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title: "中阿含經 · 161 梵摩經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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## 中阿含經卷第四十一

> 中阿含経 第四十一巻

東晉罽賓三藏瞿曇僧伽提婆譯

> 東晋・罽賓三蔵・瞿曇僧伽提婆 訳

### （一六一）梵志品梵摩經第十第四分別誦

> （一六一）梵志品梵摩経 第十

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊鞞陀提國，與大比丘眾俱。

> ある時、仏陀はヴェーダデーシュ国（現在のインド・デカン地方）におられた。大勢の修行者の僧たちと共に。

爾時，彌薩羅有梵志，名曰梵摩，極大富樂，資財無量，畜牧產業不可稱計，封戶食邑種種具足食豐，彌薩羅乃至水草木，謂摩竭陀王未生怨鞞陀提子特與梵封。梵志梵摩有一摩納，名優多羅，為父母所舉，受生清淨，乃至七世父母不絕種族，生生無惡，博聞總持，誦過四典經，深達因、緣、正、文、戲五句說。

> その時、ミサラ国に梵摩という名のバラモンがいました。彼は非常に裕福で、財宝は数えきれず、家畜や財産も計り知れませんでした。領地や封戸も十分にあり、衣食は豊かで、ミサラ国は水や草木に至るまで潤っていました。マガダ国の王である阿闍世・ヴェーディヒー王子は、特別に梵摩に領地を賜っていました。このバラモン・梵摩には、優多羅という名の弟子（学生）がいました。彼は両親に育てられ、生まれながらに清らかで、七代前の祖先に至るまで汚れのない家系でした。彼は博学で、多くの教えを記憶し、四つのヴェーダの経典をすべて暗唱し、因縁、正しい文法、文学的な表現、戯れの言葉といった五つの分野の説法を深く理解していました。

梵志梵摩聞有沙門瞿曇釋種子捨釋宗族，剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道，遊鞞陀提國，與大比丘眾俱。彼沙門瞿曇有大名稱，周聞十方，彼沙門瞿曇如來、無所著、等正覺、明行成為、善逝、世間解、無上士、道法御、天人師，號佛、眾祐。彼於此世，天及魔、梵、沙門、梵志，從人至天，自知自覺，自作證成就遊，彼說法，初妙、中妙、竟亦妙，有義有文，具足清淨，顯現梵行。

> 梵志の梵摩は、こう聞いた。「沙門ゴータマという者がいる。釈迦族の出身でありながら、その一族を捨て、髪や髭を剃り落とし、袈裟の衣をまとい、誠の信をもって家を出て、家なき修行の道に入った。今、ヴェーダディー（鞞陀提）国を旅しながら、大いなる比丘たちの僧団と共にあるという。その沙門ゴータマは大きな名声を持ち、あまねく十方にその名が聞こえている。その沙門ゴータマこそ、如来（あるがままに来た者）、無所著（執着なき者）、等正覚（正しく悟りを開いた者）、明行成為（智慧と行いを完成させた者）、善逝（よく往く者）、世間解（世間を理解した者）、無上士（最も優れた者）、道法御（道を調御する者）、天人師（天と人の師）、仏（目覚めた者）、衆祐（多くの者を助ける者）と呼ばれる。この方は、この世において、天、魔、梵天、沙門、梵志、人から天に至るまでのすべてを、自ら知り、自ら悟り、自らその証を得て、自在に遊行されている。その説く法（教え）は、初めも素晴らしく、中も素晴らしく、終わりも素晴らしく、意味もあり、言葉も整っており

復次，聞彼沙門瞿曇成就三十二大人之相，若成就大人相者，必有二處真諦不虛。若在家者，必為轉輪王，聰明智慧，有四種軍，整御天下，由己自在。如法法王成就七寶，彼七寶者，輪寶、象寶、馬寶、珠寶、女寶、居士寶、主兵臣寶，是謂為七。千子具足，顏貌端政，勇猛無畏，能伏他眾。彼必統領此一切地乃至大海，不以刀杖，以法教令，令得安隱。若剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道者，必得如來、無所著、等正覺，名稱流布，周聞十方。

> さらに、かの沙門ゴータマは三十二の大人相を具えていると聞く。もし大人相を具えるならば、必ず二つの道において真実にして虚偽がない。在家にあるならば、必ず転輪聖王となり、聡明にして智慧あり、四种の軍を有し、天下を整え統御して、自在なること己が意のままである。法に従う法王として七宝を成就する。その七宝とは、すなわち、輪宝、象宝、馬宝、珠宝、女宝、居士宝、主兵臣宝である。これを七という。千人の子を具え、顔かたちは端正で、勇猛にして畏れることなく、他者の軍をよく降伏させる。彼は必ずこの全地を大海に至るまで統領し、刀杖を用いることなく、法をもって教え命令し、安穏を得させる。もしも鬚髪を剃り、袈裟の衣を着て、至信をもって家を捨て、家なき者として学道するならば、必ず如来・無所著・等正覚となり、その名は流布して十方に周く聞こえる。

梵志梵摩聞已，告曰：「優多羅！我聞如是：『彼沙門瞿曇釋種子捨釋宗族，剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道，遊鞞陀提國，與大比丘眾俱。』優多羅！『彼沙門瞿曇有大名稱，周聞十方，彼沙門瞿曇如來、無所著、等正覺、明行成為、善逝、世間解、無上士、道法御、天人師，號佛、眾祐。彼於此世，天及魔、梵、沙門、梵志，從人至天，自知自覺，自作證成就遊，彼說法，初妙、中妙、竟亦妙，有義有文，具足清淨，顯現梵行。』

> 梵志ヴァンモはこれを聞いて、優多羅に告げた。「私はこう聞いている。『あの沙門ゴータマは、釈迦族の出身でありながら、その一族を捨て、鬚や髪を剃り、袈裟衣をまとい、深い信仰心から家を出て、家なき修行者の道に入り、人々と共にヴェーデーイー国を遊行されている。』と。 優多羅よ、『あの沙門ゴータマは大いなる名声を博し、その名は十方に轟いている。彼は如来であり、阿羅漢であり、正しく悟りを開き、明と行とを完全に具え、善く逝き、世間を理解し、無比の士であり、道を調御する者、天と人の師であり、覚者、世の宝である。彼はこの世において、天や魔、梵天、沙門、梵志、そして人々を含むすべての存在の中で、自ら知り、自ら悟り、自らその境地を証得して遊行されている。彼が説く教えは、初めも善く、中も善く、終わりも善く、意味があり、言葉も整っており、完全に清らかで、清らかな行いを明らかに示すものである。』」

「復次，優多羅！『彼沙門瞿曇成就三十二大人之相，若成就大人相者，必有二處真諦不虛，若在家者，必為轉輪王，聰明智慧，有四種軍，整御天下，由己自在。如法法王成就七寶，彼七寶者，輪寶、象寶、馬寶、珠寶、女寶、居士寶、主兵臣寶，是謂為七。千子具足，顏貌端政，勇猛無畏，能伏他眾，彼必統領此一切地乃至大海，不以刀杖，以法教令，令得安隱。若剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道者，必得如來、無所著、等正覺，名稱流布，周聞十方。』

> 「さらに、ウッタラよ。あの沙門ゴータマは、三十二の大人の相を具えておられる。もし大人の相を具えた方ならば、必ず二つの境地において真実であり、虚偽はない。在家にあっては、必ず転輪聖王となり、聡明かつ智慧があり、四種の軍を備えて、天下を自在に統治される。法に従う法王として七宝を成就される。その七宝とは、輪宝、象宝、馬宝、珠宝、女宝、居士宝、主兵臣宝である。これを七宝という。千人の子を有し、その顔かたちは端正で、勇猛果敢にして恐れることなく、他者を従わせることができる。その方は必ず、この全地を大海に至るまで、刀杖を用いずに、法による教えと命令によって統治し、人々を安穏ならしめる。もし髪と鬚を剃り、袈裟衣をまとい、深い信仰をもって家を出て、家なき修行者となられるならば、必ず如来・無所著・等正覚となり、その名声は広く流布して、十方にまで聞こえ渡るのである。」

「優多羅！汝受持諸經，有三十二大人之相，若成就大人相者，必有二處真諦不虛。若在家者，必為轉輪王，聰明智慧，有四種軍，整御天下，由己自在。如法法王成就七寶，彼七寶者，輪寶、象寶、馬寶、珠寶、女寶、居士寶、主兵臣寶，是謂為七。千子具足，顏貌端政，勇猛無畏，能伏他眾，彼必統領此一切地乃至大海，不以刀杖，以法教令，令得安隱。若剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道者，必得如來、無所著、等正覺，名稱流布，周聞十方。」

