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title: "雜阿含經 · 93"
description: "雜阿含經是佛教早期經典之一，由劉宋時期譯師求那跋陀羅翻譯為漢文。該經屬於原始佛教阿含部，記錄了佛陀與弟子間的對話，內容涵蓋四聖諦、八正道、緣起法等核心教義，被視為研究原始佛教思想的重要文獻。雜阿含經在佛教經典中地位崇高，與長阿含、中阿含、增一阿含並列為四阿含，是南傳佛教巴利語尼柯耶的對應漢譯版本。該經語言簡練，教義樸實，反映了佛陀時代的修行方法與解脫之道，為後世佛教各派共同尊奉的基礎經典。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cma8xhk260po2l4048uhqffgm"
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### （九三）

> 第93項

如是我聞：

> このように私は聞きました。

一時，佛在拘薩羅人間遊行，至舍衛國祇樹給孤獨園。

> ある時、仏陀はコーサラ国の人々の間を旅しておられ、舎衛国の祇園精舎（給孤独園）にお着きになりました。

時，有長身婆羅門，作如是邪盛大會——以七百特牛行列繫柱，特、牸、水牛及諸羊犢、種種小蟲悉皆繫縛，辦諸飲食、廣行布施，種種外道從諸國國皆悉來集邪盛會所。

> その時、一人の長身の婆羅門が、次のような誤った大々的な祭り「邪盛大会」を催しました。 七〇〇頭の雄牛を一列に並べて柱に繫ぎ、雄牛、雌牛、水牛、そして子羊や子牛、さらに様々な小さな生き物までもすべて縛りつけました。また、様々な飲み物や食べ物を準備して広く施しを行い、あらゆる種類の外道が諸国からこの祭りの会場に集まってきました。

時，長身婆羅門聞沙門瞿曇從拘薩羅人間遊行，至舍衛國祇樹給孤獨園。作是念：「我今辦邪盛大會，所以七百特牛行列繫柱，乃至小小諸虫皆悉繫縛。為邪盛大會故，種種異道從諸國國來至會所。我今當往沙門瞿曇所問邪盛法，莫令我作邪盛大會分數中有所短少。」作是念已，乘白馬車，諸年少婆羅門前後導從，持金柄傘蓋，執金澡瓶，出舍衛城，詣世尊所，恭敬承事。至精舍門，下車步進，至於佛前，面相問訊慰勞已，退坐一面，白佛言：「瞿曇！我今欲作邪盛大會，以七百特牛行列繫柱，乃至小小諸蟲皆悉繫縛。為邪盛大會故，種種異道從諸國國皆悉來至邪盛會所。又聞瞿曇從拘薩羅人間遊行，至舍衛國祇樹給孤獨園。我今故來請問瞿曇邪盛大會法諸物分數，莫令我所作邪盛大會諸分數之中有所短少。」

> ある時、長身バラモンは、修行者ゴータマがコーサラ国を遊行し、舎衛国の祇樹給孤独園に到着したと聞いた。彼はこう思った。「私は今、邪盛大会を催そうとしている。そのために七百頭の雄牛を列に並べて柱に繋ぎ、小さな虫に至るまですべてを縛っている。邪盛大会のため、様々な異教徒たちが諸国から集会の場に集まってくる。私は今、修行者ゴータマのところへ行って邪盛の法を尋ねよう。私の邪盛大会の取り決めに何か不足がないようにしたい。」そう思ってから、彼は白い馬車に乗り、若いバラモンたちが前後に従い導き、金の柄の傘をさしかけ、金の水瓶を持って、舎衛城を出て世尊のもとへ向かい、恭敬して仕えた。精舎の門に着くと、車を降りて歩いて進み、仏の前に至り、互いに挨拶を交わして労をねぎらった後、退いて一方に坐り、仏にこう申し上げた。「ゴータマよ、私は今、邪盛大会を催そうとしています。七百頭の雄牛を列に並べて柱に繋ぎ、小さな虫に至るまですべてを縛っています。邪盛大会のため、様々な異教徒たちが諸国から皆、邪盛の集会所に集まってきています。また、ゴータマがコーサラ国を遊行し、舎衛国の祇樹給孤独園に到着したと聞きました。私は今、こうしてゴータマに邪盛大会の法の品々の取り決めを尋ねに参りました。私の行う邪盛大会の取り決めに何か不足がないようにしたいのです。」

