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title: "中阿含經 · 166 釋中禪室尊經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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### （一六六）中阿含根本分別品釋中禪室尊經第五第四分別誦

> （一六六）中阿含根本分別品 釋中禪室尊経 第五<note>第四分別誦</note>

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊舍衛國，在勝林給孤獨園。

> ある時、お釈迦さまは舎衛国に滞在され、勝林給孤独園におられました。

爾時，尊者盧夷強耆遊於釋中，在無事禪室。於是，尊者盧夷強耆夜將向旦，從彼禪室出，在露地禪室蔭中，於繩床上敷尼師檀，結跏趺坐。

> その時、尊者ルイ・キョウギは釈迦族の地に滞在し、静かな瞑想の部屋で過ごしていました。夜が明けようとする頃、尊者はその瞑想の部屋から出て、野外の瞑想場所の日陰にある縄の寝台の上に座布団を敷き、足を組んで座りました。

爾時，有一天形體極妙，色像巍巍，夜將向旦，往詣尊者盧夷強耆所，稽首作禮，却住一面。彼天色像威神極妙，光明普照於其禪室。彼天却住於一面已，白尊者盧夷強耆曰：「比丘！受持跋地羅帝偈及其義耶？」

> その時、一人の天人がいました。その姿は極めて美しく、輝きは荘厳で、夜が明けようとする頃、尊者ルイ・キョウギ（盧夷強耆）のもとを訪れ、頭を下げて礼をし、その場に立ち止まりました。その天人の姿と輝きは神々しく、その光は禅の部屋全体を照らしました。その天人は一方に立ってから、尊者ルイ・キョウギにこう尋ねました。「比丘よ、あなたは『跋地羅帝偈』とその意味を心に留めて受け継いでいますか？」

尊者盧夷強耆答彼天曰：「我不受持跋地羅帝偈，亦不受義。」

> ルイキョウギ尊者はその天に答えました。「私は跋地羅帝の偈（うた）を暗唱しておらず、その意味も身に受けていません。」

尋問彼天：「汝受持跋地羅帝偈及其義耶？」

> かの天に尋ねて言う、「あなたは、跋地羅帝（はっちらたい）の偈とその意味とを、しっかりと受け持っているか？」

彼天答曰：「我受持跋地羅帝偈，然不受義。」

> その天は答えた。「私は跋地羅帝の偈を暗唱していますが、その意味は理解していません。」

尊者盧夷強耆復問彼天：「云何受持跋地羅帝偈而不受義耶？」

> 尊者ルイキョウキがその天に尋ねました。「どのようにして跋地羅帝の偈を受持しながら、その意味を受け取らないのでしょうか？」

彼天答曰：「一時，世尊遊王舍城，住竹林迦蘭哆園。爾時，世尊為諸比丘說跋地羅帝偈：

> お釈迦様はお答えになりました。「かつて、世尊は王舎城に滞在され、竹林の迦蘭陀園にお住まいになりました。そのとき、世尊は比丘たちに『跋地羅帝（ばっちらたい）の偈』を説かれました。」

「『慎莫念過去， 亦勿願未來，過去事已滅， 未來復未至。現在所有法， 彼亦當為思，念無有堅強， 慧者覺如是。若學聖人行， 孰知愁於死，我要不會彼， 大苦災患終。如是行精勤， 晝夜無懈怠，是故常當說， 跋地羅帝偈。』

> 「『過去にこだわるな。 未来を願うな。 過ぎ去ったことはすでに消え、 未来はまだ来ていない。 今、ここにあるものごとを、 よくよく観察せよ。 移り変わってとどまらないと知り、 賢者はそのように悟る。 聖者の道を学ぶ者なら、 だれが死を悲しむだろうか。 私は苦しみの終わりという 大いなる災いには遭わない。 このように昼夜を問わず、 怠りなく励みなさい。 それゆえに常に説くのだ、 跋地羅帝の偈を。』」 （注：この偈は「最上の夜」という意味を持つ「跋地羅帝（バッデーカラッタ）」の教えです。過去や未来に心を奪われず、今この瞬間を大切に生きることの大切さを説いています。）

