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title: "中阿含經 · 213 法莊嚴經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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### （二一三）中阿含例品法莊嚴經第二第五後誦

> 中阿含例品 法荘厳経 第二<note>第五後誦</note>

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛遊釋中，在釋家都邑，名彌婁離。

> ある時、仏は釈迦族の地を遊行され、釈迦族の一つの町、ミラヴァリーという所に滞在しておられました。

爾時，拘薩羅王波斯匿與長作共俱有所為故，出詣邑名城。拘薩羅王波斯匿至彼園觀，見諸樹下寂無音聲，遠離，無惡，無有人民，隨順燕坐，見已，憶念世尊。拘薩羅王波斯匿告曰：「長作！今此樹下寂無音聲，遠離，無惡，無有人民，隨順燕坐，此處我數往見佛。長作！世尊今在何處？我欲往見。」

> ある時、コーサラ国のパセーナディ王は、側近のロンガと共に用事があって、城のある町へと向かいました。パセーナディ王はその園林に立ち寄り、木々の下が静まり返り、人里離れて悪がなく、人の気配もなく、静かに坐禅するのにふさわしい場所を見つけました。それを見て、王は世尊（ブッダ）を思い出しました。パセーナディ王はロンガに告げました。「ロンガよ、この木の下は実に静かで、人里離れ、悪もなく、人の気配もない。坐禅に適したこの場所で、私はかつて何度も仏にお目にかかったものだ。ロンガよ、世尊は今どこにおられるか。私はお目にかかりたい。」

長作答曰：「天王！我聞世尊遊釋中，在釋家都邑，名彌婁離。」

> 長老が答えた。「天王よ、わたしは世尊が釈迦族のうちを遊行され、釈迦族の都、弥婁離という町にいらっしゃったのを聞きました。」

拘薩羅王波斯匿復問曰：「長作！釋家都邑名彌婁離，去此幾許？」

> コーサラ国の王パセーナディが尋ねました。「長作よ、釈迦族の都であるミルアリー（弥婁離）は、ここからどれほど離れているのか？」

長作答曰：「天王！去此三拘婁舍。」

> 答えて言う、「天王よ、ここから三拘婁舎（約三里）の先です。」

拘薩羅王波斯匿告曰：「長作！可勅嚴駕，我欲詣佛。」

> コーサラ国のパセーナディ王が言いました。「車長よ、車の用意をせよ。私は仏のもとへ参りたい。」

長作受教，即勅嚴駕，白曰：「天王！嚴駕已訖，隨天王意。」拘薩羅王波斯匿即昇乘出城外，往至釋家都邑，名彌婁離。

> 長者子が教えを受け、すぐに車の準備を整えさせ、こう申し上げました。「大王、車の準備は整いました。どうぞ大王の思し召しのままに。」すると、コーサラ国のパセーナディ王は車に乗り、城外へと出発し、釈迦族の都であるミラリという町へと向かいました。

爾時，彌婁離門外眾多比丘露地經行，拘薩羅王波斯匿往詣諸比丘所，問曰：「諸尊！世尊今在何處晝行？」

> その時、弥婁離の門の外で大勢の比丘たちが露地で経行していました。そこへコーサラ国のパセーナディ王がやって来て、こう尋ねました。 「尊き方々、世尊は今、どこで昼のお過ごしをされていますか？」

眾多比丘答曰：「大王！彼東向大屋，開窓閉戶，世尊今在彼中晝行。大王！欲見便往詣彼，到已住外，謦欬敲戶，世尊聞者，必為開戶。」

> 多くの修行僧たちが答えました。「大王様、東向きの大きな建屋で、窓は開けて戸は閉めてあります。世尊は今まさにそこで昼の休息を取っておられます。大王様、お会いになりたいなら、そこへ行き、着かれましたら外で咳払いをして戸を叩きなさい。世尊がお聞きになれば、必ず戸をお開けになるでしょう。」

拘薩羅王波斯匿即便下車。若有王剎利頂來而得人處，教令大地，有五儀飾，劍、葢、華鬘及珠柄拂、嚴飾之屣，彼盡脫已，授與長作，長作念曰：「天王今者必當獨入，我等應共住此待耳。」

