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title: "中阿含經 · 211 大拘絺羅經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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### （二一一）中阿含晡利多品大拘絺羅經第十第五後誦

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊王舍城，在竹林迦蘭哆園。

> ある時、仏陀は王舎城の竹林精舎におられた。

爾時，尊者舍黎子則於晡時從燕坐起，往詣尊者大拘絺羅所，共相問訊，却坐一面。

> ある日の午後、尊者シャーリプトラは瞑想から立ち上がると、尊者マハーコーティカのところへ訪ねていきました。互いに挨拶を交わした後、シャーリプトラは一方に座りました。

尊者舍黎子語曰：「賢者拘絺羅！欲有所問，聽我問耶？」

> 尊者（しゃりし）が言いました。「賢者（けんじゃ）コーティカよ。お聞きしたいことがあります。お聞きしてもよろしいでしょうか？」

尊者大拘絺羅白曰：「尊者舍黎子！欲問便問，我聞已當思。」

> 尊者マハーコッティカが申し上げた。「尊きシャーリプトラよ、お訊ねになりたいことがあれば、どうぞお尋ねください。私はそれを聞いて、よく考えます。」

尊者舍黎子問曰：「賢者拘絺羅！不善者說不善，不善根者說不善根。何者不善，何者不善根耶？」

> 尊者の舎黎子が尋ねました。 「賢者・拘絺羅よ。『不善』と説かれ、また『不善根』と説かれます。では、何が『不善』であり、何が『不善根』なのでしょうか。」

尊者大拘絺羅答曰：「身惡行，口、意惡行，是不善也。貪、恚、癡，是不善根也。是謂不善，是謂不善根。」

> 尊者マハーコーティカが答えました： 「身体による悪い行い、言葉による悪い行い、心による悪い行い——これらが不善です。 そして、むさぼり、怒り、無知——これらが不善の根です。 これが不善であり、これが不善の根であると説かれます。」

尊者舍黎子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者拘絺羅！」尊者舍黎子歎已，歡喜奉行。

> それを聞いて、尊者シャーリプトラは感嘆して言った。「善きかな、善きかな、賢者ゴーティカよ。」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜びをもってそれを行じた。

復問曰：「賢者拘絺羅！善者說善，善根者說善根。何者為善，何者善根耶？」

> 尊者コーキリヤが尋ねました。「尊者キティリヤよ。『善いもの』について説き、『善い根』について説かれます。では、何が『善いもの』であり、何が『善い根』なのでしょうか？」

尊者大拘絺羅答曰：「身妙行，口、意妙行，是善也。不貪、不恚、不癡，是善根也。是謂為善，是謂善根。」

> 大いなるコーティラ尊者が答えました。 「身体による善い行い、言葉による善い行い、心による善い行い、これらが善です。また、むさぼらないこと、怒らないこと、迷わないこと、これらが善の根です。これらを善と呼び、善の根と呼びます。」

尊者舍黎子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者拘絺羅！」尊者舍黎子歎已，歡喜奉行。

> それを聞いて、尊者シャーリプトラは感嘆して言った。「善きかな、善きかな、賢者ゴーティカよ。」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜びをもってそれを行じた。

復問曰：「賢者拘絺羅！智慧者說智慧，何者智慧？」

> また問う。「賢者コーティカよ。智慧について説かれているが、智慧とは何か。」

尊者大拘絺羅答曰：「知如是故說智慧。知何等耶？知此苦如真，知此苦習、知此苦滅、知此苦滅道如真，知如是故說智慧。」

> 尊者・大拘絺羅は答えました。「このように知っているからこそ、智慧と言うのです。何を知っているのか？ この苦しみをありのままに知り、この苦しみの原因を、この苦しみの消滅を、この苦しみの消滅に至る道をありのままに知っています。このように知っているからこそ、智慧と言うのです。」

尊者舍黎子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者拘絺羅！」尊者舍黎子歎已，歡喜奉行。

> それを聞いて、尊者シャーリプトラは感嘆して言った。「善きかな、善きかな、賢者ゴーティカよ。」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜びをもってそれを行じた。