「比丘！我如是受持跋地羅帝偈，不受持義。」

> 「比丘たちよ、私はこうして跋地羅帝の偈を覚えてはいるが、その意味を理解していないのです。」

尊者盧夷強耆復問彼天：「誰受持跋地羅帝偈及其義耶？」

> ルイキョウギ尊者がその天に尋ねました。「跋地羅帝の偈とその意味を、一体誰が受持しているのですか？」

彼天答曰：「佛遊舍衛國，在勝林給孤獨園，彼受持跋地羅帝偈及其義也。比丘！可往面從世尊，善受持誦跋地羅帝偈及其義也。所以者何？跋地羅帝偈及其義者，有義有法，為梵行本，趣智、趣覺、趣於涅槃，族姓者至信、捨家、無家、學道，當以跋地羅帝偈及其義善受持誦。」彼天說如是，稽首尊者盧夷強耆足，繞三匝已，即彼處沒。

> 仏陀はお答えになった。「私は舎衛国に滞在し、勝林給孤独園にいた際に、跋地羅帝の偈とその意味を読み聞かせたのだ。比丘よ、あなたは世尊のもとに直接赴き、その跋地羅帝の偈と意味をよく理解し、心に留めなさい。なぜならば、跋地羅帝の偈とその意味には、深い道理と教えが含まれており、清らかな修行の基本となるからです。それは智慧へ、目覚めへ、そして涅槃へと導くものです。良家の子弟が信仰によって家を捨て、修行の道に入るならば、この跋地羅帝の偈とその意味をよく理解し、心に留めなければなりません。」 その天はそう語り終えると、尊者ルイキャンキの足に敬礼し、三度右回りに巡ってから、その場で消え去った。

天沒不久，於是，尊者盧夷強耆在釋中受夏坐訖。過三月已，補治衣竟，攝衣持鉢，往詣舍衛國，展轉進前，至舍衛國，住勝林給孤獨園。

> 天が明けて間もなく、尊者ルーヤ・ギャンキは釈迦族の間で夏の修行期間を終えました。三か月が過ぎ、衣を補修し終えて、衣と鉢を整え、舎衛国へ向かいました。途中を経て、舎衛国に到着し、勝林給孤独園に滞在しました。

爾時，尊者盧夷強耆往詣佛所，稽首作禮，却坐一面，白曰：「世尊！我一時遊於釋中，在無事禪室。世尊！我於爾時夜將向旦，從彼禪室出，在露地禪室蔭中，於繩床上敷尼師檀，結跏趺坐。爾時，有一天形體極妙，色像巍巍，夜將向旦，來詣我所，稽首作禮，却住一面。彼天色像威神極妙，光明普照於其禪室。彼天却住於一面已，而白我曰：『比丘！受持跋地羅帝偈及其義耶？』我答彼天：『不受持跋地羅帝偈，亦不受義。』尋問彼天：『汝受持跋地羅帝偈及其義耶？』彼天答曰：『我受持跋地羅帝偈，然不受義。』我復問天：『云何受持󰍑地羅帝偈而不受義耶？』天答我曰：『一時，佛遊王舍城，住竹林迦蘭哆園。爾時，世尊為諸比丘說跋地羅帝偈：

> ある時、尊者ルイキョクゴウは仏のもとへ赴き、頭を地につけて礼拝し、一方に座って申し上げた。「世尊よ、私はかつて釈迦族の地で、無事の静かな禅の部屋で過ごしていました。世尊よ、その時、夜が明けようとする頃、私はその禅室から出て、露地の禅室の陰で、縄の上に座布団を敷き、結跏趺坐をしていました。 すると、ある天が現れました。その姿は非常に美しく、威光は高く、夜の明け方に私のところへ来て、頭を下げて礼拝し、一方に立っていました。その天の姿は威光が極めてすぐれ、光明は禅室全体を照らしました。天は一方に立ったままで、私に言いました。 『比丘よ、あなたは『バドラカラディーの偈』とその意味を受け持っていますか？』 私はその天に答えました。 『私は『バドラカラディーの偈』も、その意味も受け持っておりません。』 そして、その天に尋ねました。 『あなたは『バドラカラディーの偈』とその意味を受け持っていますか？』 天は答えました。 『私は『バドラカラディーの偈』は受け持っていますが、意味は受け持っておりません。』 私はさらに天に問いました。 『どのようにして『バドラカラディーの偈』は受け持ちながら、その意味を受け持たないのですか？』 天は私に答えました。 『ある時、仏は王舎城に滞在し、竹林のカランダカ園に住んでおられました。その時、世尊は諸比丘のために『バドラカラディーの偈』を説かれました。』」

