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title: "大寶積經 · 3"
description: "大宝积经是唐代高僧菩提流志翻译的一部重要佛教经典，属于大乘佛教宝积部核心典籍。该经汇集了早期大乘佛教的多部经典，形成于公元2-4世纪，内容涵盖菩萨修行、般若智慧、净土思想等大乘教义。菩提流志奉唐玄宗之命于8世纪完成汉译，共120卷，系统阐述了大乘佛教的修行次第与解脱之道。作为大乘佛教的重要集成经典，大宝积经在中国佛教史上具有崇高地位，对汉传佛教各宗派尤其是华严宗、净土宗的发展产生深远影响，是研究大乘佛教思想体系的关键文献。"
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## 大寶積經卷第六十

> 大宝積経 巻第六十

大唐于闐三藏實叉難陀譯文殊師利授記會第十五之三

> 大唐于闐三蔵実叉難陀訳 文殊師利授記会 第十五の三

爾時師子勇猛雷音菩薩白文殊師利言：「仁者已滿足十地及如來十力，一切佛法悉皆圓滿，何故不成阿耨多羅三藐三菩提？」

> その時、師子勇猛雷音菩薩が文殊師利に向かって申し上げた。「尊者はすでに十地と如来の十力を満たし、すべての仏法を完全に身につけておられます。それなのに、どうして無上正等正覚（阿耨多羅三藐三菩提）を成就なさらないのですか？」

文殊師利言：「善男子！無有圓滿諸佛法已更證菩提。何以故？已圓滿故不應更證。」

> 文殊師利が言った。「善き男性よ、すべての仏の教えを完全に成就した者が、さらに悟りを求めることはありません。なぜなら、すでに完全に成就しているからであり、それ以上に求めるべきものはないからです。」

師子勇猛言：「云何圓滿諸佛法耶？」

> 獅子勇猛が尋ねました。「すべての仏の教えを、どうすれば完全に成就できるのでしょうか？」

答言：「佛法圓滿如真如圓滿，真如圓滿如虛空圓滿，如是佛法真如虛空亦無有二。善男子！如汝所言云何圓滿諸佛法者，如色圓滿乃至識圓滿，佛法圓滿亦復如是。」

> 答えましょう。「仏法の円満は、真如の円満のようです。真如の円満は、虚空の円満のようです。このように、仏法・真如・虚空には、二つの違いはありません。善男子よ、あなたが『どのようにして諸々の仏法を円満にするのか』と問うたことについて、色（かたち）が円満であり、さらには識（認識）が円満であるように、仏法の円満もまた、それと同じなのです。」

師子勇猛言：「何者是色等圓滿？」

> 獅子勇猛が問う。「何が色（形態）などの円満（完全なもの）なのでしょうか？」

文殊師利言：「善男子！於意云何？汝所見色是常耶？是無常耶？」

> 文殊師利が言った：「善き男子よ、あなたはどう思うか。あなたが見る色（形あるもの）は、永遠に変わらないものだろうか、それとも無常（移り変わるもの）だろうか？」

答言：「不也。」

> いいえ、違います。

文殊師利言：「善男子！若法非常非無常，彼有增減耶？」

> 文殊師利が言った。「善き人よ。もし法が常ではなく、無常でもないならば、その法に増減があるでしょうか？」

答言：「不也。」

> いいえ、違います。

文殊師利言：「善男子！若法不增不減是名圓滿。云何圓滿？若於諸法不能了知則生分別，若能了知則無分別。若無分別則無增減，若無增減此則平等。是故善男子！若見色平等即是色圓滿，受想行識及一切法圓滿亦復如是。」

> 文殊師利は言った。「善き男子よ、もし法が増えもせず減りもしないなら、これを圆满（完全なもの）と呼ぶ。どうして圆满なのか？もし諸々の法を正しく理解できなければ、分別（区別する心）が生じる。もし正しく理解できれば、分別はない。分別がなければ、増減もない。増減がなければ、これは平等である。それゆえ、善き男子よ、もし色（物質的なもの）が平等であると見るならば、これが色の圆满である。受・想・行・識（感覚・概念・心の働き・意識）や、その他すべての法の圆满も、また同様である。」

爾時師子勇猛雷音菩薩白文殊師利言：「仁者得法忍來無一念心願成正覺，而今何故乃勸餘人令向菩提？」

> その時、師子勇猛雷音菩薩が文殊師利に問うて言った。「仁者よ、あなたは法忍を得て以来、一念の心も起こさず正覚を願われなかったのに、今なぜ他の人々に菩提に向かうよう勧めるのですか？」

文殊師利言：「我實不曾勸一眾生令趣菩提。何以故？眾生無所有故、眾生性自離故。若眾生可得則令向菩提，既不可得故無所勸。何以故？平等無分別故，非以平等而求平等，亦無所起。是故常說，應觀諸行來無所從去無所至，是名平等。則是性空，於性空中而無所求。善男子！如汝問我得忍已來無一念心當得菩提者，善男子！汝見彼心耶？而以此心得菩提耶？」

> 文殊師利は言われました。「私は実際に、一人の衆生をも菩提へ向かわせようと勧めたことはありません。なぜなら、衆生というものは実体がなく、その本性はすでに離れているからです。もし衆生が得られるものであるならば、菩提へ向かわせることもできましょうが、得られるものではないので、勧めることもないのです。なぜなら、すべては平等で、差別がないからです。平等をもって平等を求めるのではなく、また何かが生じることもありません。それゆえに、常にこう説くのです。すべての行（諸行）は、来たるところもなく、去るところもないと観ずべきである、と。これを平等といいます。これこそが性空であり、性空のうちには求めるものは何もありません。善男子よ、あなたは私が忍を得てから、一念の心もなく菩提を得ようとしないと問いましたが、善男子よ、あなたはその心を見ることができますか？ そして、その心によって菩提を得るというのですか？」

