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title: "中阿含經 · 172 心經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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### （一七二）中阿含心品心經第一

> （一七二）中阿含心品 心経 第一

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊舍衛國，在勝林給孤獨園。

> ある時、お釈迦さまは舎衛国に滞在され、勝林給孤独園におられました。

爾時，有一比丘獨安靖處宴坐思惟，心作是念：「誰將世間去？誰為染著？誰起自在？」彼時，比丘則於晡時從宴坐起，往詣佛所，稽首禮足，却坐一面，白曰：「世尊！我今獨安靖處宴坐思惟，心作是念：『誰將世間去？誰為染著？誰起自在？』」

> ある時、一人の比丘が静かな場所で坐禅を組み、こう思いを巡らせていた。「いったい誰がこの世を動かしているのか？誰が執着の原因なのか？誰が自由に振る舞っているのか？」その比丘は、夕方の坐禅を終えて、仏のもとへ向かった。仏の足に頭を触れて礼をし、脇に座って言った。「世尊よ、私は静かな場所で坐禅を組み、『いったい誰がこの世を動かしているのか？誰が執着の原因なのか？誰が自由に振る舞っているのか？』と心に思いました。」

世尊聞已，歎曰：「善哉！善哉！比丘！謂有賢道而有賢觀，極妙辯才，有善思惟。『誰將世間去？誰為染著？誰起自在？』比丘！所問為如是耶？」

> 世尊はこれを聞いて、称賛して言われた。「善きかな、善きかな。比丘よ、あなたは賢明な道と賢明な観察を持ち、極めて優れた弁才と、善い思惟を有している。『誰が世間を連れ去るのか。誰が執着するのか。誰が自在に起こすのか。』比丘よ、あなたの問いはその通りである。」

比丘答曰：「如是。世尊！」

> 比丘が答えた。「その通りです、世尊（せそん）。」

世尊告曰：「比丘！心將世間去，心為染著，心起自在。比丘！彼將世間去，彼為染著，彼起自在。比丘！多聞聖弟子非心將去，非心染著，非心自在。比丘！多聞聖弟子不隨心自在，而心隨多聞聖弟子。」

> 世尊がおっしゃった。「比丘よ、心が世間を引きずり、心が執着し、心が思いのままになる。比丘よ、その心が世間を引きずり、それが執着し、それが思いのままになるのだ。比丘よ、よく学んだ聖なる弟子は、心に引きずられず、心に執着せず、心に支配されない。比丘よ、よく学んだ聖なる弟子は、心の思いのままにならない。むしろ、心がよく学んだ聖なる弟子に従うのである。」

比丘白曰：「善哉！善哉！唯然。世尊！」彼時，比丘聞佛所說，歡喜奉行。

> 比丘が申し上げました。「ありがとうございます。ありがとうございます。その通りでございます、世尊よ。」 そのとき、比丘は仏陀の説法をお聞きして、喜び、その教えのとおりに実践しました。

問曰：「世尊！多聞比丘，說多聞比丘。世尊！云何多聞比丘？云何施設多聞比丘？」

> 問うていわく、「世尊よ。多聞の比丘という言葉がありますが、世尊よ、どのような人が多聞の比丘なのでしょうか。どのようにして多聞の比丘と定められるのでしょうか。」

世尊聞已，歎曰：「善哉！善哉！比丘！謂有賢道而有賢觀，極妙辯才，有善思惟。『世尊！多聞比丘，說多聞比丘。世尊！云何多聞比丘？云何施設多聞比丘？』比丘！所問為如是耶？」

> 世尊（仏陀）はこれを聞かれて、感嘆しておっしゃいました。「良いですね、良いですね。比丘（修行僧）よ、あなたは優れた道と優れた観察を持ち、実に見事な弁才と素晴らしい思惟を備えています。『世尊よ、多聞の比丘とは何でしょうか。多聞の比丘をどのように説き、どのように定めるのでしょうか。』とあなたは問いましたね。比丘よ、あなたの質問はそのような内容で間違いありませんか？」

