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title: "中阿含經 · 178 獵師經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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## 中阿含經卷第四十七

> 中阿含経 第四十七巻

東晉罽賓三藏瞿曇僧伽提婆譯

> 東晋・罽賓三蔵・瞿曇僧伽提婆 訳

### （一七八）心品獵師經第七第四分別誦

> （一七八）「心品」獵師経 第七 （第四分別誦）

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊王舍城，在竹林迦蘭哆園。

> ある時、仏陀は王舎城の竹林精舎におられた。

爾時，世尊告諸比丘：「獵師飼鹿，不如是心，令鹿得肥、得色、得力、得樂、長壽。獵師飼鹿，如是心飼，唯欲近食，近食已，令憍恣放逸，放逸已，隨獵師、獵師眷屬，獵師飼鹿，如是心也。

> その時、世尊は比丘たちにお告げになりました。 「猟師が鹿を飼う時、その心は鹿を太らせ、色つやを良くし、力をつけ、楽しませ、長生きさせるためのものではない。 猟師が鹿を飼う心とは、ただ鹿をえさに近づけたいがためである。えさに近づけば、鹿は驕り、思いのままに振る舞い、放縦になる。放縦になった後は、猟師やその仲間の思いのままについて行く。 猟師が鹿を飼う心とは、まさにこのようなものなのである。」

「第一群鹿近食獵師食，彼近食已，便憍恣放逸，放逸已，便隨獵師、獵師眷屬。如是彼第一群鹿不脫獵師、獵師眷屬境界。

> 第一の鹿の群れは、猟師の近くでえさを食べるようになりました。そうしてえさを食べることに慣れると、おごり高ぶり、心が緩み、放逸になりました。放逸になったがゆえに、猟師やその仲間たちの後について行くようになりました。こうして、その第一の鹿の群れは、猟師やその仲間たちの支配から逃れることができませんでした。

「第二群鹿而作是念：『第一群鹿近食獵師食，彼近食已，便憍恣放逸，放逸已，便隨獵師、獵師眷屬，如是第一群鹿不脫獵師、獵師眷屬境界。我今寧可不食獵師食，離於恐怖，依無事處，食草飲水耶？』第二群鹿作是念已，便捨獵師食，離於恐怖，依無事處，食草飲水。彼春後月諸草水盡，身體極羸，氣力衰退，便隨獵師、獵師眷屬。如是彼第二群鹿亦復不脫獵師、獵師眷屬境界。

> 二番目の鹿の群れはこう考えました。「最初の鹿の群れは猟師の餌を食べている。あの群れは餌を食べた後、すぐに驕り高ぶって放逸になる。放逸になった後、猟師やその仲間について行く。そうして最初の鹿の群れは、猟師やその仲間の支配から逃れられない。我々は今、猟師の餌を食べるのをやめ、恐怖から離れ、人のいない場所で草を食べ、水を飲もうではないか。」 二番目の鹿の群れはこう考えてから、猟師の餌を捨て、恐怖から離れ、人のいない場所で草を食べ、水を飲みました。ところが、春の終わりの月になり、草や水が尽きると、体は極度にやせ衰え、気力も衰え、ついには猟師やその仲間について行ってしまいました。こうして、二番目の鹿の群れもまた、猟師やその仲間の支配から逃れられなかったのです。

「第三群鹿亦作是念：『第一、第二群鹿一切不脫獵師、獵師眷屬境界，我今寧可離獵師、獵師眷屬，依住不遠，住不遠已，不近食獵師食，不近食已，便不憍恣放逸，不放逸已，便不隨獵師、獵師眷屬。』第三群鹿作是念已，便離獵師、獵師眷屬，依住不遠，住不遠已，不近食獵師食，不近食已，便不憍恣放逸，不放逸已，便不隨獵師、獵師眷屬。彼獵師、獵師眷屬便作是念：『第三群鹿甚奇諂𭶑，極諂𭶑。所以者何？食我食已，而不可得，我今寧可作長圍罝，作長圍罝已，便得第三群鹿所依住止。』獵師、獵師眷屬作是念已，便作長圍罝，作長圍罝已，便得第三群鹿所依住止，如是第三群鹿亦復不脫獵師、獵師眷屬境界。