> コーサラ国のパセーナディ王は、すぐに車から降りました。もし灌頂を受けた刹帝利（王族）で、大地に足を下ろすべき時には、剣、傘、花飾り、宝玉の柄の拂子、装飾のある履物という五つの整えられた品々があります。彼はそれらをすべて脱ぎ、大臣（長作）に預けました。長作は考えました。「王は今、きっとお一人でお入りになるのだ。我々はここに留まってお待ちしよう。」

於是，拘薩羅王波斯匿眷屬圍遶，步往至彼東向大屋，到已住外，謦欬敲戶，世尊聞已，即為開戶，拘薩羅王波斯匿便入彼屋，前至佛所，稽首禮足，再三自稱姓名：「我是拘薩羅王波斯匿。我是拘薩羅王波斯匿。」

> そこで、コーサラ国のパセーナディ王は家来たちに囲まれて、歩いて東向きの大きな建物へ向かいました。到着すると外に立ち、せきばらいをして戸をたたきました。世尊はそれを聞いて、すぐに戸を開けられました。コーサラ国のパセーナディ王はその建物の中に入り、仏の前へ進み、頭を仏の足に付けて礼拝し、三度自分の名前を名乗りました。「私はコーサラ国のパセーナディ王です。私はコーサラ国のパセーナディ王です。」

世尊答曰：「如是。大王！汝是拘薩羅王波斯匿。汝是拘薩羅王波斯匿。」拘薩羅王波斯匿再三自稱姓名已，稽首佛足，却坐一面。

> 世尊がお答えになりました。「その通りです。大王よ。あなたはコーサラ国の王、パセーナディ王です。あなたはコーサラ国の王、パセーナディ王です。」 コーサラ国の王パセーナディは、三度にわたって自分の名前を名乗った後、仏の足に頭を付け、礼をしてから、退いて一方に座りました。

世尊問曰：「大王！見我有何等義，而自下意稽首禮足，供養承事耶？」

> 世尊がお尋ねになりました。「大王よ、あなたが私に対してどのような意味があると考えて、みずから頭を下げ、足に礼拝し、供養し仕えるのですか？」

拘薩羅王波斯匿答曰：「世尊！我於佛而有法靖，因此故，我作是念：『如來、無所著、正盡覺所說法善，世尊弟子眾善趣向也。』世尊！我坐都坐時，見母共子諍，子共母諍，父子、兄弟、姉妹、親屬展轉共諍，彼鬪諍時，母說子惡，子說母惡，父子、兄弟、姉妹、親屬相更說惡，況復他人？我見世尊弟子諸比丘眾從世尊行梵行，或有比丘少多起諍，捨戒罷道，不說佛惡，不說諸法惡，不說眾惡，但自責數：『我為惡，我為無德。所以者何？以我不能從世尊自盡形壽修行梵行。』是謂我於佛而有法靖，因此故，我作是念：『如來、無所著、正盡覺所說法善，世尊弟子眾善趣向也。』

> コーサラ王パセーナディは答えました。「世尊、私はあなたの教えに確かな信頼を置いております。そのため、私はこう考えます。『如来、阿羅漢、正等覚者が説かれた法（教え）は素晴らしい。世尊の弟子たちの集いもまた、正しく向かうところに向かっている』と。 世尊、私は都の集会に座っているとき、母と子が争い、子が母と争い、父と子、兄弟、姉妹、親族同士が互いに争い合うのを見ました。彼らが争うとき、母は子の悪口を言い、子は母の悪口を言い、父と子、兄弟、姉妹、親族同士が互いに悪口を言い合います。ましてや他人同士ならなおさらです。 しかし、私は世尊の弟子である比丘たちが、世尊のもとで梵行（清らかな修行）を実践している様子を見ました。ある比丘が少しばかり争いを起こし、戒を捨てて修行をやめることがあっても、彼らは仏の悪口を言わず、法の悪口を言わず、僧の悪口を言いません。ただ自らを責めて、『私は悪かった、私は徳がなかった。なぜなら、私は世尊のもとで生涯をかけて梵行を全うすることができなかったからだ』と言うのです。 これこそ、私があなたの教えに確かな信頼を置く理由です。そのため、私はこう考えます。『如来、阿羅漢、正等覚者が説かれた法は素晴らしい。世尊の弟子たちの集いもまた、正しく向かうところに向かっている』と。」

