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title: "中阿含經 · 207 箭毛經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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## 中阿含經卷第五十七

> 中阿含経 第五十七巻

東晉罽賓三藏瞿曇僧伽提婆譯

> 東晋・罽賓三蔵・瞿曇僧伽提婆 訳

### （二〇七）晡利多品箭毛經第六第五後誦

> （二〇七）プーリタ品 矢の毛の経 第六<note>第五後誦</note>

我聞如是：

一時，佛遊王舍城，在竹林伽蘭哆園，與大比丘眾俱，千二百五十人而受夏坐。

> ある時、お釈迦さまは王舎城の竹林精舎におられました。千二百五十人の大修行者たちと共に、夏の雨期の修行（夏安居）を行っておられたのです。

爾時，世尊過夜平旦，著衣持鉢，入王舍城而行乞食。行乞食已，收舉衣鉢，澡洗手足，以尼師檀著於肩上，往至孔雀林異學園中。

> その頃、世尊は夜が明けて朝になると、衣を着け、鉢を持って、王舎城に入り托鉢に出かけられた。托鉢を終えられると、衣と鉢をしまい、手足を洗い、坐具を肩にかけて、孔雀林の異学の園へと向かわれた。

爾時，孔雀林異學園中有一異學，名曰箭毛，名德宗主，眾人所師，有大名譽，眾所敬重，領大徒眾，五百異學之所尊也。彼在大眾喧閙嬈亂，放高大音聲，說種種畜生之論，謂論王、論賊、論鬪、論食、論衣服、論婦人、論童女、論婬女、論世間、論空野、論海中、論國人民。彼共集坐論如是比畜生之論。異學箭毛遙見佛來，勅己眾曰：「汝等默然住，彼沙門瞿曇來。彼眾默然，常樂默然，稱說默然。彼若見此眾默然者，或來相見。」異學箭毛令眾默然已，自默然住。

> その時、孔雀林の異学園において、一人の異学がいた。名を箭毛といい、優れた教えの宗主として、多くの人々の師と仰がれ、大きな名声があり、広く敬われていた。五百人の異学たちに尊ばれ、大いなる弟子たちを統率していた。彼は大衆の中で騒がしく、高い声で、様々な俗世間の議論をしていた。それは、王についての議論、盗賊についての議論、戦いについての議論、食べ物についての議論、衣服についての議論、女についての議論、少女についての議論、遊女についての議論、世間についての議論、荒野についての議論、海の中についての議論、国の民についての議論などである。彼らは共に集まって座り、このような俗世間の議論をしていた。ところが、異学の箭毛は、遥か彼方から仏が来られるのを見て、自分の弟子たちに命じた。「あなたたちは静かにしていなさい。あの沙門ゴータマが来られる。あの方は常に静けさを好み、静けさを称賛されている。もしこの集まりが静かであるのを見れば、きっと訪ねて来られるだろう。」 箭毛は弟子たちを静かにさせると、自らも静かにして待っていた。

世尊往詣異學箭毛所，異學箭毛即從坐起，偏袒著衣，叉手向佛，白曰：「善來，沙門瞿曇！沙門瞿曇久不來此，願坐此坐。」世尊便坐異學箭毛所敷之座，異學箭毛則與世尊共相問訊，却坐一面。

> 世尊が異学の箭毛のもとへ行かれました。すると箭毛はすぐに座から立ち上がり、衣の右肩を脱いで合掌し、仏に向かって申し上げました。「ようこそおいでくださいました、沙門ゴータマ様。沙門ゴータマ様が長らくこちらにお越しにならなかったので、どうぞこちらのお座りにおかけください。」世尊は箭毛が用意した座に腰をおろされました。箭毛は世尊と挨拶を交わし、そして一方に退いて座りました。

世尊問曰：「優陀夷！向論何等？以何事故共集坐此？」

> 世尊がお尋ねになりました。「優陀夷よ、あなたたちは何について語っていたのか。どんな用事があってここに集まって座っていたのか。」

異學箭毛答曰：「瞿曇！且置此論，此論非妙，沙門瞿曇欲聞此論，後聞不難。」

> 異学・箭毛が答えました。「ゴータマよ、その話はやめにしましょう。その論には価値がありません。もし沙門ゴータマがその話を聞きたいなら、後で聞くのは難しいことではありません。」