佛告婆羅門：「或有一邪盛大會主行施作福而生於罪，為三刀劍之所刻削，得不善果報。何等三？謂身刀劍、口刀劍、意刀劍。

> 仏はバラモンに告げられました。「ある悪しき大祭の主が施しや福徳を行いながらも、罪を生み出し、三つの刃の剣によって刻まれ削られ、善からざる報いを受けることがあります。その三つとは何か。すなわち、身体の刃の剣、言葉の刃の剣、心の刃の剣です。」

「何等為意刀劍生諸苦報？如一會主造作大會，作是思惟：『我作邪盛大會，當殺爾所少壯特牛，爾所水特、水牸，爾所羊犢及種種諸蟲。』是名意刀劍生諸苦報。如是施主雖念作種種布施、種種供養，實生於罪！

> 〔意の刀剣が様々な苦しみの報いをもたらすとは何か。たとえば、ある会の主催者が大がかりな法会を催そうとして、次のように考える。『私は盛大な邪祭を行うにあたり、これだけの若い雄牛を殺し、これだけの水牛の雄と雌を殺し、これだけの子羊や様々な虫などを殺そう。』これを、意の刀剣が苦しみの報いを生むというのである。このように、施主は様々な施しや供養をしようと心がけていても、実際には罪を生み出しているのである。〕

「云何為口刀劍生諸苦報？有一會主造作大會，作如是教：『我今作邪盛大會，汝等當殺爾所少壯特牛，乃至殺害爾所微細蟲。』是名口刀劍生諸苦報，大會主雖作是布施、供養，實生於罪！

> 「口の刀剣が様々な苦しみの報いを生むとはどういうことか。ある会の主催者が大がかりな法要を催し、こう命じた。『私は今、邪な大法要を行う。お前たちはこれだけの若い雄牛を殺し、さらにはこれだけの小さな虫までも殺せ。』これが口の刀剣が苦しみの報いを生むという意味である。法要の主催者は、このような布施や供養を行っても、実は罪を生んでいるのである。」

「云何為身刀劍生諸苦報？謂有一大會主造作大會，自手傷殺爾所特牛，乃至殺害種種細蟲，是名身刀劍生諸苦報。彼大會主雖作是念種種布施、種種供養，實生於罪！

> 「身体という刃（やいば）によって、さまざまな苦しみの報いが生まれるとは、どのようなことでしょうか。それは、ある大きな祭りの主催者が大祭を行い、自らの手で多くの牛を傷つけ殺し、さらには様々な小さな虫に至るまで殺害することです。これが、身体という刃によって苦しみの報いが生まれるということなのです。たとえその祭りの主催者が『さまざまな施しを行い、さまざまな供養をしている』と思っていても、実は罪を生み出しているにすぎないのです！」

「然婆羅門當勤供養三火，隨時恭敬，禮拜奉事，施其安樂。何等為三？一者根本，二者居家，三者福田。

> では、バラモンよ、あなたは努めて三つの火を供養し、常に恭敬し、拝礼し、仕え、それに安楽を与えるべきです。その三つとは何か。第一に根本、第二に居家、第三に福田です。

「何者為根本火，隨時恭敬，奉事供養，施其安樂？謂善男子方便得財，手足勤苦，如法所得，供養父母，令得安樂，是名根本火。何故名為根本？若善男子從彼而生，所謂父母，故名根本。善男子以崇本故，隨時恭敬，奉事供養，施以安樂。

> 根本の火とは何か。それは、常に敬い、仕え、養い、安楽を与えるべきものである。 善男子が、手足を労し苦労して、正しい方法で得た財産をもって、父母を養い、安楽を与えること、これを根本の火という。 なぜ根本というのか。善男子はそこから生まれるからである。すなわち父母のことである。ゆえに根本という。 善男子よ、根本を重んじるがゆえに、常に敬い、仕え、養い、安楽を与えよ。

「何等為居家火，善男子隨時育養，施以安樂？謂善男子方便得財，手足勤苦，如法所得，供給妻子、宗親、眷屬、僕使、傭客，隨時給與，恭敬施安，是名家火。何故名家？其善男子處於居家，樂則同樂，苦則同苦，在所為作皆相順從，故名為家。是故善男子隨時供給，施與安樂。