復問曰：「賢者拘絺羅！識者說識，何者識耶？」

> また問う：「賢者コーチローよ、識（しき）について説かれますが、その識とはいったい何でしょうか？」

尊者大拘絺羅答曰：「識識是故說識。識何等耶？識色，識聲、香、味、觸、法，識識是故說識。」

> 尊者マハーコーティカは答えた。「『識』が認識するからこそ、『識』と呼ぶのです。では、何を認識するのか。色（形あるもの）を認識し、声、香り、味、触れるもの、そして心の対象（法）を認識します。そのように認識するからこそ、『識』と呼ぶのです。」

尊者舍黎子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者拘絺羅！」尊者舍黎子歎已，歡喜奉行。

> それを聞いて、尊者シャーリプトラは感嘆して言った。「善きかな、善きかな、賢者ゴーティカよ。」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜びをもってそれを行じた。

復問曰：「賢者拘絺羅！智慧及識，此二法為合為別，此二法可得別施設耶？」

> もう一度お尋ねしました。「賢者の拘絺羅（コウチラ）よ。智慧と認識、この二つの教えは、一体のものなのか、それとも別のものなのか。この二つを、別々に示すことはできるのでしょうか？」

尊者大拘絺羅答曰：「此二法合不別，此二法不可別施設。所以者何？智慧所知，即是識所識。是故此二法合不別，此二法不可別施設。」

> 尊大拘絺羅（マハーコッティカ）が答えました。 「この二つのもの（智慧と認識）は、切り離せない一つです。別々に説明することはできません。なぜなら、智慧が知るところは、まさに認識が認知するところだからです。ですから、この二つは分けられず、別々に説くことはできないのです。」

尊者舍黎子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者拘絺羅！」尊者舍黎子歎已，歡喜奉行。

> それを聞いて、尊者シャーリプトラは感嘆して言った。「善きかな、善きかな、賢者ゴーティカよ。」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜びをもってそれを行じた。

復問曰：「賢者拘絺羅！知者汝以何等知？」

> 「賢者コーティカよ。あなたは何をもって『知る者』とお考えですか？」

尊者大拘絺羅答曰：「知者我以智慧知。」

> 尊者マハーコーティカが答えた。「知る者は、私は智慧によって知るのです。」

尊者舍黎子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者拘絺羅！」尊者舍黎子歎已，歡喜奉行。

> それを聞いて、尊者シャーリプトラは感嘆して言った。「善きかな、善きかな、賢者ゴーティカよ。」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜びをもってそれを行じた。

復問曰：「賢者拘絺羅！智慧有何義，有何勝，有何功德？」

> 問いかけて言う、「賢者・倶絺羅よ。智慧とは、どのような意味を持ち、どのような特長があり、どのような功徳があるのですか。」

尊者大拘絺羅答曰：「智慧者有厭義、無欲義、見如真義。」

> 尊者マハーコーティカが答えました。「智慧には、嫌悪するという意味、欲がなくなるという意味、そして真実を如実に見るという意味があります。」

尊者舍黎子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者拘絺羅！」尊者舍黎子歎已，歡喜奉行。

> それを聞いて、尊者シャーリプトラは感嘆して言った。「善きかな、善きかな、賢者ゴーティカよ。」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜びをもってそれを行じた。

復問曰：「賢者拘絺羅！云何正見？」

> また問う：「尊者コーティカよ。正見とは何ですか？」

尊者大拘絺羅答曰：「知苦如真，知苦習、滅、道如真者，是謂正見。」

> 尊者大拘絺羅が答えて言った。「苦しみをありのままに知り、苦しみの原因、苦しみの消滅、そして苦しみの消滅に至る道をありのままに知ること、これを正しい見解と言うのです。」

尊者舍黎子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者拘絺羅！」尊者舍黎子歎已，歡喜奉行。

> それを聞いて、尊者シャーリプトラは感嘆して言った。「善きかな、善きかな、賢者ゴーティカよ。」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜びをもってそれを行じた。