世尊如是再三問曰：「優陀夷！向論何等？以何事故共集坐此？」

> 世尊はさらに繰り返しお尋ねになりました。「ウダーイーよ、君たちは何の話をしていたのか？何の用があってここに集まっていたのか？」

異學箭毛亦再三答曰：「瞿曇！且置此論，此論非妙，沙門瞿曇欲聞此論，後聞不難，沙門瞿曇若至再三，其欲聞者，今當說之。瞿曇！我等與拘薩羅國眾多梵志，悉共集坐拘薩羅學堂，說如是論。鴦伽摩竭陀國人有大善利，鴦伽摩竭陀國人得大善利，如此大福田眾在王舍城共受夏坐，謂不蘭迦葉。所以者何？瞿曇！不蘭迦葉名德宗主，眾人所師，有大名譽，眾所敬重，領大徒眾，五百異學之所尊也。於此王舍城共受夏坐，如是摩息迦利瞿舍利子、娑若鞞羅遲子、尼揵親子、彼復迦栴、阿夷哆雞舍劍婆利。

> 異学の箭毛もまた再三答えた。「ゴータマよ、その議論は置いてください。その議論は善くありません。沙門ゴータマがこの議論を聞きたいのなら、後で聞くのは難しくありません。沙門ゴータマが再三にわたり、なお聞きたいと望まれるなら、今お話ししましょう。ゴータマよ、私たちはコーサラ国の多くのバラモンたちと共に、コーサラ国の学堂に集まって、こう語り合っていました。『アンガ・マガダ国の人々は大いなる善き利を得ている。アンガ・マガダ国の人々は大いなる善き利を得た。このように大いなる福田である者が、王舎城に集い雨期の修行を共にしている。すなわち、グラナ・カッサパである。なぜか。ゴータマよ、グラナ・カッサパは名高き師匠であり、人々の師として尊敬され、大いなる名声を得て、多くの人に敬われ、大きな弟子集団を率い、五百の異学たちから尊ばれている。彼がこの王舎城に集い、雨期の修行を共にしている。同じように、マッカリ・ゴーサーラ、サンジャヤ・ベーラッティプッタ、ニガンタ・ナータプッタ、その他にパクダ・カッチャーヤナ、アジタ・ケーサカンバラも同様である。』」

「瞿曇！阿夷哆雞舍劍婆利名德宗主，眾人所師，有大名譽，眾所敬重，領大徒眾，五百異學之所尊也，於此王舍城共受夏坐。向者亦論沙門瞿曇！此沙門瞿曇名德宗主，眾人所師，有大名譽，眾所敬重，領大比丘眾，千二百五十人之所尊也，亦在此王舍城共受夏坐。瞿曇！我等復作是念：『今此諸尊沙門、梵志，誰為弟子所恭敬、尊重、供養奉事耶？非為弟子法罵所罵，亦無弟子難師，此一向不可、不相應，不等說已，便捨而去。』瞿曇！我等復作是念：『此不蘭迦葉不為弟子所恭敬、尊重、供養、奉事，為弟子法罵所罵，眾多弟子難師，此不可，此不相應，此不等說已，便捨而去。』

> 「瞿曇様。アイタキヤ・ケーサカンバラという方は、立派な徳のある指導者で、多くの人々の師と仰がれ、名声も高く、皆から敬われています。五百人の異学の弟子を率いて、この王舎城で夏安居を共に過ごしています。 また、沙門瞿曇様についても同じようにお話がありました。この沙門瞿曇様も、立派な徳のある指導者で、多くの人々の師と仰がれ、名声も高く、皆から敬われ、千二百五十人の大比丘の僧団を率いて、この王舎城で夏安居を共に過ごされています。 瞿曇様。私たちはこう考えました。『これらの尊い沙門や婆羅門の中で、誰が弟子たちから敬われ、尊ばれ、供養され、仕えられているのだろうか。弟子たちから非難され、罵られることがない人、また弟子たちが師を困らせるようなこともなく、一貫して非がない、調和のとれた状態で、説法の後も去っていかないのは誰か。』 瞿曇様。私たちはさらにこう考えました。『この不蘭迦葉は、弟子たちから敬われ、尊ばれ、供養され、仕えられているわけではない。弟子たちから非難され、罵られており、多くの弟子が師を困らせている。これは非があり、調和せず、等しく説かれた後には去って行ってしまう。』」