師子勇猛言：「不也。文殊師利！何以故？以心非色不可見故。菩提亦爾，但是名想。若心名、若菩提名，皆無所有。」

> 師子勇猛は言った。「いいえ、文殊師利よ。なぜなら、心は形あるものではないので、見ることができないからです。菩提もまた同じで、ただ名前にすぎません。心という名前も、菩提という名前も、どちらも実体のないものなのです。」

文殊師利言：「善男子！如汝說我不生一念得菩提者，是密意說。何以故？以心本來無有生故，是故無生。既無有生，何得何證？」

> 文殊師利が言われた。「善男子よ、あなたが『私が一念も起さずに悟りを得た』と言うのは、密意（深い隠された意図）による教えである。なぜなら、心は元来生じるということがないからであり、それゆえに無生なのである。生じることがないのなら、何を得て、何を証するというのだろうか。」

師子勇猛問言：「云何名為平等證入？」

> 獅子勇猛尊者が尋ねました。「どのようなことを『平等に悟りへと入る』と呼ぶのでしょうか？」

答言：「於諸法中無繫著者名平等證。言證入者，彼微細智亦不生滅，與真如無異、無可分別，是名證入。若正見修行者於平等中無一法可得，離種種性亦不著一，是名證入。若以身證諸法無相，明了彼相所謂無相，而於身心亦不執著，是則名為圓滿證入。」

> 答えていう、「もろもろの法において執着しない者を、平等の証と名づける。証入というのは、その微細な智もまた生滅せず、真如と異なることなく、分別すべきものもない。これを証入と名づける。もし正しく見て修行する者が、平等の中において一法も得るものなく、種々の性を離れても、一つにも執着しないならば、これを証入と名づける。もし身をもって諸法の無相を証し、その相を明らかにして、いわゆる無相であると知りながら、身心にも執着しないならば、これを円満な証入と名づける。」

師子勇猛問言：「云何名得？」

> 獅子勇猛が尋ねた：「何をもって『得る』と名づけるのですか？」

文殊師利言：「善男子！以世間言說名之為得，諸聖所得非言能說。何以故？法無依止，離言說故。復次善男子！以無得為得，亦非得非不得，說名為得。」

> 文殊師利は言った。「善男子よ。世間の言葉で言うところの『得る』というのは、ただ名目上のものに過ぎない。聖者たちが得るものは、言葉で説くことはできない。なぜなら、法は何ものにも依らず、言葉の及ばないところにあるからだ。また、善男子よ。‘得る’というのは、得るものがないことをもって得ると言うのであり、それもまた‘得る’でもなく‘得ない’でもない。そのように説いて、はじめて‘得る’と呼ぶのである。」

爾時師子勇猛雷音菩薩白佛言：「世尊！善哉！願說文殊師利所得佛剎。」

> その時、師子勇猛雷音菩薩が仏に申し上げました。「世尊よ、どうかお願い申し上げます。文殊師利が得られた仏の浄土についてお説きください。」

佛言：「善男子！汝當自問文殊師利。」

> 仏は言われた。「善き男子よ、あなた自身が文殊師利に尋ねなさい。」

時彼菩薩白文殊言：「仁者當得何等佛剎功德莊嚴？」

> 時に、かの菩薩は文殊師利に問うて言った。「仁よ、あなたはどのような仏国土の功徳荘厳をお得になるのですか。」

文殊師利言：「善男子！若我求菩提，汝可問其所得佛剎。」

> 文殊師利が言いました。「善男子よ、もし私が悟りを求めるならば、あなたはその得る仏国土について尋ねてもよいでしょう。」

師子勇猛言：「仁者豈不求菩提耶？」

> 獅子勇猛尊者は言った。「あなたは菩提を求めようとは思わないのですか？」

文殊師利言：「不也。何以故？若有所求則有染著，若有所染則有貪愛，若有所愛彼則有生，彼若有生是則有愛，若有所愛終不於中而有出離。善男子！我為是故不求菩提。何以故？菩提不可得故。以不可得，是故不求。善男子！然汝問我何等佛剎仁當得者，我不能說。何以故？對於如來一切智者說自佛剎功德莊嚴，即為菩薩自讚己德。」

> 文殊師利は言った。「いいえ、そうではありません。なぜならば、何かを求めることがあれば、そこには執着が生じます。執着があれば貪愛が生じ、貪愛があれば再生があり、再生があればまた愛着が生じます。愛着がある限り、そこから解脱することは決してありません。善男子よ、私はそのような理由で菩提を求めないのです。なぜならば、菩提は捉え難いものだからです。捉え難いがゆえに、求めないのです。善男子よ、しかしあなたは私に『どの仏国土で悟りを得るのか』と尋ねましたが、それについては私にはお伝えできません。なぜならば、如来のすべてを悟った方に対して、自らの仏国土の功徳や荘厳について語ることは、すなわち菩薩が自らの徳を褒め称えることになるからです。」

佛告文殊師利：「汝可自說以何等願莊嚴佛剎，令諸菩薩聞已決定成滿此願。」

> 仏は文殊師利に告げられた。「あなた自身が、どのような願いをもって仏の国土を荘厳しようと思っているのかを述べなさい。そうすれば、諸々の菩薩たちも、その言葉を聞いて、この願いを必ず成就しようと決意するであろう。」

時文殊師利受如來教，即從座起，偏袒右肩右膝著地，合掌白佛言：「世尊！我今承佛神力當為宣說。諸有欲求大菩提者皆應諦聽，若聞此願當如實學令得圓滿。」文殊師利當以右膝著地之時，十方各恒河沙等諸佛剎土六種震動。