復問曰：「賢者拘絺羅！幾因幾緣生正見耶？」

> 問いかけました。「尊いコーター（コータ）よ、どのような因と縁によって正しい見解が生まれるのですか？」

尊者大拘絺羅答曰：「二因二緣而生正見。云何為二？一者從他聞，二者內自思惟。是謂二因二緣而生正見。」

> 尊者マハーコーティカは答えられました。「正しい見解（正見）が生まれるのには、二つの原因と条件があります。その二つとは何でしょうか？第一に、他者から教えを聞くこと、第二に、自ら内省して深く考えることです。これが、正しい見解を生み出す二つの原因と条件なのです。」

尊者舍黎子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者拘絺羅！」尊者舍黎子歎已，歡喜奉行。

> それを聞いて、尊者シャーリプトラは感嘆して言った。「善きかな、善きかな、賢者ゴーティカよ。」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜びをもってそれを行じた。

復問曰：「賢者拘絺羅！有幾支攝正見，得心解脫果、慧解脫果，得心解脫功德、慧解脫功德耶？」

> そこでまた尋ねました。「賢者コーティカよ！ 正見を支えるものはいくつあり、心解脱の果と慧解脱の果、心解脱の功徳と慧解脱の功徳を得るのでしょうか。」

尊者大拘絺羅答曰：「有五支攝正見，得心解脫果、慧解脫果，得心解脫功德、慧解脫功德。云何為五？一者真諦所攝，二者戒所攝，三者博聞所攝，四者止所攝，五者觀所攝。是謂有五支攝正見，得心解脫果、慧解脫果，得心解脫功德、慧解脫功德。」

> 尊者マハーコーティカが答えた。「正しい見解を支える五つの要素があります。それを身につけることで、心の解放と智慧の解放という結果を得られ、さらにその功徳も得られます。その五つとは、第一に真理に基づくもの、第二に戒律に基づくもの、第三に幅広い学びに基づくもの、第四に心の静けさに基づくもの、第五に内観に基づくものです。これら五つの要素が正しい見解を支え、心の解放と智慧の解放、そしてその功徳をもたらすのです。」

尊者舍黎子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者拘絺羅！」尊者舍黎子歎已，歡喜奉行。

> それを聞いて、尊者シャーリプトラは感嘆して言った。「善きかな、善きかな、賢者ゴーティカよ。」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜びをもってそれを行じた。

復問曰：「賢者拘絺羅！云何生當來有？」

> また問う。「賢者コーティカよ、いかにして生が未来に存在するのですか？」

尊者大拘絺羅答曰：「愚癡凡夫無知、不多聞，無明所覆，愛結所繫，不見善知識，不知聖法，不御聖法，是謂生當來有。」

> 尊者の大拘絺羅がこう答えた。 「愚かで無知な凡人たちは、正しい学びも得ず、無明（むみょう）に覆われ、執着の煩悩に縛られている。善き指導者にも出会えず、聖なる教えを知らず、それを実践もしていない。そのために、未来において新たな存在を生み出す原因となるのです。」

尊者舍黎子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者拘絺羅！」尊者舍黎子歎已，歡喜奉行。

> それを聞いて、尊者シャーリプトラは感嘆して言った。「善きかな、善きかな、賢者ゴーティカよ。」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜びをもってそれを行じた。

復問曰：「賢者拘絺羅！云何不生當來有？」

> 尊者コーキローラよ、来世に生まれないとはどのようなことでしょうか？

尊者大拘絺羅答曰：「若無明已盡，明已生者，必盡苦也。是謂不生於當來有。」

> 尊者大拘絺羅が答えました。「もし無明が完全に尽き、明（智慧）が生じたならば、必ず苦は尽きるのです。これこそが、未来に再び生まれることがない、ということです。」

