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title: "雜阿含經 · 83"
description: "雜阿含經是佛教早期經典之一，由劉宋時期譯師求那跋陀羅翻譯為漢文。該經屬於原始佛教阿含部，記錄了佛陀與弟子間的對話，內容涵蓋四聖諦、八正道、緣起法等核心教義，被視為研究原始佛教思想的重要文獻。雜阿含經在佛教經典中地位崇高，與長阿含、中阿含、增一阿含並列為四阿含，是南傳佛教巴利語尼柯耶的對應漢譯版本。該經語言簡練，教義樸實，反映了佛陀時代的修行方法與解脫之道，為後世佛教各派共同尊奉的基礎經典。"
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### （八三）

> 八三

如是我聞：

> 私はこのように聞きました。

一時，佛住毘耶離獼猴池側重閣講堂。

> ある時、お釈迦様はヴァイシャーリーの街にある、猿の池のほとりに建つ二階建ての講堂におられました。

爾時，世尊告諸比丘：「多聞聖弟子於何所見非我、不異我、不相在。如是平等正觀，如實知見？」

> その時、世尊は比丘たちに告げられた。「多くの教えを聞いた聖なる弟子は、どこにおいて『これは私ではない』『これは私と異なるものでもない』『これは私の中にあるのでも、私がこれの中にあるのでもない』と観じるのでしょうか。このように平等に正しく観察し、ありのままを知り見るとは、いかなることでしょうか。」

比丘白佛：「世尊為法根、法眼、法依，唯願為說！諸比丘聞已，如說奉行。」

> 比丘は仏に申し上げました。「世尊よ、あなたは法の根、法の眼、法のよりどころでいらっしゃいます。どうかお説きください。比丘たちはお聞きした後、その教えのままに実践いたします。」

佛告比丘：「諦聽，善思，當為汝說。多聞聖弟子於色見非我、不異我、不相在，是名如實正觀。受、想、行、識亦復如是。」

> お釈迦様は比丘たちにおっしゃいました。 「よく聞きなさい。よく考えなさい。今からあなたがたに説きましょう。 多くの教えを聞いて真理を悟った聖なる弟子は、物質（色）を見て、『これは私ではない、私とは別のものである、私と物質は互いに依存し合って存在しているのではない』と観じます。これが、ありのままに正しく観ることと言われるのです。 感覚（受）、認識（想）、意志作用（行）、意識（識）についても、同じように観じるのです。」

佛告諸比丘：「色為是常、為無常耶？」

> お釈迦さまは比丘たちに尋ねられました。「物質というものは、永遠に変わらないものですか、それとも、いつかは変化し滅びるものですか。」

比丘白佛：「無常。世尊！」

> 比丘は仏に申し上げました。「それは無常でございます。世尊よ！」

又告比丘：「若無常者，是苦不？」

> また比丘たちに告げられた：「もし無常であるならば、それは苦ではないか？」

比丘白佛：「是苦。世尊！」

> 比丘は仏に申し上げました。「これは苦しみでございます。世尊よ。」

「比丘！若無常、苦，是變易法，多聞聖弟子於中寧見有我、異我、相在不？」

> 比丘よ、もしそれが無常であり、苦であり、変化し続けるものであるならば、よく教えを聞いた聖なる弟子は、その中に「これが私である」「これは私とは異なるものである」「これは私の中にあり、私がそれの中にある」などと見ることがあるでしょうか。

比丘白佛：「不也，世尊！」

> 比丘は仏に申し上げました：「いいえ、世尊、そうではありません！」

「受、想、行、識亦復如是。是故，比丘！所有諸色，若過去、若未來、若現在，若內、若外，若麤、若細，若好、若醜，若遠、若近，彼一切皆非我、不異我、不相在，是名如實正觀。受、想、行、識亦復如是。多聞聖弟子如是觀察，於色得解脫，於受、想、行、識得解脫。我說彼解脫生、老、病、死、憂、悲、惱、苦，純大苦聚。」

> 受も、想も、行も、識も、同じようにこのとおりである。 だから、比丘たちよ。すべてのあらゆる色（物質）は、過去のものであれ、未来のものであれ、現在のものであれ、内なるものであれ、外なるものであれ、粗いものであれ、細かいものであれ、美しいものであれ、醜いものであれ、遠いものであれ、近いものであれ、それら一切は、『我』ではない。『我』とは異なるものでもない。『我』の中にあるのでも、『我』がそれらの中にあるのでもない。これをありのままに正しく観る、というのである。 受も、想も、行も、識も、同じようにこのとおりである。 多くの教えを聞いた聖なる弟子は、このように観察して、色から解き放たれ、受・想・行・識から解き放たれる。わたしは説く、そのような人は、生・老・病・死・憂い・悲しみ・悩み・苦しみという、一切の苦しみの集まりから解き放たれる、と。

佛說此經時，諸比丘聞佛所說，歡喜奉行。

> 仏がこの経を説き終えられると、諸々の比丘たちは仏の説かれた教えを聞き、喜びをもってその教えを実践しました。