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title: "中阿含經 · 217 八城經"
description: "中阿含经是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于原始佛教阿含部经典，收录于汉传佛教大藏经中，与长阿含经、杂阿含经、增一阿含经并称四阿含。内容主要记载佛陀与弟子们的对话，涵盖佛教基本教义如四谛、八正道、十二因缘等核心思想。经文以中篇形式呈现，结构严谨，是研究早期佛教教理的重要文献。作为原始佛教经典，中阿含经在佛教史上具有重要地位，为后世各宗派共同尊奉，对理解佛陀原始教法具有不可替代的价值。"
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### （二一七）中阿含例品八城經第六第五後誦

> 八城経 第六<note>第五後誦</note>

我聞如是：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛般涅槃後不久，眾多上尊名德比丘遊波羅利子城，住在雞園。

> ある時、仏陀が般涅槃されて間もなく、多くの高名で徳の高い比丘たちが、波羅利子城の鶏園に滞在されました。

是時，第十居士八城持多妙貨，往至波羅利子城治生販賣。於是，第十居士八城，彼多妙貨，貨賣速售，大得財利，歡喜踊躍，出波羅利子城，往詣鷄園眾多上尊名德比丘所，稽首禮足，却坐一面。時，諸上尊名德比丘為彼說法，勸發渴仰，成就歡喜，無量方便為彼說法，勸發渴仰，成就歡喜已，默然而住。

> その時、第十の居士アッタカ・ナーガラ（アッタカ市の長者）は、高価な商品を多く携えて、バーラーナシー（波羅利子城）へ商売に出かけた。そこで、この第十の居士アッタカ・ナーガラは、それらの高価な商品をたちまち売り捌き、大きな利益を得て、心から喜び勇み、バーラーナシーを出発し、鶏園（ジェータ林）にいる多くの尊い高徳の比丘たちの許へ向かい、足に接して礼拝し、傍らに座った。その時、尊い高徳の比丘たちは、彼のために法を説き、信仰の心を起こさせ、歓喜を成就させた。無数の巧みな方法で法を説き、信仰の心を起こさせ、歓喜を成就させた後、静かに座った。

時，諸上尊比丘為彼說法，勸發渴仰，成就歡喜已。於是，第十居士八城白曰：「上尊！尊者阿難今在何處？我欲往見。」

> その時、尊者たちがかの尊者に法を説き、信仰心を呼び起こし、深い喜びを成就させた後、第十の居士である八城が申し上げました。「尊い方々よ、尊者アーナンダは今どこにおられますか。私はお目にかかりたいのです。」

諸上尊比丘答曰：「居士！尊者阿難今在鞞舍離獼猴江邊高樓臺觀，若欲見者，可往至彼。」

> 諸々の尊い比丘たちが答えました。「在家の方よ、尊者アーナンダは今、ヴァイシャーリーの猿江のほとりにある高楼の台観におられます。もしお会いになりたいのであれば、そこへお出でください。」

爾時，第十居士八城即從坐起，󰨤首諸上尊比丘足，繞三匝而去，往詣尊者阿難所，稽首禮足，却坐一面，白曰：「尊者阿難！欲有所問，聽我問耶？」

> その時、第十の居士である八城が席を立ち、尊敬すべき長老比丘たちの足に頭を伏せて礼拝し、三度右に回ってから、尊者アーナンダのもとへ向かいました。尊者アーナンダの足に頭を伏せて礼拝し、片側に座ってから、こう申し上げました。「尊者アーナンダよ、お尋ねしたいことがあります。お聞きいただいてもよろしいでしょうか。」

尊者阿難告曰：「居士！欲問便問，我聞已當思。」

> 尊者阿難がおっしゃいました。「居士よ、お聞きになりたいことがあれば、そのままお尋ねください。私が聞いた後、よく考えましょう。」

居士問曰：「尊者阿難！世尊、如來、無所著、正盡覺成就慧眼，見第一義，頗說一法，若聖弟子住漏盡無餘，得心解脫耶？」

> 尊者阿難が仰せられた。 「在世尊・如来・無所著・正しく尽きるまで覚る方は、慧眼を成就して第一義を見る。その方は、ただ一つの法を説いても、聖なる弟子がこれを実践すれば、煩悩を残さず尽くし、心の解脱を得ることができるのか？」 そこで、尊者阿難はこう答えた。 「ありえます。居士よ。」 居士が尋ねた。 「それはどのような法ですか？」