> 「ウッタラよ、お前が諸経典を受持している。身体に三十二の大人の相を具えた者は、必ず二つの真実の道があり、虚偽ではない。在家の者であれば、必ず転輪王となる。聡明で智慧があり、四種の軍隊を擁して、天下を自在に統治する。正しい法に従う法王として、七つの宝を成就する。その七宝とは、輪宝・象宝・馬宝・珠宝・女宝・居士宝・主兵臣宝である。これを七宝という。千人の子を持ち、その容貌は端正で、勇猛にして恐れるところなく、他の者たちを従わせることができる。彼は必ずこの全地を、大海に至るまで領有し、刀や杖を用いることなく、法によって教え示し、人々を安穏ならしめる。もし剃髪し、袈裟の衣をまとい、深い信をもって家を捨て、世俗を離れて学道に励むならば、必ず如来・無所著・等正覚となる。その名声は広く流布し、十方に満ち渡る。」

優多羅答曰：「唯然。世尊！我受持諸經，有三十二大人之相，若成就大人相者，必有二處真諦不虛。若在家者，必為轉輪王，聰明智慧，有四種軍，整御天下，由己自在。如法法王成就七寶，彼七寶者，輪寶、象寶、馬寶、珠寶、女寶、居士寶、主兵臣寶，是謂為七。千子具足，顏貌端政，勇猛無畏，能伏他眾，彼必統領此一切地乃至大海，不以刀杖，以法教令，令得安隱。若剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道者，必得如來、無所著、等正覺，名稱流布，周聞十方。」

> 優多羅が答えた。「はい、世尊よ。私は諸経典を学び、三十二の大人の相（身体的特徴）があることを知っています。もしこの相を具えた方がおられれば、必ず二つの道のいずれかを歩むこと、これは真実であり偽りではありません。 在家のままの道を選べば、必ず転輪聖王となります。聡明で智慧があり、四種の軍勢を備え、天下を自在に治められます。正しい法により法王として七つの宝を成就します。その七宝とは、輪宝、象宝、馬宝、珠宝、女宝、居士宝、主兵臣宝です。千人の王子にも恵まれ、皆容姿は端正で、勇猛果敢であり、他の者たちを従わせることができます。その方は、この全地を大海に至るまで、刀や杖を用いることなく、法による教えをもって治め、人々を安らかに導かれます。 もし剃髪し、袈裟をまとい、清らかな信仰心をもって家を出て、家庭生活を離れ、修行の道に入られれば、必ず如来・無所著・等正覚（完全なる目覚めた方）となられ、その名は十方に広く知れ渡ることでしょう。」

梵志梵摩告曰：「優多羅！汝往詣彼沙門瞿曇所，觀彼沙門瞿曇為如是，為不如是？實有三十二大人相耶？」

> バラモンのブラフマーはこう告げた。「ウットラよ、お前はあの修行者ゴータマのもとへ行きなさい。彼が本当に、人々が言うような方なのか、違うのかを確かめてきなさい。本当にあの方に三十二の偉大な人の相があるのかどうかを。」

優多羅摩納聞已，稽首梵志梵摩足，繞三匝而去，往詣佛所，共相問訊，却坐一面，觀世尊身三十二相。彼見世尊身有三十相，於二相疑惑，陰馬藏及廣長舌。世尊念曰：「此優多羅於我身觀三十二相，彼見有三十相，於二相疑惑，陰馬藏及廣長舌。我今寧可斷其疑惑。」世尊知已，即如其像作如意足，如其像作如意足已，令優多羅摩納見我身陰馬藏及廣長舌。

> 優多羅摩納がこれを聞き、頭を下げてバラモンの梵摩の足に礼拝した。そして三度、右回りに周ってから、仏のいらっしゃる場所へと向かった。互いに挨拶を交わし、片側に座ると、世尊の身に備わる三十二の相を観察した。すると、三十の相を目にしたが、二つの相、すなわち隠密な陰部と長く広い舌については疑問を抱いた。 世尊は思われた。「この優多羅は、私の身に三十二相があるのを見て、三十の相を認め、二つの相、すなわち隠密な陰部と長く広い舌については疑いを抱いている。ならば、今こそその疑いを断ち切ってやろう。」 世尊はその心を見抜かれ、それに応じて神通力による自在な歩みを示された。そうして、優多羅摩納に、隠密な陰部と長く広い舌をはっきりと見せられた。

於是，世尊即如其像作如意足，如其像作如意足已，優多羅摩納見世尊身陰馬藏及廣長舌。廣長舌者，從口出舌，盡覆其面。優多羅摩納見已，而作是念：「沙門瞿曇成就三十二大人之相，若成就大人相者，必有二處真諦不虛。若在家者，必為轉輪王，聰明智慧，有四種軍，整御天下，由己自在，如法法王成就七寶。彼七寶者，輪寶、象寶、馬寶、珠寶、女寶、居士寶、主兵臣寶，是謂為七。千子具足，顏貌端政，勇猛無畏，能伏他眾，彼必統領此一切地乃至大海，不以刀杖，以法教令，令得安隱。若剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道者，必得如來、無所著、等正覺，名稱流布，周聞十方。」

> そこで、世尊はその神通力を顕現された。これにより、ウッタラ・マーナヴァ（青年）は、世尊の身体に陰馬蔵（隠れた部分が馬のように隠されている相）と広長舌（舌が長く広い相）を見た。広長舌とは、口から舌を出せば、顔全体を覆うものである。ウッタラ・マーナヴァはこれを見て、こう考えた。「修行者ゴータマは、三十二の大人相を具えておられる。もし大人相を具えた方がおれば、必ず二つの真実の道が虚偽ではない。もし在家のままならば、必ず転輪聖王となり、聡明にして智慧があり、四種の軍団を従え、天下を自在に統べ治め、正しい法により法王となり、七宝を成就する。七宝とは、輪宝・象宝・馬宝・珠宝・女宝・居士宝・主兵臣宝である。これらを七宝という。千人の子を具え、顔立ちは端正で、勇猛にして恐れを知らず、他の者たちを征服できる。彼は必ずこの全地を大海に至るまで治め、刀杖によらず、法の教えによって安穏ならしめる。もし剃髪し、袈裟をまとい、信を起こして家を捨て、無家の修行者となるならば、必ず如来・無所著・等正覚となり、その名は広く世に流布し、十方に聞こえるであろう。」

優多羅摩納復作是念：「我寧可極觀威儀禮節，及觀遊行所趣。」於是，優多羅摩納尋隨佛行，於夏四月觀威儀禮節，及觀遊行所趣。優多羅摩納過夏四月，悅可世尊威儀禮節，及觀遊行所趣，白曰：「瞿曇！我今有事，欲還請辭。」

> 優多羅摩納はこう考えた。「いっそのこと、徹底的にその振る舞いや作法、そして行動の様子を見極めてみよう。」そこで優多羅摩納は、仏の後について歩き、夏の四ヶ月の間、その振る舞いや作法、行動の様子を観察した。夏の四ヶ月が過ぎると、優多羅摩納は世尊の振る舞いや作法、そして行動の様子に満足し、こう申し上げた。「瞿曇よ、私はただ今、用事がございますので、お暇をいただきに参りました。」

世尊告曰：「優多羅！汝去隨意。」

> 世尊は仰せになった。「ウッタラよ、望みのままに行きなさい。」

優多羅摩納聞世尊所說，善受善持，即從坐起，繞三匝而去，往詣梵志梵摩所。稽首梵志梵摩足，却坐一面。

> ウッタラ・マーナヴァは、世尊のお話を聞き、よく理解し、心にしっかりと留めました。そして席を立ち、右に三度巡ってから、バラモンの梵摩（ボンマ）のもとへと向かいました。彼のもとに着くと、足に頭を触れる礼をし、片隅に座りました。

梵志梵摩問曰：「優多羅！實如所聞，沙門瞿曇有大名稱，周聞十方，為如是，為不如是？實有三十二大人相耶？」

> 梵志の梵摩が尋ねました。「優多羅よ、聞くところによれば、沙門ゴータマは大きな名声を持ち、その名は十方に広く知れ渡っているという。それは本当なのか、そうではないのか。本当に三十二の大人の相を備えているのか。」

優多羅摩納答曰：「唯然。尊！實如所聞，沙門瞿曇有大名稱，周聞十方，沙門瞿曇如是，非不如是，實有三十二相。尊！沙門瞿曇足安平立，是謂，尊！沙門瞿曇大人大人之相。復次，尊！沙門瞿曇足下生輪，輪有千輻，一切具足，是謂，尊！沙門瞿曇大人大人之相。復次，尊！沙門瞿曇足指纖長，是謂，尊！沙門瞿曇大人大人之相。復次，尊！沙門瞿曇足周正直，是謂，尊！沙門瞿曇大人大人之相。復次，尊！沙門瞿曇足跟踝後兩邊平滿，是謂，尊！沙門瞿曇大人大人之相。復次，尊，沙門瞿曇足兩踝𦟛，是謂，尊！沙門瞿曇大人大人之相。復次，尊！沙門瞿曇身毛上向，是謂，尊！沙門瞿曇大人大人之相。復次，尊！沙門瞿曇手足網縵，猶如鴈王，是謂，尊！沙門瞿曇大人大人之相。