「瞿曇！昔時不蘭迦葉數在弟子眾舉手大喚：『汝等可住，無有人來問汝等事，人問我事，汝等不能斷此事，我能斷此事。』而弟子於其中間更論餘事，不待師說事訖。瞿曇！我等復作是念：『如是此不蘭迦葉不為弟子所恭敬、尊重、供養、奉事，為弟子法罵所罵，眾多弟子難師：此不可，此不相應。此不等說已，便捨而去。』如是摩息加利瞿舍利子、娑若鞞羅遲子、尼揵親子、彼復迦旃、阿夷哆雞舍劍婆利。瞿曇！我等作如是念：『此阿夷哆雞舍劍婆利不為弟子所恭敬、尊重、供養、奉事，為弟子法罵所罵，眾多弟子難師：此不可，此不相應，此不等說已，便捨而去。』瞿曇！昔時阿夷哆雞舍劍婆利數在弟子眾舉手大喚：『汝等可住，無有人來問汝等事，人問我事，汝等不能斷此事，我能斷此事。』而弟子於其中間更論餘事，不待師說事訖。

> 「瞿曇よ。かつて不蘭迦葉は、弟子たちの前で手を上げて大声で叫んだものだ。『お前たちは止まれ。誰もお前たちに問いかける者はいない。人々は私に問いかける。お前たちにはこの事を裁けないが、私には裁ける。』と。ところが弟子たちは、師の話が終わるのを待たずに、その間に別の話を始めてしまうのです。 瞿曇よ。私たちはこう考えました。『この不蘭迦葉は、弟子たちから敬われず、尊重されず、供養もされず、仕えられていない。弟子たちは彼に罵られ、大勢の弟子たちが師を非難する。「これは駄目だ。これは道理に合わない。これは正しくない。」と言って、去ってしまう。』と。 同じように、摩息加利、瞿舍利子、娑若鞞羅遲子、尼揵親子、彼復迦旃、阿夷哆雞舍劍婆利も同様です。 瞿曇よ。私たちはこう考えました。『この阿夷哆雞舍劍婆利も、弟子たちから敬われず、尊重されず、供養もされず、仕えられていない。弟子たちは彼に罵られ、大勢の弟子たちが師を非難する。「これは駄目だ。これは道理に合わない。これは正しくない。」と言って、去ってしまう。』と。 瞿曇よ。かつて阿夷哆雞舍劍婆利も、弟子たちの前で手を上げて大声で叫んだものです。『お前たちは止まれ。誰もお前たちに問いかける者はいない。人々は私に問いかける。お前たちにはこの事を裁けないが、私には裁ける。』と。ところが弟子たちは、師の話が終わるのを待たずに、その間に別の話を始めてしまうのです。」

「瞿曇！我等復作是念：『如是此阿夷哆雞舍劍婆利不為弟子所恭敬、尊重、供養、奉事，為弟子法罵所罵，眾多弟子難師：此不可，此不相應，此不等說已，便捨而去。』

> ゴータマよ、私たちはまたこう考えました。 「まさに、このアジタ・ケーサカンバラは弟子たちから敬われず、尊重されず、供養されず、仕えられていない。弟子たちから法に従って非難され、多くの弟子たちが師を難じている。『これは許されない、これはふさわしくない、これは正しく説かれていない』と言って、捨て去ってしまったのだ」と。

「瞿曇！我等復作是念：『此沙門瞿曇為弟子所恭敬、尊重、供養、奉事，不為弟子法罵所罵，亦無弟子難師：此不可，此不相應，此不等說已，便捨而去。』瞿曇！昔時沙門瞿曇數在大眾，無量百千眾圍遶說法，於其中有一人鼾眠作聲，又有一人語彼人曰：『莫鼾眠作聲！汝不欲聞世尊說微妙法，如甘露耶？』彼人即便默然無聲。瞿曇！我等復作是念：『如是此沙門瞿曇為弟子所恭敬、尊重、供養、奉事，不為弟子法罵所罵，亦無弟子難師：此不可，此不相應，此不等說已，便捨而去。』」

