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title: "中阿含經 · 167 阿難說經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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### （一六七）中阿含根本分別品阿難說經第六第四分別誦

> （一六七）中阿含根本分別品 阿難説経 第六<note>第四分別誦</note>

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊舍衛國，在勝林給孤獨園。

> ある時、お釈迦さまは舎衛国に滞在され、勝林給孤独園におられました。

爾時，尊者阿難為諸比丘夜集講堂，說跋地羅帝偈及其義也。

> その夜、尊者のアーナンダは比丘たちと講堂に集まり、跋地羅帝の偈とその意味を説きました。

爾時，有一比丘過夜平旦，往詣佛所，稽首作禮，却坐一面，白曰：「世尊！彼尊者阿難為諸比丘夜集講堂，說跋地羅帝偈及其義也。」

> その夜明け前、一人の比丘が仏のもとへ訪れ、頭を地につけて礼をし、片隅に座ってこう申し上げました。 「尊き方よ。尊者アーナンダが昨夜、講堂で比丘たちを集め、『跋地羅帝（バドデーラッタ）の偈』とその意味をお説きになりました。」 （現代語訳注釈なし版）

於是，世尊告一比丘：「汝往至阿難比丘所，作如是語：『阿難！世尊呼汝。』」

> そこで、世尊は一人の比丘に告げられた。「あなたはアーナンダ比丘のところへ行き、こう伝えなさい。『アーナンダよ、世尊があなたを呼んでおられる』と。」

彼一比丘受世尊教，即從座起，稽首佛足，繞三匝而去，往至尊者阿難所而語曰：「世尊呼尊者阿難！」

> その比丘は世尊（ブッダ）の教えを受け、すぐに座を立って、仏の足にひれ伏し、三度右回りに巡りながら去り、尊者アーナンダのもとへ向かい、こう告げました。「世尊が尊者アーナンダをお呼びです。」

尊者阿難即往佛所，稽首作禮，却住一面，世尊問曰：「阿難！汝實為諸比丘夜集講堂，說跋地羅帝偈及其義耶？」

> 尊者アーナンダは仏のもとへ参り、ひれ伏して礼をし、後に一隅に控えていた。世尊がお尋ねになった。「アーナンダよ、おまえは確かに、夜に比丘たちと講堂に集まり、跋地羅帝の偈とその意味について説いたのか？」

尊者阿難答曰：「唯然。」

> 尊者の阿難が答えた。「はい、その通りです。」

世尊問曰：「阿難！汝云何為諸比丘說跋地羅帝偈及其義耶？」

> 世尊がお尋ねになりました。「アーナンダよ、あなたはどのようにして比丘たちに『跋地羅帝の偈』とその意味を説いたのですか。」

尊者阿難即便說曰：

> 尊者阿難がすぐに説かれました。

「慎莫念過去， 亦勿願未來，過去事已滅， 未來復未至。現在所有法， 彼亦當為思，念無有堅強， 慧者覺如是。為作聖人行， 孰知愁於死，我要不會彼， 大苦災患終。如是行精進， 晝夜無懈怠，是故常當說， 跋地羅帝偈。」

> 過去を思いわずらうな 未来を願い求めるな 過去のことはすでに滅び 未来はまだ来ていない 現在あるものごとについても 冷静に観察しなさい その捉えがたいはかない性質を 賢者はこのように見極める この聖者の道を歩む者は どうして死を恐れることがあろう 私は（この真理と）別れない 大いなる苦しみと災いの終わりを こうして昼夜怠ることなく 精進に励みなさい それゆえ常に説かれている 「跋地羅帝（ばっちらてい）」の偈を

世尊即復問曰：「阿難！云何比丘念過去耶？」

> 釈尊はさらに問われた。「阿難よ。どのように比丘が過去を観想するのか。」

尊者阿難答曰：「世尊！若有比丘樂過去色，欲、著、住，樂過去覺、想、行、識，欲、著、住，如是比丘念過去也。」

> 尊者阿難がお答えした。「世尊よ、もし比丘が過去の色（物質的なもの）を愛し、欲し、執着し、とどまるなら、また過去の感受（感覚）、想念（想い）、行（心の働き）、認識（識）を愛し、欲し、執着し、とどまるなら、そのような比丘は過去を思いにとどめるのです。」