> 第三の鹿の群れもまた、こう考えました。「第一と第二の鹿の群れは、皆、猟師とその仲間の支配下から逃れられなかった。ならば私は、猟師とその仲間から離れ、遠くない所に留まろう。遠くない所に留まれば、猟師の餌を近くで食べることはしない。近くで食べなければ、思い上がって放縦になることはない。放縦にならなければ、猟師とその仲間に従うことはないだろう。」第三の鹿の群れはそう考えて、猟師とその仲間から離れ、遠くない所に留まりました。遠くない所に留まると、猟師の餌を近くで食べず、思い上がって放縦になることもなく、猟師とその仲間に従うこともありませんでした。 すると、猟師とその仲間はこう考えました。「第三の鹿の群れは、実に狡猾である。なぜなら、我々の餌を食べながら、捕まえられないからだ。ならば、大きな罠を張ろう。大きな罠を張れば、第三の鹿の群れの留まる場所を押さえられる。」猟師とその仲間はそう考えて、大きな罠を張りました。そうして、第三の鹿の群れの留まる場所を押さえました。こうして、第三の鹿の群れもまた、猟師とその仲間の支配下から逃れられませんでした。

「第四群鹿亦作是念：『第一、第二、第三群鹿一切不脫獵師、獵師眷屬境界，我今寧可依住獵師、獵師眷屬所不至處，依住彼已，不近食獵師食，不近食已，便不憍恣放逸，不放逸已，便不隨獵師、獵師眷屬。』第四群鹿作是念已，便依住獵師、獵師眷屬所不至處，依住彼已，便不近食獵師食，不近食已，便不憍恣放逸，不放逸已，便不隨獵師、獵師眷屬。彼獵師、獵師眷屬復作是念：『第四群鹿甚奇猛㑺，第一猛㑺，若我逐彼，必不能得，餘鹿則當恐怖驚散，我今寧可捨罝第四群鹿。』獵師、獵師眷屬作是念已，則便捨罝。如是第四群鹿便得脫獵師、獵師眷屬境界。

> 第四の鹿の群れもまた、こう考えました。「第一、第二、第三の鹿の群れは皆、猟師とその仲間たちの領域から逃れられなかった。今こそ私たちは、猟師とその仲間たちの及ばない場所に留まり、そこに留まったならば、猟師の餌に近づかず、餌に近づかなければ、思い上がって放蕩することもない。放蕩しなければ、猟師やその仲間たちに従うこともないだろう。」 第四の鹿の群れはこう考えて、猟師とその仲間たちの及ばない場所に留まりました。そこに留まったならば、猟師の餌に近づかず、餌に近づかなければ、思い上がって放蕩することもなく、放蕩しなければ、猟師やその仲間たちに従うこともありませんでした。 すると猟師とその仲間たちは、こう考えました。「第四の鹿の群れは実に勇猛で勇敢だ。この上なく勇猛だ。もし私たちが彼らを追えば、きっと捕まえられない。そうすれば、他の鹿たちは恐怖して逃げ散ってしまうだろう。今こそ、第四の鹿の群れを捕らえるのをやめにしよう。」 猟師とその仲間たちはこう考えて、罠を捨てました。こうして第四の鹿の群れは、猟師とその仲間たちの領域から逃れることができたのです。

「比丘！我說此喻，欲令解義，我今說此，當觀其義。獵師食者，當知五欲功德，眼知色、耳知聲、鼻知香、舌知味、身知觸。獵師食者，當知是五欲功德也。獵師者，當知是惡魔王也。獵師眷屬者，當知是魔王眷屬也。群鹿者，當知是沙門、梵志也。第一沙門、梵志近食魔王食，世間信施食，彼近食已，便憍恣放逸，放逸已，便隨魔王、魔王眷屬，如是第一沙門、梵志不脫魔王境界。猶如第一群鹿近食獵師食，彼近食已，便憍恣放逸，放逸已，便隨獵師、獵師眷屬，如是第一群鹿不脫獵師、獵師眷屬境界。當觀彼第一沙門、梵志亦復如是。