> ウッタラ婆羅門が答えて言った。「はい、尊者。おっしゃる通り、沙門ゴータマには大きな名声があり、その名は十方に届いています。沙門ゴータマはまさにその通りで、間違いなく三十二相を具えておられます。 尊者、沙門ゴータマの足の裏は平らでしっかりと地に着いています。これが、尊者、沙門ゴータマの大人の相の一つです。 また、尊者、沙門ゴータマの足の裏には千本の輻を備えた輪があり、完全にそろっています。これが、尊者、沙門ゴータマの大人の相の一つです。 また、尊者、沙門ゴータマの足の指は細く長いです。これが、尊者、沙門ゴータマの大人の相の一つです。 また、尊者、沙門ゴータマの足はどっしりと真っ直ぐです。これが、尊者、沙門ゴータマの大人の相の一つです。 また、尊者、沙門ゴータマのかかとと足首の両側はふっくらと丸みを帯びています。これが、尊者、沙門ゴータマの大人の相の一つです。 また、尊者、沙門ゴータマの両方の足首は充実しています。これが、尊者、沙門ゴータマの大人の相の一つです。 また、尊者、沙門ゴータマの体毛は上向きに生えています。これが、尊者、沙門ゴータマの大人の相の一つです。 また、尊者、沙門ゴータマの手足の間には、ガンの王のように水かきがあります。これが、尊者、沙門ゴータマの大人の相の一つです。」

「復次，尊！沙門瞿曇手足極妙，柔弱軟軟，猶兜羅華，是謂，尊！沙門瞿曇大人大人之相。復次，尊！沙門瞿曇肌皮軟細，塵水不著，是謂，尊！沙門瞿曇大人大人之相。復次，尊！沙門瞿曇一一毛，一一毛者，身一一孔一毛生，色若紺青，如螺右旋，是謂，尊！沙門瞿曇大人大人之相。復次，尊！沙門瞿曇鹿󰈷腸，猶如鹿王，是謂，尊！沙門瞿曇大人大人之相。復次，尊！沙門瞿曇陰馬藏，猶良馬王，是謂，尊！沙門瞿曇大人大人之相。復次，尊！沙門瞿曇身形圓好，猶尼拘類樹，上下圓相稱，是謂，尊！沙門瞿曇大人大人之相。復次，尊！沙門瞿曇身不阿曲，身不曲者，平立伸手以摩其膝，是謂，尊！沙門瞿曇大人大人之相。

> さらに、尊よ。沙門ゴータマの手足は非常に美しく、柔らかで滑らかであり、あたかも兜羅綿のようです。これが、尊よ、沙門ゴータマの大人の相です。 さらに、尊よ。沙門ゴータマの肌は柔らかく細かく、塵や水が付着しません。これが、尊よ、沙門ゴータマの大人の相です。 さらに、尊よ。沙門ゴータマの毛は一本一本、体の一つの穴から一本ずつ生えており、その色は濃い青色で、螺貝のように右に巻いています。これが、尊よ、沙門ゴータマの大人の相です。 さらに、尊よ。沙門ゴータマの脚は鹿のようであり、まるで鹿の王のようです。これが、尊よ、沙門ゴータマの大人の相です。 さらに、尊よ。沙門ゴータマの陰部は馬のように隠れており、まるで優れた馬の王のようです。これが、尊よ、沙門ゴータマの大人の相です。 さらに、尊よ。沙門ゴータマの体は丸く均整がとれており、あたかも尼拘類樹のように、上下の釣り合いがとれています。これが、尊よ、沙門ゴータマの大人の相です。 さらに、尊よ。沙門ゴータマの体は曲がっていません。体が曲がっていないとは、まっすぐに立ち、手を伸ばして自分の膝に触れられるということです。これが、尊よ、沙門ゴータマの大人の相です。

「復次，尊！沙門瞿曇身黃金色，如紫磨金，是謂，尊！沙門瞿曇大人大人之相。復次，尊！沙門瞿曇身七處滿，七處滿者，兩手、兩足、兩肩及項，是謂，尊！沙門瞿曇大人大人之相。復次，尊！沙門瞿曇其上身大，猶如師子！是謂，尊！沙門瞿曇大人大人之相。復次，尊！沙門瞿曇師子頰車，是謂，尊！沙門瞿曇大人大人之相。復次，尊！沙門瞿曇脊背平直，是謂，尊！沙門瞿曇大人大人之相。復次，尊！沙門瞿曇兩肩上連，通頸平滿，是謂，尊！沙門瞿曇大人大人之相。復次，尊！沙門瞿曇四十齒，牙齒不踈、齒白、齒通味第一味，是謂，尊！沙門瞿曇大人大人之相。復次，尊！沙門瞿曇梵音可愛，其聲猶如迦羅毘伽，是謂，尊！沙門瞿曇大人大人之相。

> また、尊よ。沙門ゴータマの体は黄金色で、精錬された黄金のようであります。これが、尊よ、沙門ゴータマの大人の相であります。 また、尊よ。沙門ゴータマの体は七か所が満ちております。両手、両足、両肩、そして首の七か所であります。これが、尊よ、沙門ゴータマの大人の相であります。 また、尊よ。沙門ゴータマの上半身は大きく、獅子のようであります。これが、尊よ、沙門ゴータマの大人の相であります。 また、尊よ。沙門ゴータマは獅子のような頬を持ちます。これが、尊よ、沙門ゴータマの大人の相であります。 また、尊よ。沙門ゴータマの背骨はまっすぐであります。これが、尊よ、沙門ゴータマの大人の相であります。 また、尊よ。沙門ゴータマの両肩は首とつながり、平らで満ちております。これが、尊よ、沙門ゴータマの大人の相であります。 また、尊よ。沙門ゴータマの歯は四十本あり、歯はすき間がなく、白く、食べ物の味を一つにします。これが、尊よ、沙門ゴータマの大人の相であります。 また、尊よ。沙門ゴータマの声は梵音（ブラフマーの声）のように美しく、迦羅毘伽（カルヴィンカ）鳥の声のようです。これが、尊よ、沙門ゴータマの大人の相であります。

「復次，尊！沙門瞿曇廣長舌，廣長舌者，舌從口出，遍覆其面，是謂，尊！沙門瞿曇大人大人之相。復次，尊！沙門瞿曇承淚處滿，猶如牛王，是謂，尊！沙門瞿曇大人大人之相。復次，尊！沙門瞿曇眼色紺青，是謂，尊！沙門瞿曇大人大人之相。復次，尊！沙門瞿曇頂有肉髻，團圓相稱，髮螺右旋，是謂，尊！沙門瞿曇大人大人之相。復次，尊！沙門瞿曇眉間生毛，潔白右縈，是謂，尊！沙門瞿曇大人大人之相。是謂，尊！沙門瞿曇成就三十二大人之相。

> 「また、尊い方よ。沙門ゴータマは広く長い舌をお持ちです。広長舌とは、舌が口から出て、その顔全体を覆うことを言います。これが、尊い方よ。沙門ゴータマの大人としての相であります。 また、尊い方よ。沙門ゴータマの涙の溜まる部分は満ちており、あたかも牛王のようです。これが、尊い方よ。沙門ゴータマの大人としての相であります。 また、尊い方よ。沙門ゴータマの眼の色は紺青です。これが、尊い方よ。沙門ゴータマの大人としての相であります。 また、尊い方よ。沙門ゴータマの頭頂には肉髻があり、円く整っており、髪は右巻きの螺髮です。これが、尊い方よ。沙門ゴータマの大人としての相であります。 また、尊い方よ。沙門ゴータマの眉の間には毛が生えており、白く清らかで右に巻いています。これが、尊い方よ。沙門ゴータマの大人としての相であります。 以上の通り、尊い方よ。沙門ゴータマは三十二の大人の相を具えていらっしゃいます。」

「若成就大人相者，必有二處真諦不虛。若在家者，必為轉輪王，聰明智慧，有四種軍，整御天下，由己自在。如法法王成就七寶，彼七寶者，輪寶、象寶、馬寶、珠寶、女寶、居士寶、主兵臣寶，是謂為七。千子具足，顏貌端政，勇猛無畏，能伏他眾，彼必統領此一切地乃至大海，不以刀杖，以法教令，令得安隱。若剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道者，必得如來、無所著、等正覺，名稱流布，周聞十方。

> 「もし大人の相を具えているならば、必ず二つの場合において真実で虚偽はありません。在家の者であれば、必ず転輪聖王となり、優れた智慧を持ち、四種の軍を備えて、天下を思いのままに治めるでしょう。正しい法に従う法の王として、七つの宝を成就します。その七宝とは、輪宝・象宝・馬宝・珠宝・女宝・居士宝・主兵臣宝であり、これを七宝といいます。また千人の子を具え、皆顔立ちが整い、勇猛で恐れることなく、他者を従わせることができます。その王は必ずこの全地を、大海に至るまで、刀や杖を用いず、法の教えによって安らかに治めるでしょう。もし髪や鬚を剃り、袈裟の衣をまとい、深く信じて家を捨て、家庭のない修行者となるならば、必ず如来・無所著・等正覚となり、その名は広く世に知られ、十方に届くことでしょう。」