> 「では、家庭の火とは何か。善き人よ、常に妻子や親族を養い、安心と幸せを与えることだ。善き人が、手足を働かせ苦労して、正しい方法で得た財産をもって、妻や子、親族や一族、召使いや使用人たちに、適切に与え、敬いながら安心を与えること、これを『家の火』と呼ぶ。なぜ『家』というのか。その善き人が家庭にある時、楽しい時は共に喜び、苦しい時は共に悲しみ、行うことすべてに互いに従い合うからである。ゆえに、それを『家』というのだ。だから、善き人は常に彼らを養い、安心と幸せを与えなさい。」

「何等名田火，善男子隨時恭敬，尊重供養，施其安樂？謂善男子方便得財，手足勤勞，如法所得，奉事供養諸沙門、婆羅門，善能調伏貪、恚、癡者，如是等沙門、婆羅門，建立福田，崇向增進，樂分樂報，未來生天，是名田火。何故名田？為世福田，謂為應供，是故名田。是善男子隨時恭敬，奉事供養，施其安樂。」爾時，世尊復說偈言：

> 「田の火とは何か。善き者よ、時を選ばず敬い、尊び供養し、その安楽を施すべき対象である。それは、善き者が適切な方法で財を得て、自らの手足を労し、法に従って得たものをもって、諸々の沙門（修行者）や婆羅門（聖職者）を世話し、供養することをいう。彼らは貪り、怒り、愚かさをよく調伏する者たちである。このような沙門や婆羅門は、福田（福を生む田）を築き、向上を尊び、楽を分かち合い、楽の報いを喜び、将来は天に生まれる。これを田の火という。なぜ田というのか。世の福田となるからである。すなわち、供養に値する者という意味で、田と名づける。この善き者は、時を選ばず敬い、世話し、供養し、その安楽を施すのである。」 その時、世尊はさらに偈（うた）をもって説かれた。

「根本及居家， 應供福田火，是火增供養， 充足安隱樂。無罪樂世間， 慧者往生彼，如法財復會， 供養所應養。供養應養故， 生天得名稱。

> 根本となる火と家庭の火、 応供（ふく）の火、福田の火があり、 この火に供養を増せば、 安心と安楽が満たされる。 罪なく楽しいこの世に、 賢者はその境地に生まれ、 法に従って財を再び集め、 養うべきものを養うのだ。 養うべきものを養うゆえに、 天に生まれ、名高い者となる。

「然，婆羅門！今善男子先所供養三火應斷令滅。何等為三？謂貪欲火、瞋恚火、愚癡火。所以者何？若貪火不斷不滅者，自害害他，自他俱害，現法得罪，後世得罪，現法後世得罪，緣彼而生心法憂苦，恚火、癡火亦復如是。婆羅門！若善男子事積薪火，隨時辛苦，隨時然，隨時滅火因緣受苦。」

> しかし、バラモンよ。今ここで、善き男子がかつて供養していた三つの火を断ち、消し去るべきである。その三つとは何か。すなわち、貪りの火、怒りの火、無知の火である。なぜか。もし貪りの火を断ち切らず、消し去らなければ、自らを害し、他者を害し、自他ともに害することになる。現世において罪を得、来世においても罪を得、現世と来世の両方で罪を得る。それによって心と法に基づく苦しみや憂いが生じる。怒りの火、無知の火もまた同様である。バラモンよ。もし善き男子が積み薪の火を養い、常に辛苦し、常に燃やし、常に火を消すための因縁によって苦しむならば、それもまた同じことだ。

爾時，長身婆羅門默然而住。

> その時、長身（ちょうしん）という名のバラモンは、ただ黙ってその場に立っていた。

時，有婆羅門子名欝多羅，於會中坐。

> その時、会場には鬱多羅という名のバラモンの若者が座っていました。

長身婆羅門須臾默然，思惟已，告欝多羅：「汝能往至邪盛會所，放彼繫柱特牛及諸眾生受繫縛者，悉皆放不？而告之言：『長身婆羅門語汝：「隨意自在，山澤曠野，食不斷草，飲淨流水，四方風中受諸快樂。」』」