> 「比丘よ、わたしがこの譬えを説いたのは、その意味を理解させたいからである。今、これを説くので、その意味をよく観察しなさい。 猟師の餌というのは、五つの欲望の対象――眼で見る色、耳で聞く音、鼻でかぐ香り、舌で味わう味、身で感じる触れ合い――のことだと知るべきである。猟師の餌とは、まさにこの五つの欲望の対象を指すのだ。猟師とは、悪魔の王であると知るべきである。猟師の仲間とは、悪魔の眷属であると知るべきである。鹿の群れとは、修行者や求道者であると知るべきである。 第一の修行者や求道者は、魔の王の餌、つまり世間の信者からの施しの食べ物を近しく受ける。それを受けると、驕り高ぶり、放逸になる。放逸になると、そのまま悪魔の王とその眷属に従ってしまう。このように、第一の修行者や求道者は、悪魔の支配から逃れられない。それはちょうど、第一の鹿の群れが猟師の餌に近づいたのと同じである。その餌に近づくと、驕り高ぶり、放逸になり、そのまま猟師とその仲間に従ってしまう。このように、第一の鹿の群れは猟師とその仲間の支配から逃れられない。第一の修行者や求道者もまた、同じであると観察しなさい。」

「第二沙門、梵志亦作是念：『第一沙門、梵志近食魔王食，世間信施食，彼近食已，便憍恣放逸，放逸已，便隨魔王、魔王眷屬，如是彼第一沙門、梵志不脫魔王、魔王眷屬境界。我今寧可捨世間信施食，離於恐怖，依無事處，食果及根。』第二沙門、梵志作是念已，便捨世間信施食，離於恐怖，依無事處，食果及根。彼春後月諸果根盡，身體極羸，氣力衰退，衰退已，便心解脫、慧解脫衰退，心解脫、慧解脫衰退已，便隨魔王、魔王眷屬，如是第二沙門、梵志亦不脫魔王、魔王眷屬境界。猶如第二群鹿而作是念：『第一群鹿近食獵師食，彼近食已，便憍恣放逸，放逸已，便隨獵師、獵師眷屬，如是第一群鹿不脫獵師、獵師眷屬境界。我今寧可捨獵師食，離於恐怖，依無事處，食草飲水耶？』第二群鹿作是念已，便捨獵師食，離於恐怖，依無事處，食草飲水。彼春後月諸草水盡，身體極羸，氣力衰退，便隨獵師、獵師眷屬，如是第二群鹿亦不脫獵師、獵師眷屬境界。當觀彼第二沙門、梵志亦復如是。