尊者舍黎子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者拘絺羅！」尊者舍黎子歎已，歡喜奉行。

> それを聞いて、尊者シャーリプトラは感嘆して言った。「善きかな、善きかな、賢者ゴーティカよ。」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜びをもってそれを行じた。

復問曰：「賢者拘絺羅！有幾覺耶？」

> 「尊者コーティカよ。感覚には、いくつ種類があるのですか？」

尊者大拘絺羅答曰：「有三覺：樂覺、苦覺、不苦不樂覺：此緣何有耶？緣更樂有。」

> 尊者マハーコーティカが答えて言いました。「三つの感覚があります。楽の感覚、苦の感覚、苦でも楽でもない感覚です。これらは何によって存在するのでしょうか？ 触れること（接触）によって存在します。」

尊者舍黎子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者拘絺羅！」尊者舍黎子歎已，歡喜奉行。

> それを聞いて、尊者シャーリプトラは感嘆して言った。「善きかな、善きかな、賢者ゴーティカよ。」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜びをもってそれを行じた。

復問曰：「賢者拘絺羅！覺、想、思，此三法為合為別？此三法可別施設耶？」

> 再び尋ねました。「尊者コーティカよ。感受、表象、概念作用、この三つの法は一体のものですか、別々のものですか。この三つを別々に説き示すことができるのですか。」

尊者大拘絺羅答曰：「覺、想、思，此三法合不別，此三法不可別施設。所以者何？覺所覺者，即是想所想，思所思。是故此三法合不別，此三法不可別施設。」

> 尊者マハーコーティカが答えました。「『感受』と『認識』と『意志』という三つの法（現象）は、一体となっており、切り離すことができません。なぜなら、感じられるものは、認識されるものであり、意志されるものでもあるからです。したがって、この三つの法は一つにまとまっており、別々に説き示すことはできないのです。」

尊者舍黎子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者拘絺羅！」尊者舍黎子歎已，歡喜奉行。

> それを聞いて、尊者シャーリプトラは感嘆して言った。「善きかな、善きかな、賢者ゴーティカよ。」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜びをもってそれを行じた。

復問曰：「賢者拘絺羅！滅者有何對？」

> またお尋ねしました。「尊きコーカーリヤよ、滅したものには何が対になるのですか？」

尊者大拘絺羅答曰：「滅者無有對。」

> 大劫絺羅尊者は答えました。「滅したものには対するものはありません。」

尊者舍黎子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者拘絺羅！」尊者舍黎子歎已，歡喜奉行。

> それを聞いて、尊者シャーリプトラは感嘆して言った。「善きかな、善きかな、賢者ゴーティカよ。」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜びをもってそれを行じた。

復問曰：「賢者拘絺羅！有五根異行、異境界，各各受自境界，眼根，耳、鼻、舌、身根，此五根異行、異境界，各各受自境界，誰為彼盡受境界，誰為彼依耶？」

> 尊者コーリタよ、五つの感官（五根）はそれぞれ異なる働きと異なる対象を持ち、各々が自分の対象を受け取ります。すなわち、眼根、耳根、鼻根、舌根、身根です。この五根が異なる働きと異なる対象を持ち、各々が自分の対象を受け取るとき、それらの対象をすべて受け取るものは誰であり、それらの拠り所となるものは誰なのでしょうか。

尊者大拘絺羅答曰：「五根異行、異境界，各各自受境界，眼根，耳、鼻、舌、身根，此五根異行、異境界，各各受自境界，意為彼盡受境界，意為彼依。」

> 尊者マハーコーティカ（大拘絺羅）が答えて言いました。「五つの感覚器官（五根）には、それぞれ異なる働きと異なる領域があります。そして、それぞれが自分の領域の対象を受け取ります。すなわち、眼根、耳根、鼻根、舌根、身根です。これらの五根は、異なる働きと異なる領域を持ち、それぞれが自分の領域の対象を受け取ります。一方、意（心）は、それらのすべての領域の対象を受け取り、それらのよりどころとなります。」