> 長身バラモンはしばらく黙って考え込んでから、ウッタラにこう言った。 「あなたは今すぐ祭祀の場所に行き、柱に繋がれた雄牛や、その他繋がれているすべての生き物たちを、すべて解放してあげることができますか？そして、こう伝えてください。『長身バラモンが皆さんに申します。どうか自由に、山や野原を気ままに歩き、好きなだけ草を食べ、清らかな流れる水を飲み、四方の風の中で思うままに楽しんでください。』」

欝多羅白言：「隨大師教！」即往彼邪盛會所放諸眾生，而告之言：「長身婆羅門語汝：『隨其所樂，山澤曠野，飲水食草，四風自適。』」

> 鬱多羅が申し上げた。「大師のお教えのままに従います」。そしてすぐにその邪悪な祭祀の場所へ行き、すべての生き物たちを放ちながら、こう告げた。「長身婆羅門があなたがたにこう言っています。『おのおの望むままに、山や沢、広い野原で、水を飲み、草を食べ、四方の風のままに自由に過ごしなさい』」と。

爾時，世尊知欝多羅。知已，為長身婆羅門種種說法，示、教、照、喜。如律，世尊說法先後，說戒、說施及生天功德，愛欲味患，出要、清淨、煩惱清淨，開示現顯。譬如鮮淨白㲲易受染色，長身婆羅門亦復如是，即於座上見四真諦，得無間等。

> その時、世尊は鬱多羅の心を知り、長身バラモンに対して様々な教えを示されました。教え、導き、照らし、喜ばせたのです。世尊は、戒律に従い、まず戒めを説き、次に施しと天に生まれる功徳を説き、さらに欲望の楽しみとその危険性、そして煩悩から離れる出離の道、清らかさ、煩悩を清める方法を順を追って明らかに示されました。 まるで清らかな白い布が染めやすく色をよく受けるように、長身バラモンもまたその場で四つの真実を悟り、無間等（完全な理解）を得たのです。

時，長身婆羅門見法、得法、知法、入法，度諸疑惑，不由他度，於正法中得無所畏。即從座起，整衣服，偏袒右肩，合掌白佛：「已度，世尊！我從今日盡其壽命，歸佛、歸法、歸比丘僧，為優婆塞，證知我。唯願世尊與諸大眾受我飯食。爾時，世尊默然而許。」

> そのとき、長身バラモン（チョウシンバラモン）は法を見、法を得、法を知り、法に入り、あらゆる疑惑を超え、他者によらずして自ら悟りを開き、正しい教えの中において何の恐れもない境地に達しました。すぐに座から立ち上がり、衣を整え、右肩をあらわにして合掌し、仏に申し上げました。「世尊よ、私はすでに悟りを得ました。私は今日よりこの命が尽きるまで、仏と法と比丘僧伽に帰依し、在家信者となります。どうか私のことをお証しください。また、どうか世尊と大いなる僧伽の皆様が、私の供養する食事をお受けくださいますように。」そのとき、世尊は黙って（その願いを）お許しになりました。

時，長身婆羅門知佛受請已，為佛作禮，右繞三匝而去。長身婆羅門還邪盛處，作諸供辦淨美好者，布置床座，遣使請佛，白言：「時到，惟聖知時。」

> 時に、長身バラモンは仏陀が招待をお受けになったことを知り、仏陀に礼拝し、右に三度回ってから立ち去りました。長身バラモンは祭壇の場所に戻り、清らかで美しい供物を用意し、座席を整え、使いを遣わして仏陀を招き、「時がまいりました。聖よ、どうぞお出でください」と申し上げました。

爾時，世尊著衣持鉢，大眾圍繞，往到長身婆羅門會所，大眾前坐。

> その時、世尊は衣を着け、鉢を持ち、大勢の信者に囲まれて、長身バラモンの集会の場へ赴かれました。そして、大衆の前に座られました。

時，長身婆羅門知世尊坐定已，手自供養種種飲食。食已，澡漱洗鉢畢，別敷卑床，於大眾前端坐聽法。

> その時、長身（ちょうしん）バラモンは、世尊がお座りになったのを見届けると、自らの手で様々な飲食物を差し上げた。食事が終わり、口をすすぎ、鉢を洗い終えると、別に低い座を設け、大衆の前に端座して法を聴いた。

爾時，世尊為長身婆羅門說種種法，示、教、照、喜已，從座起而去。

> その時、世尊は長身バラモンに様々な教えを説き、示し、教え、照らし、喜ばせた後、座を立って立ち去られた。