> 第二の修行者や聖者もまた、こう考えました。「第一の修行者や聖者は、魔王の食べ物を食べ、世間からの信施（信仰による布施）の食べ物を近くで食べた。それを食べると、おごり高ぶり、放逸になった。放逸になった後には、魔王や魔王の仲間について行ってしまった。このように、第一の修行者や聖者は、魔王や魔王の仲間の領域から逃れられなかった。それならば、私は今、世間からの信施の食べ物を捨て、恐怖から離れ、人里離れた場所に依って、果実や根を食べよう。」 第二の修行者や聖者は、こう考えた後、世間からの信施の食べ物を捨て、恐怖から離れ、人里離れた場所に依って、果実や根を食べました。ところが、春の終わりの月になると、果実や根は尽き、身体は非常にやせ衰え、気力も衰えてしまいました。気力が衰えると、心の解脱や智慧の解脱も衰え、心の解脱や智慧の解脱が衰えると、魔王や魔王の仲間について行ってしまいました。このように、第二の修行者や聖者も、魔王や魔王の仲間の領域から逃れられなかったのです。 ちょうど、第二の鹿の群れがこう考えたのと同じです。「第一の鹿の群れは、猟師の食べ物を近くで食べ、それを食べると、おごり高ぶり、放逸になった。放逸になった後には、猟師や猟師の仲間について行ってしまった。このように、第一の鹿の群れは、猟師や猟師の仲間の領域から逃れられなかった。それならば、私たちは、猟師の食べ物を捨て、恐怖から離れ、人里離れた場所に依って、草を食べ、水を飲もう。」 第二の鹿の群れは、こう考えた後、猟師の食べ物を捨て、恐怖から離れ、人里離れた場所に依って、草を食べ、水を飲みました。ところが、春の終わりの月になると、草や水は尽き、身体は非常にやせ衰え、気力も衰え、猟師や猟師の仲間について行ってしまいました。このように、第二の鹿の群れも、猟師や猟師の仲間の領域から逃れられなかったのです。 第二の修行者や聖者についても、まったく同じように理解すべきです。

「第三沙門、梵志亦作是念：『第一、第二沙門、梵志一切不脫魔王、魔王眷屬境界，我今寧可離魔王、魔王眷屬，依住不遠，住不遠已，不近食世間信施食，不近食已，便不憍恣放逸，不放逸已，便不隨魔王、魔王眷屬。』第三沙門、梵志作是念已，便離魔王、魔王眷屬，依住不遠，住不遠已，便不近食世間信施食，不近食已，便不憍恣放逸，不放逸已，便不隨魔王、魔王眷屬。然受持二見，有見及無見。彼受此二見故，便隨魔王、魔王眷屬。如是第三沙門、梵志亦不脫魔王、魔王眷屬境界。

> 第三の修行者や聖者もまた、こう考えます。 「第一、第二の修行者や聖者たちは、みな魔王とその眷属の支配から逃れられていない。今こそ私は、魔王とその眷属から離れて、ほどほどの距離に留まろう。そうすれば、世間の信者から施される食物に執着せず、執着しなければ、思い上がったり放蕩したりせず、放蕩しなければ、魔王とその眷属の思い通りにならないだろう。」 第三の修行者や聖者は、こう考えて、実際に魔王とその眷属から離れ、ほどほどの距離に留まり、世間の信者から施される食物に執着せず、思い上がったり放蕩したりせず、その結果、魔王とその眷属の思い通りにはなりませんでした。 しかし、彼らは「存在するという見解」と「存在しないという見解」という二つの見解に固執しました。 その二つの見解に固執したために、結局は魔王とその眷属の思い通りになってしまいます。 このように、第三の修行者や聖者もまた、魔王とその眷属の支配から逃れられなかったのです。

「猶如第三群鹿亦作是念：『第一、第二群鹿一切不脫獵師、獵師眷屬境界，我今寧可離獵師、獵師眷屬，依住不遠，住不遠已，不近食獵師食，不近食已，便不憍恣放逸，不放逸已，便不隨獵師、獵師眷屬。』第三群鹿作是念已，便離獵師、獵師眷屬，依住不遠，住不遠已，不近食獵師食，不近食已，便不憍恣放逸，不放逸已，便不隨獵師、獵師眷屬。彼獵師、獵師眷屬便作是念：『第三群鹿甚奇諂𭶑，極諂𭶑。所以者何？食我食已，而不可得，我今寧可作長圍罝，作長圍罝已，便得第三群鹿所依住止。』獵師、獵師眷屬作是念已，便作長圍罝，作長圍罝已，便得第三群鹿所依住止。如是第三群鹿亦不脫獵師、獵師眷屬境界。所依者當知有見也。住止者當知無見也。當觀彼第三沙門、梵志亦復如是。