比丘答曰：「如是。世尊！」

> 比丘が答えた。「その通りです、世尊（せそん）。」

世尊告曰：「比丘！我所說甚多，謂正經、歌詠、記說、偈他、因緣、撰錄、本起、此說、生處、廣解、未曾有法及說義。比丘！若有族姓子，我所說四句偈，知義知法，趣法向法，趣順梵行。比丘！說多聞比丘無復過是。比丘！如是多聞比丘，如來如是施設多聞比丘。」

> 世尊がおっしゃった。 「比丘よ、私が説いたものは多い。すなわち、経典、詩句、物語、偈頌、因縁話、記録、本生譚、如是説、未曾有法、さらには解釈や教えの意味などである。 比丘よ、もしある良家の子息が、私の説いた四句の偈の意味と法（真理）を理解し、その法に向かい、その法に従って歩み、清らかな行いに従うならば、その人こそ、多聞の比丘と呼ばれるにふさわしい。それ以上に多聞の比丘はいないのである。 比丘よ、このようにして多聞の比丘がある。如来は、このように多聞の比丘を定めているのである。」

比丘白曰：「善哉！善哉！唯然。世尊！」彼時，比丘聞佛所說，歡喜奉行。

> 比丘が申し上げました。「ありがとうございます。ありがとうございます。その通りでございます、世尊よ。」 そのとき、比丘は仏陀の説法をお聞きして、喜び、その教えのとおりに実践しました。

問曰：「世尊！多聞比丘明達智慧，說多聞比丘明達智慧。世尊！云何多聞比丘明達智慧？云何施設多聞比丘明達智慧？」

> 問うて言わく：「世尊よ、多聞の比丘（多く聞く修行者）は明達の智慧（はっきりと悟る智慧）を持つと説かれます。世尊よ、どのようにして多聞の比丘は明達の智慧を有するのでしょうか。どのようにして多聞の比丘が明達の智慧を持つと説かれるのでしょうか。」

世尊聞已，歎曰：「善哉！善哉！比丘！謂有賢道而有賢觀，極妙辯才，有善思惟。『世尊！多聞比丘明達智慧，說多聞比丘明達智慧。世尊！云何多聞比丘明達智慧？云何施設多聞比丘明達智慧？』比丘！所問為如是耶？」

> 世尊はそれを聞いて、称賛されました。「善きかな、善きかな。比丘よ、あなたは賢明な道と賢明な観察を持ち、極めて優れた弁才と善き思惟を有している。（あなたはこう尋ねたのだ。）『世尊よ、多聞の比丘が明達の智慧を持つとは、どのようなことでしょうか。また、どのような多聞の比丘を明達の智慧ある者と説くのでしょうか。』比丘よ、あなたの質問はその通りであるか。」

比丘答曰：「如是。世尊！」

> 比丘が答えた。「その通りです、世尊（せそん）。」

世尊告曰：「比丘！若比丘聞此苦，復以慧正見苦如真者，聞苦習、苦滅、苦滅道，復以慧正見苦滅道如真者，比丘！如是多聞比丘明達智慧，如來如是施設多聞比丘明達智慧。」

> 世尊がおっしゃった。「比丘よ、もし比丘がこの苦しみを聞き、さらに智慧によって苦しみの真実を正しく見るならば、苦しみの原因、苦しみの消滅、苦しみの消滅に至る道を聞き、さらに智慧によって苦しみの消滅に至る道の真実を正しく見るならば、比丘よ、このようにして多聞の比丘は明らかに智慧を達成する。如来はこのように多聞の比丘を明達の智慧ある者と定めるのである。」

比丘白曰：「善哉！善哉！唯然。世尊！」彼時，比丘聞佛所說，歡喜奉行。

> 比丘が申し上げました。「ありがとうございます。ありがとうございます。その通りでございます、世尊よ。」 そのとき、比丘は仏陀の説法をお聞きして、喜び、その教えのとおりに実践しました。