世尊即復問曰：「阿難！云何比丘不念過去？」

> 世尊は重ねて問われました。「阿難よ、比丘はいかにして過去を思いにしないのか？」

尊者阿難答曰：「世尊！若比丘不樂過去色，不欲、不著、不住，不樂過去覺、想、行、識，不欲、不著、不住，如是比丘不念過去。」

> 尊者在阿難が答えました。「世尊よ。もし比丘が過去の色（物質的なもの）を好まず、欲せず、執着せず、留まらないならば。また過去の感覚・知覚・意思・認識を好まず、欲せず、執着せず、留まらないならば。そのような比丘は過去を思い悩みません。」

世尊即復問曰：「阿難！云何比丘願未來耶？」

> そこで世尊は阿難に尋ねました。「阿難よ、どのようにして比丘が未来を願うのか？」

尊者阿難答曰：「世尊！若比丘樂未來色，欲、著、住，樂未來覺、想、行、識，欲、著、住，如是比丘願未來也。」

> 尊者アーナンダが答えました。「世尊よ、もし比丘が未来の色（物質）に執着し、それを望み、心をとどめるならば、また未来の感受、知覚、意志、認識に執着し、それを望み、心をとどめるならば、そのように比丘は未来を願っているのです。」

世尊即復問曰：「阿難！云何比丘不願未來？」

> 世尊はさらに阿難に問いかけました。「阿難よ、どのようにして比丘は未来を願い求めないのでしょうか。」

尊者阿難答曰：「世尊！若比丘不樂未來色，不欲、不著、不住，不樂未來覺、想、行、識，不欲、不著、不住，如是比丘不願未來。」

> 尊者アーナンダがお答えしました。「世尊よ、もし比丘が未来の色（物質的なもの）を好まず、欲せず、執着せず、住まないならば、また未来の感受、想念、意志、認識を好まず、欲せず、執着せず、住まないならば、そのように比丘は未来を願わないのです。」

世尊即復問曰：「阿難！云何比丘受現在法？」

> 世尊が再び尋ねました。「阿難よ、どのように比丘が現在の法を受けるのか？」

尊者阿難答曰：「世尊！若比丘樂現在色，欲、著、住，樂現在覺、想、行、識，欲、著、住，如是比丘受現在法。」

> 尊者アーナンダが答えました。「尊き方よ、もし比丘が現在の色（物質）に執着し、それを楽しみ、それに留まり、また現在の感覚、想念、意志、認識にも執着し、それを楽しみ、それに留まるなら、そのような比丘は現在の法を受けているのです。」

世尊即復問曰：「阿難！云何比丘不受現在法？」

> そこで尊師は阿難に尋ねられました。「阿難よ、どのようにして比丘は現在の法に執着しないのでしょうか。」

尊者阿難答曰：「世尊！若比丘不樂現在色，不欲、不著、不住，不樂現在覺、想、行、識，不欲、不著、不住，如是比丘不受現在法。世尊！我以如是為諸比丘夜集講堂，說󰍑地羅帝偈及其義也。」

> 尊者アーナンダはこう答えました。「世尊よ、比丘が現在の色を好まず、望まず、執着せず、とどまらないのであれば、また現在の受・想・行・識を好まず、望まず、執着せず、とどまらないのであれば、そのようにして比丘は現在の法に執着しません。世尊よ、私はこのようにして比丘たちのために夜に講堂に集まり、地羅帝の偈とその意味を説いたのです。」

於是，世尊告諸比丘：「善哉！善哉！我弟子中有眼、有智、有義、有法。所以者何？謂弟子在師面前如是句、如是文廣說此義，實如阿難比丘所說，汝等應當如是受持。所以者何？此說觀義應如是也。」

> そこで、世尊は比丘たちに告げられました。「善いかな、善いかな。私の弟子たちには、眼があり、智慧があり、意義があり、法がある。なぜならば、弟子が師の面前で、このような句、このような文をもって、この義を広く説き、まさに阿難比丘が説いた通りであるからだ。汝らは、このようにして受け持つべきである。なぜならば、この説は、観察すべき義をこのように説くものだからである。」

佛說如是。尊者阿難及諸比丘，聞佛所說，歡喜奉行。

> このように仏は説かれました。尊者アーナンダと諸々の比丘たちは、仏の説かれたことを聞き、歓喜してこれを行いました。

阿難說經第六竟七百七十二字

> 阿難が経典の第六節を説き終えた。（七百七十二字）