> 「ゴータマよ、また私たちはこう考えました。『この沙門ゴータマは弟子たちから敬われ、尊ばれ、供養され、仕えられている。弟子たちから法に基づく非難を受けることもなく、また弟子が師に「これは間違っている」「これは道理に合わない」「これは正しくない」と言って、そのまま去って行く者もいない。』と。 ゴータマよ、かつて沙門ゴータマは大勢の人の集まりの中で、無数の何百、何千もの人々に囲まれて説法されていました。その時、一人の者がいびきをかいて音を立てていました。すると別の者がその人に言いました。『いびきをかいて音を立ててはいけない。あなたは世尊が甘露のような微妙な法を説かれるのを聞きたくないのか？』と。その人はすぐに静かになり、音を立てなくなりました。 ゴータマよ、私たちはまたこう考えました。『このように、この沙門ゴータマは弟子たちから敬われ、尊ばれ、供養され、仕えられている。弟子たちから法に基づく非難を受けることもなく、また弟子が師に「これは間違っている」「これは道理に合わない」「これは正しくない」と言って、そのまま去って行く者もいない。』と。」

世尊聞已，問異學箭毛曰：「優陀夷！汝見我有幾法，令諸弟子恭敬、尊重、供養、奉事我，常隨不離耶？」

> 世尊はこれを聞いて、異学の箭毛に問うた。「ウダーインよ、あなたは私にどのような教えがあるから、弟子たちが私を敬い、尊び、供養し、仕え、常に離れずに従うのだと思うか？」

異學箭毛答曰：「瞿曇！我見瞿曇有五法，令諸弟子恭敬、尊重、供養、奉事，常隨不離。云何為五？沙門瞿曇麤衣知足，稱說麤衣知足，若沙門瞿曇麤衣知足，稱說麤衣知足者，是謂我見沙門瞿曇有第一法，令諸弟子恭敬、尊重、供養、奉事，常隨不離。復次，沙門瞿曇麤食知足，稱說麤食知足，若沙門瞿曇麤食知足，稱說麤食知足者，是謂我見沙門瞿曇有第二法，令諸弟子恭敬、尊重、供養、奉事，常隨不離。

> 異学の箭毛が答えました。「ゴータマよ、私はゴータマに五つの方法があるのを見ています。その方法によって、弟子たちは敬い、尊び、供養し、仕え、常に従い離れません。その五つとは何か。沙門ゴータマは粗末な衣で満足し、粗末な衣での満足を説かれます。沙門ゴータマが粗末な衣で満足し、粗末な衣での満足を説かれること、これが私が見る沙門ゴータマの第一の法であり、弟子たちが敬い、尊び、供養し、仕え、常に従い離れない理由です。さらに、沙門ゴータマは粗末な食物で満足し、粗末な食物での満足を説かれます。沙門ゴータマが粗末な食物で満足し、粗末な食物での満足を説かれること、これが私が見る沙門ゴータマの第二の法であり、弟子たちが敬い、尊び、供養し、仕え、常に従い離れない理由です。

「復次，沙門瞿曇少食，稱說少食，若沙門瞿曇少食，稱說少食者，是謂我見沙門瞿曇有第三法，令諸弟子恭敬、尊重、供養、奉事，常隨不離。復次，沙門瞿曇麤住止床座知足，稱說麤住止床座知足，若沙門瞿曇麤住止床座知足，稱說麤住止床座知足者，是謂我見沙門瞿曇有第四法，令諸弟子恭敬、尊重、供養、奉事，常隨不離。復次，沙門瞿曇燕坐，稱說燕坐，若沙門瞿曇燕坐，稱說燕坐者，是謂我見沙門瞿曇有第五法，令諸弟子恭敬、尊重、供養、奉事，常隨不離。是謂我見沙門瞿曇有五法，令諸弟子恭敬、尊重、供養、奉事，常隨不離。」