> その時、文殊師利（もんじゅしょり）は如来の教えを受け、即座に座から立ち上がった。右肩を露わにし、右膝を地につけて、合掌して仏に申し上げた。「世尊よ、私は今、仏の神通力のお力によって、この教えを説きましょう。大いなる悟りを求める者は皆、よく聞くべきです。もしこの誓いを聞いたならば、その通りに学んで、完全に成就させなさい。」文殊師利が右膝を地につけたその時、十方のそれぞれの世界に、ガンジス川の砂ほどの数の仏国土が、六種の震動を起こしたのである。

時文殊師利復白佛言：「我從往昔百千億那由他阿僧祇劫已來，起如是願：『我以無礙天眼所見，十方無量無邊諸佛剎中一切如來，若非是我勸發決定菩提之心教授教誡，令修布施持戒忍辱精進禪定智慧，乃至令得阿耨多羅三藐三菩提，我於菩提終不應證。』而我要當滿此所願，然後乃證無上菩提。」

> この時、文殊師利菩薩は再び仏に向かって申し上げました。「私ははるか昔、無数の劫の昔から、このような誓いを立ててまいりました。『私が妨げのない天眼で見渡す、十方の果てしない数の仏の国土にある、すべての如来方に対して、もし私が彼らに菩提心を起こすよう勧め、教え導き、布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧の修行をさせ、さらには最高の完全なる悟りを得させたのでなければ、私は菩提を証することはないであろう。』そして私は必ずこの誓いを果たしてから、初めて無上の悟りを証するのです。」

時彼眾中諸菩薩等咸作是念：「文殊師利無礙天眼見幾如來？」

> その時、その集まりの中の菩薩たちはみなこう思った。「文殊師利（もんじゅしょり）の妨げない天眼は、どれほどの如来を見ることができるのだろうか？」

是時世尊知諸菩薩心之所念，即告師子勇猛雷音菩薩言：「善男子！譬如以此三千大千世界碎為微塵，於意云何？此諸微塵可以算計知其數不？」

> その時、世尊は諸菩薩の心に思うことを知って、師子勇猛雷音菩薩に告げられた。「善男子よ。たとえば、この三千大千世界を粉々にして微塵にしたとする。あなたはどう思うか。この微塵の数を計算して知ることができるであろうか。」

答言：「不也。世尊！」

> 答えました。「いいえ、世尊（仏さま）ではありません。」

佛言：「善男子！文殊師利無礙天眼，見於東方無量諸佛復過是數，南西北方四維上下亦復如是。」

> 仏は言われた。「善男子よ。文殊師利の障害のない天眼は、東方に無量の諸仏を見ることができる。しかもその数はさらにこれを超えている。南方、西方、北方、四維（四隅）、上方、下方もまた、同様である。」

時文殊師利白佛言：「世尊！我有是願，以恒河沙等諸佛世界為一佛剎，無量妙寶間錯莊嚴，若不爾者我終不證無上菩提。復次世尊！我復有願，令我剎中有菩提樹，其量正等十大千界，彼樹光明遍此佛剎。復次世尊！我復有願，我坐菩提樹已，證得阿耨多羅三藐三菩提乃至涅槃，於其中間不起此座，但以變化遍於十方無量無數諸佛剎土，為諸眾生而演說法。復次世尊！我復有願，令我剎中無女人名，純菩薩眾，離煩惱垢具淨梵行，初生之時袈裟隨體結加趺坐忽然而現。如是菩薩遍滿其剎，無有聲聞辟支佛名，唯除如來之所變化，往詣十方為諸眾生說三乘法。」

> その時、文殊師利（もんじゅしょり）菩薩が仏に申し上げました。「世尊よ、わたしにはこのような誓いがあります。ガンジス河の砂の数ほどの諸仏の世界をひとつの仏国土とし、無数の尊い宝をちりばめて荘厳いたします。もしそうでなければ、わたしは決して最高の悟りを成就しません。また世尊よ、わたしにはさらなる誓いがあります。わたしの仏国土には菩提樹があり、その大きさは十千の世界（大千世界）に等しく、その木の光はこの仏国土全体を照らします。さらに世尊よ、わたしにはまた誓いがあります。わたしが菩提樹のもとに坐して、最高の悟りを成就してから涅槃にいたるまで、その座を離れることなく、ただ変化の力によって十方の無数無量の諸仏の国土に赴き、あらゆる衆生のために説法いたします。さらに世尊よ、わたしにはまた誓いがあります。わたしの仏国土には『女』という名がなく、ただ清らかな菩薩たちだけが集い、煩悩の汚れを離れ、清浄な修行（梵行）を完成させています。彼らは生まれるとすぐに袈裟が身にまとわりつき、結跏趺坐のまま忽然と現れます。このような菩薩たちがその仏国土に満ちあふれ、声聞や辟支仏という名もありません。ただ如来が変化して十方に赴き、衆生のために三乗の教えを説くことだけがあるのです。」

爾時師子勇猛雷音菩薩白佛言：「世尊！文殊師利當來成佛名為何等？」

> その時、師子勇猛雷音菩薩が仏に申し上げました。「世尊よ、文殊師利が将来成仏される際の名は、何というのでしょうか？」

佛言：「善男子！此文殊師利成佛之時名為普見。以何義故而名普見？以彼如來於十方無量百千億那由他諸佛剎中普皆令見。若諸眾生見彼佛者，必定當得阿耨多羅三藐三菩提。普見如來雖未成佛，若我現在及滅度後有聞其名，亦皆必定當得阿耨多羅三藐三菩提，唯除已入離生之位及狹劣心者。」