「『「慎莫念過去， 亦勿願未來，過去事已滅， 未來復未至。現在所有法， 彼亦當為思，念無有堅強， 慧者覺如是。若學聖人行， 孰知愁於死，我要不會彼， 大苦災患終。如是行精勤， 晝夜不懈怠，是故常當說， 跋地羅帝偈。」』

> 「“過去を思い焦がれてはならない。 未来を願い望んでもいけない。 過去の出来事はすでに去り、未来はまだ来ていないのだから。 今、目の前にあるものこそ、よくよく観察せよ。 知恵ある人は、このように気づく—— この世のことはすべて、固く執着できるものではないと。 まことの教えを学ぶ人が、死の苦しみに打ちひしがれることなどあるだろうか。 私は、大きな苦しみと災いを招く、あの思いに囚われはしない。 こうして精進し、昼も夜も怠ることなく努めればこそ、 常にこの『跋地羅帝（あらゆる時を自由に生きる者）の偈』を説くのである。」」

「『比丘！我如是受持跋地羅帝偈，不受持義也。』我復問天：『誰受持跋地羅帝偈及其義耶？』天答我曰：『佛遊舍衛國，在勝林給孤獨園，彼受持󰍑地羅帝偈及其義也。比丘！可往面從世尊，善受持誦跋地羅帝偈及其義也。所以者何？跋地羅帝偈及其義者，有義有法，為梵行本，趣智、趣覺、趣於涅槃，族姓者至信、捨家、無家、學道，當以󰍑地羅帝偈及其義善受持誦。』彼天說如是，稽首我足，繞三匝已，即彼處沒。」

> 「比丘よ、私はこのように跋地羅帝の偈を受持したが、その意味は理解していなかったのだ」と語った。 そこで私はその天に尋ねた。「では、誰が跋地羅帝の偈とその意味を受持しているのか？」 天は答えた。「世尊が舎衛国の勝林給孤独園に滞在しておられます。あの方が跋地羅帝の偈とその意味を受持しておられます。比丘よ、ぜひ直接世尊のもとへ行き、その偈と意味をよく受持し、誦習しなさい。なぜなら、跋地羅帝の偈とその意味には、義と法があり、梵行の基盤です。智慧へ向かい、覚りへ向かい、涅槃へと至ります。良家の生まれで、信仰をもって家を出て、無家の道を学ぶ者こそ、跋地羅帝の偈とその意味をよく受持し、誦習すべきなのです。」 その天はそう語り、私の足もとに礼拝し、三度右回りに巡ってから、その場に消え去ったのです。

於是，世尊問尊者盧夷強耆：「汝知彼天從何處來？彼天名何耶？」

> そこで、世尊（仏陀）は尊者ルイキョウギ（盧夷強耆）に尋ねられました。「あなたはあの天人がどこから来たのか知っているか？　あの天人の名は何というのか？」

尊者盧夷強耆答曰：「世尊！我不知彼天從何處來，亦不知名也。」

> 尊者盧夷強耆が答えました。「世尊よ、私はその天がどこから来たのか、その名も知りません。」

世尊告曰：「強耆！彼天子名般那，為三十三天軍將。」

> 世尊はおっしゃいました。「強き者よ。その天人はパーナという名で、三十三天の軍の大将である。」

彼時，尊者盧夷強耆白曰：「世尊！今正是時。善逝！今正是時。若世尊為諸比丘說跋地羅帝偈及其義者，諸比丘從世尊聞已，當善受持。」

> その時、尊者ルイチャンキがおそばに進み出て申し上げました。「世尊よ、今こそその時でございます。善逝よ、今こそその時でございます。どうか世尊が、比丘たちのために『跋地羅帝の偈』とその意味をお説きくださいますなら、比丘たちは世尊のお言葉を聞いて、よく理解し、心に留めるでありましょう。」