> さらに、沙門ゴータマは少食であり、少食を称賛されます。沙門ゴータマが少食であり、少食を称賛されること、これが私の見る、沙門ゴータマの第三の法であり、彼の弟子たちが敬い、尊重し、供養し、仕え、常に従い離れない理由です。 さらに、沙門ゴータマは粗末な住まいと寝具に満足し、その満足を称賛されます。沙門ゴータマが粗末な住まいと寝具に満足し、その満足を称賛されること、これが私の見る、沙門ゴータマの第四の法であり、彼の弟子たちが敬い、尊重し、供養し、仕え、常に従い離れない理由です。 さらに、沙門ゴータマは静かに坐り、その静坐を称賛されます。沙門ゴータマが静かに坐り、その静坐を称賛されること、これが私の見る、沙門ゴータマの第五の法であり、彼の弟子たちが敬い、尊重し、供養し、仕え、常に従い離れない理由です。 以上が、私の見る、沙門ゴータマの五つの法であり、彼の弟子たちが敬い、尊重し、供養し、仕え、常に従い離れない理由です。

世尊告曰：「優陀夷！我不以此五法，令諸弟子恭敬、尊重、供養、奉事我，常隨不離。優陀夷！我所持衣，隨聖力割截，染汙惡色，如是聖衣染汙惡色。優陀夷！或我弟子謂盡形壽衣所棄捨糞掃之衣，亦作是說：『我世尊麤衣知足，稱說麤衣知足。』優陀夷！若我弟子因麤衣知足故，稱說我者，彼因此處故，不恭敬、尊重、供養、奉事我，亦不相隨。復次，優陀夷！我食粳糧成熟，無󰉕無量雜味。優陀夷！或我弟子盡其形壽而行乞食所棄捨食，亦作是說：『我世尊麤食知足，稱說麤食知足。』優陀夷！若我弟子因麤食知足故，稱說我者，彼因此處故，不恭敬、尊重、供養、奉事我，亦不相隨。

> 世尊がおっしゃいました。「ウダーインよ、私はこれらの五つの理由によって、弟子たちに私を敬い、尊重し、供養し、仕え、常に従い離れないようにさせているのではない。 ウダーインよ、私が着る衣は、聖なる力によって裁断され、染められた汚れた色のものである。このように、聖なる衣は汚れた色をしている。ウダーインよ、あるいは私の弟子たちが、生涯にわたって捨てられた糞掃の衣を身に着けることもある。彼らはこう言うのだ。『私たちの世尊は粗末な衣で満足し、粗末な衣での満足を称賛される』と。ウダーインよ、もし私の弟子たちが、粗末な衣での満足という理由で私を称賛するなら、彼らはそのことによって私を敬い、尊重し、供養し、仕えようとはせず、また私に従おうともしない。 さらに、ウダーインよ、私は成熟した粳米を食べ、無数の混ざった味を糧とする。ウダーインよ、あるいは私の弟子たちは、その生涯にわたって托鉢し、捨てられた食べ物を食べることもある。彼らはこう言うのだ。『私たちの世尊は粗末な食べ物で満足し、粗末な食べ物での満足を称賛される』と。ウダーインよ、もし私の弟子たちが、粗末な食べ物での満足という理由で私を称賛するなら、彼らはそのことによって私を敬い、尊重し、供養し、仕えようとはせず、また私に従おうともしない。」

「復次，優陀夷！我食如一鞞羅食，或如半鞞羅，優陀夷！或我弟子食如一拘拖，或如半拘拖，亦作是說：『我世尊少食，稱說少食。』優陀夷！若我弟子因少食故，稱說我者，彼因此處故，不恭敬、尊重、供養、奉事我，亦不相隨。復次，優陀夷！我或住高樓，或住棚閣。優陀夷！或我弟子彼過九月、十月，一夜於覆處宿，亦作是說：『我世尊麤住止床座知足，稱說麁住止床座知足。』優陀夷！若我弟子因麤住止床座知足故，稱說我者，彼因此處故，不恭敬、尊重、供養、奉事我，亦不相隨。