尊者舍黎子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者拘絺羅！」尊者舍黎子歎已，歡喜奉行。

> それを聞いて、尊者シャーリプトラは感嘆して言った。「善きかな、善きかな、賢者ゴーティカよ。」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜びをもってそれを行じた。

復問曰：「賢者拘絺羅！意者依何住耶？」

> また問う。「賢者コーティカよ。心（意）とは、何に依ってとどまるのでしょうか。」

尊者大拘絺羅答曰：「意者依壽，依壽住。」

> 尊者マハーコーティカが答えた。「意識は生命（寿）に依存し、生命に基づいて存在します。」

尊者舍黎子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者拘絺羅！」尊者舍黎子歎已，歡喜奉行。

> それを聞いて、尊者シャーリプトラは感嘆して言った。「善きかな、善きかな、賢者ゴーティカよ。」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜びをもってそれを行じた。

復問曰：「賢者拘絺羅！壽者依何住耶？」

> さらに問う。「賢者コーティカよ、命（寿者）は何に依って存在するのか？」

尊者大拘絺羅答曰：「壽者依暖，依暖住。」

> 尊者大拘絺羅が答えて言いました。「生命は、暖かさに基づき、暖かさによって成り立っています。」

尊者舍黎子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者拘絺羅！」尊者舍黎子歎已，歡喜奉行。

> それを聞いて、尊者シャーリプトラは感嘆して言った。「善きかな、善きかな、賢者ゴーティカよ。」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜びをもってそれを行じた。

復問曰：「賢者拘絺羅！壽及暖，此二法為合為別？此二法可得別施設耶？」

> また尋ねた。「賢者コーチラよ。寿命と体温、この二つの法は一体か、それとも別物か。この二つの法を別々に説き示すことができるだろうか。」

尊者大拘絺羅答曰：「壽及暖，此二法合不別，此二法不可別施設。所以者何？因壽故有暖，因暖故有壽，若無壽者則無暖，無暖者則無壽。猶如因油因炷，故得燃燈，彼中因㷿故有光，因光故有㷿，若無㷿者則無光，無光者則無㷿。如是因壽故有暖，因暖故有壽，若無壽者則無暖，無暖者則無壽。是故此二法合不別，此二法不可別施設。」

> 尊師マハーコッティカが答えました。「寿命と体温、この二つの要素は一つに結びついていて、切り離せず、別々に存在するものとして語ることはできません。なぜなら、寿命があるから体温があり、体温があるから寿命があるからです。寿命がなければ体温はなく、体温がなければ寿命もありません。ちょうど、油と灯芯があるから灯火が燃え、その中で、炎があるから光があり、光があるから炎があるようなものです。もし炎がなければ光はなく、光がなければ炎もありません。これと同じように、寿命があるから体温があり、体温があるから寿命があるのです。ですから、この二つの要素は一つに結びついていて、切り離せず、別々に存在するものとして語ることはできないのです。」

尊者舍黎子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者拘絺羅！」尊者舍黎子歎已，歡喜奉行。

> それを聞いて、尊者シャーリプトラは感嘆して言った。「善きかな、善きかな、賢者ゴーティカよ。」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜びをもってそれを行じた。

復問曰：「賢者拘絺羅！有幾法生身死已，身棄塚間，如木無情？」

> 「敬うべきマハーコーティカ（大拘絺羅）よ。人がこの世を去り、肉体が墓場に捨てられ、まるで木片のように無感情になるまでには、いくつの法（現象）が生じるのでしょうか。」

尊者大拘絺羅答曰：「有三法生身死已，身棄塚間，如木無情。云何為三？一者壽，二者暖，三者識。此三法生身死已，身棄塚間，如木無情。」

> 尊者マハーコーティカが答えた。「身体が生まれ、やがて死んで塚の間に捨てられ、木のように何も感じなくなる原因となる三つの要素があります。その三つとは、第一に寿命、第二に体温、第三に意識です。この三つの要素が生じると身体が発生し、これらがなくなると身体は死に、塚の間に捨てられて木のように何も感じなくなるのです。」