「復次，世尊！我見一沙門梵志，或九月或十月，少多學行梵行，捨隨本服，復為欲所染，染欲著欲，為欲所縛，憍慠受入，不見災患，不見出要而樂行欲。世尊！我見世尊弟子諸比丘眾，自盡形壽修行梵行，乃至億數。我於此外，不見如是清淨梵行，如世尊家，是謂我於佛而有法靖，因此故，我作是念：『如來、無所著、正盡覺所說法善，世尊弟子眾善趣向也。』

> 「また、世尊よ、私はある沙門や梵志が、九ヶ月か十ヶ月ほど、多少なりとも梵行（清らかな行い）を学び修行した後に、元の服装に戻り、再び欲に染まり、欲に執着し、欲に縛られ、おごり高ぶってそれを受け入れ、その災いを見ず、そこから抜け出す道を知らずに、欲を楽しんでいるのを見ます。世尊よ、私は世尊の弟子である比丘たちの集いが、生涯を終えるまで梵行を修行し、その数が数えきれないほどであるのを見ます。私はこの世で、世尊の教えの家のような清らかな梵行を他に見たことがありません。このことが、私が仏に対して法の確信を持つ理由です。それゆえに、私はこう思います。『如来、阿羅漢、正等覚者が説かれた法は善く、世尊の弟子たちの集いは善く向かっている』と。」

「復次，世尊！我見一沙門梵志羸瘦憔悴，形色極惡，身生白皰，人不憙見，我作是念：『此諸尊何以羸瘦憔悴，形色極惡，身生白皰，人不憙見？此諸尊必不樂行梵行，或身有患，或屏處作惡，以是故諸尊羸瘦憔悴，形色極惡，身生白皰，人不憙見。』我往問彼：『諸尊何故羸瘦憔悴，形色極惡，身生白皰，人不憙見？諸尊不樂行梵行耶？為身有患耶？為屏處作惡耶？是故諸尊羸瘦憔悴，形色極惡，身生白皰，人不憙見。』彼答我曰：『大王！是白病。大王！是白病。』

> 「また、世尊よ、私はある沙門や梵志（修行者）で、やせ衰えやつれはて、顔色がひどく悪く、身体に白い腫れ物ができていて、人が見たくないような姿の者を見ました。そして私はこう思いました。『この尊い方々は、なぜこれほどまでにやせ衰えやつれはて、顔色が悪く、身体に白い腫れ物ができて、人が見たくないような姿なのだろうか。きっとこの方々は清らかな修行を喜んでいないか、身体に病があるか、あるいは隠れて悪いことをしているのだろう。そのためにこのようにやつれてしまったのだ』と。 そこで私はその方のところに行き、尋ねました。『尊い方々は、なぜこれほどやせ衰えやつれはて、顔色が悪く、身体に白い腫れ物ができて、人が見たくないような姿なのでしょうか。清らかな修行を喜んでおられないのですか？ それとも身体に病があるのですか？ あるいは隠れて悪いことをしておられるのですか？ そのような理由から、このようにやつれてしまわれたのですか？』 するとその方は私に答えました。『大王よ、これは白い病（ハンセン病）でございます。大王よ、これは白い病なのです。』」