「復次，尊！我見沙門瞿曇著衣、已著衣，被衣、已被衣，出房、已出房，出園、已出園，行道至村間，入村、已入村，在巷，入家、已入家，正床、已正床，坐、已坐，澡手、已澡手，受飲食、已受飲食，食、已食，澡手呪願，從坐起，出家、已出家，在巷，出村、已出村，入園、已入園，入房、已入房。尊！沙門瞿曇著衣齊整，不高不下，衣不近體，風不能令衣遠離身。尊！沙門瞿曇被衣齊整，不高不下，衣不近體，風不能令衣遠離身。尊！沙門瞿曇常著新衣，隨順於聖，以刀割截，染作惡色，如是彼聖染作惡色，彼持衣者，不為財物，不為貢高，不為自飾，不為莊嚴，但為障蔽蚊虻、風日之所觸故，及為慙愧，覆其身故。

> 「また、尊よ。私は、沙門ゴータマ（釈尊）が衣を着る姿、着終えた姿、衣をまとう姿、まとい終えた姿、部屋を出る姿、出終えた姿、園を出る姿、出終えた姿、道を行き村々へ至り、村に入る姿、入り終えた姿、路地に立ち、家に入る姿、入り終えた姿、坐床を整える姿、整え終えた姿、座る姿、座り終えた姿、手を洗う姿、洗い終えた姿、飲食を受ける姿、受け終えた姿、食べる姿、食べ終えた姿、手を洗って祈願し、座から立ち上がる姿、立ち上がり、路地に出て、村を出る姿、出終えた姿、園に入る姿、入り終えた姿、部屋に入る姿、入り終えた姿を拝見しました。 尊よ。沙門ゴータマの衣の着方は整っており、高すぎず低すぎず、衣は体にぴったりとつかず、風が吹いても衣が体から離れることはありません。 尊よ。沙門ゴータマの衣のまとい方も整っており、高すぎず低すぎず、衣は体にぴったりとつかず、風が吹いても衣が体から離れることはありません。 尊よ。沙門ゴータマは常に新しい衣を身につけられ、聖者に従い、それを刀で裁断し、悪色（くすんだ色）に染めておられます。まさに、その聖者は悪色に染められています。その衣をまとう者は、財産のためでもなく、誇りのためでもなく、自らの飾りのためでもなく、装飾のためでもありません。ただ、蚊やあぶ、風や日差しが触れるのを防ぎ、また恥の心のため、己の身を覆うためであります。」

「彼出房時，身不低仰，尊！沙門瞿曇出房時，終不低身，尊！沙門瞿曇若欲行時，先舉右足，正舉正下，行不擾亂，亦無惡亂。行時兩踝終不相掁，尊！沙門瞿曇行時不為塵土所坌。所以者何？以本善行故，彼出園時，身不低仰。尊！沙門瞿曇出園時，終不低身，往到村間，身極右旋，觀察如龍，遍觀而觀，不恐不怖，亦不驚懼，觀於諸方。所以者何？以如來、無所著、等正覺故，彼入村時，身不低仰。尊！沙門瞿曇入村時，終不低身，彼在街巷不低視，亦不仰視，唯直正視，於中不礙所知所見。

> 部屋を出るとき、その身をかがめたり、反り返ったりなさいません。尊者よ、沙門ゴータマ（※釈尊のこと）は部屋を出るとき、決して身をかがめ給いません。尊者よ、沙門ゴータマが歩こうとされる時は、まず右足を挙げられ、正しく挙げ、正しく下ろされます。歩行は乱れておらず、また悪い乱れもありません。歩かれる時、両方の足首が互いに擦れ合うことが決してありません。尊者よ、沙門ゴータマが歩かれる時は、塵埃にまみれることがありません。それは何故かといえば、もとより善い行いを有しているからです。園を出るとき、その身をかがめたり、反り返ったりなさいません。尊者よ、沙門ゴータマは園を出るとき、決して身をかがめ給いません。村へお出かけになる時、身をやや右に回し、まるで龍のように観察し、全体を遍く見渡してから方々をご覧になります。恐れたり、怯えたり、また驚いたりなさいません。あらゆる方向を観察なさいます。それは何故かといえば、如来であり、執着なく、正しく完全に目覚めた者であられるからです。村に入るとき、その身をかがめたり、反り返ったりなさいません。尊者よ、沙門ゴータマは村に入るとき、決して身をかがめ給いません。街路においても、うつむいたり、仰ぎ見たりせず、ただ真っ直ぐに正視なさいます。その中で、知るべきことや見るべきことにおいて妨げられることはありません。

「尊！沙門瞿曇諸根常定。所以者何？以本善行故，彼入家時，身不低仰。尊！沙門瞿曇入家時，終不低身。尊！沙門瞿曇迴身右旋，正床而坐，彼於床上不極身力坐，亦不以手案䏶坐床，彼坐床已，不悒悒，不煩惱，亦復不樂。受澡水時，不高不下，不多不少，彼受飲食，不高不下，不多不少。尊！沙門瞿曇受食平鉢，等羹飲食。尊！沙門瞿曇摶食，齊整徐著口中，摶食未至，不豫張口，及在口中三嚼而咽，無飯及羹亦不斷碎，有餘在口，復內後摶。

> 尊よ、沙門ゴータマ（瞿曇）は常に諸根が定まっておられます。なぜなら、過去の善行によるからです。彼が家に入るとき、その身に傾きや反り返りがありません。尊よ、沙門ゴータマが家に入るとき、決して身をかがめるようなことはありません。尊よ、沙門ゴータマは身を右に回し、正しく床に座られます。その際、床に力を込めて座ることはなく、また手を腿に置いて座ることもありません。座った後は、沈むことも、悩むことも、また楽にふけることもありません。洗面の水を受けるときは、高すぎず低すぎず、多すぎず少なすぎません。飲食を受けるときも、高すぎず低すぎず、多すぎず少なすぎません。尊よ、沙門ゴータマは食べ物を平らな鉢で受け、汁物と食べ物を等しくされます。尊よ、沙門ゴータマは食べ物を一口ずつ整えて、ゆっくりと口に入れられます。食べ物が口に届く前に、あらかじめ口を開けられることはなく、口に入れた後は三度噛んで飲み込まれます。飯や汁が砕けたり散ったりすることはなく、口に残りがある場合は、続けて次の一口を入れられます。

「尊！沙門瞿曇以三事清淨，食欲得味，不欲染味彼食，不為財物，不為貢高，不為自飾，不為莊嚴，但欲存身，久住無患，用止故疹，不起新病，存命無患，有力快樂。飯食已訖，受洗手水，不高不下，不多不少。受澡鉢水，不高不下，不多不少。彼洗手淨已，其鉢亦淨，洗鉢淨已，其手亦淨，拭手已，便拭鉢，拭鉢已，便拭手，彼洗拭鉢已，安著一面，不近不遠，不數觀鉢，亦不為鉢。彼不毀呰此食，亦不稱譽彼食，但慚默然已。為諸居士說法，勸發渴仰，成就歡喜，無量方便為彼說法，勸發渴仰，成就歡喜已，即從坐起，便退而還，彼出家時，身不低仰。

> 尊よ、沙門ゴータマは三つの清らかな行いによって、食欲は味を求めるが、その味に執着することはありません。財物のためでもなく、高慢のためでもなく、自らを飾るためでもなく、荘厳のためでもなく、ただ身体を保ち、長く生きて患いなくあらんがため、古い病を止め、新しい病を起こさず、命を保ち患いなく、力ありて楽しくあるためです。食事が終わり、手を洗う水を受け取る時、高くもなく低くもなく、多くもなく少なくもありません。鉢を洗う水を受け取る時も、高くもなく低くもなく、多くもなく少なくもありません。手を洗い清めれば鉢も清く、鉢を洗い清めれば手も清く、手を拭けば鉢を拭き、鉢を拭けば手を拭き、鉢を洗い拭いて、一辺に置き、近からず遠からず、鉢をしばしば見ることもなく、鉢に執着することもありません。この食を毀ることもなく、かの食を称えることもなく、ただ慚愧して黙然としています。諸々の在家者に法を説き、発心を促し、歓喜を成就させ、無量の方便をもって彼らに法を説き、発心を促し、歓喜を成就させてから、座を立ち、退いて還ります。その出家の時、身を低くもせず仰ぐこともありません。