> 第三の鹿の群れもまた、こう考えました。 「最初と二番目の鹿の群れは、みな猟師とその仲間の領域から逃れられなかった。ならば私は、猟師とその仲間から離れ、少し離れたところに拠って住もう。そうして、猟師の食べ物に近づいて食べず、そのようにすれば、おごり高ぶって放逸になることもない。放逸にならなければ、猟師やその仲間に従うこともないだろう。」 第三の鹿の群れがこう考え、実際に猟師とその仲間から離れ、少し離れたところに拠って住みました。そして猟師の食べ物に近づいて食べず、おごり高ぶって放逸になることもなく、猟師やその仲間に従うこともありませんでした。 すると猟師とその仲間は、こう考えました。 「この第三の鹿の群れは、実に賢くずる賢い。なぜかといえば、我々の食べ物を食べながら、捕まえられないからだ。ならば、大きく網を張り巡らせて、その第三の鹿の群れが拠って住む場所を囲もう。」 こう考えた猟師とその仲間は、大きな網を張り巡らせて、第三の鹿の群れが拠って住む場所を囲みました。 こうして第三の鹿の群れもまた、猟師とその仲間の領域から逃れられなかったのです。 「拠って住む場所」（所依）とは、「有見（存在するという見解）」のことだと知るべきです。 「止まり住むこと」（住止）とは、「無見（存在しないという見解）」のことだと知るべきです。 第三の沙門や修行者もまた、これと同じであると観じるべきです。

「第四沙門、梵志亦作是念：『第一、第二、第三沙門、梵志一切不脫魔王、魔王眷屬境界，我今寧可依住魔王、魔王眷屬所不至處，依住彼已，不近食世間信施食，不近食已，便不憍恣放逸，不放逸已，便不隨魔王、魔王眷屬。』第四沙門、梵志作是念已，便依住魔王、魔王眷屬所不至處，依住彼已，不近食世間信施食，不近食已，便不憍恣放逸，不放逸已，便不隨魔王、魔王眷屬。如是第四沙門、梵志便脫魔王、魔王眷屬境界。

> 第四の修行者（沙門）、求め道の人（梵志）もまたこう考えました。 「第一、第二、第三の修行者や求め道の人たちは、みな魔王やその眷属の支配から逃れられていない。今こそ私は、魔王とその眷属が決して届かない境地に身を置こう。その境地に安住したなら、世の人々から信じて施される食べ物に執着せず、執着しなければ、おごり高ぶって放逸になることもない。放逸にならなければ、魔王やその眷属に従うこともない。」 こう考えた第四の修行者、求め道の人は、魔王とその眷属が決して届かない境地に身を置きました。その境地に安住し、世の人々から信じて施される食べ物に執着せず、執着しなければ、おごり高ぶって放逸になることもなく、放逸にならなければ、魔王やその眷属に従うこともありませんでした。こうして第四の修行者、求め道の人は、魔王とその眷属の支配から見事に脱け出したのです。

「猶如第四群鹿亦作是念：『第一、第二、第三群鹿一切不脫獵師、獵師眷屬境界，我今寧可依住獵師、獵師眷屬所不至處，依住彼已，不近食獵師食，不近食已，便不憍恣放逸，不放逸已，便不隨獵師、獵師眷屬。』第四群鹿作是念已，便依住獵師、獵師眷屬所不至處，依住彼已，不近食獵師食，不近食已，便不憍恣放逸，不放逸已，便不隨獵師、獵師眷屬。彼獵師、獵師眷屬復作是念：『第四群鹿甚奇㑺猛，第一㑺猛，若我逐彼，必不能得，餘鹿則當恐怖驚散，我今寧可捨罝第四群鹿。』彼獵師、獵師眷屬作是念已，則便捨罝。如是第四群鹿便脫獵師、獵師眷屬境界。當觀彼第四沙門、梵志亦復如是。