「世尊！我見世尊弟子諸比丘眾，樂行端正，面色悅澤，形體淨潔，無為無求，護他妻食如鹿，自盡形壽修行梵行，我見已，作是念：『此諸尊何故樂行端正，面色悅澤，形體淨潔，無為無求，護他妻食如鹿，自盡形壽修行梵行？此諸尊或得離欲，或得增上心，現法樂居，易不難得。』是故此諸尊樂行端正，面目悅澤，形體淨潔，無為無求，護他妻食如鹿，自盡形壽修行梵行。若行欲樂行端正者，我應樂行端正。何以故？我得五欲功德，易不難得。若此諸尊得離欲，得增上心，於現法樂居，易不難得，是故此諸尊樂行端正，面色悅澤，形體淨潔，無為無求，護他妻食如鹿，自盡形壽修行梵行，是謂我於佛而有法靖。因此故，我作是念：『如來、無所著、正盡覺所說法善，世尊弟子眾善趣向也。』

> 世尊よ。私は、世尊の弟子である比丘たちが、楽しげで立ち居振る舞いが整い、顔色がよく輝き、身体が清らかで、何かにとらわれることなく何も求めず、他人の妻や食べ物を鹿のように慎み深く守り、生涯を尽くして清らかな行い（梵行）を実践しているのを見ました。 それを見て、こう思いました。 「これらの尊い方々は、なぜこのように楽しげで、姿が整い、顔色がよく輝き、身体が清らかで、とらわれず求めず、他人の妻や食物を鹿のように慎み、生涯を尽くして清らかな行いを実践しておられるのだろうか。これらの尊い方々は、あるいは欲から離れた境地（離欲）を得たか、あるいはより高次の心（増上心）を得て、現世において安らかに楽しんでおられるのだ。それは容易であり、難しいことではないのだ。」 だからこそ、これらの尊い方々は、楽しげで姿が整い、顔色がよく輝き、身体が清らかで、とらわれず求めず、他人の妻や食べ物を鹿のように慎み、生涯を尽くして清らかな行いを実践しておられるのです。 もし、欲望の楽しみを追い求めることでこのような楽しげな姿を得られるなら、私もそうあるべきでしょう。なぜなら、私は五つの欲望の楽しみ（五欲功徳）を容易に得られるからです。 しかし、これらの尊い方々は、離欲を得て、高次の心を得て、現世で安らかに楽しく過ごしておられる。それは容易であり、難しいことではない。だからこそ、これらの尊い方々は、楽しげで姿が整い、顔色がよく輝き、身体が清らかで、とらわれず求めず、他人の妻や食べ物を鹿のように慎み、生涯を尽くして清らかな行いを実践しておられるのです。 このように、私は仏法において確かな静けさ（法靖）を得ました。それゆえに、私はこう思うのです。 「如来・无所著・正等覚者が説かれた法は素晴らしい。世尊の弟子たちの集いは、善く正しい方向へと向かっている。」と。

「復次，世尊！我見一沙門梵志聰明智慧，自稱聰明智慧，博聞決定，諳識諸經，制伏強敵，談論覺了，名德流布，一切世間無不聞知，所遊至處壞諸見宗，輙自立論，而作是說：『我等往至沙門瞿曇所，問如是如是事，若能答者，當難詰彼；若不能答，亦難詰已，捨之而去。』彼聞世尊遊某村邑，往至佛所，尚不敢問於世尊事，況復欲難詰耶？是謂我於佛而有法靖，因此故，我作是念：『如來、無所著、正盡覺所說法善，世尊弟子眾善趣向也。』

> 「また、世尊よ。私はある沙門や梵志を見ました。賢く智慧があり、自らも『賢く智慧がある』と称し、博識で決断力があり、諸々の経典に精通し、強敵を打ち負かし、議論を明快に説き、名声は広く流布し、一切世間に知らぬ者はいませんでした。彼は訪れる先々で様々な見解の宗派を打ち壊し、必ず自らの論を立てて、こう言っていました。『我々は沙門ゴータマのところへ行き、かくかくしかじかのことを尋ねよう。もし答えられるなら、我々は彼を難詰しよう。もし答えられなくても、やはり難詰してから、捨てて去ろう。』ところが、その者が世尊がある村邑に滞在されていると聞き、仏のもとへやって来ても、世尊に対して質問することすらできず、ましてや難詰しようなどとは思いもしなかったのです。これこそ、私が仏に対して法の安穏を有する理由であり、ゆえに私はこう思いました。『如来であり、阿羅漢であり、正しく完全に悟られた方が説かれた法は善い。世尊の弟子の僧伽は、よく正しい方向に向かっている』と。」