「尊！沙門瞿曇出家時，終不低身。彼在街巷不低視，亦不仰視，唯直正視，於中不礙所知所見。尊！沙門瞿曇諸根常定。所以者何？以本善行故，彼出村時，身不低仰。尊！沙門瞿曇出村時，終不低身，彼入園時，身不低仰。尊！沙門瞿曇入園時，終不低身。彼中食後，收舉衣鉢，澡洗手足，以尼師檀著於肩上，入房宴坐。尊！沙門瞿曇饒益世間故，入房宴坐。尊！沙門瞿曇則於晡時從宴坐起，面色光澤。所以者何？以如來、無所著、等正覺故。

> 尊よ、沙門ゴータマは出家の際、決して体をかがめません。彼は街中でもうつむかず、見上げることもなく、ただまっすぐ前を見つめ、その中で知るべきこと見るべきことを妨げられることはありません。尊よ、沙門ゴータマの諸根は常に定まっています。なぜなら、もとより善行を積んできたからです。村を出る時も、体をかがめたり反らしたりしません。尊よ、沙門ゴータマが村を出る時、決して体をかがめません。園に入る時も、体をかがめたり反らしたりしません。尊よ、沙門ゴータマが園に入る時、決して体をかがめません。食事の後、衣と鉢を片付け、手足を洗い、座布を肩にかけて、部屋に入って静かに坐します。尊よ、沙門ゴータマは世の中の利益のために、部屋に入って静かに坐します。尊よ、沙門ゴータマは午後遅くに静坐から起き上がると、顔色が艶やかです。なぜなら、彼は如来、阿羅漢、正等覚者だからです。

「尊！沙門瞿曇口出八種音聲，一曰甚深，二曰毘摩樓簸，三曰入心，四曰可愛，五曰極滿，六曰活瞿，七曰分了，八曰智也。多人所愛，多人所樂，多人所念，令得心定。尊！沙門瞿曇隨眾說法，聲不出眾外，唯在於眾，為彼說法，勸發渴仰，成就歡喜，無量方便為彼說法，勸發渴仰，成就歡喜已，即從坐起，還歸本所。尊！沙門瞿曇其像如是，但有殊勝復過於是。尊！我欲詣彼沙門瞿曇，從學梵行。」

> 「尊よ、沙門ゴータマの口からは八種の音声が出ます。第一に深甚、第二に毘摩楼簸（ひまろうは）、第三に心に入る、第四に愛らしい、第五に極めて満ちた、第六に活瞿（かつく）、第七に分かれた、第八に智慧です。多くの人が愛し、多くの人が楽しみ、多くの人が思い、心を落ち着かせてくれます。尊よ、沙門ゴータマは、人々に合わせて説法され、その声は集まりの外には聞こえず、ただ集まりの中だけで説かれます。その説法は、人々の心を奮い立たせ、渇仰（かたごう）を起こさせ、歓喜を成就させます。無量の方便で説法し、奮い立たせ、渇仰を起こさせ、歓喜を成就させた後、座を立って、自らの住まいに帰られます。尊よ、沙門ゴータマの姿はこのようであり、さらにこれ以上の優れたところもあります。尊よ、私はその沙門ゴータマのもとへ行き、梵行（ぶんぎょう）を学びたいのです。」

梵志梵摩告曰：「隨意。」

> バラモンのバンマが言いました。「お好きなように。」

於是，優多羅摩納稽首梵志梵摩足，繞三匝而去，往詣佛所，稽首佛足，却坐一面，白曰：「世尊！願從世尊學道受具足，成就比丘，得從世尊修行梵行。」

> ここにおいて優多羅摩納は、梵志である梵摩の足に頭を触れて礼拝し、三度周りを巡ってから去り、仏の元へと向かいました。仏の足に頭を触れて礼拝し、一方に座って次のように申し上げました。「世尊よ、どうか世尊のもとで学び、具足戒を受け、比丘としての完成を遂げ、世尊のもとで清らかな行いを修行させてください。」

於是，世尊度優多羅摩納，令學道受具足。度優多羅摩納，令學道受具足已，遊行鞞陀提國，與大比丘眾俱，展轉進前，到彌薩羅，住彌薩羅大天㮈林。

> さて、世尊は優多羅摩納（ウッタラマーナヴァ）を導き、教えを学び、正式な出家の戒律を受けさせました。 優多羅摩納を導き、教えを学び、出家の戒律を受けさせた後、世尊はヴェーダデーサ国へと遊行（ゆぎょう）されました。大いなる比丘（びく）の僧伽（さんが）と共に進み、ミサラーの町に到着されました。そして、ミサラーの大いなる天のネムの林にとどまられました。

彼彌薩羅梵志、居士聞沙門瞿曇釋種子捨釋宗族，出家學道，遊行鞞陀提國，與大比丘眾俱，展轉來至此彌薩羅，住大天㮈林。沙門瞿曇有大名稱，周聞十方，沙門瞿曇如來、無所著、等正覺、明行成為、善逝、世間解、無上士、道法御、天人師，號佛、眾祐。彼於此世，天及魔、梵、沙門、梵志，從人至天，自知自覺，自作證成就遊。彼說法，初妙、中妙、竟亦妙，有義有文，具足清淨，顯現梵行。若有見如來、無所著、等正覺，敬重禮拜，供養承事者，快得善利，我等寧可共往見彼沙門瞿曇！禮拜供養。

> 彼ミサ羅のバラモンや在家の人々は、こう聞きました。「沙門ゴータマは、釈迦族の出身でありながらその一族を捨て、出家して修行の道に入った。そして、ヴェーデーサ国を遊行し、大いなる比丘衆と共に、巡り巡ってこのミサ羅に至り、大天のニグローダ樹林に滞在されている。沙門ゴータマは大いなる名声を有し、その名は十方に聞こえている。沙門ゴータマは、如来であり、無所著（煩悩を離れた者）であり、等正覚（正しく悟りを開いた者）であり、明行成為（智慧と実践を完成させた者）であり、善逝（悟りの境地に善く赴いた者）であり、世間解（世間をありのままに知る者）であり、無上士（この上ない者）であり、道法御（道を説く御者）であり、天人師（天人の師）であり、仏、衆祐（多くの者を救う者）と呼ばれる。彼はこの世において、天、魔、梵天、沙門、バラモン、人間から天人に至るまで、自ら知り自ら悟り、自ら証明してその境地に遊ばれる。彼の説く教えは、初めも素晴らしく、中も素晴らしく、終わりもまた素晴らしく、意味があり言葉も適切であり、完全に清らかで、清らかな行いを明らかに示している。もし如来、無所著、等正覚にまみえ、敬い尊び礼拝し、供養しお世話することができるならば、それは実に大きな善き利益を得ることとなる。私たちも共に、かの沙門ゴータマのもとへ参り、礼拝し供養しようではないか。」

彼彌薩羅梵志、居士各與等類眷屬相隨，從彌薩羅出，北行至大天㮈林，欲見世尊禮拜供養。往詣佛已，或有彌薩羅梵志、居士稽首佛足，却坐一面，或有與佛共相問訊，却坐一面，或有叉手向佛，却坐一面，或有遙見佛已，默然而坐。彼彌薩羅梵志、居士各各坐已，佛為說法，勸發渴仰，成就歡喜，無量方便為彼說法，勸發渴仰，成就歡喜已，默然而住。

> ミサーラ国のバラモンや在家者は、それぞれの仲間や家族を連れて、ミサーラを出発し、北へ向かって大天のネムの林に到着しました。それは、世尊にお目にかかり、礼拝し、供養するためでした。 彼らが仏のもとへ赴くと、あるミサーラ国のバラモンや在家者は、仏の足に額を付けて礼拝し、その後、一方に座りました。また、ある者は仏と互いに安否を尋ね合い、一方に座りました。また、ある者は合掌して仏に向かい、一方に座りました。また、ある者は遠くから仏を見て、黙って座りました。 こうしてミサーラ国のバラモンや在家者がそれぞれ座ると、仏は彼らのために法を説き、教えを渇望させ、歓喜を成就させました。無量の方便を用いて彼らのために法を説き、教えを渇望させ、歓喜を成就させた後、仏は黙っておられました。

梵志梵摩聞沙門瞿曇釋種子捨釋宗族，出家學道，遊行鞞陀提國，與大比丘眾俱，展轉來至此彌薩羅國，住大天㮈林。彼沙門瞿曇有大名稱，周聞十方，彼沙門瞿曇如來、無所著、等正覺、明行成為、善逝、世間解、無上士、道法御、天人師，號佛、眾祐。彼於此世，天及魔、梵、沙門、梵志，從人至天，自知自覺，自作證成就遊。彼說法，初妙、中妙、竟亦妙，有義有文，具足清淨，顯現梵行。若有見如來、無所著、等正覺，敬重禮拜，供養承事者，快得善利，我寧可往見沙門瞿曇！禮拜供養。

