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title: "雜阿含經 · 34"
description: "雜阿含經是佛教早期經典之一，由劉宋時期譯師求那跋陀羅翻譯為漢文。該經屬於原始佛教阿含部，記錄了佛陀與弟子間的對話，內容涵蓋四聖諦、八正道、緣起法等核心教義，被視為研究原始佛教思想的重要文獻。雜阿含經在佛教經典中地位崇高，與長阿含、中阿含、增一阿含並列為四阿含，是南傳佛教巴利語尼柯耶的對應漢譯版本。該經語言簡練，教義樸實，反映了佛陀時代的修行方法與解脫之道，為後世佛教各派共同尊奉的基礎經典。"
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### （三四）

> （三四）

如是我聞：

> このように私は聞きました。

一時，佛住波羅㮈國仙人住處鹿野苑中。

> ある時、お釈迦様はバラナシの国にある仙人の住む地、鹿野苑におられました。

爾時，世尊告餘五比丘：「色非有我。若色有我者，於色不應病、苦生，亦不得於色欲令如是、不令如是。以色無我故，於色有病、有苦生，亦得於色欲令如是、不令如是；受、想、行、識亦復如是。比丘！於意云何？色為是常、為無常耶？」

> そのとき、世尊は残りの五人の比丘に告げられた。「色（物質的なもの）には自己（永遠不変の実体）はない。もし色に自己があるならば、色に病気や苦しみが生じることはなく、また色を『こうあれ』とか『こうであれ』と欲することもできないだろう。色に自己がないからこそ、色には病気や苦しみが生じ、また色を『こうあれ』とか『こうであれ』と欲することもできるのである。同じように、受（感覚）・想（概念）・行（意思）・識（認識）についても同様である。比丘たちよ、どう思うか。色は常住であるか、それとも無常であるか。」

比丘白佛：「無常。世尊！」

> 比丘が仏に申し上げました。「世尊よ、それは無常でございます。」

「比丘！若無常者，是苦耶？」

> 「比丘たちよ、無常であるものは、苦しみではありませんか？」

比丘白佛：「是苦。世尊！」

> 比丘が仏に申し上げました。「これは苦しみであります。世尊よ。」

「比丘！若無常、苦，是變易法，多聞聖弟子寧於中見是我、異我、相在不？」

> 比丘よ、もしそれが無常であり、苦しみであり、変化していく性質のものであるならば、よく学んだ聖なる弟子たちは、その中に「これが私である」「これは私のものとは異なる」「これは私の内にあり、私はこれの内にある」と見なすことがあるでしょうか。

比丘白佛：「不也，世尊！」

> 比丘が仏に答えた。「いいえ、世尊（世に尊い方）。」

「受、想、行、識亦復如是。是故，比丘！諸所有色，若過去、若未來、若現在，若內、若外，若麁、若細，若好、若醜，若遠、若近，彼一切非我、非我所，如實觀察。受、想、行、識亦復如是。

> 感受、思考、意志、認識もまた、これと同じです。ですから、修行者たちよ。あらゆる色について、それが過去のものであれ、未来のものであれ、現在のものであれ、内側にあるものであれ、外側にあるものであれ、粗いものであれ、細かいものであれ、美しいものであれ、醜いものであれ、遠くにあるものであれ、近くにあるものであれ、それらすべては『私』ではなく、『私のもの』でもありません。このようにありのままに観察しなさい。感受、思考、意志、認識もまた、これと同じです。

「比丘！多聞聖弟子於此五受陰見非我、非我所。如是觀察，於諸世間都無所取，無所取故無所著，無所著故自覺涅槃：『我生已盡，梵行已立，所作已作，自知不受後有。』」

> 比丘たちよ、よく学んだ聖なる弟子は、この五つの執着の対象（五取蘊）について、「これは私ではない」「これは私のものではない」と観察します。このように観察するならば、一切の世間に対して何も執着することがなくなります。執着しないからこそ、何にもとらわれることがありません。とらわれることがないからこそ、自ら涅槃を悟ります。 「私の生は尽きた。清らかな修行は完成した。なすべきことはなされた。もはや再び迷いの生存を受けることはない」と。

佛說此經已，餘五比丘不起諸漏，心得解脫。

> 仏がこの経を説き終えると、残りの五人の比丘たちは煩悩を起こすことなく、心に解脱を得た。

佛說此經已，諸比丘聞佛所說，歡喜奉行。

> お釈迦さまがこのお経をお説きになると、比丘たちは皆、その教えを聞いて大いに喜び、深く心に刻んで実践しました。