尊者舍黎子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者拘絺羅！」尊者舍黎子歎已，歡喜奉行。

> それを聞いて、尊者シャーリプトラは感嘆して言った。「善きかな、善きかな、賢者ゴーティカよ。」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜びをもってそれを行じた。

復問曰：「賢者拘絺羅！若死及入滅盡定者，有何差別？」

> また問う。「賢者コーティカよ。もし死んだ者と、滅尽定に入った者には、どのような違いがあるのでしょうか。」

尊者大拘絺羅答曰：「死者壽命滅訖，溫暖已去，諸根敗壞。比丘入滅盡定者，壽不滅訖，暖亦不去，諸根不敗壞。死及入滅盡定者，是謂差別。」

> 尊者マハー・コーティカが答えた：「死とは、寿命が尽き、温もりが去り、諸々の感覚機能が壊れることです。しかし、比丘が滅尽定に入る場合、寿命は尽きず、温もりも去らず、諸々の感覚機能も壊れません。死と滅尽定に入ること、これがその違いです。」

尊者舍黎子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者拘絺羅！」尊者舍黎子歎已，歡喜奉行。

> それを聞いて、尊者シャーリプトラは感嘆して言った。「善きかな、善きかな、賢者ゴーティカよ。」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜びをもってそれを行じた。

復問曰：「賢者拘絺羅！若入滅盡定及入無想定者，有何差別？」

> 再び問う：「賢者コーティカよ、もし『滅尽定』に入る者と『無想定』に入る者とには、どのような違いがあるのですか？」

尊者大拘絺羅答曰：「比丘入滅盡定者，想及知滅。比丘入無想定者，想知不滅。若入滅盡定及入無想定者，是謂差別。」

> 尊者マハーコーティカが答えて言いました。「比丘が滅尽定に入るときは、想いと知覚は消え去ります。比丘が無想定に入るときは、想いと知覚は消えません。この二つの入定の違いが、これがその違いです。」

尊者舍黎子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者拘絺羅！」尊者舍黎子歎已，歡喜奉行。

> それを聞いて、尊者シャーリプトラは感嘆して言った。「善きかな、善きかな、賢者ゴーティカよ。」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜びをもってそれを行じた。

復問曰：「賢者拘絺羅！若從滅盡定起及從無想定起者，有何差別？」

> また尋ねた。「賢者ゴーティカよ！もし滅尽定から起きた場合と、無想定から起きた場合とでは、どのような違いがあるのですか？」

尊者大拘絺羅答曰：「比丘從滅盡定起時，不如是念：『我從滅盡定起。』比丘從無想定起時，作如是念：『我為有想，我為無想？』從滅盡定起及從無想定起者，是謂差別。」

> 尊者マハーコーティカが答えた。「修行者が『想うことのない境地（滅尽定）』から起きるとき、『今、この境地から起きた』とは思いません。しかし『考えることのない境地（無想定）』から起きるとき、『私は考えているのか、考えていないのか』と考えます。この二つの定から起きる際の違いが、ここにあります。」

尊者舍黎子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者拘絺羅！」尊者舍黎子歎已，歡喜奉行。

> それを聞いて、尊者シャーリプトラは感嘆して言った。「善きかな、善きかな、賢者ゴーティカよ。」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜びをもってそれを行じた。

復問曰：「賢者拘絺羅！比丘入滅盡定時先滅何法？為身行，為口、意行耶？」

> 拘締羅尊者に尋ねた。「尊者よ、比丘が滅尽定に入る時、まず何が消滅するのですか？身体の作用ですか、言葉の作用ですか、それとも心の作用ですか？」

尊者大拘絺羅答曰：「比丘入滅盡定時，先滅身行，次滅口行，後滅意行。」

> 大迦旃延尊者（マハーコーティカ）が答えました。「比丘が滅尽定に入るとき、まず身体の作用が消え、次に言葉の作用が消え、最後に心の作用が消えます。」

尊者舍黎子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者拘絺羅！」尊者舍黎子歎已，歡喜奉行。

> それを聞いて、尊者シャーリプトラは感嘆して言った。「善きかな、善きかな、賢者ゴーティカよ。」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜びをもってそれを行じた。