問曰：「世尊！聰明比丘𭶑慧廣慧，說聰明比丘𭶑慧廣慧。世尊！云何聰明比丘𭶑慧廣慧？云何施設聰明比丘𭶑慧廣慧？」

> 世尊に問いました。「賢く、慧く、広い智慧を持つ比丘」についてお説きになりましたが、世尊。どのような比丘を「賢く、慧く、広い智慧を持つ比丘」とお呼びになるのでしょうか。また、どのようにしてそのような比丘を教え示されるのでしょうか。

世尊聞已，歎曰：「善哉！善哉！比丘，謂有賢道而有賢觀，極妙辯才，有善思惟。『世尊！云何聰明比丘𭶑慧廣慧？云何施設聰明比丘𭶑慧廣慧？』比丘！所問為如是耶？」

> 世尊はこれを聞いて、称賛されて言われた。「善きかな、善きかな。比丘よ、あなたは賢明な道を持ち、賢明な観察を持ち、極めて優れた弁才と、善い思惟を有している。『世尊よ、どのように聡明な比丘は利根で広い智慧を持つのでしょうか。どのようにして聡明な比丘を利根で広い智慧ある者と説くのでしょうか。』比丘よ、あなたの質問はそのようなものであるか。」

比丘答曰：「如是。世尊！」

> 比丘が答えた。「その通りです、世尊（せそん）。」

世尊告曰：「若比丘不念自害，不念害他，亦不念俱害，比丘但念自饒益及饒益他，饒益多人，愍傷世間，為天、為人求義及饒益，求安隱快樂。比丘！如是聰明比丘𭶑慧廣慧，如是如來施設聰明比丘𭶑慧廣慧。」

> 世尊はこうおっしゃいました。「もし比丘（修行者）が、自らを害することを思わず、他を害することを思わず、両方を害することも思わず、ただ自らの利益と他者の利益を思い、多くの人々の利益を思い、世の中を慈しみ、天や人のために真理と利益を求め、安らぎと幸せを求めるならば、比丘よ、そのような賢く、利口で、広い智慧を持つ比丘を、如来は『賢く、利口で、広い智慧を持つ比丘』と説くのです。」

比丘白曰：「善哉！善哉！唯然。世尊！」

> 比丘が申し上げました。「ありがとうございます、ありがとうございます。その通りです、世尊よ。」

彼時，比丘聞佛所說，善受善持，善誦習已，即從坐起，稽首佛足，繞三匝而還。

> その時、比丘たちは仏の説法を聞き、よく理解し、よく心に留め、よく唱えて修めた。そして、座を立って仏の足に頭を下げて礼拝し、三度右に回ってから帰っていった。

彼時，比丘聞世尊教，在遠離獨住，心無放逸，修行精勤。彼在遠離獨住，心無放逸，修行精勤已，族姓子所為，剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道者，唯無上梵行訖，於現法中自知自覺，自作證成就遊，生已盡，梵行已立，所作已辦，不更受有，知如真。彼尊者知法已，乃至得阿羅訶。

> その時、比丘は世尊の教えを受け、静かな場所に独り住み、心を放逸にせず、修行に励み精進しました。そうして静かな場所に独り住み、心を放逸にせず、修行に励み精進したのち、良家の子息が行うべきこと――すなわち、髪やひげを剃り、袈裟をまとい、深い信仰のもと家を捨て、家なき者として学びの道に入ること――を成し遂げました。そして、最高の清らかな行い（梵行）を完成させ、今この世において自ら知り自ら悟り、自ら証して成就した境地に安住しました。「生は尽きた。清らかな行いは完成した。なすべきことは成し遂げた。もはや再び存在（輪廻）を受けることはない」と、あるがままに知りました。その尊者は法を悟ったのち、ついに阿羅漢（尊い悟りを開いた者）に至りました。

佛說如是。彼諸比丘聞佛所說，歡喜奉行。

> このように仏は説かれました。比丘たちは仏の説かれたことを聞き、喜んでお受け取りになりました。

心經第一竟千五十四字

> 心経 第一 おわり<note>千五十四字</note>