尊者阿難答曰：「如是。」

> 尊者アーナンダは答えた。「そのとおりです。」

居士問曰：「尊者阿難！世尊、如來、無所著、正盡覺成就慧眼，見第一義。云何說有一法，若聖弟子住漏盡無餘，得心解脫耶？」

> 尊者阿難にお尋ねします。世尊であり、如来であり、無所著であり、正しく悟りを開かれた方は、智慧の眼を持って、最高の真理を御覧になられます。それなのに、どうして「一つの法がある。聖なる弟子がこれを修めれば、煩悩が完全に尽き、心の解脱を得る」と説かれるのでしょうか。

尊者阿難答曰：「居士！多聞聖弟子離欲、離惡不善之法，至得第四禪成就遊。彼依此處，觀法如法，彼依此處，觀法如法，住彼得漏盡者，或有是處。若住彼，不得漏盡者，或因此法，欲法、愛法、樂法、靖法，愛樂歡喜，斷五下分結盡，化生於彼而般涅槃，得不退法，終不還此。

> 尊者アーナンダが答えた。「在家の方よ。多くを聞いた聖なる弟子は、欲望を離れ、悪しき不善の法を離れて、第四禅に至り、成就して遊ぶのです。彼はこの境地に依って、法をあるがままに観察します。彼はこの境地に依って、法をあるがままに観察し、そこに安住して煩悩を尽くすこともあります。あるいは、そこに安住しても煩悩を尽くせない場合、その法によって、欲望の法、愛着の法、楽しみの法、寂静の法を愛し楽しみ喜び、五下分結を断ち尽くして、そこに化生して涅槃に入り、退転しない法を得て、結局この世に還ってくることはありません。」

「復次，居士！多聞聖弟子心與慈俱，遍滿一方成就遊。如是二三四方、四維上下，普周一切，心與慈俱，無結無怨，無恚無諍，極廣甚大，無量善修，遍滿一切世間成就遊。如是悲、喜心與捨俱，無結無怨，無恚無諍，極廣甚大，無量善修，遍滿一切世間成就遊。彼依此處，觀法如法，彼依此處，觀法如法，住彼得漏盡者，或有是處，若住彼，不得漏盡者，或因此法，欲法、愛法、樂法、靖法，愛樂歡喜，斷五下分結盡，化生於彼而般涅槃，得不退法，終不還此。是謂如來、無所著、正盡覺成就慧眼，見第一義，說有一法，若聖弟子住漏盡無餘，得心解脫。

> さらに、居士よ、多聞の聖弟子は、心に慈しみを満たし、四方に遍く及ぼして安住する。同様に、二方、三方、四方、そして四隅と上下、あまねく全ての方向に、心に慈しみを満たし、とらわれもなく、恨みもなく、怒りもなく、争いもなく、極めて広く、大きく、無量に善く修められ、一切の世間に遍く満たして安住する。同様に、悲しみ、喜び、そして捨てる心もまた、とらわれもなく、恨みもなく、怒りもなく、争いもなく、極めて広く、大きく、無量に善く修められ、一切の世間に遍く満たして安住する。 彼はこの境地に依って、法を如実に観察する。彼はこの境地に依って、法を如実に観察し、そこに安住して煩悩を滅尽する者となることもある。もしそこに安住して煩悩を滅尽できないとしても、この法によって、欲望への欲、愛着、楽しみ、静寂への欲を生じ、愛し楽しみ喜ぶことで、五つの下位の束縛を完全に断ち切り、化生してその世界に生まれ、そこで涅槃に入り、退転しない法を得て、ついにこの世に戻らない。 これこそが、如来、阿羅漢、正等覚者が慧眼を成就し、第一義を観て説かれた一つの法である。もし聖なる弟子が、これに安住して煩悩を残りなく滅尽すれば、心の解脱を得るのである。

「復次，居士！多聞聖弟子度一切色想，乃至非有想非無想處成就遊。彼於此處，觀法如法，彼於此處，觀法如法，住彼得漏盡者，或有是處。若住彼，不得漏盡者，或因此法，欲法、愛法、樂法、靖法，愛樂歡喜，斷五下分結盡，化生於彼而般涅槃，得不退法，終不還此。是謂如來、無所著、正盡覺成就慧眼，見第一義，說有一法，若聖弟子住漏盡無餘，得心解脫。」