復問曰：「賢者拘絺羅！比丘從滅盡定起時，先生何法？為身行，口、意行耶？」

> 賢者コーティカに尋ねた。「尊者よ、比丘が滅尽定から起きた時、最初に生じるものは何ですか？身行（身体の作用）でしょうか、口行（言葉の作用）、意行（心の作用）でしょうか？」

尊者大拘絺羅答曰：「比丘從滅盡定起時，先生意行，次生口行，後生身行。」

> 尊者マハーコーティタが答えました。「比丘が滅尽定から起き上がるとき、最初に意志の働きが生じ、次に言葉の働きが生じ、最後に身体の働きが生じます。」

尊者舍黎子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者拘絺羅！」尊者舍黎子歎已，歡喜奉行。

> それを聞いて、尊者シャーリプトラは感嘆して言った。「善きかな、善きかな、賢者ゴーティカよ。」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜びをもってそれを行じた。

復問曰：「賢者拘絺羅！比丘從滅盡定起時觸幾觸？」

> また問うた。「賢者コーチローよ。比丘が滅尽定から出るとき、何種の触(接触)に触れるのですか？」

尊者大拘絺羅答曰：「比丘從滅盡定起時觸三觸。云何為三？一者不移動觸，二者無所有觸，三者無相觸。比丘從滅盡定起時觸此三觸。」

> 尊者マハーコーティカは答えた。「比丘が滅尽定から起き上がる時、三つの触れに触れます。その三つとは何か。第一に『動かない触れ』、第二に『何もない触れ』、第三に『形のない触れ』です。比丘が滅尽定から起き上がる時、この三つの触れに触れるのです。」

尊者舍黎子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者拘絺羅！」尊者舍黎子歎已，歡喜奉行。

> それを聞いて、尊者シャーリプトラは感嘆して言った。「善きかな、善きかな、賢者ゴーティカよ。」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜びをもってそれを行じた。

復問曰：「賢者拘絺羅！空、無願、無相，此三法異義、異文耶？為一義、異文耶？」

> 再び問う、「賢者コーティカよ。空・無願・無相、これら三つの法は、異なる意味と異なる言葉を持つのだろうか。それとも、同じ意味で言葉だけが異なるのだろうか。」

尊者大拘絺羅答曰：「空、無願、無相，此三法異義、異文。」

> 大拘絺羅尊者はお答えになりました。「『空』『無願』『無相』、この三つの教えは、意味も表現も異なるものです。」

尊者舍黎子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者拘絺羅！」尊者舍黎子歎已，歡喜奉行。

> それを聞いて、尊者シャーリプトラは感嘆して言った。「善きかな、善きかな、賢者ゴーティカよ。」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜びをもってそれを行じた。

復問曰：「賢者拘絺羅！有幾因幾緣生不移動定耶？」

> 尊者コーキローラよ、何の原因と条件によって不動の三昧は生じるのですか？

尊者大拘絺羅答曰：「有四因四緣生不移動定。云何為四？若比丘離欲、離惡不善之法，至得第四禪成就遊，是謂四因四緣生不移動定。」

> 尊者マハーコーティカが答えた。「不動の定（サマーディ）が生じるには、四つの原因と四つの条件があります。その四つとは何か？比丘が欲望を離れ、不善の法を離れて、第四禅に至り、その境地で安住すること、これを不動の定が生じる四つの原因と四つの条件といいます。」

尊者舍黎子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者拘絺羅！」尊者舍黎子歎已，歡喜奉行。

> それを聞いて、尊者シャーリプトラは感嘆して言った。「善きかな、善きかな、賢者ゴーティカよ。」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜びをもってそれを行じた。