「復次，世尊！我見一沙門梵志聰明智慧，自稱聰明智慧，博聞決定，諳識諸經，制伏強敵，談論覺了，名德流布，一切世間無不聞知，所遊至處壞諸見宗，輙自立論，而作是說：『我等往至沙門瞿曇所，問如是如是事，若能答者，當難詰彼；若不能答，亦難詰已，捨之而去。』彼聞世尊遊某村邑，往至佛所，問世尊事，世尊為答，彼聞答已，便得歡喜，稽首佛足，繞三匝而去，是謂我於佛而有法靖。因此故，我作是念：『如來、無所著、正盡覺所說法善，世尊弟子眾善趣向也。』

> 「また、世尊よ。私はある沙門や梵志（修行者やバラモン）で、聡明で知恵があり、自らも聡明で知恵があると称し、広く学び確固たる見解を持ち、諸々の経典に通じ、敵対者を打ち負かし、議論に長け明らかで、その名声は広く流布し、世の中の全ての者がその名を知らない者はなく、至る所で様々な見解の宗派を打ち破り、自ら論を立てて、こう言う者を見ました。『我々は沙門ゴータマの許に赴き、こういうこういう事を問おう。もし答えることができるなら、その者を難詰しよう。もし答えることができなければ、それでも難詰してから、捨て置いて去ろう。』と。 その者が、世尊がある村邑に遊行されていると聞き、仏の許に赴き、世尊に事を問うたところ、世尊がお答えになりました。その者はその答えを聞いて、歓喜し、仏の足に頭を接し、三度右回りに繞ってから去りました。これが、私が仏に対して法の安穏を得たという理由です。このことから、私はこう考えました。『如来、阿羅漢、正等覚者が説かれた法は善い。世尊の弟子たちの集いは、善く趣に入っている。』と。」

「復次，世尊！我見一沙門梵志聰明智慧，自稱聰明智慧，博聞決定，諳識諸經，制伏強敵，談論覺了，名德流布，一切世間無不聞知，所遊至處壞諸見宗，輙自立論，而作是說：『我等往至沙門瞿曇所，問如是如是事，若能答者，當難詰彼；若不能答，亦難詰已，捨之而去。』彼聞世尊遊某村邑，往至佛所，問世尊事，世尊為答，彼聞答已，便得歡喜，即自歸佛、法及比丘眾，世尊受彼為優婆塞，終身自歸，乃至命盡，是謂我於佛而有法靖。因此故，我作是念：『如來、無所著、正盡覺所說法善，世尊弟子眾善趣向也。』

> 「また、世尊よ。私はある沙門や梵志（修行者）を見ました。彼らは聰明で智慧があり、自ら『自分は聰明で智慧があり、博覧強記で、諸々の経典に通じ、敵対者を打ち負かし、議論に明るく、名声は広く世に知られ、行く先々で異端の見解を打ち破り、常に自分の論を立てる』と称していました。そしてこう言っていました。『我々は沙門ゴータマのところへ行き、これこれのことを問おう。もし答えられるなら、それを論難しよう。もし答えられなくても、やはり論難してから去ろう』と。 ところが、その者は、世尊が或る村や町に滞在しておられると聞き、仏のもとへ赴き、世尊に質問しました。世尊がお答えになると、その答えを聞いて彼は歓喜し、すぐに仏・法・僧に帰依しました。世尊は彼を優婆塞（在家信者）として受け入れ、彼は生涯にわたり、死に至るまで帰依し続けました。これが、私が仏に対して『法の確かな安らぎ』を得たという理由です。それによって、私はこう確信しました。『如来、阿羅漢、正等覚者が説かれた法は善く、世尊の弟子僧伽は善き方向へと向かっている』と。」

