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title: "雜阿含經 · 99"
description: "雜阿含經是佛教早期經典之一，由劉宋時期譯師求那跋陀羅翻譯為漢文。該經屬於原始佛教阿含部，記錄了佛陀與弟子間的對話，內容涵蓋四聖諦、八正道、緣起法等核心教義，被視為研究原始佛教思想的重要文獻。雜阿含經在佛教經典中地位崇高，與長阿含、中阿含、增一阿含並列為四阿含，是南傳佛教巴利語尼柯耶的對應漢譯版本。該經語言簡練，教義樸實，反映了佛陀時代的修行方法與解脫之道，為後世佛教各派共同尊奉的基礎經典。"
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### （九九）

> 第99章

如是我聞：

> このように私は聞きました。

一時，佛住王舍城。

> ある時、仏陀はラージャガハ（王舎城）に滞在していた。

時，有尊者名曰淨天，在鞞提訶國人間遊行，至彌絺羅城菴羅園中。時，尊者淨天晨朝著衣持鉢，入彌絺羅城乞食。次第乞食，到自本家。時，淨天母年老，在中堂持食祀火，求生梵天，不覺尊者淨天在門外立。

> さて、尊者（そんじゃ）浄天（じょうてん）という方が、ヴェーディハー国の人々の間を旅して、ミティラー市のアーマラ園に到着しました。ある朝、尊者浄天は衣をまとい鉢を持って、ミティラー市に托鉢（たくはつ）に出かけました。順に托鉢をしながら、自分の生家にやって来ました。その時、浄天の年老いた母は、家の中央の広間で、火を囲んで食べ物を捧げながら梵天（ぼんてん）に生まれ変わろうと願っており、尊者浄天が門の外に立っていることに気づきませんでした。

時，毘沙門天王於尊者淨天所極生敬信。時，毘沙門天王，諸夜叉導從，乘虛而行，見尊者淨天在門外立。又見其母手擎飲食，在中堂上供養祀火，不見其子在外門立。見已，從空中下，至淨天母前，而說偈言：

> その時、毘沙門天は尊者浄天に対して深い敬いと信頼の心を抱きました。毘沙門天は夜叉たちを従え、虚空を進みながら、尊者浄天が門の外に立っているのを目にしました。また、その母親が手に食べ物を捧げ持ち、家の中央の間で火の供養をしている姿を、門の外で立っている息子に気づかずに見ました。それを見て、毘沙門天は空中から降り立ち、浄天の母の前に進み出て、偈を唱えました。

「此婆羅門尼， 梵天極遼遠，為求彼生故， 於此祠祀火。此非梵天道， 何為徒祀此？汝婆羅門尼， 淨天住門外，垢穢永無餘， 是則天中天，蕭然無所有， 獨一不兼資，為乞食入舍， 所應供養者，淨天善修身， 人天良福田。遠離一切惡， 不為染所染，德同於梵天， 形在人間住，不著一切法， 如彼淳熟龍，比丘正念住， 其心善解脫，應奉以初佛， 是則上福田。應以正信心， 及時速施與，當預建立洲， 令未來安樂。汝觀此牟尼， 已渡苦海流，是故當信心， 及時速施與，當預建立洲， 令未來安樂，毘沙門天王， 開發彼令捨。」

> この婆羅門尼よ、梵天は極めて遠く、 その生まれる場所を求めて、ここに火を祀る。 これは梵天への道ではない、なぜ無駄にここで祀るのか？ あなた婆羅門尼よ、清らかな天は門の外に住み、 汚れは永遠に残らず、これこそが天の中の天、 静かに何も持たず、ただ独りで他に頼らず、 托鉢のために家に入る、供養に値する者、 清らかな天は身をよく修め、人天の良き福田。 すべての悪を遠く離れ、染められて染まらず、 徳は梵天と同じく、姿は人の世に住み、 一切の法に執着せず、かの純粋な竜の如く、 比丘は正念に住し、その心はよく解脱し、 最初の仏に捧げるべき、これこそが最上の福田。 正しい信の心をもって、時を逃さず速やかに施し、 あらかじめ洲を築き、未来の安楽をもたらせよ。 あなたはこの牟尼を見よ、すでに苦海の流れを渡った、 ゆえに信の心をもって、時を逃さず速やかに施し、 あらかじめ洲を築き、未来の安楽をもたらせよ、 毘沙門天王は、彼を開いて捨てさせる。

時，尊者淨天即為其母種種說法，示、教、照、喜已，復道而去。

> その時、尊者浄天は母親のために様々な教えを説き、示し、教え、照らし、喜ばせてから、再び旅立って行きました。