復問曰：「賢者拘絺羅！有幾因幾緣生無所有定耶？」

> 尊者コーキローラよ、無所有処定はどのような原因や条件によって生じるのですか？

尊者大拘絺羅答曰：「有三因三緣生無所有定。云何為三？若比丘度一切色想，至得無所有處成就遊，是謂有三因三緣生無所有定。」

> 尊者マハーコーティカが答えた。「三つの原因と三つの条件によって、無所有定が生じます。その三つとは何か。比丘がすべての色の想いを超え、無所有処に達して安住すること。これが無所有定を生じさせる三つの原因と三つの条件です。」

尊者舍黎子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者拘絺羅！」尊者舍黎子歎已，歡喜奉行。

> それを聞いて、尊者シャーリプトラは感嘆して言った。「善きかな、善きかな、賢者ゴーティカよ。」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜びをもってそれを行じた。

復問曰：「賢者拘絺羅！有幾因幾緣生無想定？」

> また問う、「賢者コータリカよ、無想定を生じさせるには、いくつの因縁があるのですか？」

尊者大拘絺羅答曰：「有二因二緣生無想定。云何為二？一者不念一切想，二者念無想界。是謂二因二緣生無想定。」

> 尊者のマハーコーティカ（大拘絺羅）が答えて言った。「無想定が生じるのには、二つの原因と二つの縁があります。その二つとは何か。一つ目は、すべての想い（概念）を念じないこと、二つ目は、無想の領域を念じることです。これが、無想定が生じるための二つの原因と二つの縁なのです。」

尊者舍黎子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者拘絺羅！」尊者舍黎子歎已，歡喜奉行。

> それを聞いて、尊者シャーリプトラは感嘆して言った。「善きかな、善きかな、賢者ゴーティカよ。」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜びをもってそれを行じた。

復問曰：「賢者拘絺羅！有幾因幾緣住無想定耶？」

> さらに問う。「賢者コーチロー（拘絺羅）よ。無想定に入るには、いくつの原因と条件があるのですか。」

尊者大拘絺羅答曰：「有二因二緣住無想定。云何為二？一者不念一切想，二者念無想界。是謂二因二緣住無想定。」

> 尊者マハーコーティカが答えた。「無想定に入るには、二つの原因と条件があります。一つ目は、あらゆる想念を思わないこと。二つ目は、無想の境地を念じることです。これが、無想定に入るための二つの原因と条件です。」

尊者舍黎子聞已，歎曰：「善哉！善哉！賢者拘絺羅！」尊者舍黎子歎已，歡喜奉行。

> それを聞いて、尊者シャーリプトラは感嘆して言った。「善きかな、善きかな、賢者ゴーティカよ。」尊者シャーリプトラは感嘆し、喜びをもってそれを行じた。

復問曰：「賢者拘絺羅！有幾因幾緣從無想定起？」

> 「敬愛なるコーティカ（拘絺羅）よ！無想定から出るには、何の原因と条件があるのですか？と問われました。」

尊者大拘絺羅答曰：「有三因三緣從無想定起。云何為三？一者念一切想，二者不念無想界，三者因此身因六處緣命根，是謂三因三緣，從無想定起。」

> 尊者・大拘絺羅が答えた。「この無想定（想念のない境地）から出るには、三つの原因と三つの条件がある。その三つとは何か。第一に、あらゆる想念を思い起こすこと。第二に、無想の境地を思い起こさないこと。第三に、この身体が六つの感覚器官（六処）と命の根幹（命根）に依って成り立っていること。これらが、無想定から出るための三つの原因・三つの条件である。」

如是，彼二尊更相稱歎善哉善哉，更互所說，歡喜奉行。從坐起去。

> このようにして、二人の尊者は互いに「善きかな、善きかな」と称え合い、それぞれの教えを喜んで実践し、その場を立ち去った。

尊者大拘絺羅經第十竟三千七十五字

> 第十経「尊者マハーコーティカの経」終わり<note>三千七十五字</note>

## 中阿含經卷第五十八六千一百二十四字中阿含晡利多品第三竟三萬四百四十五字第五後誦

> 中阿含経 第五十八巻<note>六千百二十四字</note>