> 佛は言われた。「善男子よ。この文殊師利が成仏する時、その名を普見と称する。なぜ普見というのか。かの如来は十方の無量百千億那由他（なゆた）の諸仏の国土において、あまねく一切の者にその姿を見せられるからである。もし諸々の衆生がその仏を目の当たりにすれば、必ず阿耨多羅三藐三菩提（あのくたらさんみゃくさんぼだい）を成就するであろう。普見如来はまだ成仏していないが、私が現在生きている時も、また私が滅度した後であっても、その名を聞く者は、皆必ず阿耨多羅三藐三菩提を成就するであろう。ただし、すでに生死を離れる位に入った者と、狭い心しか持たない者を除く。」

文殊師利又白佛言：「世尊！我復有願，如阿彌陀佛剎以法喜為食，而我剎中菩薩初生起食念時，即便百味盈滿於鉢在右手中，尋作是念：『若未供養十方諸佛，及施貧窮苦惱眾生餓鬼等類令其飽足，而我決定不應自食。』作此念時，得五神通乘空無礙，往於十方無量無數諸佛剎中，以食供養諸佛如來及聲聞眾，又於貧苦諸眾生類亦皆周給，復為說法令離渴愛，於一念頃還至本處。復次世尊！我復有願，於我剎中諸菩薩等初生之時，所須衣服於其手中隨意皆出種種衣寶，鮮潔稱體應沙門服。便作是念：『若未供養十方諸佛，不應自用。』於一念中往詣十方無量佛剎，以此衣寶獻諸佛已，還至本處方自受用。復次世尊！我復有願，我佛剎中諸菩薩眾所得財寶及諸資具，要先分施諸佛、聲聞，遍供養已然後受用。又我剎中遠離八難及不善法，既無過咎亦無禁戒，無有苦惱諸不悅意。」

> 文殊師利はまた仏に申し上げた。「世尊よ、私はさらに願いを立てます。阿弥陀仏の浄土が法の喜びを食とするように、私の浄土に生まれた菩薩たちが、食欲の思いを起こしたとき、すぐに百種類の味が満ちた鉢が右の手に現れます。そのとき彼らはこう思います。『もし十方の諸仏に供養せず、貧しく苦しむ衆生や餓鬼などに施して満たすことがないならば、私は決して自分だけ食べるべきではない。』この思いを起こすと、五神通を得て、虚空に乗って障りなく飛び、十方の無数の仏の国々に赴き、食べ物を諸仏や声聞の衆に供養し、また貧しく苦しむ衆生にもすべて施し、さらに彼らのために法を説いて渇愛を離れさせ、一刹那の間に元の場所に戻ります。 また世尊よ、私はさらに願いを立てます。私の浄土に生まれる菩薩たちは、生まれたとき、必要な衣服がその手に随心に現れ、さまざまな衣の宝が清らかで鮮やかで、体にぴったりと合い、沙門の服にふさわしいものです。彼らはこう思います。『もし十方の諸仏に供養していないならば、自分で用いるべきではない。』一刹那の間に十方の無数の仏の国々に赴き、この衣の宝を諸仏に捧げてから、元の場所に戻って初めて自分の用に供します。 また世尊よ、私はさらに願いを立てます。私の仏の浄土における菩薩たちは、得た財宝やさまざまな道具を、まず諸仏や声聞に分け与え、あまねく供養してから、その後に自分のために用います。さらに私の浄土には、八つの難処や不善の法がなく、過ちもなく戒律の制約もなく、苦しみや悩みも、心を悩ませることもありません。」

時師子勇猛白佛言：「世尊！而彼佛剎名為何等？」

> 時に、師子勇猛が仏に申し上げました。「世尊よ、その仏の国土は何という名前なのでしょうか？」

佛言：「彼剎名隨願積集清淨圓滿。」

> 仏は言われた。「その仏国土の名は、願いに随って積み集められ、清らかにして円満に満ちたもの、という。」

師子勇猛言：「世尊！彼佛世界在何方所？」

> 獅子勇猛が申し上げました。「世尊よ、その仏の世界はどちらの方角にありますか？」

佛言：「在於南方，此娑婆世界亦當在彼佛剎之中。」

> 仏は言われた。「南方に、この娑婆世界もまた、その仏の国土の中に在るのである。」

文殊師利又白佛言：「我復有願，我佛剎中積集無量妙寶所成，復以無量摩尼妙寶間錯莊嚴。其摩尼寶，於十方界所未曾有甚為難得。如是寶名，俱胝歲中說不能盡。隨諸菩薩樂見彼剎金為體者即見為金，樂見銀體即見為銀，然於見金未曾損減。樂見頗梨、琉璃、馬碯、赤真珠等無量諸寶，各隨所見皆不相礙。如是栴檀香體、阿伽羅香乃至赤栴檀等、各隨樂見亦復如是。又彼剎中不以日月摩尼星火等光之所照見，彼諸菩薩皆以自身光明照於千億那由他剎。又彼剎中以花開為晝、花合為夜，隨諸菩薩所樂時節即皆應之，然無寒暑及老病死。若諸菩薩隨其所樂欲證菩提，即往餘剎，於兜率天壽盡降生而證菩提。此佛剎中無有涅槃。百千種樂於虛空中雖不現相而聞其音，此樂不出順貪愛聲，但出諸波羅蜜佛法僧聲，及菩薩藏法門之聲，隨諸菩薩所解妙法皆悉得聞。又諸菩薩若欲見佛，隨所詣處經行坐立，應念即覩普見如來坐菩提樹。若諸菩薩於法有疑，但見彼佛，不待解釋疑網皆斷解了法義。」