「復次，世尊！我見一沙門梵志聰明智慧，自稱聰明智慧，博聞決定，諳識諸經，制伏強敵，談論覺了，名德流布，一切世間無不聞知，所遊至處壞諸見宗，輙自立論，而作是說：『我等往至沙門瞿曇所，問如是如是事，若能答者，當難詰彼；若不能答，亦難詰已，捨之而去。』彼聞世尊遊某村邑，往至佛所，問世尊事，世尊為答。彼聞答已，便得歡喜，即從世尊求出家學，而受具足，得比丘法，佛便度彼而授具足，得比丘法。

> また、世尊よ。私はある沙門や梵志を見ました。彼らは聡明で智慧があると自称し、その聡明さと智慧を誇り、広く学び、確かな見解を持ち、諸々の経典をよく知り、敵を打ち負かし、議論に明るく、その名は高く流布し、世の中の誰もがその名を聞かない者はなく、訪れる先々で様々な見解の宗派を打ち破り、自ら論を立ててこう言います。「我々は沙門ゴータマのところへ行き、これこれの事柄について尋ねよう。もし答えられるなら、問い詰めてやろう。もし答えられなくても、問い詰めた上で立ち去ろう。」と。ところが、彼らは世尊が或る村や町におられると聞き、仏の元へ赴き、世尊に事柄を尋ねます。世尊はそれに答えられました。彼らはその答えを聞いて歓喜し、直ちに世尊のもとで出家して学び、具足戒を受け、比丘の教えを得ることを願い出ます。仏は彼を度し、具足戒を授け、比丘の教えを得させられました。

「若彼諸尊出家學道而受具足，得比丘法已，獨住遠離，心無放逸，修行精勤。彼獨住遠離，心無放逸，修行精勤已，若族姓子所為，剃除鬚髮，著袈裟衣，至信、捨家、無家、學道者，唯無上梵行訖，於現法中自知自覺，自作證成就遊，生已盡，梵行已立，所作已辦，不更受有，知如真。若彼諸尊知法已，乃至得阿羅訶，得阿羅訶已，便作是念：『諸賢！我本幾了幾失？所以者何？我本非沙門稱沙門，非梵行稱梵行，非阿羅訶稱阿羅訶，我等今是沙門，是梵行，是阿羅訶。』是謂我於佛而有法靖。因此故，我作是念：『如來、無所著、正盡覺所說法善，世尊弟子眾善趣向也。』

> これらの尊い方々が、出家して修行に入り、具足戒を受け、比丘としての道を得た後、ひとり離れた場所に住み、心を放逸にせず、修行に精進励まれました。そのようにして、もし良家の子弟が、剃髪し、袈裟を着け、深く信じて家を捨て、家なき者として学道し、最高の清らかな行いを完成させ、現世において自ら知り、自ら覚り、自ら証を得て成就したならば、「生は尽きた。清らかな行いは成立した。為すべきことは成し遂げた。もはや迷いの生存を受けることはない」と、あるがままに知ります。 その尊い方々が法を覚知し、ついには阿羅漢に達し、阿羅漢となった後に、このように考えます。 「皆さま、私はかつて、どれほど迷い、どれほど誤っていたことか。なぜなら、私は本来、沙門ではないのに沙門と名乗り、清らかな行いをしていないのに清らかな行いをしていると言い、阿羅漢ではないのに阿羅漢と名乗っていたからです。今、私たちは真に沙門であり、真に清らかな行いを実践し、真に阿羅漢となったのです。」 これが、私が仏陀に対して法の清らかな確信を持つ理由です。このゆえに、私はこう思います。 「如来・阿羅漢・正等覚者が説かれた法は善く、世尊の弟子たちの集いは善く実践に向かっているのだ。」

「復次，世尊！我自若居國，無過者令殺，有過者令殺，然在都坐，我故不得作如是說：『卿等並住，無人問卿事，人問我事，卿等不能斷此事，我能斷此事。』於其中間競論餘事，不待前論訖，我數見世尊大眾圍繞說法，彼中一人鼾眠作聲，有人語彼：『君莫鼾眠作聲，君不用聞世尊說法如甘露耶？』彼人聞已，即便默然。我作是念：『如來、無所著、正盡覺、眾調御士，甚奇！甚特！所以者何？以無刀杖，皆自如法，安隱快樂。』是謂我於佛而有法靖。因此故，我作是念：『如來、無所著、正盡覺所說法善，世尊弟子眾善趣向也。』

