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title: "雜阿含經 · 1077"
description: "雜阿含經是佛教早期經典之一，由劉宋時期譯師求那跋陀羅翻譯為漢文。該經屬於原始佛教阿含部，記錄了佛陀與弟子間的對話，內容涵蓋四聖諦、八正道、緣起法等核心教義，被視為研究原始佛教思想的重要文獻。雜阿含經在佛教經典中地位崇高，與長阿含、中阿含、增一阿含並列為四阿含，是南傳佛教巴利語尼柯耶的對應漢譯版本。該經語言簡練，教義樸實，反映了佛陀時代的修行方法與解脫之道，為後世佛教各派共同尊奉的基礎經典。"
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### （一〇七七）

> 1077

如是我聞：

> このように私はお聞きしました。

一時，佛在央瞿多羅國人間遊行。經陀婆闍梨迦林中，見有牧牛者、牧羊者、採柴草者，及餘種種作人，見世尊行路，見已，皆白佛言：「世尊！莫從此道去！前有央瞿利摩羅賊，脫恐怖人。」

> ある時、仏陀は央瞿多羅国（アンガ国）を遊行されていました。陀婆闍梨迦（ダーバジャリカ）の林の中を通られると、牛飼い、羊飼い、薪や草を採る人々、その他様々な仕事をしている人々に出会いました。彼らは世尊が道を進まれるのを見て、こう申し上げました。「尊き方よ、どうかこの道をお進みにならないでください。前方には央瞿利摩羅（アングリマーラ）という盗賊がおり、人々を脅かしています。」

佛告諸人：「我不畏懼！」作此語已，從道而去。彼再三告，世尊猶去。遙見央瞿利摩羅手執刀楯走向，世尊以神力現身徐行，令央瞿利摩羅駃走不及。走極疲乏已，遙語世尊：「住！住！勿去！」

> 仏は人々に言われた。「私は恐れない。」こう言って、道を進まれた。彼が繰り返し呼びかけても、世尊はなお進まれた。遠くから央瞿利摩羅が刀と盾を手に駆けてくるのをご覧になり、世尊は神通力で身を現し、ゆっくりと歩まれることで、央瞿利摩羅が速く走っても追いつけないようにされた。走り疲れてしまった彼は、遠くから世尊に呼びかけた。「止まれ、止まれ。行かないでくれ。」

世尊竝行而答：「我常住耳，汝自不住！」

> 世尊は歩みを止めずにこう答えられました。「私は常にここにいる。ただ、お前が落ち着いていないだけだ。」

爾時，央瞿利摩羅即說偈言：

> その時、アングリマーラは次の偈を詠んだ。

「沙門尚駃行， 而言我常住，我今疲勌住， 說言汝不住，沙門說云何， 我住汝不住？」

> 「修行者よ、あなたは速やかに歩いているのに、『私はとどまっている』と言う。 私は今、疲れて立ち止まっているのに、あなたは『あなたはとどまっていない』と言う。 修行者よ、それはどういうことか？ 私が立ち止まっていて、あなたは立ち止まっていないと言うのか？」

爾時，世尊以偈答言：

> その時、世尊は偈（うた）でお答えになりました。

「央瞿利摩羅， 我說常住者，於一切眾生， 謂息於刀杖。汝恐怖眾生， 惡業不休息，我於一切蟲， 止息於刀杖。汝於一切蟲， 常逼迫恐怖，造作凶惡業， 終無休息時。我於一切神， 止息於刀杖，汝於一切神， 長夜苦逼迫。造作黑惡業， 于今不止息，我住於息法， 一切不放逸。汝不見四諦， 故不息放逸。」

> 央掘利魔羅よ、 わたしが「常住」と呼ぶのは、 すべての生きとし生けるものに対して、 刃や杖をもってする暴力を静めることをいう。 あなたは生き物たちを怖がらせ、 悪い行いを休むことがない。 わたしはすべての虫けらに至るまで、 刃や杖をもってする暴力を静める。 あなたはすべての虫けらに対して、 絶えず責め苦を与え、怖がらせ、 凶悪な行いを続け、 ついに休む時がない。 わたしはすべての神々に対して、 刃や杖をもってする暴力を静める。 あなたはすべての神々に対して、 長い夜の間、苦しめて責め続ける。 黒く汚れた悪い行いを、 今に至るまで休むことがない。 わたしは暴力を静める教えに留まり、 一切において怠ることがない。 あなたは四つの真実（四諦）を見ていないから、 怠ることをやめられないのだ。

央瞿利摩羅說偈白佛：

> 央掘利魔罗は、偈を唱えて仏に申し上げました。

「久乃見牟尼， 故隨路而逐，今聞真妙說， 當捨久遠惡。作如是說已， 即放捨刀楯，投身世尊足， 願聽我出家。佛以慈悲心， 大僊多哀愍，告比丘善來， 出家受具足。」

> 長い間求めていた牟尼に、ついに道で出会い、 今、真実の妙なる教えを聞いて、長い間の悪を捨てよう。 こう言い終えると、すぐに刀と盾を手放し、 仏陀の足元に身を投げて、「どうか私を出家させてください」と願った。 仏陀は慈悲の心、大いなる聖者の深い哀れみをもって、 比丘に告げた。「善く来たれ。出家して戒を受けよ」と。