> ある時、バラモンのバンマは、修行者ゴータマ――すなわち釈迦族の出身でありながら、その一族を捨てて出家し、修行の道に入った方――が、大勢の比丘たちと共にヴェーデーイ国を旅して、このミサーラ国に到着し、大いなるタマリンドの林に滞在していると聞きました。 「あの修行者ゴータマは、広く名高い方で、その名は十方に響き渡っている。かの修行者ゴータマは、如来（如実に来たる者）、無所著（執着なき者）、等正覚（正しく覚りを開いた者）、明行成為（知と行とが完成した者）、善逝（善く逝く者）、世間解（世間を理解する者）、無上士（この上ない者）、道法御（道を調御する者）、天人師（天と人の師）、仏（目覚めた方）、衆祐（衆生の救い主）と呼ばれる。この方は、この世において、天・魔・梵天・沙門・バラモン・人・天を含む全ての者たちの中で、自ら知り、自ら覚り、自ら実証して、その境地に安住しておられる。この方が説く教えは、初めも善く、中も善く、終わりも善く、意味と表現を備え、完全に清らかであり、清らかな行い（梵行）を明らかに示している。 もし、このような如来・無所著・等正覚にまみえ、敬い、礼拝し、供養し、お世話することができるならば、それは素晴らしい利益をもたらすであろう。ならば私は、あの修行者ゴータマのもとへ参り、礼拝し、供養しよう。」

梵志梵摩告御者曰：「汝速嚴駕！我今欲往詣沙門瞿曇！」

> 梵志の梵摩が馭者に告げた。「すぐに車の準備をしなさい。私は今、沙門ゴータマのもとへ参りたいのだ。」

御者受教，即速嚴駕訖，還白曰：「嚴駕已畢，尊自知時。」於是，梵摩乘極賢妙車，從彌薩羅出，北行至大天㮈林，欲見世尊禮拜供養。

> 御者は教えの通りに、素早く車の準備を整え、戻って申し上げた。 「準備は整いましてございます。お覚悟のほど、お決めくださいませ。」 そこで梵摩は、この上なく賢く美しい車に乗り、弥薩羅から出発して北へ大きな天の柰林へと向かい、世尊にお目にかかり、礼拝し、供養したいと望んだのである。

爾時，世尊在無量眾前後圍繞而為說法，梵志梵摩遙見世尊在無量眾前後圍繞而為說法，見已，恐怖。於是，梵摩即避在道側，至樹下住，告一摩納：「汝往詣彼沙門瞿曇，為我問訊聖體康強，安快無病，起居輕便，氣力如常耶？作如是語：『瞿曇！我師梵摩問訊聖體康強，安快無病，起居輕便，氣力如常耶？瞿曇！我師梵摩欲來見沙門瞿曇！』」

> その時、世尊は無数の人々に囲まれて説法をしておられた。梵志の梵摩は、世尊が無数の人々に囲まれて説法をされているのを遠くから見て、恐れを抱いた。そこで梵摩はすぐに道の端に寄り、木の下に立って、一人の若い修行者に告げた。「あの沙門ゴータマのところに行き、私の代わりにこう伝えてほしい。『聖体はお健やかでいらっしゃいますか。安らかで快適に過ごされ、病もなく、起居もなめらかで、気力はいつも通りでいらっしゃいますか』と。またこうも言いなさい。『ゴータマよ、私の師である梵摩が、沙門ゴータマにお会いしたいと申しております』とな。」

於是，摩納即受教行，往詣佛所，共相問訊，却坐一面，白曰：「瞿曇！我師梵摩問訊聖體康強，安快無病，起居輕便，氣力如常耶？瞿曇！我師梵摩欲來見沙門瞿曇！」

> そこで、マーナは教えの通りに行動し、仏のもとへ向かいました。互いにあいさつを交わした後、片側に座ってこう言いました。「ゴータマよ、私の師である梵摩がお見えになり、お体が健やかで、安楽で病なく、起居が軽やかで気力が普段通りであるかと伺っております。ゴータマよ、私の師・梵摩は沙門ゴータマにお会いしたいと望んでおります。」

世尊告曰：「摩納！令梵志梵摩安隱快樂，令天及人、阿修羅、揵沓惒、羅剎及餘種種身安隱快樂。摩納！梵志梵摩欲來隨意。」

> 世尊はおっしゃいました。「マーナよ、バラモンのバラモーに安らぎと幸せがありますように。天の人々、人間、アスラ、ガンダルヴァ、羅刹、そしてその他の様々な存在にも安らぎと幸せがありますように。マーナよ、バラモンのバラモーは、望むならいつでもおいでください。」

於是，摩納聞佛所說，善受善持，即從坐起，繞佛三匝而去，還詣梵志梵摩所，白曰：「尊！我已通沙門瞿曇，彼沙門瞿曇今住待尊，唯尊知時。」

> そこで、モーリヤ青年は仏の教えを聞き、よく理解し、よく心に留めて、すぐに席を立ち、仏の周りを三度回ってから去り、バラモンのバンマのもとへ戻り、こう申し上げた。「尊敬する方よ。私はすでに修行者ゴータマのもとへ参りました。その修行者ゴータマは今、あなたをお待ちしています。どうか、ご都合の良い時にお越しくださいませ。」

梵志梵摩即從車下，步詣佛所。彼眾遙見梵志梵摩來，即從座起，開道避之。所以者何？以有名德及多識故。

> バラモンの梵摩（ぼんま）はすぐに車から降りて、歩いて仏のもとへ向かった。彼の一行は遠くから梵摩が来るのを見ると、すぐに席を立って道を開け、避けた。なぜなら、彼には名声と徳があり、また見識が広いからである。

梵志梵摩告彼眾曰：「諸賢！各各復坐，我欲直往見沙門瞿曇。」於是，梵摩往詣佛所，共相問訊，却坐一面。

> バラモンのバンマは弟子たちにこう告げました。「皆さん、それぞれお座りください。私は直接、修行者ゴータマに会いに行こうと思います。」そこで、バンマは仏のもとへ赴き、互いに挨拶を交わし、片隅に座りました。

爾時，梵摩不壞二根，眼根及耳根。梵志梵摩坐已，諦觀佛身三十二相，彼見三十相，於二相有疑，陰馬藏及廣長舌。梵志梵摩即時以偈問世尊曰：

> その時、梵摩は二つの感官（眼根と耳根）に障害がありました。しかし彼が座ると、仏陀の身に備わる三十二の瑞相を詳しく観察しました。三十の相ははっきりと見えましたが、二つの相（陰馬蔵と広長舌）については疑念を抱きました。そこで梵摩は即座に偈を以て世尊に問いかけました。

「如我昔曾所聞， 三十二大人相，於中求不見二， 尊沙門瞿曇身。為有陰馬藏不？ 一切人尊深密，云何為人最尊， 不現視微妙舌？若尊有廣長舌， 唯願令我得見，今實有疑惑心， 願調御決我疑。」

> 「かくのごとく、私はかつて聞き及んだことがある。 三十二の大人の相（すぐれた身体的特徴）があると。 その中で、二つがそろっているのを見たことがない。 尊い沙門（修行者）ゴータマのからだには。 あるいは、陰馬蔵（隠れた器官）はおありなのか？ すべての人々の尊い方、その奥深きお姿を。 いかにして、人々の最たる方とおなりになったのか？ 微細で見事な舌（みごとな知恵の舌）をお見せにならないのか。 もし尊き方に広長舌（大きく長い舌）がおありならば、 どうか私にもそれを見せてくださいませ。 今まさに、私は疑いの心を抱いております。 どうか調御（導き手）よ、この疑いを解いてくださいませ。」

世尊作是念：「此梵志梵摩求我身三十二相，彼見三十，於二有疑，陰馬藏及廣長舌，我今寧可除彼疑惑。」世尊知已，作如其像如意足，作如其像如意足已，梵志梵摩見世尊身陰馬藏及廣長舌，於中廣長舌者，舌從口出，盡覆其面。世尊止如意足已，為梵志梵摩說此頌曰：

> 世尊はこうお考えになった。「この婆羅門の梵摩は、私の身にある三十二の相を求めている。彼は三十の相を見たが、二つについては疑いを抱いている。すなわち、陰馬蔵と広長舌である。今こそ、その疑惑を除いてやろう。」そう思われて、世尊はそのような神通力（如意足）を示された。神通力を示された後、婆羅門の梵摩は、世尊の御身に陰馬蔵と広長舌があるのを見た。その中で、広長舌とは、舌を口から出して、顔全体を覆い尽くすほどのものであった。世尊が神通力を収められると、梵摩のために次の偈を説かれた。

「謂汝昔曾所聞， 三十二大人相，彼一切在我身， 滿具足最上正。調御斷於我疑， 梵志發微妙信。至難得見聞， 最上正盡覺。出世為極難， 最上正盡覺，梵志我正覺， 無上正法王。」

> 私はかつて聞いた、世に語り継がれる三十二の大人の相。 そのすべてが、この私の身に、完全に備わり、最も優れている。 調御者は私の疑いを断ち、清らかな志は微細な信を発する。 得難く、見聞きするのも難しい、この上なく正しい覚り。 この世に現れることは極めて稀な、最上の正しい覚り。 清らかな志よ、私は正しく覚った。この上なく正しい法の王である。