> また、世尊よ、私は自分の国にいても、罪のない者を殺させることはなく、罪ある者を殺させることもありません。しかし、会合の席では、私はこのように言うことができませんでした。「あなたがたは共に座っていなさい。誰もあなたがたに問うことはない。私に問うことがある。あなたがたはこの事を裁くことはできないが、私は裁くことができる」と。その間、互いに他の議論を競い合い、前の議論が終わるのを待ちませんでした。 私は何度も世尊が大衆に囲まれて説法されるのを見ました。その中で一人が鼾をかいて音を立てると、ある人が彼に言いました。「あなたは鼾をかいて音を立ててはいけません。世尊の説法を甘露のように聞こうとは思わないのですか？」と。彼はそれを聞いて、すぐに静かになりました。 私はこう思いました。「如来、阿羅漢、正等覚者、衆生を調御する方々は、実に驚くべき方だ。実に特別な方だ。なぜなら、刀や杖を用いずに、すべてが自然に法に従い、安らかで楽しんでいるからだ。」これは私が仏に対して法の静けさを持つ理由です。このことから、私はこう思いました。「如来、阿羅漢、正等覚者の説かれた法は善く、世尊の弟子たちの集いも善く向かっている」と。

「復次，世尊！我於仙餘及宿舊二臣出錢財賜，亦常稱譽，彼命由我，然不能令彼仙餘及宿舊二臣下意恭敬、尊重、供養、奉事於我，如為世尊下意恭敬、尊重、供養、奉事也，是謂我於佛而有法靖。因此故，我作是念：『如來、無所著、正盡覺所說法善，世尊弟子眾善趣向也。』

> また、世尊よ。私は、仙餘と宿舊という二人の家来に財産や褒美を与え、常に称賛してきました。彼らの生死は私の手中にありました。しかし、その仙餘と宿舊でさえ、私に対して世尊に対するように敬い、尊重し、供養し、仕えることはありません。このことから、私は世尊に対して確かな信頼を抱いています。それゆえ、私はこう思いました。「如来、阿羅漢、正等覚者が説かれた法は善であり、世尊の弟子たちは正しく修行している。」と。

「復次，世尊！我昔出仙，宿一小屋中，欲試仙餘、宿舊二臣，知彼頭向何處眠耶？為向我，為向世尊？於是，仙餘、宿舊二臣則於初夜結跏趺坐，默然燕坐，至中夜聞世尊在某方處，便以頭向彼，以足向我。我見已，作是念：『此仙餘及宿舊二臣不在現勝事，是故彼不下意恭敬、尊重、供養、奉事於我，如為世尊下意恭敬、尊重、供養、奉事也。』是謂我於佛而有法靖。因此故，我作是念：『如來、無所著、正盡覺所說法善，世尊弟子眾善趣向也。』

> 「また、世尊よ。私はかつて修行者を辞した後、小さな小屋に泊まりました。その時、仙餘と宿舊という二人の臣下が、どこを向いて眠るのか試そうと思いました。私の方か、それとも世尊の方かと。 そこで、仙餘と宿舊の二人の臣下は、初夜に結跏趺坐して静かに坐し、中夜になって世尊がおられる方角を聞くと、その方へ頭を向け、私の方へ足を向けて横になりました。それを見て、私はこう思いました。 『この仙餘と宿舊の二人の臣下は、優れたことを現さない。だから彼らは、私に対して世尊に対するように敬意を払い、敬い、尊び、供養し、仕えようとしないのだ。』 これこそ、私が仏に対して法的な確信を得た理由です。そのため、私はこう考えました。 『如来的、無所著的、正しく悟りを開かれた方が説かれた教えは素晴らしい。世尊の弟子たちの集まりも、善く正しい方向へ進んでいる。』と。」

