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title: "雜阿含經 · 108"
description: "雜阿含經是佛教早期經典之一，由劉宋時期譯師求那跋陀羅翻譯為漢文。該經屬於原始佛教阿含部，記錄了佛陀與弟子間的對話，內容涵蓋四聖諦、八正道、緣起法等核心教義，被視為研究原始佛教思想的重要文獻。雜阿含經在佛教經典中地位崇高，與長阿含、中阿含、增一阿含並列為四阿含，是南傳佛教巴利語尼柯耶的對應漢譯版本。該經語言簡練，教義樸實，反映了佛陀時代的修行方法與解脫之道，為後世佛教各派共同尊奉的基礎經典。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cma8xhkxc0pu3l404twzyfuvz"
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### （一〇八）

> （一〇八）

如是我聞：

> このように私は聞きました。

一時，佛住釋氏天現聚落。

> ある時、仏陀は釈迦族の天現という集落に滞在されました。

爾時，有西方眾多比丘欲還西方安居，詣世尊所，稽首佛足，退坐一面。

> その時、西方へ赴く多くの比丘たちが、安居のため西方に戻ろうとして、世尊のもとを訪れました。彼らは仏の足に敬礼し、一方的に座りました。

爾時，世尊為其說法，示、教、照、喜。種種示、教、照、喜已，時西方眾多比丘從座起，合掌白佛言：「世尊！我西方眾多比丘欲還西方安居，今請奉辭。」

> その時、世尊は彼らに教えを説き、真理を示し、教え導き、悟りを与え、喜びをもたらしました。様々な方法で示し、教え、悟らせ、喜ばせた後、西方から来た多くの修行者たちが立ち上がり、合掌して仏に申し上げました。「世尊よ、私たち西方の修行者たちは、西方に戻って雨期の修行を行いたいと願っています。どうかお別れをお許しください。」

佛告西方諸比丘：「汝辭舍利弗未？」

> 仏が西方の諸比丘に告げられた。「あなた方は、舎利弗に別れを告げましたか？」

答言：「未辭。」

> 彼が答えた。「まだ別れを告げていません。」

佛告西方諸比丘：「舍利弗淳修梵行，汝當奉辭，能令汝等以義饒益，長夜安樂。」

> 仏は西方の比丘たちに告げられた。「舎利弗は清らかな修行を全うしている。汝らは彼に別れを告げ、その教えに従いなさい。そうすれば、汝らは道理によって利益を得、長く安らかに過ごせるであろう。」

時，西方諸比丘辭退欲去。時，尊者舍利弗去佛不遠，坐一堅固樹下，西方諸比丘往詣尊者舍利弗所，稽首禮足，退坐一面，白尊者舍利弗言：「我等欲還西方安居，故來奉辭。」

> その時、西方の比丘たちが帰ろうとして別れを告げようとしていました。尊者舎利弗は仏陀から遠くない場所で、一本のしっかりとした木の下に座っていました。西方の比丘たちは尊者舎利弗のところに参り、頭を地に付けて足に礼拝し、後ろに下がって一方に座り、尊者舎利弗に申し上げました。「私たちは西方に戻って安居（雨期の修行）を行いたいので、お別れのご挨拶に伺いました。」

舍利弗言：「汝等辭世尊未？」

> 舎利弗がお尋ねになりました。「あなたがたは、世尊に別れの挨拶をされましたか？」

答言：「已辭。」

> 「もうお別れは済ませました。」

舍利弗言：「汝等還西方，處處異國，種種異眾，必當問汝。汝等今於世尊所，聞善說法，當善受、善持、善觀、善入，足能為彼具足宣說，不毀佛耶？不令彼眾難問、詰責、墮負處耶？」

> 舎利弗が言った。「あなた方は西方へと戻られる。ところによって国は異なり、様々な人々がいるから、必ずあなた方に質問するだろう。あなた方は今、世尊のもとで、よく説かれた教えを聞いたのだから、しっかりと受け止め、しっかりと心に保ち、しっかりと観察し、しっかりと悟りに入りなさい。そうすれば、彼らに十分に説き明かすことができ、仏の教えを損なうことはないだろう。また、彼らの難問や詰問を受け、責められて、敗北するようなこともないだろう。」

彼諸比丘白舍利弗：「我等為聞法故，來詣尊者，唯願尊者具為我說，哀愍故！」

> その比丘たちは舎利弗に申し上げました。「私たちは法を聞くために、尊者さまのもとへ参りました。どうか尊者さまが、私たちのために詳しくお説きくださいますよう、哀れみの心をもってお願いいたします。」

尊者舍利弗告諸比丘：「閻浮提人聰明利根，若剎利、若婆羅門、若長者、若沙門，必當問汝：『汝彼大師云何說法？以何教教汝？』當答言：『大師唯說調伏欲貪，以此教教。』

> 舎利弗尊者が比丘たちに告げられました。「閻浮提の人々は聡明で理解力が優れています。もし彼らが、クシャトリヤであれ、バラモンであれ、長者であれ、修行者であれ、あなた方にこう尋ねるでしょう——『あなた方の師はどのように説法されるのか。どのような教えで教え導くのか』と。その時はこう答えなさい。『私たちの大師はただ、欲望と執着を調伏することを説かれ、その教えによって私たちを教え導かれます』と。」