> 第四の鹿の群れもまた、こう考えました。 「第一、第二、第三の鹿の群れは、みな猟師とその仲間の支配を逃れられなかった。今こそ私は、猟師とその仲間の及ばない場所に住もう。そこに住んで、猟師の食べ物に近づかず、そうすれば、おごり高ぶって放逸になることもない。放逸にならなければ、猟師とその仲間に従うこともない。」 こう考えた第四の鹿の群れは、猟師とその仲間の及ばない場所に住み、猟師の食べ物に近づかず、おごり高ぶらず、放逸にならず、猟師とその仲間に従うことはありませんでした。 すると、猟師とその仲間はこう考えました。 「第四の鹿の群れは実に賢く、鋭い。もし我々が追いかけても、おそらく捕まえられないだろう。そうすれば、他の鹿たちも驚き散らばってしまう。今はこの第四の鹿の群れは諦めよう。」 こう考えて、猟師とその仲間は第四の鹿の群れを追うのをやめました。こうして第四の鹿の群れは、猟師とその仲間の支配から逃れることができたのです。 第四の沙門や修行者もまた、まさにこのようにあると見なすべきです。

「比丘！當學如是所依住止，令魔王、魔王眷屬所不至處。何者魔王、魔王眷屬所不至處？謂比丘離欲、離惡不善之法，至得第四禪成就遊，是謂魔王、魔王眷屬所不至處。復次，何者魔王、魔王眷屬所不至處？謂比丘心與慈俱，遍滿一方成就遊，如是二三四方、四維上下，普周一切，心與慈俱，無結無怨，無恚無諍，極廣甚大，無量善修，遍滿一切世間成就遊。如是悲、喜心與捨俱，無結無怨，無恚無諍，極廣甚大，無量善修，遍滿一切世間成就遊。是謂魔王、魔王眷屬所不至處。

> 比丘たちよ、次のような拠り所に常住し修行せよ。そうすれば、魔王とその眷属が到達できない境地に至るであろう。では、魔王とその眷属が到達できない境地とは何か。比丘が、欲望を離れ、悪しき不善の法を離れ、第四禅の境地に達して安住すること、これを魔王とその眷属が到達できない境地という。 さらに、魔王とその眷属が到達できない境地とは何か。比丘が、慈しみの心を共にし、あまねく一方を満たして安住し、同じく二方、三方、四方、四隅、上下、一切に及ぼし、慈しみの心を共にして、とどこおりなく、怨みなく、怒りなく、争いなく、極めて広大で、無量に善く修め、一切の世間を満たして安住すること。これらと同じく、悲しみ、喜び、そして捨てる心もまた共にし、とどこおりなく、怨みなく、怒りなく、争いなく、極めて広大で、無量に善く修め、一切の世間を満たして安住すること。これを魔王とその眷属が到達できない境地という。

「復次，何者魔王、魔王眷屬所不至處？謂比丘度一切色想，至非有想非無想處成就遊，是謂魔王、魔王眷屬所不至處。復次，何者魔王、魔王眷屬所不至處？謂比丘度一切非有想非無想處，想知滅身觸成就遊，慧見諸漏盡斷知，是謂魔王、魔王眷屬所不至處。比丘！如是所依住正，命魔王、魔王眷屬所不至處，當學如是。」

> さらに、では何が魔王とその眷属の及ばない場所か。比丘がすべての色の想いを超え、非有想非無想処に達して安住すること。これが魔王とその眷属の及ばない場所である。 さらに、では何が魔王とその眷属の及ばない場所か。比丘がすべての非有想非無想処を超え、想と知が滅した境地を身をもって味わい、智慧によってすべての煩悩が尽きたことを知ること。これが魔王とその眷属の及ばない場所である。 比丘たちよ、このように正しく依りどころに安住すれば、魔王とその眷属の及ばない場所となる。このように学ぶべきである。

佛說如是。彼諸比丘聞佛所說，歡喜奉行。

> このように仏は説かれました。比丘たちは仏の説かれたことを聞き、喜んでお受け取りになりました。

獵師經第七竟二千三百九十六字

> 第七「猟師経」のおわり<note>二千三百九十六字</note>