「復次，世尊！我亦國王，世尊亦法王，我亦剎利，世尊亦剎利，我亦拘薩羅，世尊亦拘薩羅，我年八十，世尊亦八十。世尊以此事故，我堪耐為世尊盡形壽，下意恭敬、尊重、供養、奉事。世尊！我今多事，欲還請辭。」

> また、世尊よ、私も国王です。世尊もまた法の王です。私も刹帝利（戦士階級）であり、世尊も刹帝利です。私もコーサラ国の出身であり、世尊もコーサラ国に縁のある方です。私の年は八十歳、世尊も八十歳でいらっしゃいます。これらの理由から、私は生涯をかけて世尊に心から恭しく、敬意を払い、尊び、供養し、お仕えすることができます。世尊よ、私はこれから多くの用事がございますので、ここでお暇をいただきたく存じます。

世尊告曰：「大王！自知時。」於是，拘薩羅王波斯匿聞佛所說，善受持誦，即從坐起，稽首佛足，繞三匝而去。

> 世尊（お釈迦さま）はおっしゃいました。「大王よ、ご自身でお分かりの時に。」 そこで、コーサラ国の国王パセーナディは、仏の教えを聞き、よく理解して心に刻み、即座に坐座から立ち上がり、仏の足に額を付けて敬礼し、三度右に回ってからお帰りになりました。

爾時，尊者阿難住世尊後，執拂侍佛。於是，世尊迴顧告曰：「阿難！若有比丘依彌婁離林住者，令彼一切集在講堂。」

> その時、尊者アーナンダは世尊の背後にお控えし、払子（ほっす）を手に世尊にお仕えしていました。そこで世尊は振り返って仰せになりました。「アーナンダよ、もしミサカ林の辺りに住んでいる比丘たちがいるなら、そのすべての者を講堂に集めなさい。」

於是，尊者阿難受佛教已，若諸比丘依彌婁離林住者，令彼一切集在講堂，還詣佛所，白曰：「世尊！若有比丘依彌婁離林住者，彼一切已集講堂，唯願世尊自當知時。」

> そこで、尊者アーナンダは仏陀の教えを受け、ミロウリ林に住む比丘たち全員を講堂に集めた。そして仏陀のもとに戻り、こう告げた。「世尊よ、ミロウリ林に住む比丘たちは全員、講堂に集まっております。どうか、世尊みずから、時に応じてお越しくださいませ。」

於是，世尊將尊者阿難往至講堂比丘眾前，敷座而坐，告曰：「比丘！今拘薩羅王波斯匿在我前說此法莊嚴經已，即從座起，稽首我足，繞三匝而去。比丘！汝等當受持此法莊嚴經，善誦善習。所以者何？比丘！此法莊嚴經，如義如法，為梵行本，趣智趣覺，趣至涅槃。若族姓子至信、捨家、無家、學道者，亦當受持，當誦當習此法莊嚴經。」

> そこで、世尊は尊者アーナンダを伴い、講堂の比丘たちの前に赴かれ、座を敷いてお坐りになった上で、こうお告げになりました。 「比丘たちよ、今、コーサラ国のパセーナディ王が、私の前でこの『法の荘厳経』を説き終え、席を立ち、私の足に額を付けて礼をし、三度右回りに巡って去って行った。比丘たちよ、あなたがたはこの『法の荘厳経』を心に受け止め、よく誦し、よく学びなさい。なぜなら、比丘たちよ、この『法の荘厳経』は、意味に適い、法に適い、梵行（清らかな修行）の基盤であり、智慧へ、目覚めへ、涅槃へと導くものだからである。もし良家の子息が、深い信仰心を持って家を出て、家なき修行者の道に入るならば、その人もまた、この『法の荘厳経』を受け止め、誦し、学ぶべきである。」

佛說如是。彼諸比丘聞佛所說，歡喜奉行。

> このように仏は説かれました。比丘たちは仏の説かれたことを聞き、喜んでお受け取りになりました。

法莊嚴經第二竟三千三十七字

> 法荘厳経 第二 終わり<note>三千三十七字</note>