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撫州曹山本寂禅師語録 (撫州曹山本寂禪師語錄)


註釋洞山五位頌

洞山五位頌の注釈

正中偏(暗裏點頭)三更初夜月明前(黑白未交時辨取 萌芽未生之時 只今是什麼時 此中無日月。不說前後去也)莫怪相逢不相識(忘却也 就也。又作麼劫中違背來。恁麼則俱拱手去也)隱隱猶懷舊日嫌(此兩句一意。終不相似又曰。圓也 又今日重什麼 又恁麼則不自欺得)。

正中偏(暗にうなずく) 三更、初夜、月明かりの前(黒白がまだ分かれていない時に見極める。芽がまだ生えていない時。今、この時は何時なのか。この中には日月がない。前後を語らないのだ) 相逢いて相識らずと怪しまず(忘れてしまったのだ。それにしても。また、いつの劫から背いてきたのか。そうであるならば、みな手をこまねいて立ち去るのだ) 隠隠として旧日の嫌いを猶お懐く(この二句は一つの意である。結局は似ていない。また曰く、円なり。また今日何を重んじるのか。またそうであるならば自らを欺かないのだ)。

偏中正(緣中會也)失曉老婆逢古鏡(露也 適來又記得。又是什麼模樣 恁麼則別不呈色)分明覿面更無真(即今會也 只者個便是也 失。又恁麼則未有真時較些子)爭奈迷頭還認影(不是本來頭。又莫認影即是又終不記得。又恁麼則改不得也)。

偏中正((縁において会するなり)) 暁を失いし老婆、古鏡に逢う((露わなり。先ほど来たって、また記憶せり。これはまた如何なる姿か。かくの如くならば、別に色を呈さず)) 分明に覿面して、更に真なし((即今会せり。ただこれのみが、すなわちこれなり。失う。またかくの如くならば、未だ真の時には、少しばかりあり)) 争か奈何せん、迷頭、還って影を認むるを((本来の頭に非ず。また影を認むることなかれ、すなわちまた終に記憶せず。またかくの如くならば、改むること能わざるなり))

正中來(過也)無中有路出塵埃(無句中有句 相隨來也。又從來事作麼生。恁麼則不相借也)但能不髑當今諱(傍這個 早是傍也 自是一般人 恁麼則盡大地無第二人也)也勝前朝斷舌才(非默 更切於這個又終不切齒 恁麼則叮嚀不得者)。

真ん中から来る(過ぎている) 塵の中にいても、道はある(言葉のないところに言葉がある。共にやってくる。また、昔からのことはどうなっているのか。そうなら、互いに借りることはない) ただ、今の時代に忌み避けられる名を口にせずとも(これに寄り添う。すでに寄り添っている。本来は一人の人間だ。そうなら、全大地に第二の人はいない) 昔の舌を断つ者よりも勝っている(黙っているのではない。これよりさらに深い。しかし、決して歯を食いしばることもない。そうなら、伝えようとしても伝えられないものだ)

兼中至(有句中來)兩刃交鋒不須避(主客不相觸 彼彼不傷也。箭箭相抂脈脈不斷 不相敵者又恁麼則却不相管)好手猶如火裏蓮(壞不得 誰是得便者 弱於阿誰。又恁麼則終不作第二人也)宛然自有衝天氣(不從人得。又恁麼則不借也 非本有。又恁麼則己亦不存 非己有)。

兼中に至る(句中に来たるあり) 両刃の刃交わりて避くべからず(主客相触れず 彼彼傷つけず。矢々相重なり脈々として絶えず 敵せざる者は又かくの如くならば却って相管せず) 好手は猶お火の中の蓮の如し(壊すべからず 誰か便を得る者ぞ 阿誰に弱る。又かくの如くならば終に第二人と作らず) 宛然として自ずから衝天の気あり(人に従いて得ず。又かくの如くならば借りず 本有に非ず。又かくの如くならば己も亦存せず 己有に非ず)

兼中到(妙挾)不落有無誰敢和(不當頭 他是作家 正好商量。喚什麼作商量。道將來云問)人人盡欲出時流(皆欲出類 有什麼出頭處。又動則死。又恁麼則隨處快活也)折合還歸炭裏坐(一也。即可知也。將知合作麼生 謾他不得。又恁麼則賴得是某甲 此位中事總就正位為主。若是正位中。兼無言說。亦無對賓底道理。若是對賓。偏位極則處。呼為對賓也。若是兼帶等。總是臨時索喚不同。或時對。或時不對。亦呼為有語中無語。無語中有語。廣如偏正位中所明。更有不入偏正位子語。方難為人。須是明眼底人始得。不受指東劃西)。

兼中到(妙なる挟み)は、有無の区別に落ちず、誰が敢えて和することができようか(正面から向き合わない。彼は達人である。まさに商量すべきだ。何を商量と呼ぶのか。言ってみよ、と問う)。人々は皆、時流を超越しようと願う(皆、類を抜き出ようと欲する。いったいどこに抜け出る場所があろうか。また、動けば死ぬ。さらに、そうであれば随所に快活である)が、結局は炭の上の座に帰る(一つである。すなわち知ることができる。はたしてどうなるかを知るべきである。彼を欺くことはできない。さらに、そうであれば、それが私であることに頼る。この位の中の事は全て正位を主とする。もし正位の中にあれば、言葉による説明もなく、客に対応する道理もない。もし客に対応するならば、偏位の極致のところを、客に対応すると呼ぶ。もし兼帯などであれば、全てその時々の求めに応じて異なり、ある時は対し、ある時は対さない。また、これを有語中無語、無語中有語とも呼ぶ。偏正位の中で明かされたところに広く詳しい。さらに、偏正位に入らない子語があり、それが人を理解させるのを難しくする。明らかな眼を持つ者でなければならない。東西を指し示されることを受けない)。


解釋洞山五位顯訣
三等之墮

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