世尊告曰：「強耆！諦聽，善思念之，我當為汝廣說其義。」

> 世尊はお告げになりました。「強耆よ、よく聞き、よく考えなさい。あなたのために、その意味を詳しく説きましょう。」

尊者盧夷強耆白曰：「唯然。當受教聽。」

> 尊者ルイキョウシが申し上げた。「はい、謹んで教えを承ります。」

佛言：

> お釈迦さまはおっしゃいました：

「慎莫念過去， 亦勿願未來，過去事已滅， 未來復未至。現在所有法， 彼亦當為思，念無有堅強， 慧者覺如是。若作聖人行， 孰知愁於死，我要不會彼， 大苦災患終。如是行精勤， 晝夜無懈怠，是故常當說， 跋地羅帝偈。

> 過去をむやみに想うな。 未来をあれこれ願うな。 過ぎ去ったことはすでに消え、 未来はまだ来ていないからだ。 いまここにあるものだけを、 しっかりと観察しなさい。 心に留めても、それは確固たらず、 賢者はそのように知るのだ。 もし聖者の道を歩むなら、 だれが死を嘆くだろうか。 私には、そのような大きな苦しみと 災いの終わりは訪れない。 このように精進し、 昼も夜も怠ることなく、 ゆえに常に唱えよ、 この「バッデーカラッタ」の偈を。

「強耆！云何比丘念過去耶？若比丘樂過去色，欲、著、住，樂過去覺、想、行、識，欲、著、住，如是比丘念過去也。強耆！云何比丘不念過去？若比丘不樂過去色，不欲、不著、不住，不樂過去覺、想、行、識，不欲、不著、不住，如是比丘不念過去。強耆！云何比丘願未來耶？若比丘樂未來色，欲、著、住，樂未來覺、想、行、識，欲、著、住，如是比丘願未來也。強耆！云何比丘不願未來？若比丘不樂未來色，不欲、不著、不住，不樂未來覺、想、行、識，不欲、不著、不住，如是比丘不願未來。

> ゴーキヤよ。どのように比丘が過去を思いにとどめるのか？もし比丘が過去の色（物質的なもの）に執着し、愛着し、とどまるなら、また過去の感覚、想い、心の動き、認識に執着し、愛着し、とどまるなら、このように比丘は過去を思いにとどめる。 ゴーキヤよ。どのように比丘が過去を思いにとどめないのか？もし比丘が過去の色に執着せず、愛着せず、とどまらないなら、また過去の感覚、想い、心の動き、認識に執着せず、愛着せず、とどまらないなら、このように比丘は過去を思いにとどめない。 ゴーキヤよ。どのように比丘が未来を願うのか？もし比丘が未来の色に執着し、愛着し、とどまるなら、また未来の感覚、想い、心の動き、認識に執着し、愛着し、とどまるなら、このように比丘は未来を願う。 ゴーキヤよ。どのように比丘が未来を願わないのか？もし比丘が未来の色に執着せず、愛着せず、とどまらないなら、また未来の感覚、想い、心の動き、認識に執着せず、愛着せず、とどまらないなら、このように比丘は未来を願わない。

「強耆！云何比丘受現在法？若比丘樂現在色，欲、著、住，樂現在覺、想、行、識，欲、著、住，如是比丘受現在法。強耆！云何比丘不受現在法？若比丘不樂現在色，不欲、不著、不住，不樂現在覺、想、行、識，不欲、不著、不住，如是比丘不受現在法。」

> 強耆よ。では、比丘がどのようにして現在の法を受けるのか。比丘が現在の色を喜び、欲し、執着し、住するならば、現在の受・想・行・識を喜び、欲し、執着し、住するならば、このように比丘は現在の法を受けるのである。 強耆よ。では、比丘がどのようにして現在の法を受けないのか。比丘が現在の色を喜ばず、欲さず、執着せず、住しないならば、現在の受・想・行・識を喜ばず、欲さず、執着せず、住しないならば、このように比丘は現在の法を受けないのである。

佛說如是。尊者盧夷強耆及諸比丘，聞佛所說，歡喜奉行。

> 仏がこのように説かれた。尊者ルーヒヤンギー（盧夷強耆）や比丘たちは、仏の教えを聞いて、喜び、それに従い実践した。

釋中禪室尊經第五竟千五百三十六字

> 禅の法を説かれた尊者章、第五の章おわり<note>千五百三十六字</note>