「當復問汝：『於何法中調伏欲貪？』當復答言：『大師唯說於彼色陰調伏欲貪，於受、想、行、識陰調伏欲貪，我大師如是說法。』

> 「では、あなたに尋ねます。『どのような法（現象）において、欲と貪りを調え、鎮めるのでしょうか？』」 その時、こう答えなさい。 「師はただ、その色陰（物質的な現象の集まり）において欲と貪りを調え、鎮めること、また受陰、想陰、行陰、識陰（感覚、知覚、心の形成作用、認識）において欲と貪りを調え、鎮めることを説かれました。私の大師は、このように法を説かれます。」

「彼當復問：『欲貪有何過患故，大師說於色調伏欲貪？受、想、行、識調伏欲貪？』汝復應答言：『若於色欲不斷、貪不斷、愛不斷、念不斷、渴不斷者，彼色若變、若異，則生憂、悲、惱、苦。受、想、行、識亦復如是。見欲貪有如是過故，於色調伏欲貪，於受、想、行、識調伏欲貪。』

> もし彼がさらにこう尋ねたとしよう―『なぜ師は、欲と貪りを調伏するために、色について説き、受・想・行・識について説くのか。その欲と貪りには、どのような過失があるのか』と。そのとき、あなたはこう答えなさい。『もし色に対する欲が断たれず、貪りが断たれず、愛着が断たれず、思いが断たれず、渇きが断たれなければ、その色が変化したり、異なったものになったりしたとき、憂い・悲しみ・苦しみ・悩みが生じる。受・想・行・識についても、まったく同じである。このように、欲と貪りに過失があると知るからこそ、色において欲と貪りを調伏し、受・想・行・識において欲と貪りを調伏するのである』と。

「彼復當問：『見斷欲貪，有何福利故，大師說於色調伏欲貪，於受、想、行、識調伏欲貪？』當復答言：『若於色斷欲、斷貪、斷念、斷愛、斷渴，彼色若變、若異，不起憂、悲、惱、苦。受、想、行、識亦復如是。』

> さらに、こう問うかもしれません。 「欲や貪りを断つことに、どのような利益があるから、大師は色について欲と貪りを調伏せよと言い、受・想・行・識についても欲と貪りを調伏せよと説かれたのでしょうか？」 その時は、こう答えてください。 「もし、色に対する欲を断ち、貪りを断ち、執着を断ち、愛着を断ち、渇きを断てば、その色が変化したり、異なったものになっても、憂い、悲しみ、悩み、苦しみは生じません。受・想・行・識についても、まったく同じです。」

「諸尊！若受諸不善法因緣故，今得現法樂住，不苦、不礙、不惱、不熱，身壞命終生於善處者，世尊終不說言：『當斷諸不善法。亦不教人於佛法中修諸梵行，得盡苦邊。以受諸不善法因緣故，今現法苦住，障礙熱惱，身壞命終，墮惡道中。』是故世尊說言：『當斷不善法，於佛法中修諸梵行，平等盡苦，究竟苦邊。』

> 「皆さま、もしも悪い行いによって、今この世で穏やかに幸せに暮らせ、苦しみや妨げ、悩みや熱悩がなく、死後に良い世界に生まれ変われるのであれば、世尊は決して『悪い行いを断ち切りなさい』とはおっしゃいません。また、人々に仏法のもとで清净な行いを修め、苦しみの終わりに至るよう教えられることもないでしょう。しかし、悪い行いによって、今この世で苦しみ、妨げられ、熱悩に悩まされ、死後には悪い道に落ちるのです。だからこそ世尊はおっしゃいます。『悪い行いを断ち切り、仏法のもとで清净な行いを修め、苦しみを等しく滅し、ついには苦しみの終わりに至りなさい』と。」

「若受諸善法因緣，現法苦住，障礙熱惱，身壞命終墮惡道中者，世尊終不說受持善法，於佛法中，修諸梵行，平等盡苦，究竟苦邊。受持善法，現法樂住，不苦、不礙、不惱、不熱，身壞命終，生於善處，是故世尊讚歎、教人受諸善法，於佛法中，修諸梵行，平等盡苦，究竟苦邊。」

> もし、善い行いを実践することで、現世において苦しみ住み、障りや熱悩があり、命終わって悪道に堕ちるならば、世尊は決して善い行いの実践を説かれなかったでしょう。また、仏法において清らかな行いを修し、平等にして苦しみを尽くし、苦しみの果てに至ることもなかったでしょう。 しかし実際に、善い行いを実践することで、現世において安楽に住し、苦しみも障りも悩みも熱悩もなく、命終わって善き場所に生まれるからこそ、世尊は善い行いの実践を讃え、人々に教えられたのです。そして仏法において清らかな行いを修することで、平等にして苦しみを尽くし、苦しみの果てに至ることができると。

尊者舍利弗說是法時，西方諸比丘不起諸漏，心得解脫。尊者舍利弗說是法時，諸比丘歡喜隨喜，作禮而去。

> 舎利弗尊者がこの教えを説かれた時、西方の諸々の比丘たちは、もろもろの煩悩を起こすことなく、心に解脱を得ました。 舎利弗尊者がこの教えを説かれた時、諸々の比丘たちは歓喜し、随喜し、礼をしてから立ち去りました。