> 文殊師利は再び仏に申し上げました。「私にはまたもう一つの願いがあります。私の仏の国には、無量の妙なる宝を積み集めて造られ、さらに無量の摩尼宝珠をちりばめて飾られています。その摩尼宝珠は、十方の世界にもかつて存在したことがないほど、きわめて得がたいものです。そのような宝の名は、俱胝の歳月を費やしても説き尽くすことができません。諸々の菩薩が、その国が金を体としているのを見たいと望めば、すなわち金として見え、銀の体を見たいと望めば、すなわち銀として見えます。しかし、金を見ることにおいて、何ら損なわれることはありません。玻璃・瑠璃・瑪瑙・赤真珠など無量の宝を望むのも、それぞれの見たいものに応じて、すべて妨げられることがありません。栴檀の香りを体とするもの、阿伽羅の香り、さらには赤栴檀などの香りも、それぞれの好みに応じて、これまた同じように現れます。また、その国では、日月や摩尼宝珠や星や火などの光によって照らし出されるのではありません。それらの菩薩はみな、自らの身の光明によって、千億那由他もの国々を照らします。また、その国では、花が開けば昼となり、花が閉じれば夜となります。諸々の菩薩が楽しむ時節に応じて、すべてそれに応じます。しかし、寒さ暑さや老いや病や死というものはありません。もし諸々の菩薩が、その楽しむところに従って菩提を証したいと望めば、すなわち他の国へ往き、兜率天で寿命が尽きて降誕し、菩提を証します。この仏の国には、涅槃というものがありません。百千の楽器の音が虚空中にあって、その形は現さないけれども、その音は聞こえます。この楽の音は、貪愛の声を出すのではなく、ただ諸々の波羅蜜・仏法僧の声、そして菩薩蔵の法門の声を出します。諸々の菩薩が理解する妙法に応じて、すべてその教えを聞くことができます。また、諸々の菩薩がもし仏に会いたいと望めば、歩くところ・坐るところ・立つところ、その赴く先々で、念じれば即座に普見如来が菩提樹の下に坐しておられるのを拝見できます。もし諸々の菩薩が法について疑問があれば、ただその仏を拝見するだけで、解釈を待つことなく、疑いの網はすべて断たれ、法の意味を理解することができます。」

爾時會中無量百千億那由他諸菩薩眾同聲說言：「若有得聞普見佛名，彼人便得最上善利，何況生於彼佛土者。若有得聞此文殊師利授記法門，及聞文殊師利名者，是則名為面見諸佛。」

> その時、会座にいた無数の百千億那由他（那由他＝巨大な数）の菩薩たちが、声をそろえてこう言いました。「もしこの『普見仏』の名を聞くことができる者がいたなら、その人はすでに最高の善い利益を得ているのです。ましてや、その仏の国に生まれる者はなおさらです。また、この文殊師利が授記を受ける法門（教え）を聞く者、そして文殊師利の名を聞く者は、これはすなわち諸仏を直接拝むことと同じなのです。」

是時佛告諸菩薩言：「如是如是，如汝所說。善男子！若有受持百千億諸佛名號，若復有稱文殊師利菩薩名者，福多於彼，何況稱於普見佛名。何以故？彼百千億那由他佛利益眾生，不及文殊師利於一劫中所作饒益。」

> その時、仏は諸菩薩に告げて言われた。「そのとおり、そのとおり、あなたたちが言う通りである。善男子よ、もし百千億の諸仏の名号を受持する者がいても、また、文殊師利菩薩の名を称える者がいるならば、その功徳は彼よりも多い。ましてや普見仏の名を称える者はなおさらである。なぜならば、彼ら百千億の那由他もの仏が衆生を利益するよりも、文殊師利が一劫の間に行う利益のほうが及ばないからである。」

爾時眾中無量百千億那由他天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦樓羅、緊那羅、摩睺羅伽、人非人等，同聲唱言：「南無文殊師利童真菩薩。南無普見如來、應、正等覺。」說此語已，八萬四千億那由他眾生發阿耨多羅三藐三菩提心，無量眾生善根成熟於三乘中得不退轉。

> その時、会座の中の無量百千億那由他（なゆた）の天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅伽、人非人などの者たちが、声を揃えて唱えました。 「南無文殊師利童真菩薩。南無普見如来、応、正等覚。」 この言葉を唱え終えると、八万四千億那由他の衆生が阿耨多羅三藐三菩提（無上正等覚）の心を起こし、無量の衆生は善根が成熟して、三乗のうちにおいて不退転の境地を得ました。

文殊師利又白佛言：「我復有願，如我所見無量無數百千億那由他諸佛世尊，而彼諸佛所有佛剎功德莊嚴，如是一切皆令置我一佛剎中，唯除二乘及五濁等。世尊！若我自說佛剎功德種種莊嚴，過恒沙劫亦不能盡。如我所願，唯佛能知。」

> 文殊師利が再び仏に申し上げた。「わたしにはまた願いがあります。わたしが見てきた無量・無数・百千億那由他もの諸仏世尊、そのすべての仏国土の功德荘厳を、すべてわたしの一つの仏国土の中に備えたいと思います。ただし、二乗や五濁などの穢れは除きます。世尊よ、もしわたしがわたしの仏国土の功德や荘厳を自ら説くならば、恒河の砂の数ほどの劫を経ても尽きることはありません。わたしの願いのとおり、ただ仏だけがそれを知っておられます。」