梵志梵摩聞已，而作是念：「此沙門瞿曇成就三十二大人之相，謂成就大人相者，必有二處真諦不虛。若在家者，必為轉輪王，聰明智慧，有四種軍，整御天下。如法法王成就七寶，彼七寶者，輪寶、象寶、馬寶、珠寶、女寶、居士寶、主兵臣寶，是謂為七。千子具足，顏貌端政，勇猛無畏，能伏他眾，彼必統領此一切地乃至大海，不以刀杖，以法教令，令得安隱。若剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道者，必得如來、無所著、等正覺，名稱流布，周聞十方。」

> 梵摩というバラモンはこれを聞いて、こう考えた。「この沙門ゴータマは、三十二の大人の相を備えておられる。大人の相を備えた者には、必ず二つの真実の道があり、虚偽ではない。在家すれば、必ず転輪聖王となり、聡明で智慧があり、四種の軍団を擁して天下を統べる。正法に基づく法王として、七つの宝を成就する。その七宝とは、輪宝、象宝、馬宝、宝玉、女宝、居士宝、主兵臣宝である。そして、千人もの子に恵まれ、容貌は端正で、勇猛果敢、恐れることなく、他の群衆を従わせる。彼は必ずこの大地すべて、大海に至るまでを支配し、刀や杖を用いることなく、法によって教え、人々を安らかにする。もし髪やひげを剃り、袈裟衣をまとい、深い信仰心から家を捨て、無一物の修行者となれば、必ず如来・無所著・等正覚となり、その名は広く十方に響き渡るであろう。」

於是，世尊而作是念：「此梵志梵摩長夜無諛諂、無欺誑，所欲所問者，一切欲知非為觸嬈，彼亦如是，我寧可說彼甚深阿毘曇。」世尊知已，為梵志梵摩即說頌曰：

> そこで、世尊はこうお思いになった。「このバラモン、梵摩は長い間、偽りや欺きがなく、求め、問うことは、すべて知ろうとしてであって、私を悩ませようとするのではない。そのような彼には、私はこの深遠な阿毘曇を説こう。」そう思って、世尊はバラモン梵摩に、即座に次の偈を説かれた。

「現世樂法故， 饒益為後世，梵志汝問事， 隨本意所思。彼彼諸問事， 我為汝斷疑。」世尊已許問， 梵志梵摩故，便問世尊事， 隨本意所思：「云何為梵志， 三達有何義？以何說無著， 何等正盡覺？」

> 「現世の安楽のために、後世の利益となるように。 ヴェーダ学者よ、あなたが尋ねた事柄について、あなたの本来の考えに従って答えよう。 あなたが問う様々な疑問を、私は解き明かしてあげよう。」 世尊が質問をお許しになったので、ヴェーダ学者の梵摩は、 自らの思いに従って、世尊に問いかけた。 「何をもってヴェーダ学者とするのか。三つの達し方（三達）にはどのような意味があるのか。 何をもって執著なき者と言うのか。どのような者が正しく完全な悟りを得たのか。」

爾時，世尊以頌答曰：

> その時、世尊は詩をもって答えて言いました。

「滅惡不善法， 立住擇梵行，修習梵志正， 以此為梵志。明達於過去， 見樂及惡道，得無明盡說， 知是立牟尼。善知清淨心， 盡脫婬怒癡，成就於三明， 以此為三達。遠離不善法， 正住第一義，第一世所敬， 以此為無著。饒益天及人， 與眼滅壞諍，普知現視盡， 以此正盡覺。」

> 悪しき不善の法を滅ぼし、 清らかな行いを確かに住まわせ、 正しい修行者（梵志）の道を修めること、 これをもって「梵志」と為す。 過去を明らかに知り、 楽しい道と悪い道とを見極め、 無明が尽きたことを説き得て、 これを知る者を「牟尼（聖者）」と立てる。 清らかな心をよく知り、 貪り・怒り・愚かさから完全に解脱し、 三つの明らかな智慧を成就すること、 これをもって「三達（三明の達者）」と為す。 不善の法から遠く離れ、 最高の真理に正しく住まり、 世の中で最も尊敬される者、 これをもって「無著（執着なき者）」と為す。 天と人とを益し、 眼を与えて争いを滅ぼし、 あまねく知り、現に見て尽くすこと、 これをもって「正しく完全に目覚めた者」と為す。

於是，梵摩即從座起，欲稽首佛足，彼時大眾同時俱發高大音聲：「沙門瞿曇甚奇！甚特！有大如意足，有大威德，有大福祐，有大威神。所以者何？此彌薩羅國所有梵志、居士者，梵志梵摩於彼最第一，謂出生故。梵志梵摩為父母所舉，受生清淨，乃至七世父母不絕種族，生生無惡，彼為沙門瞿曇極下意尊敬作禮，供養奉事。沙門瞿曇甚奇！甚特！有大如意足，有大威德，有大福祐，有大威神。所以者何？此彌薩羅國所有梵志、居士者，梵志梵摩於彼最第一，謂學書故。梵志梵摩博聞總持，誦過四典經，深達因、緣、正、文、戲五句說。彼為沙門瞿曇極下意尊敬作禮，供養奉事。

> そこで梵摩が即座に座を立ち、仏の足に礼拝しようとしたところ、その時、大衆が一斉に高い声を発して言った。 「沙門ゴータマは実に稀有であり、特別な方である。大いなる神通力、大いなる威徳、大いなる福徳、大いなる威神力を持っておられる。なぜなら、このミサーラ国のすべてのバラモンや在家信者の中で、梵志梵摩が最も第一とされるのは、その出自によるからである。梵志梵摩は父母によって育てられ、清らかな生を受け、七代にわたる父母に至るまで、一族の血筋が絶えることなく、代々悪を行うことがなかった。そのような彼が、沙門ゴータマに対して深く心を低くし、敬意を表して礼拝し、供養し、仕えているのだ。 沙門ゴータマは実に稀有であり、特別な方である。大いなる神通力、大いなる威徳、大いなる福徳、大いなる威神力を持っておられる。なぜなら、このミサーラ国のすべてのバラモンや在家信者の中で、梵志梵摩が最も第一とされるのは、その学識によるからである。梵志梵摩は広く学問を聞き、すべてを記憶し、四つの経典を読誦し、因、縁、正、文、戯の五つの句説を深く理解している。そのような彼が、沙門ゴータマに対して深く心を低くし、敬意を表して礼拝し、供養し、仕えているのだ。」

「沙門瞿曇甚奇！甚特！有大如意足，有大威德，有大福祐，有大威神。所以者何？此彌薩羅國所有梵志、居士者，梵志梵摩於彼最第一，謂財物故。梵志梵摩極大富樂，資財無量，畜牧產業不可稱計，封戶食邑種種具足食豐，彌薩羅乃至水草木，謂王摩竭陀未生怨鞞陀提子特與梵封，彼為沙門瞿曇極下意尊敬作禮，供養奉事。沙門瞿曇甚奇！甚特！有大如意足，有大威德，有大福祐，有大威神。所以者何？此彌薩羅國所有梵志、居士者，梵志梵摩於彼最第一，謂壽命故。梵志梵摩極大長老，壽命具足，年百二十六，彼為沙門瞿曇極下意尊敬作禮，供養奉事。」

> 「沙門ゴータマは、実に驚くべき方だ。並外れた方だ。大きな自在力をお持ちで、大きな威徳があり、大きな福徳があり、大きな神力がある。なぜかというと、このミサーラ国のすべてのバラモンや在家者たちの中で、バラモンのバラモーが最も第一とされているのは、財物の点においてだ。バラモンのバラモーは、非常に裕福で安楽に暮らし、財産は限りなく、家畜や産業は計り知れず、領地や封戸も十分に揃い、食物も豊かであり、ミサーラの水や草木に至るまで、マガダ王のアジャータサットゥ・ヴェーデーヒープトラが特にバラモーに封を与えたほどだ。その彼が、沙門ゴータマに対して、極めて謙虚に敬意を表し、礼拝し、供養し、お仕えしている。沙門ゴータマは、実に驚くべき方だ。並外れた方だ。大きな自在力をお持ちで、大きな威徳があり、大きな福徳があり、大きな神力がある。なぜかというと、このミサーラ国のすべてのバラモンや在家者たちの中で、バラモンのバラモーが最も第一とされているのは、寿命の点においてだ。バラモンのバラモーは、非常に高齢で、寿命が十分に満ちており、年は百二十六歳である。その彼が、沙門ゴータマに対して、極めて謙虚に敬意を表し、礼拝し、供養し、お仕えしているのである。」

是時，世尊以他心智知彼大眾心之所念，世尊知已，告梵志梵摩：「止！止！梵志！但心喜足，可還復坐，為汝說法。」

> そのとき、世尊は他者の心を知る智慧によって、その大衆の心に思うところをお見通しになり、それを知って、バラモンのバンマに告げられました。「やめなさい、やめなさい、バンマよ。ただ心に喜び満ち足りて、再び座に戻りなさい。あなたのために法を説きましょう。」