爾時，央瞿利摩羅出家已，獨一靜處，專精思惟：「所以族姓子剃除鬚髮，著袈裟衣，正信非家，出家學道，增修梵行，現法自知作證：『我生已盡，梵行已立，所作已作，自知不受後有。』」

> その時、アングリマーラは出家し、一人静かな場所に居て、ひたすらに思いを巡らせました。「そういうわけで、良家の子息は髭や髪を剃り、袈裟衣をまとい、正しい信仰によって家を離れ、出家して修行し、清らかな行いを積み、現世において自ら悟りを証得する。すなわち『我が生は尽きた。清らかな行いは既に確立された。為すべきことは為し終えた。もはや後世に生まれ変わることはない』と自ら知るのである。」と。

時，央瞿利摩羅得阿羅漢，覺解脫喜樂。即說偈言：

> その時、アングリマーラは阿羅漢の境地に達し、解脱の喜びを覚えた。そして、自らの悟りを讃えて、次のように詩を詠んだ。

「本受不害名， 而中多殺害，今得見諦名， 永離於傷殺。身行不殺害， 口意俱亦然，當知真不殺， 不迫於眾生。洗手常血色， 名央瞿摩羅，浚流之所漂， 三歸制令息。歸依三寶已， 出家得具足，成就於三明， 佛教作已作。調牛以捶杖， 伏象以鐵鈎，不以刀捶杖， 正度調天人。利刀以水石， 直箭以熅火，治材以斧斤， 自調以黠慧。人前行放逸， 隨後能自斂，是則照世間， 如雲解月現。人前放逸行， 隨後能自斂，於世恩愛流， 正念而超出。少壯年出家， 精勤修佛教，是則照世間， 如雲解月現。少壯年出家， 精勤修佛教，於世恩愛流， 正念以超出。若度諸惡業， 正善能令滅，是則照世間， 如雲解月現。人前造惡業， 正善能令滅，於世恩愛流， 正念能超出。我已作惡業， 必向於惡趣，已受於惡報， 宿責食已食。若彼我怨憎， 聞此正法者，得清淨法眼， 於我修行忍。不復興鬪訟， 蒙佛恩力故，我怨行忍辱， 亦常讚歎忍。隨時聞正法， 聞已隨修行。」

> 「本来は害さないという名を持つが、 その中で多くの殺害が行われている。 今、真理を見るという名を得て、 永遠に傷つけ殺すことから離れた。 身体で殺傷せず、 言葉と心もまた同じくそうである。 真の不殺生を知るべきである、 生きとし生けるものを苦しめないことを。 手を洗えばいつも血の色、 名はアングリマーラ。 激流に流され漂っていたが、 三つの帰依がそれを制して静めた。 三宝に帰依して後、 出家して具足戒を得、 三つの明を成就し、 仏の教えは為すべきことを為した。 牛を調えるには鞭と杖で、 象を伏せるには鉄の鉤で、 刀や鞭や杖によらず、 正しい方法で人を調え導く。 鋭い刀は水と砥石で、 真っすぐな矢は炎で、 材木を整えるには斧で、 自分を調えるには智慧をもって。 人が先に放逸に生き、 後に自らを制することができれば、 これこそ世の中を照らす、 雲が晴れて月が現れるように。 人が先に放逸の行いをし、 後に自らを制することができれば、 世の中の愛欲の流れにおいて、 正しい念によって超え出る。 若い盛りに出家し、 精進して仏の教えを修める、 これこそ世の中を照らす、 雲が晴れて月が現れるように。 若い盛りに出家し、 精進して仏の教えを修め、 世の中の愛欲の流れにおいて、 正しい念によって超え出る。 もしあらゆる悪業を乗り越え、 正しい善によってそれを滅ぼすことができるなら、 これこそ世の中を照らす、 雲が晴れて月が現れるように。 人が先に悪業を造り、 正しい善によってそれを滅ぼすことができ、 世の中の愛欲の流れにおいて、 正しい念によって超え出る。 私はすでに悪業を造った、 必ず悪い行き先へ向かうだろう、 すでに悪い報いを受け、 過去の借りの報いとして食べ物を食べた。 もし彼ら、私の怨みや憎しみを持つ者たちが、 この正しい法を聞くならば、 清らかな法の眼を得て、 私に対して忍耐を修行するだろう。 再び争いを起こさない、 仏の恩力によるがゆえに、 私の怨みを持つ者たちも忍耐を行い、 また常に忍耐を讚嘆する。 時に応じて正しい法を聞き、 聞いたならば従って修行する。」

佛說此經已，央瞿利摩羅聞佛所說，歡喜奉行。

> 仏がこの経典をお説きになると、央瞿利摩羅は仏の教えを聞いて、喜びに満ち、それを実践しました。