---
title: "雜阿含經 · 67"
description: "雜阿含經是佛教早期經典之一，由劉宋時期譯師求那跋陀羅翻譯為漢文。該經屬於原始佛教阿含部，記錄了佛陀與弟子間的對話，內容涵蓋四聖諦、八正道、緣起法等核心教義，被視為研究原始佛教思想的重要文獻。雜阿含經在佛教經典中地位崇高，與長阿含、中阿含、增一阿含並列為四阿含，是南傳佛教巴利語尼柯耶的對應漢譯版本。該經語言簡練，教義樸實，反映了佛陀時代的修行方法與解脫之道，為後世佛教各派共同尊奉的基礎經典。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cma8xhj740pful404eh8xpvcj"
---

### （六七）

> 六七

如是我聞：

> このように私は聞きました。

一時，佛住舍衛國祇樹給孤獨園。

> 一時、仏は舎衛国の祇樹給孤独園に住したまえり。

爾時，世尊告諸比丘：「常當修習方便禪思，內寂其心。所以者何？比丘！修習方便禪思，內寂其心已，如實觀察。云何如實觀察？如實知此色、此色集、此色滅；此受、想、行、識，此識集、此識滅。

> その時、世尊は比丘たちに告げられた。 「常に努めて瞑想を修し、心を内に静めなさい。なぜなら、比丘たちよ、努めて瞑想を修し、心を内に静めたならば、あるがままに観察することができるからである。では、どのようにあるがままに観察するのか。それをあるがままに知るとは、この「色」（物質的な現象）、この「色」の生起、この「色」の消滅を知ること、また、この「受」（感受）、「想」（表象）、「行」（意志）、「識」（認識）、この「識」の生起、この「識」の消滅をあるがままに知ることである。」

「云何色集，受、想、行、識集？愚癡無聞凡夫不如實知色集、色滅、色味、色患、色離。不如實知故，樂著彼色，讚歎於色；樂著於色，讚歎色故取；取緣有，有緣生，生緣老、死、憂、悲、惱、苦。如是純大苦聚生，是名色集，受、想、行、識集。

> 「では、どのようにして「色（物質的なもの）」が集まり（生じ）、感受（受）、概念（想）、意志（行）、認識（識）が集まるのでしょうか。 無知で教えを聞いていない凡夫は、「色」がどのように集まり、どのように滅し、どのような味わいがあり、どのような患いがあり、どのように離れるのかを、ありのままに知りません。それを知らないがゆえに、その「色」に執着し、それを褒め称えます。執着し称賛するからこそ、「取」（執着の行為）が生じます。取があるから「有」（存在）があり、有があるから「生」（誕生）があり、生があるから「老・死・憂い・悲しみ・苦しみ・悩み」が生じます。こうして、もっぱら大きな苦しみの塊が集まってくるのです。これが「色の集まり」と呼ばれ、

「云何色滅，受、想、行、識滅？多聞聖弟子如實知色集、色滅、色味、色患、色離。如實知故，不樂著色，不讚歎色；不樂著、讚歎色故，愛樂滅；愛樂滅故取滅，取滅故有滅，有滅故生滅，生滅故老、病、死、憂、悲、惱、苦滅，如是純大苦聚滅。云何多聞聖弟子如實知受、想、行、識？識集、識滅、識味、識患、識離如實知？知彼故不樂著彼識，不讚歎於識；不樂著、讚歎識故，樂愛滅；樂愛滅故取滅，取滅故有滅，有滅故生滅，生滅故老、病、死、憂、悲、惱、苦滅，如是純大苦聚滅，皆悉得滅。比丘！是名色滅，受、想、行、識滅。

> 「では、『色が消える』『受・想・行・識が消える』とはどういうことか。それは、多くを聞いた聖なる弟子が、色の集まり・色の消え方・色の味わい・色の危険・色からの離れ方を、あるがままに知ることです。そのようにあるがままに知るから、色に執着せず、色を褒め称えません。執着せず褒め称えないから、愛執が消え、愛執が消えるから執着が消え、執着が消えるから存在が消え、存在が消えるから生まれが消え、生まれが消えるから老い・病・死・憂い・悲しみ・悩み・苦しみが消えます。こうして、このすべての苦しみの集まりが消え去るのです。 では、『多くを聞いた聖なる弟子が、受・想・行・識をあるがままに知る』とはどういうことか。それは、識の集まり・識の消え方・識の味わい・識の危険・識からの離れ方を、あるがままに知ることです。それらを知るから、その識に執着せず、識を褒め称えません。執着せず褒め称えないから、愛執が消え、愛執が消えるから執着が消え、執着が消えるから存在が消え、存在が消えるから生まれが消え、生まれが消えるから老い・病・死・憂い・悲しみ・悩み・苦しみが消えます。こうして、このすべての苦しみの集まりがすべて消え去るのです。 比丘たちよ、これを『色が消える』『受・想・行・識が消える』と言うのです。」

「比丘！常當修習方便禪思，內寂其心。」

> 比丘たちよ、常に修習としての禅の思索に努め、心を内側に静めなさい。

佛說此經已，諸比丘聞佛所說，歡喜奉行。

> お釈迦さまがこのお経をお説きになると、比丘たちは皆、その教えを聞いて大いに喜び、深く心に刻んで実践しました。

如觀察，乃至作證十二經，亦如是廣說。

> 観察することについても、同じく十二の経典があり、それらも同様に詳しく説かれた。