佛言：「如是。文殊師利！如來知見於三世中無有限礙。」

> 仏は言われた。「その通りだ、文殊師利よ。如来の知恵と見識は、過去・現在・未来の三世において、何の妨げもなく自由に働くのである。」

爾時眾中有諸菩薩作如是念：「文殊師利所得佛剎功德莊嚴，與阿彌陀佛剎，為等不耶？」

> その時、会衆の中にいた菩薩たちが、こう思った。「文殊師利が得た仏の浄土の功徳の荘厳は、阿弥陀仏の浄土と等しいのだろうか、それとも違うのだろうか？」

爾時世尊知彼菩薩心之所念，即告師子勇猛言：「善男子！譬如有人析一毛為百分，以一分毛於大海中取一滴水。此一滴水喻阿彌陀佛剎莊嚴，彼大海水喻普見如來佛剎莊嚴，復過於此。何以故？普見如來佛剎莊嚴不思議故。」

> その時、世尊はその菩薩たちが心に思っていることを知って、師子勇猛に告げられた。「善男子よ。たとえば、ある人が一本の毛を百の部分に分け、その一分の毛で大海の中の一滴の水をすくうようなものだ。この一滴の水は、阿弥陀仏の浄土の荘厳をたとえている。そして、その大海の水は、普見如来の仏国土の荘厳をたとえている。しかも、その荘厳はこれよりさらに勝れているのだ。なぜならば、普見如来の仏国土の荘厳は、思いはかることのできないほど素晴らしいからである。」

爾時師子勇猛白佛言：「世尊！如是等類佛剎莊嚴，於三世佛剎頗更有不？」

> その時、師子勇猛という菩薩が仏に申し上げました。「世尊よ、このような仏国土の荘厳は、三世の仏の国土の中でも、さらにこれ以上に勝れたものがあるのでしょうか？」

佛言：「有。善男子！東方去此過百億恒河沙世界，有佛剎名住最上願。彼中有佛，名普光常多功德海王。彼佛壽命無量無邊，常為菩薩而演說法。善男子！彼佛剎土功德莊嚴，與普見佛剎等無有異。善男子！有四菩薩被不思議弘誓之鎧，而於此願決定成滿，亦當得此佛剎莊嚴如普見如來。」

> 仏は言われた。「あるのです、善き方よ。東方に、この世界から百億のガンジス河の砂の数ほどの世界を過ぎたところに、『住最上願』という名の仏の国があります。そこに『普光常多功德海王』という名の仏がおられます。その仏の寿命は限りなく、常に菩薩たちのために教えを説かれています。善き方よ、その仏の国の功徳による荘厳は、普見仏の国とまったく同じで、少しの違いもありません。善き方よ、四人の菩薩がいて、思いもよらぬ大いなる誓いの鎧を身にまとい、この願いを必ず成し遂げると決めています。彼らもまた、普見如来と同じように、この仏の国の荘厳を得るでしょう。」

時師子勇猛言：「願佛說彼菩薩名號及其住處，復願示彼普光常多功德海王如來佛剎，令此大眾多所利益。何以故？此諸菩薩若見聞已，於此所願當得成滿。」

> 時に師子勇猛菩薩が申し上げました。「どうか仏よ、その菩薩たちの名号とその住処をお説きください。また、普光常多功徳海王如来の仏国土をお示しください。この大衆に多くの利益をもたらすためであります。なぜなら、これらの菩薩たちは、それを見聞きしたならば、ここで願っていることを成就することができるでしょうから。」

佛言：「善男子！汝等諦聽，當為汝說。善男子！彼一菩薩名光明幢，在於東方無憂德佛剎。次名智上，在於南方智王如來佛剎。次名諸根寂靜，在於西方慧積如來佛剎。次名願慧，在於北方那羅延如來佛剎。」

> 仏は言われた。「善き男子らよ、あなたがたはよく聞きなさい。今からあなたがたのために説きましょう。善き男子らよ、その中の一人目の菩薩は、名を光明幢（こうみょうどう）といい、東方の無憂徳仏の仏国土におられます。二人目は、名を智上（ちじょう）といい、南方の智王如来の仏国土におられます。三人目は、名を諸根寂静（しょこんじゃくじょう）といい、西方の慧積如来の仏国土におられます。四人目は、名を願慧（がんね）といい、北方の那羅延如来の仏国土におられます。」

爾時世尊以神通力現普光常多功德海王如來佛剎，令此大會見彼如來及菩薩眾，并其佛剎功德莊嚴，昔所未見亦未曾聞，而彼一切皆不思議。無量百千億那由他寶間錯莊嚴，於一劫中說彼功德亦不能盡，眾皆明見如觀掌中菴摩勒果。彼菩薩身長四萬二千由旬，佛身長八萬四千由旬，光明洞照如閻浮檀金山，成就廣大功德莊嚴。坐大菩提樹下，諸菩薩眾恭敬圍遶，現百千億諸變化事，往詣十方諸世界中，為諸眾生而演說法。是時佛告諸菩薩言：「善男子！汝等見彼如來佛剎莊嚴菩薩眾耶？」

> その時、世尊は神通力をもって普光常多功徳海王如来の仏国土を現し、この大集会に彼の如来と菩薩の衆、およびその仏国土の功徳荘厳を見せられた。これは昔も見たことがなく、また聞いたこともないものであったが、そのすべては思いのままにならないものであった。無量の百千億那由他の宝がほどこされて荘厳され、一劫の間その功徳を説いても尽きることがなかった。人々は皆、その様子を手のひらにある菴摩勒果を見るように明らかに見た。 その菩薩たちの身の長さは四万二千由旬であり、仏の身の長さは八万四千由旬で、光明は遍く照らし、閻浮檀金山のようであった。広大な功徳の荘厳を成就していた。大きな菩提樹の下に座し、多くの菩薩の衆が恭敬して囲み、百千億の変化の事を現し、十方の諸世界に赴いて、すべての衆生のために法を説いていた。 その時、仏は諸菩薩に告げられた。「善男子よ。あなたたちはあの如来の仏国土の荘厳と菩薩の衆を見たか。」

