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title: "雜阿含經 · 60"
description: "雜阿含經是佛教早期經典之一，由劉宋時期譯師求那跋陀羅翻譯為漢文。該經屬於原始佛教阿含部，記錄了佛陀與弟子間的對話，內容涵蓋四聖諦、八正道、緣起法等核心教義，被視為研究原始佛教思想的重要文獻。雜阿含經在佛教經典中地位崇高，與長阿含、中阿含、增一阿含並列為四阿含，是南傳佛教巴利語尼柯耶的對應漢譯版本。該經語言簡練，教義樸實，反映了佛陀時代的修行方法與解脫之道，為後世佛教各派共同尊奉的基礎經典。"
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### （六〇）

> （六〇）

如是我聞：

> このように私は聞きました。

一時，佛住舍衛國祇樹給孤獨園。

> 一時、仏は舎衛国の祇樹給孤独園に住したまえり。

爾時，世尊告諸比丘：「有五受陰。何等為五？所謂色受陰，受、想、行、識受陰。善哉，比丘不樂於色，不讚歎色，不取於色，不著於色。善哉，比丘不樂於受、想、行、識，不讚歎識，不取於識，不著於識。所以者何？若比丘不樂於色，不讚歎色，不取於色，不著於色，則於色不樂，心得解脫。如是受、想、行、識，不樂於識，不讚歎識，不取於識，不著於識，則於識不樂，心得解脫，若比丘不樂於色，心得解脫。如是受、想、行、識不樂，心得解脫，不滅不生，平等捨住，正念正智。

> その時、世尊は比丘たちに告げられた。 「五つの執着の対象（五取蘊）がある。その五つとは、すなわち、色（物質的な現象）への執着、受（感覚）・想（知覚）・行（意志）・識（認識）への執着である。 比丘よ、実に素晴らしいことだ——色に執着せず、色を褒め称えず、色に執着して捕らわれず、色に固執しないこと。 比丘よ、実に素晴らしいことだ——受・想・行・識に執着せず、それらを褒め称えず、それらに執着して捕らわれず、それらに固執しないこと。 なぜかといえば、もし比丘が色に執着せず、色を褒め称えず、色に執着して捕らわれず、色に固執しなければ、その色に対して心が執着を離れ、解脱を得るからである。 同様に、受・想・行・識に執着せず、それらを褒め称えず、それらに執着して捕らわれず、それらに固執しなければ、その識に対して心が執着を離れ、解脱を得る。 もし比丘が色に執着せず、心が解脱を得たならば、そのように受・想・行・識に執着せず、心が解脱を得る。 そこには滅びも生じもなく、平等に安らかにとどまり、正しい気づきと正しい智慧がある。」

「彼比丘如是知、如是見者，前際俱見，永盡無餘；前際俱見，永盡無餘已；後際俱見，亦永盡無餘；後際俱見，永盡無餘已；前後際俱見，永盡無餘，無所封著。無所封著者，於諸世間都無所取；無所取者，亦無所求；無所求者，自覺涅槃：『我生已盡，梵行已立，所作已作，自知不受後有。』」

> その比丘がこのように知り、このように見るならば、過去の見解はことごとく滅し尽くされ、余すところがありません。過去の見解がことごとく滅し尽くされたならば、未来の見解もまたことごとく滅し尽くされます。未来の見解がことごとく滅し尽くされたならば、過去と未来の見解もことごとく滅し尽くされ、何ものにも執着することがありません。何ものにも執着しないならば、あらゆる世間において何ものにも取ることがありません。何ものにも取ることがないならば、何ものにも求めることがありません。何ものにも求めないならば、自ら涅槃を悟ります。「我が生は尽きた。梵行は確立された。なすべきことはなされた。もはや後世の生存を受けることはない」と知ります。

佛說此經已，時諸比丘聞佛所說，歡喜奉行。

> お釈迦様がこのお経をお説きになると、その場にいた比丘たちは、お釈迦様の教えを聞いて、皆、喜び、その教えを実践しました。