> 「さらに、ウダーイよ。私は一ベーラの量の食事をすることもあれば、半ベーラの量をとることもある。 また、私の弟子の中には、一クータ、あるいは半クータの食事をとりながら、『私たちの師匠は少食であり、少食であると称賛されている』と言う者もいる。 ウダーイよ。もし私の弟子が、少食であることを理由に私を称賛するなら、その弟子はその点ゆえに、私を敬わず、重んじず、供養せず、仕えず、また私に従わないことになる。 さらに、ウダーイよ。私は高殿に住むこともあれば、楼閣に住むこともある。 また、私の弟子の中には、九か月や十か月を過ぎても、ただ一夜だけを覆いのある場所で過ごしながら、『私たちの師匠は粗末な住まいと寝具に満足し、粗末な住まいと寝具への満足を称賛されている』と言う者もいる。 ウダーイよ。もし私の弟子が、粗末な住まいと寝具への満足を理由に私を称賛するなら、その弟子はその点ゆえに、私を敬わず、重んじず、供養せず、仕えず、また私に従わないことになる。」

「復次，優陀夷！我常作閙比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷，或我弟子過半月一入眾，為法清淨故，亦作是說：『我世尊燕坐，稱說燕坐。』優陀夷！若我弟子因燕坐故，稱說我者，彼因此處故，不恭敬、尊重、供養、奉事我，亦不相隨。優陀夷！我無此五法，令諸弟子恭敬、尊重、供養、奉事我，常隨不離。

> 「さらに、ウダーインよ。私は常に、比丘（僧侶）、比丘尼（尼僧）、優婆塞（在家男性信者）、優婆夷（在家女性信者）に働きかけている。また、私の弟子たちは半月ごとに一度集まり、法を清めるためにこう言う。『世尊は静かに座し、静かに座することを称えられる』と。 ウダーインよ。もし私の弟子たちが、静かに座することを理由に、私を称えるならば、その者たちはその点ゆえに、私に対して敬わず、尊ばず、供養せず、仕えず、また従わないのである。 ウダーインよ。私は、弟子たちが私を敬い、尊び、供養し、仕え、常に従い離れないようにするための、これら五つの法（教え）を持ってはいない。」

「優陀夷！我更有五法，令諸弟子恭敬、尊重、供養、奉事我，常隨不離。云何為五？優陀夷！我有弟子，謂無上戒稱說我：『世尊行戒大戒，如所說所作亦然，如所作所說亦然。』優陀夷！若我弟子因無上戒稱說我者，彼因此處，恭敬、尊重、供養、奉事我，常隨不離。復次，優陀夷！我有弟子，謂無上智慧稱說我：『世尊行智慧，極大智慧。若有談論來相對者，必能伏之，謂於正法、律不可說，於自所說不可得說。』優陀夷！若我弟子因無上智慧故，稱說我者，彼因此處，恭敬、尊重、供養、奉事我，常隨不離。

> 「ウダーイよ、私にはさらに五つの法があり、それによって弟子たちが私を敬い、尊び、供養し、仕え、常に従い離れないのである。その五つとは何か。ウダーイよ、私には弟子がいて、無上の戒について私を称賛する。『世尊は戒を行じ、大戒を成就しておられる。説かれた通りに実践され、実践された通りに説かれる』と。ウダーイよ、もし私の弟子が無上の戒によって私を称賛するなら、その者はその点において私を敬い、尊び、供養し、仕え、常に従い離れないのである。また、ウダーイよ、私には弟子がいて、無上の智慧について私を称賛する。『世尊は智慧を行じ、極めて大いなる智慧を有しておられる。もし論議を仕掛けてくる者があれば、必ずそれを打ち負かすことができる。すなわち、正しい法と律については論破できず、自ら説かれたことについても論難の余地がない』と。ウダーイよ、もし私の弟子が無上の智慧によって私を称賛するなら、その者はその点において私を敬い、尊び、供養し、仕え、常に従い離れないのである。」

「復次，優陀夷！我有弟子，謂無上知見稱說我：『世尊遊知非不知，遊見非不見，彼為弟子說法，有因非無因，有緣非無緣，可答非不可答，有離非無離。』優陀夷！若我弟子因無上知見故，稱說我者，彼因此處，恭敬、尊重、供養、奉事我，常隨不離。復次，優陀夷！我有弟子，謂厭愛箭而來問我：『苦是苦，習是習，滅是滅，道是道。』我即答彼：『苦是苦，習是習，滅是滅，道是道。』優陀夷！若我弟子而來問我，我答可意令歡喜者，彼因此處，恭敬、尊重、供養、奉事我，常隨不離。

