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title: "雜阿含經 · 542"
description: "雜阿含經是佛教早期經典之一，由劉宋時期譯師求那跋陀羅翻譯為漢文。該經屬於原始佛教阿含部，記錄了佛陀與弟子間的對話，內容涵蓋四聖諦、八正道、緣起法等核心教義，被視為研究原始佛教思想的重要文獻。雜阿含經在佛教經典中地位崇高，與長阿含、中阿含、增一阿含並列為四阿含，是南傳佛教巴利語尼柯耶的對應漢譯版本。該經語言簡練，教義樸實，反映了佛陀時代的修行方法與解脫之道，為後世佛教各派共同尊奉的基礎經典。"
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### （五四二）

> 五 四二

如是我聞：

> このように私はお聞きしました。

一時，佛住舍衛國祇樹給孤獨園。時，尊者阿那律在舍衛國松林精舍。

> ある時、仏陀はサーヴァッティーの祇園精舎（ジェータ林の給孤独長者の園）におられた。また、尊者アヌルッダはサーヴァッティーの松林精舎にいた。

時，有眾多比丘詣尊者阿那律所，共相問訊慰勞已，於一面坐，問尊者阿那律：「若比丘在於學地，上求安隱涅槃住，聖弟子云何修習多修習，於此法、律得盡諸漏，無漏心解脫、慧解脫，現法自知作證：『我生已盡，梵行已立，所作已作，自知不受後有。』？」

> その時、大勢の比丘たちが尊者の阿那律（アニルッダ）のもとを訪れ、互いに挨拶を交わし、労をねぎらい合った後、一方に坐って尊者の阿那律に尋ねました。 「もし比丘が学びの境地にあって、更に上の安らかな涅槃に住することを求めるならば、聖なる弟子は、どのように修行し、繰り返し修行することで、この教えと掟において、すべての煩悩を尽くし、煩悩なき心の解脱と智慧の解脱を得て、現世において自ら知り、『生は尽きた。清らかな行いは完成した。なすべきことはなされた。もはや再び迷いの世界に生まれることはない』と確証するのでしょうか。」

尊者阿那律語諸比丘言：「若比丘在於學地，上求安隱涅槃心住，聖弟子云何修習多修習？於此法、律得盡諸漏，無漏心解脫、慧解脫，現法自知作證：『我生已盡，梵行已立，所作已作，自知不受後有。』者？當住四念處。何等為四？謂內身身觀念處，乃至法法觀念處。如是四念處修習多修習，於此法、律得盡諸漏，無漏心解脫、慧解脫，現法自知作證：『我生已盡，梵行已立，所作已作，自知不受後有。』」

> 尊者アナッルダは比丘たちにこう告げた：「修行者がいまだ学びの境地にあって、安らかな涅槃を求め心をそれに向けているならば、聖なる弟子はどのように修習し、繰り返し修習すべきか。この法と律において、煩悩を尽くし、無漏の心の解脱と智慧の解脱を得て、現世において自ら悟り証する──『生はすでに尽きた。清らかな行いは確立された。なすべきことはなされた。もはや輪廻の苦しみを受けることはない』と。それは、四つの念処に安住することによる。その四つとは何か。すなわち、内なる身体を身体として観じる念処、乃至、法を法として観じる念処である。この四つの念処を修習し、繰り返し修習することによって、この法と律において、煩悩を尽くし、無漏の心の解脱と智慧の解脱を得て、現世において自ら悟り証する──『生はすでに尽きた。清らかな行いは確立された。なすべきことはなされた。もはや輪廻の苦しみを受けることはない』と。」

時，諸比丘共聞尊者阿那律所說，歡喜隨喜，各從座起而去。

> その時、比丘たちは皆、尊者の阿那律の説法を聞き、喜びと共にそれに従い、それぞれの座から立ち上がって退散した。