---
title: "雜阿含經 · 66"
description: "雜阿含經是佛教早期經典之一，由劉宋時期譯師求那跋陀羅翻譯為漢文。該經屬於原始佛教阿含部，記錄了佛陀與弟子間的對話，內容涵蓋四聖諦、八正道、緣起法等核心教義，被視為研究原始佛教思想的重要文獻。雜阿含經在佛教經典中地位崇高，與長阿含、中阿含、增一阿含並列為四阿含，是南傳佛教巴利語尼柯耶的對應漢譯版本。該經語言簡練，教義樸實，反映了佛陀時代的修行方法與解脫之道，為後世佛教各派共同尊奉的基礎經典。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cma8xhj740pftl404kn19xo0p"
---

### （六六）

> (六六)

如是我聞：

> このように私は聞きました。

一時，佛住舍衛國祇樹給孤獨園。

> 一時、仏は舎衛国の祇樹給孤独園に住したまえり。

爾時，世尊告諸比丘：「常當修習方便禪思，內寂其心。所以者何？修習方便禪思，內寂其心已，如實觀察。云何如實觀察？如實觀察此色、此色集、此色滅，此受、想、行、識，此識集、此識滅。

> ある時、世尊は比丘たちに告げられた。 「常に、心を落ち着けて、よく瞑想を修めなさい。なぜなら、心を落ち着けて瞑想を修めれば、あるがままに観察できるからです。 どのようにあるがままに観察するのか。この色（形あるもの）、この色の生じ、この色の滅びることをありのままに観察します。同様に、この受（感覚）、想（知覚）、行（意志の働き）、識（認識）についても、それぞれの生じと滅びをありのままに観察するのです。」

「云何色集？云何受、想、行、識集？比丘！愚癡無聞凡夫不如實觀察色集、色味、色患、色離故，樂彼色，讚歎愛著，於未來世色復生。」受、想、行、識亦如是廣說。「彼色生，受、想、行、識生已，不解脫於色，不解脫於受、想、行、識。我說彼不解脫生、老、病、死、憂、悲、惱、苦，純大苦聚，是名色集，受、想、行、識集。

> 「では、色（物質的な現象）の集まりとは何か。受（感覚）、想（知覚）、行（意志）、識（認識）の集まりとは何か。 比丘たちよ、無知で教えを聞いたことのない凡夫は、色の集まり、色の味わい、色の過患、色からの離脱をありのままに観察しない。そのため、その色を楽しみ、賛嘆し、愛着する。そして未来世においても、色が再び生じるのである。」 （受・想・行・識についても同様に詳しく説かれる。） 「その色が生じ、受・想・行・識が生じたならば、色から解脱せず、受・想・行・識からも解脱しない。私は、その者は生・老・病・死、憂い・悲しみ・苦しみ・悩みという、純粋なる大きな苦しみの集まりから解脱しない、と説く。これを色の集まり、受・想・行・識の集まりという。」

「云何色滅，受、想、行、識滅？多聞聖弟子如實觀察色集、色滅、色味、色患、色離，如實知。如實知故，不樂於色，不讚歎色，不樂著色，亦不生未來色。」受、想、行、識亦如是廣說。「色不生，受、想、行、識不生故，於色得解脫，於受、想、行、識得解脫。我說彼解脫生、老、病、死、憂、悲、惱、苦聚，是名色滅，受、想、行、識滅。

> 「では、どのようにして色が滅び、受・想・行・識が滅びるのでしょうか。よく学んだ聖なる弟子は、色の発生、色の消滅、色の味わい、色の危険、色からの離脱を、事実のままに観察し、あるがままに知ります。あるがままに知るからこそ、色に執着せず、色を赞美せず、色にこだわらず、未来の色も生じさせません。」受・想・行・識についても同様に詳しく説かれます。「色が生じず、受・想・行・識が生じないからこそ、色から解脱し、受・想・行・識から解脱します。私は、その人のことを、生・老・病・死・憂い・悲しみ・悩み・苦しみの集まりから解脱したと説きます。これを、色の滅び、受・想・行・識の滅びと呼ぶのです。」

「是故，比丘！常當修習方便禪思，內寂其心，精勤方便，如實觀察。」

> だからこそ、比丘たちよ、常に修行に励み、心を静め、怠ることなく実践し、あるがままを観察しなさい。

佛說此經已，諸比丘聞佛所說，歡喜奉行。

> お釈迦さまがこのお経をお説きになると、比丘たちは皆、その教えを聞いて大いに喜び、深く心に刻んで実践しました。

如觀察，如是乃至作證十二經，亦應廣說。

> このように観察し、さらには証得に至るまでの十二の経典についても、広く説くべきである。