> 「また、ウダーイよ、私には弟子たちがいる。彼らは無上の知見によって私を称賛してこう言う。『世尊は遊んでいても知らないことはなく、遊んでいても見えないものはない。あの方は弟子たちのために法を説かれる。そこには原因があり、原因がないわけではない。縁があり、縁がないわけではない。答えられることであり、答えられないことではない。離れることがあり、離れることがないわけではない。』 ウダーイよ、もし私の弟子たちが無上の知見によって私を称賛するなら、その人たちはそのゆえに、私を敬い、尊び、供養し、仕え、常に従って離れないのである。 さらに、ウダーイよ、私には弟子たちがいる。彼らは愛欲の矢に厭い、疲れ、私のもとに来て問う。『苦しみは苦しみであり、集まりは集まりであり、滅びは滅びであり、道は道である。』と。私は彼らに答える。『苦しみは苦しみであり、集まりは集まりであり、滅びは滅びであり、道は道である。』と。 ウダーイよ、もし私の弟子たちが私のもとに来て問い、私がその意にかなった答えをして喜ばせるなら、その人たちはそのゆえに、私を敬い、尊び、供養し、仕え、常に従って離れないのである。」

「復次，優陀夷！我為弟子，或說宿命智通作證明達，或說漏盡智通作證明達。優陀夷！若我弟子於此正法、律中得受得度，得至彼岸，無疑無惑，於善法中無有猶豫者，彼因此處，恭敬、尊重、供養、奉事我，常隨不離。優陀夷！是謂我更有五法，令諸弟子恭敬、尊重、供養、奉事我，常隨不離。」

> 「さらに、ウダーイよ。私は弟子たちに、過去世の記憶を明らかにする智慧（宿命智通）を示して悟りへ導くこともあれば、煩悩を滅尽する智慧（漏尽智通）を示して悟りへ導くこともある。ウダーイよ。もし私の弟子たちが、この正しい教えと戒律の中に受け入れられ、渡り、彼岸に至り、疑惑なく、迷いなく、善法についてためらいがないならば、その者はそのゆえに、私を敬い、尊び、供養し、仕え、常に従い離れない。ウダーイよ。これが私がさらに五つの法によって、諸々の弟子たちに私を敬い、尊び、供養し、仕え、常に従い離れさせる所以である。」

於是，異學箭毛即從坐起，偏袒著衣，叉手向佛，白曰：「瞿曇！甚奇！甚特！善說妙事，潤澤我體，猶如甘露。瞿曇！猶如大雨，此地高下，普得潤澤。如是，沙門瞿曇為我等善說妙事，潤澤我體，猶如甘露。世尊！我已解。善逝！我已知。世尊！我今自歸於佛、法及比丘眾，唯願世尊受我為優婆塞，從今日始，終身自歸，乃至命盡。」

> そこで、異学の箭毛は座を立ち、衣を整え、合掌して仏に向かい、こう申し上げました。 「ゴータマよ。まことに不思議であります。まことに稀有であります。見事に素晴らしい道理をお示しくださり、甘露のように私の身に染み渡りました。 ゴータマよ。あたかも大雨が降り、地面の高低の区別なく、すべてを潤すかのように、沙門ゴータマは私たちに素晴らしい道理を説き、甘露のように私の身を潤してくださいました。 世尊よ。私はすでに理解しました。善逝よ。私はすでに悟りました。 世尊よ。私は今、仏・法・僧の三宝に帰依いたします。どうか世尊よ、私を在家の信者としてお受け入れください。今日より命終わるまで、生涯、帰依し続けることを誓います。」

佛說如是。異學箭毛聞佛所說，歡喜奉行。

> 仏がこのようにお説きになると、異学の箭毛は仏の教えを聞いて、喜び、その教えの通りに実践しました。

箭毛經第六竟二千八百七字

> 第六経 箭毛経 終わり<note>二千八百七字</note>