時諸大眾同聲白言：「唯然已見。我等當學此菩薩行，如文殊師利之所修行，我等亦當成就如此莊嚴佛剎。」

> その時、大勢の人々が声を揃えて申し上げました。「はい、私たちはすでにその姿を見ました。私たちもこの菩薩の行いを学び、文殊師利菩薩が修行されたように、私たちもまた、このような荘厳な仏の国を成就いたしましょう。」

爾時世尊熙怡微笑，從其面門放種種色光，照於無量無邊世界。照已還來，遶佛三匝從其頂入。爾時彌勒菩薩白佛言：「世尊！以何因緣現此微笑？」

> その時、世尊はにこやかに微笑まれ、お顔からさまざまな色の光を放たれた。その光は限りなく広大な世界を照らし、やがて戻ってきて、仏の周りを三度めぐってから、頭頂から入っていった。 その時、弥勒菩薩が仏に申し上げた。「世尊よ、どのような因縁によってこのような微笑みを現されたのですか？」

佛告彌勒：「此大眾中八萬四千菩薩，見彼佛剎莊嚴之事，雖皆發心當欲成就如是佛剎。然於其中有十六善大丈夫，具勝志樂而發大心，彼能成滿如文殊師利所起大願，餘諸菩薩亦速當得阿耨多羅三藐三菩提，所得佛剎功德莊嚴如阿彌陀佛剎。彌勒當知，諸菩薩等志樂既勝所成亦大。志樂勝者，言我成就如文殊師利莊嚴佛土。其餘劣者，雖以信心亦作是語，以此語業猶能棄捨六十億百千那由他劫生死流轉，亦得圓滿五波羅蜜。」

> 仏は弥勒に告げられた。「この大勢の中に八万四千の菩薩がいて、かの仏の浄土の荘厳なる有様を見て、皆、そのような仏土を成就したいと心を発した。しかしその中に十六人の優れた大いなる者たちがおり、殊勝な志と楽しみを備えて大いなる心を起こした。彼らは文殊師利が起こした大いなる誓いのように、その願いを満たし成就することができるであろう。その他の菩薩たちも、やがて速やかに無上正等覚を得て、その得る仏土の功徳の荘厳は、阿弥陀仏の浄土のようになるであろう。 弥勒よ、知るがよい。諸々の菩薩たちは、志と楽しみが勝れていれば、その成し遂げることもまた大きいのである。志と楽しみが勝れる者とは、『我は文殊師利のような荘厳なる仏土を成就しよう』と言う者である。その他の劣った者たちも、たとえ信心をもってこのように語るならば、この語る業によってさえも、六十億百千那由他劫の生死の流転を捨て離れ、五波羅蜜を円満に成就することができるのである。」

爾時彌勒菩薩見於四方光明幢等四大菩薩，各坐琉璃光明樓閣，有百千億諸天圍遶雨花奏樂，現大神變震動大地而來於此。時彌勒菩薩即白世尊：「請問其事。」

> そのとき、弥勒菩薩は、四方の光明幢などの四人の大菩薩が、それぞれ琉璃の光り輝く楼閣に座し、百千億の天の人々に囲まれ、花を降らせ、音楽を奏で、大きな神通力を現し、大地を揺るがして、この場所に来られるのを見た。そこで弥勒菩薩は、ただちに世尊に申し上げた：「この事について、お尋ねいたします。」

佛言：「善男子！此四菩薩為見我故，四方如來各令至此。」

> 仏は言われた。「善き男子よ、この四人の菩薩たちは、私に会うために、四方の如来がそれぞれ彼らをここに遣わしたのです。」

時彼菩薩既到佛所，頂禮佛足，右遶三匝，退坐一面，彼四菩薩光明遍照此之大會。爾時世尊告諸菩薩言：「善男子！此四善大丈夫志願所趣皆不思議，應當尊重請其法要。而彼所願，於諸菩薩最為殊勝。若有善男子善女人得見之者，必定當得阿耨多羅三藐三菩提，棄捨二十億劫生死流轉，具足圓滿五波羅蜜。若有女人聞此菩薩名者，速得捨離女人之身。」於是世尊即攝神力，而彼佛剎忽然不現。

> その時、かの菩薩たちは仏のもとに到着すると、仏の足に頭を伏して礼拝し、右に三度まわってから、一方に退いて座りました。かの四人の菩薩たちの光明は、この大会の隅々まで照らしわたりました。 その時、世尊は菩薩たちに告げられました。「善き人々よ、この四人の善き大いなる者たちの志すところは、すべて思いもよらぬほど深遠である。かれらを敬い、その教えの要を請い求めるべきである。かれらの誓願は、諸菩薩の中でも最も優れている。もし善き男子や善き女人がかれらを目にすることがあれば、必ずや無上正等覚（あの上なき正しい悟り）を成就し、二十億劫の生死の輪廻から解脱し、五波羅蜜を完全に満たすであろう。また、もし女人がこれらの菩薩の名を聞くならば、速やかに女人の身を捨てることができるであろう。」 そこで世尊は神通力を収められると、かの仏の国土は忽然と姿を消しました。

文殊師利白佛言：「世尊！一切諸法皆悉如幻。何以故？譬如幻師幻為隱現，諸法生滅亦復如是。而此生滅即無生滅，以無生滅是則平等。菩薩修此平等，便能證得無上菩提。」

> 文殊師利が仏に申し上げました。「世尊よ、すべての現象はすべて幻のようです。なぜなら、例えば幻術師が幻を現したり消したりするように、現象の生滅もまた同じだからです。しかし、この生滅は実は生滅ではなく、生滅がないからこそ、それは平等です。菩薩がこの平等を修行するならば、最高の悟りを得ることができます。」

