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title: "雜阿含經 · 65"
description: "雜阿含經是佛教早期經典之一，由劉宋時期譯師求那跋陀羅翻譯為漢文。該經屬於原始佛教阿含部，記錄了佛陀與弟子間的對話，內容涵蓋四聖諦、八正道、緣起法等核心教義，被視為研究原始佛教思想的重要文獻。雜阿含經在佛教經典中地位崇高，與長阿含、中阿含、增一阿含並列為四阿含，是南傳佛教巴利語尼柯耶的對應漢譯版本。該經語言簡練，教義樸實，反映了佛陀時代的修行方法與解脫之道，為後世佛教各派共同尊奉的基礎經典。"
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### （六五）

> 第六十五節

如是我聞：

> このように私は聞きました。

一時，佛住舍衛國祇樹給孤獨園。

> 一時、仏は舎衛国の祇樹給孤独園に住したまえり。

爾時，世尊告諸比丘：「常當修習方便禪思，內寂其心。所以者何？比丘常當修習方便禪思，內寂其心，如實觀察。云何如實觀察？此是色、此是色集、此是色滅；此是受、想、行、識，此是識集、此是識滅。

> その時、世尊は比丘たちに告げられました。 「常に、心を落ち着けて静かに内省する修行をしなさい。なぜならば、比丘たちよ、心を静めて内省する修行をすれば、物事をあるがままに観察できるからです。では、どのようにあるがままに観察するのか？『これが物質的な存在（色）である。これがその原因であり、これがその消滅である。これが感覚（受）であり、概念（想）であり、意志（行）であり、認識（識）である。これがそれらの原因であり、これがそれらの消滅である』と観察するのです。」

「云何色集，受、想、行、識集？愚癡無聞凡夫於苦、樂、不苦不樂受，不如實觀察；此受集、受滅、受味、受患、受離不如實觀察故，於受樂著生取，取緣有，有緣生，生緣老、病、死、憂、悲、惱、苦。如是純大苦聚從集而生，是名色集，是名受、想、行、識集。

> 「では、なぜ『色の集まり』『受・想・行・識の集まり』があるのか。 無知な凡夫は、苦しい感情、楽しい感情、苦しくも楽しくもない感情を、あるがままに正しく観察しない。 これらの感情の発生、消滅、魅力、危険、そこからの解放をありのままに観察しないからだ。 そのため、感情に執着し、それを取り込もうとする（取）。 取り込みによって存在（有）が生じ、存在によって誕生（生）が生じ、誕生によって老い・病・死・憂い・悲しみ・悩み・苦しみが生じる。 このようにして、純粋で大きな苦しみの塊が集まって生じる。 これを『色の集まり』と呼び、『受・想・行・識の集まり』と呼ぶのである。」

「云何色滅，受、想、行、識滅？多聞聖弟子受諸苦、樂、不苦不樂受，如實觀察，受集、受滅、受味、受患、受離如實觀察故，於受樂著滅，著滅故取滅，取滅故有滅，有滅故生滅，生滅故老、病、死、憂、悲、惱、苦滅，如是純大苦聚皆悉得滅，是名色滅，受、想、行、識滅。

> 「では、色（物質的な現象）が消え、受・想・行・識（感覚・概念・意志・認識）が消えるとは、どういうことか。 よく教えを聞いた聖なる弟子は、苦しい感覚も、楽しい感覚も、苦しくも楽しくもない感覚も、あるがままに観察する。その感覚の生じ方、消え方、味わい、危険、そこからの離れ方を、あるがままに観察するからだ。 その結果、感覚への執着が消える。執着が消えるから、さらに執着の元となる「取（とる）」が消える。「取」が消えるから、存在への渇望「有」が消える。「有」が消えるから、「生」が消える。「生」が消えるから、老い・病・死・悲しみ・嘆き・苦しみ・悩みが消える。 このようにして、あらゆる苦しみの集まりが完全に消え去る。これを、色が消え、受・想

「是故，比丘！常當修習方便禪思，內寂其心。比丘！禪思住，內寂其心，精勤方便，如實觀察。」

> だからこそ、比丘たちよ、常に静かに座って瞑想し、心を落ち着ける習慣を身につけなさい。 比丘たちよ、瞑想を続けて心を静め、熱心に努力しながら、あるがままに観察しなさい。

佛說此經已，諸比丘聞佛所說，歡喜奉行。

> お釈迦さまがこのお経をお説きになると、比丘たちは皆、その教えを聞いて大いに喜び、深く心に刻んで実践しました。

如觀察，如是分別、種種分別、知、廣知、種種知、親近、親近修習、入、觸、證二經，亦如是廣說。

> このように観察し、このように分別し、種々に分別し、知り、広く知り、種々に知り、親しみ、親しみ修習し、入り、触れ、証するという二つの経典についても、同じように広く説かれた。