> 「さて、在俗の信者よ。よく聞いた聖なる弟子は、あらゆる色（物質的なもの）の想いを超越し、さらに〈非有想非無想処〉にまで達して安住する。彼はその境地において、現象をあるがままに観察する。その境地に留まりながら煩悩を滅尽できる者もいる。もしそこに留まっても煩悩を滅尽できない場合、その法によって、ある者は〈欲〉〈愛〉〈楽〉〈静けさ〉を生じ、それらを愛好し喜ぶことで、五つの下位の束縛を完全に断ち切り、そこに化身して生まれ変わり、般涅槃（完全な悟り）に入り、退転しない法を得て、ついにこの世界に戻ってこない。 これこそが、如来（目覚めた方）、阿羅漢（完全な尊者）、正等覚者（完全な悟りを開いた方）が、智慧の眼を完成し、最高の真理を見極めて説く、ひとつの法である。すなわち、聖なる弟子がこの法に住して、残りなく煩悩を滅尽し、心の解脱を得ることである。」

於是，第十居士八城即從坐起，偏袒著衣，叉手白曰：「尊者阿難！甚奇！甚特！我問尊者阿難一甘露門，而尊者阿難一時為我說於十二甘露法門，今此十二甘露法門必隨所依，得安隱出。尊者阿難！猶去村不遠，有大屋舍，開十二戶，若人所為故，入彼屋中。復一人來，不為彼人求義及饒益，不求安隱而燒彼屋。尊者阿難！彼人必得於此十二戶隨所依出，得自安隱。如是我問尊者阿難一甘露門，而尊者阿難一時為我說於十二甘露法門，今此十二甘露法門必隨所依，得安隱出。尊者阿難！梵志法、律中說不善法、律，尚供養師，況復我不供養大師尊者阿難耶？」

> そこで、在家信者の第十、八城が席から立ち上がり、衣を片方の肩にかけて、合掌して言いました。「尊者アーナンダよ、まことに不思議です。私は尊者アーナンダに一つの甘露の法門をお尋ねしたのに、尊者アーナンダは同時に十二の甘露の法門を説いてくださいました。今、この十二の甘露の法門は、必ず依るところに従って、安らかに出離することができます。尊者アーナンダよ、例えば村から遠くないところに大きな家があり、十二の戸が開いています。ある人が目的があってその家に入りました。そこへ別の人が来て、その人の利益や安楽を求めることなく、むしろその家に火を放ちました。尊者アーナンダよ、その人は必ずこの十二の戸のうち、依るところに従って出て、自分の安穏を得るでしょう。このように私は尊者アーナンダに一つの甘露の法門をお尋ねしたのに、尊者アーナンダは同時に十二の甘露の法門を説いてくださいました。今、この十二の甘露の法門は、必ず依るところに従って、安らかに出離することができます。尊者アーナンダよ、バラモンの教えや戒律の中では、不善の教えや戒律であっても、師を尊敬して供養します。それならば、ましてや私は大いなる師である尊者アーナンダを供養しないことがありましょうか？」

於是，第十居士八城即於夜中，施設極妙淨美豐饒食噉含消，施設食已，平旦敷座，請鷄園眾及鞞舍離眾皆集一處，自行澡水，則以極妙淨美豐饒食噉含消，手自斟酌，令得飽滿，食訖收器，行澡水竟，持五百種物買屋別施尊者阿難。尊者阿難受已，施與招提僧。

> そこで、第十の居士である八城（パタリプトラの商人）は、その夜のうちに最も素晴らしく清らかで豊かな飲食物を用意しました。食事の準備を終えると、明け方に座席を整え、鷄園の僧侶たちと毘舎離の僧侶たちをすべて一堂に集めました。自ら手を洗う水を差し出し、その最も素晴らしく清らかで豊かな飲食物を自分の手で配り、皆が満腹するようにしました。食事が終わり器を片付け、手を洗う水を用意し終えると、五百種類の品物を持ってきて、それを尊者阿難に別途施しました。尊者阿難はそれを受け取ると、招提僧（四方の僧侶）に施しました。

尊者阿難所說如是。第十居士八城聞尊者阿難所說，歡喜奉行。

> 尊者アーナンダがこのように説きました。 第十の話が終わりました。八城の長者の在家信者が、尊者アーナンダの説法を聞いて、喜び、尊敬の心をもって実践しました。

八城經第六竟一千一百七十字

> 第八「城経」の終わり<note>一千百七十字</note>