梵志梵摩稽首佛足，却坐一面，世尊為彼說法，勸發渴仰，成就歡喜。無量方便為彼說法，勸發渴仰，成就歡喜已，如諸佛法，先說端政法，聞者歡悅，謂說施、說戒、說生天法，毀呰欲為災患，生死為穢，稱嘆無欲為妙，道品白淨。為說是已，佛知彼有歡喜心、具足心、柔軟心、堪耐心、昇上心、一向心、無疑心、無蓋心，有能有力受佛正法，謂如諸佛所說正要，世尊具為彼說苦、習、滅、道。梵志梵摩即於座上見四聖諦，苦、習、滅、道，猶如白素，易染為色。如是梵摩即於座上見四聖諦，苦、習、滅、道。

> 梵摩というバラモンが、仏の足に頭を付けて礼拝し、後ろに下がって一方に座った。 そこで世尊は彼のために法を説き、信心への憧れを促し、喜びを成就させられた。無量の方便をもって彼のために法を説き、信心への憧れを促し、喜びを成就させられた後、諸仏の法の慣わしに従って、まず端正な初歩の法を説かれた。それを聞いた者は皆、喜びに満ちた。すなわち、施しについて説き、戒めについて説き、天に生まれる法について説き、欲望は災いのもとであり、生死は穢れたものであると非難し、無欲の素晴らしさを褒め称え、悟りへの道の清らかさを称賛された。このように説き終えられた時、仏は彼に喜ぶ心、満足した心、柔らかな心、耐え忍ぶ心、向上する心、ひたすらな心、疑いのない心、覆いのない心があり、仏の正しい法を受け入れる力と能力があることを知られた。そこで、諸仏が説く要の法に従って、世尊は彼のために苦しみ、苦しみの原因、苦しみの滅尽、そして滅尽に至る道の四つの真理を詳しく説かれた。 バラモンの梵摩は、その場に居ながらにして四つの聖なる真理、すなわち苦しみ、苦しみの原因、苦しみの滅尽、滅尽に至る道を観た。まるで白い布がすぐに染められるように、梵摩はその場で四つの聖なる真理をはっきりと見極めたのである。

於是，梵摩見法得法，覺白淨法，斷疑度惑，更無餘尊，不復由他，無有猶豫，已住果證，於世尊法得無所畏，即從座起，稽首佛足：「世尊！我今自歸於佛、法及比丘眾，唯願世尊受我為優婆塞，從今日始，終身自歸，乃至命盡。」

> そこで、ヴァーマは法を見出し、法を得て、清らかな白い法を覚り、疑いを断ち、惑いを超え、他の尊者はなく、他者に依ることもなく、ためらいのない状態となり、すでに果証に住し、世尊の法において無所畏を得た。そこで座から立ち上がり、仏の足に礼拝して言った。「世尊よ、私は今、自ら仏・法・比丘僧伽に帰依します。どうか世尊、私を優婆塞（在家信者）としてお受け入れください。今日より始めて、命の終わるまで自ら帰依し続けます。」

時，梵志梵摩叉手向佛，白曰：「世尊！唯願明日垂顧受請，及比丘眾。」世尊為梵志梵摩故，默然而受。

> その時、バラモンの梵摩は合掌して仏に礼をし、こう申し上げました。「尊いお方よ、どうか明日、お越しいただき、私の施しをお受け入れください。比丘たちもお連れください。」 世尊はバラモンの梵摩のために、沈黙をもってその招きをお受けになりました。

梵志梵摩知世尊默然受已，稽首佛足，繞三匝而去，還歸其家。即於其夜施設餚饌極妙上味、種種豐饒食噉含消，施設已訖，平旦敷床，至時唱曰：「世尊！飯食已辦，唯聖知時。」

> バラモンの梵摩は、世尊が黙って招きをお受けになったことを知り、仏の足に頭を触れて礼拝し、三度右に巡ってから家に帰った。そしてその夜のうちに、極上の味わいの料理や様々な豊かな食べ物・飲み物を準備し終えた。明け方に座席を整え、食事の時間になるとこう告げた。「世尊よ、食事の準備が整いました。どうかお越しくださいませ。」

於是，世尊過夜平旦，著衣持鉢，比丘翼從，世尊在前，往詣梵志梵摩家，於比丘眾前敷座而坐。梵志梵摩知世尊及比丘眾眾坐已定，自行澡水，以上味餚饌、種種豐饒食噉含消，自手酙酌，令極飽滿，食訖收器，行澡水竟，取一小床，坐受呪願。

> そこで、世尊は夜が明けて朝になると、衣を着て鉢を持ち、比丘たちが両側に従い、世尊が先頭に立って、バラモンの梵摩の家に向かわれました。そして比丘僧伽の前に座を設けてお座りになりました。バラモンの梵摩は、世尊と比丘僧伽が座を整えられたのを知り、自ら手を洗う水を用意し、最上の美味なる料理、さまざまな豊かな食べ物や飲み物を、自らの手で注ぎ分けて、皆が十分に満ち足りるようにしました。食事が終わり器を片付け、手を洗う水を用意し終えると、小さな腰掛けを取り、座って祝福の言葉を聞こうとしました。

梵志梵摩坐已，世尊為彼說呪願曰：

> バラモンのバンマが座ると、世尊は彼のために祝福の祈りを唱えました。

「呪火第一齋， 通音諸音本，王為人中尊， 海為江河長，月為星中明， 明照無過日，上下維諸方， 及一切世間，從人乃至天， 唯佛最第一。」

> 「呪火（じゅか）のなかでは斎戒（さいかい）が第一であり、あらゆる音の中では根本の音（オン）が通じる源です。 王様は人々の中で最も尊く、海は川や河の中で最も大きなものです。 月は星々の中で最も明るく、日の明るさにまさる光はありません。 上下・東西・南北のあらゆる方角、そしてすべての世の中において、 人間から天の神々に至るまで、ただ仏だけが最もすぐれた存在なのです。」

於是，世尊為梵志梵摩說呪願已，從座起去，彌薩羅國住經數日，攝衣持鉢，則便遊行至舍衛國，展轉前進，到舍衛國，住勝林給孤獨園。於是，眾多比丘舍衛乞食時，聞彼彌薩羅梵志梵摩以偈問佛事，彼便命終。諸比丘聞已，食訖，中後收舉衣鉢，澡洗手足，以尼師檀著於肩上，往詣佛所，稽首作禮，却住一面，白曰：「世尊！我等眾多比丘平旦著衣，持鉢入舍衛乞食時，聞彼彌薩羅梵志梵摩以偈問佛事，彼便命終。世尊！彼至何處，為生何許，後世云何？」

> そこで、世尊はバラモンの梵摩のために祝祷を捧げ、坐を立って去られた。ミサーラ国に数日滞在された後、衣を整え鉢を持ち、遊行して舎衛国へと向かわれた。順に進み進み、舎衛国に到り、勝林給孤独園に滞在された。 さて、多くの比丘たちが舎衛国で乞食をしていた時に、あのミサーラ国のバラモン梵摩が偈をもって仏に質問したことを聞き、彼が亡くなったということを耳にした。比丘たちはこれを聞き、食事を終え、午後になって衣と鉢を納め、手足を洗い清め、尼師檀を肩にかけて、仏の元へ赴いた。仏の御足に頭を付けて礼拝し、脇に退いて立ち、こう申し上げた。 「世尊よ、私たち多くの比丘が早朝に衣を着け、鉢を持って舎衛国に入り乞食をしていた時に、あのミサーラ国のバラモン梵摩が偈をもって仏に質問したことを聞き、彼が亡くなったと知りました。世尊よ、彼はどこへ行ったのでしょうか。どのような場所に生まれたのでしょうか。その来世はどのようでございましょうか。」

世尊答曰：「比丘！梵志梵摩極有大利，最後知法，為法故不煩勞我。比丘！梵志梵摩五下分結盡，生彼得般涅槃，得不退法，不還此世。」爾時，世尊記說梵摩得阿那含。

> 世尊はお答えになりました。「比丘よ、梵志の梵摩には非常に大きな利益がある。ついに法を悟り、法のために私を煩わせることはない。比丘よ、梵志の梵摩は五下分結を尽くし、そこに生まれて完全な涅槃に入り、退くことのない法を得て、この世に戻ることはない。」そのとき、世尊は梵摩が阿那含（不還）の位に達したと授記されました。

佛說如是。梵志梵摩及諸比丘，聞佛所說，歡喜奉行。

> 仏はこのように説かれた。バラモンの梵摩と比丘たちは、仏の説法を聞いて、喜び、その教えの通りに実践した。

梵摩經第十竟六千七百七十六字

> 梵摩経 第十（終わり）

## 中阿含經卷第四十一六千七百七十六字中阿含梵志品第一竟三萬四百五十四字

> 中阿含経 巻第四十一<note>六七七六字</note>