠している女性でもなく、産後の女性でもない。 頭那よ。なぜバラモンは妊娠している女性に近づかないのか。それは、その男と女が『不浄の淫行』と呼ばれるのを避けるためである。故に、バラモンは妊娠している女性に近づかないのだ。 頭那よ。なぜバラモンは産後の女性に近づかないのか。それは、その男と女が『不浄の怒り』と呼ばれるのを避けるためである。故に、バラモンは産後の女性に近づかないのだ。 頭那よ。そのバラモンが女性に近づくのは、財物のためでもなく、高慢のためでもなく、身を飾るためでもなく、ただ子孫を残すためである。 子が生まれると、その子は王に関わる行い、盗賊に関わる行い、邪道に関わる行いをするようになる。そして、こう言うのだ。『バラモンはすべての行為を行うべきである。バラモンはそれによって執着することもなく、汚れることもない。例えば火が清浄なものも不浄なものも等しく燃やすように。バラモンは一切の行為を行うべきではない。バラモンはそれによって執着することもなく、汚れることもない』と。 頭那よ。このような者が、バラモン・チャンダーラ（バラモンでありながら賤民のような者）と呼ばれるのである。 頭那よ。この五種類のバラモンのうち、あなたはどのような者に似ているのか。」

頭那白曰：「瞿曇！說此最後梵志旃茶羅者，我尚不及，況復餘耶？世尊！我已知。善逝！我已解。世尊！我今自歸於佛、法及比丘眾，唯願世尊受我為優婆塞，從今日始，終身自歸，乃至命盡。」

> 頭那が申し上げました。「ゴータマよ、あなたがおっしゃった『最も劣ったバラモン』について、私はそれにも及ばないのです。ましてや他の者たちはなおさらです。世尊よ、私は今悟りました。善逝よ、私は今理解しました。世尊よ、私は今、仏、法、そして僧団に帰依いたします。どうか世尊よ、私を在家信者としてお受け入れください。今日から生涯、命のある限り、帰依し続けることを誓います。」

佛說如是。頭那梵志聞佛所說，歡喜奉行。

> 仏はこのようにお説きになった。梵志の頭那は仏の説法を聞いて、喜び、その教えの通りに実践した。

頭那經第七竟千八百五十字

> 頭那経、第七終わり<note>千八百五十字</note>