智上菩薩白文殊師利言：「於此菩提云何證得？」

> 智上菩薩が文殊師利に問うた。「この菩提（悟り）において、どのようにして証得するのですか？」

文殊師利言：「此菩提者非是可得，亦非可壞、非可住著。」

> 文殊師利は言った。「この菩提（悟り）は、手に入れることができるものではなく、壊すこともできないものであり、そこに執着して留まることもできないものなのです。」

智上白言：「而此菩提非以住得、非不住得。何以故？以彼法性本來無生，非曾有、非當有、亦非可壞，是故無得。」

> 智上尊者申し上げました。「この菩提は、とどまることによって得られるものではなく、またとどまらないことによって得られるものでもありません。なぜなら、その法の本性はもともと生じることがなく、かつてあったわけでもなく、未来に現れるわけでもなく、壊れることもないからです。それゆえ、得るということはないのです。」

文殊師利謂智上等諸菩薩曰：「云何名為說一相法門？」

> 文殊師利が智上などの菩薩たちに問いかけました。「どのような教えを『一つの相を説く法門』と呼ぶのでしょうか？」

彌勒菩薩曰：「若有不見蘊界處，亦非不見，無所分別，亦不見集散，是名說一相法門。」

> 弥勒菩薩はおっしゃいました。「もし、五蘊・十八界・十二処というものを『見ない』のではなく、しかしまた『見ない』のでもなく、区別せず、集まりや散じることも見ないならば、これを一つの相（すがた）を説く法門と名づける。」

師子勇猛雷音菩薩曰：「若不作種種分別，此是凡夫法、此是二乘法，此則不違法性，入於一相所謂無相，是名說一相法門。」

> 獅子勇猛雷音菩薩が言われた。「さまざまな分別を起こさなければ、これは凡夫の法だ、これは二乗の法だと区別することなく、法性に背くことはありません。一つの相、すなわち無相に入るのです。これを一相法門を説くといいます。」

樂見菩薩曰：「若有修真如行，而亦不作真如之想，於此甚深無所分別，是名說一相法門。」

> 楽見菩薩が言われた。「もし真如の行いを修めながらも、真如という考えを起こさず、この深遠なる真理に対して何の分別も持たないならば、これを一相の法門を説くと言うのです。」

無礙辯菩薩曰：「若能究竟盡於諸法，亦以此法為他演說，是名說一相法門。」

> 無礙辯菩薩がおっしゃいました。「もしすべての法（物事のあり方）を完全に理解し尽くし、その同じ理解を他の人々にも説き示すならば、これを『一つの相（あり方）を説く法門』と名づけます。」

善思菩薩曰：「若以思議入不思議，此不思議亦不可得，是名說一相法門。」

> 善思菩薩が言われた。「もし思議（はからい）をもって不思議に入ろうとするならば、その不思議もまた得ることはできない。これを一相の法門を説くという。」

妙離塵菩薩曰：「若有不染一切相，亦非染非不染，無違無順亦無迷惑，非一非二亦非種種，不取不捨，是名說一相法門。」

> 妙離塵菩薩がおっしゃった。「もし一切の相に染まらず、また染まりもせず、染まらないのでもないとするならば、違背もなく、従順もなく、迷いもない。一でもなく二でもなく、さまざまな種類でもなく、取ることも捨てることもない。これを一相の法門を説くというのです。」

娑竭羅菩薩曰：「若有能入如海難入甚深之法，而於此法亦不分別，雖為他說而無說想，是名說一相法門。」

> 娑竭羅菩薩は言った。「もし大海のように入り難く、甚だ深い法に入ることができながら、その法についても分別せず、人のために説いても説くという思いを持たないならば、これを一相の法門を説くというのです。」

月上菩薩曰：「若於一切眾生心行平等，猶如滿月，無眾生想，是名說一相法門。」

> 月の上菩薩が言われた、「すべての生きとし生けるものに対して、心を平等にし、満月のように偏りなく接し、『この人はこうだ』といった分別の考えを持たないこと。これを『一相の法門』と言うのです。」

離憂闇菩薩曰：「云何拔眾生憂箭？謂我我所是彼憂根。若能住我我所平等，是名說一相法門。」

> 離憂闇菩薩がおっしゃった。「どうすれば、悩みの矢に射抜かれた生きとし生けるものを抜き出すことができるのか。それは、『自分』や『自分のもの』という思いが、すべての悩みの根源であることを知ることです。もしも、この『自分』と『自分のもの』という執着を手放し、すべてを平等に見ることができれば、それを『一つの相を説く法門』と呼ぶのです。」

無所緣菩薩曰：「若不攀緣欲界色界無色界、聲聞法緣覺法及諸佛法，是名說一相法門。」

> 無所縁菩薩がおっしゃいました。「もし欲界・色界・無色界のいずれにも執着せず、声聞の教え、縁覚の教え、そして諸仏の教えにも執着しなければ、これを一つの相を説く法門と名づけます。」

普見菩薩曰：「若說法時應說平等法，謂空法平等，亦無空想及平等想，是名說一相法門。」

> 普見菩薩が言われました。「もし法を説くときには、平等の法を説くべきです。すなわち、空の法は平等であり、そこには『空』という考えもなく、『平等』という考えもありません。これを一相の法門（一つの真理の教え）と言います。」

淨三輪菩薩曰：「若說法時應淨三輪，謂所為眾生我不可得，亦不分別自為法師，於所說法而無住著，如是說法是名說一相法門。」

> 浄三輪菩薩がおっしゃいました。「もし説法する時には、三つの輪を清めるべきです。すなわち、説法の対象となる衆生についても、私という者についても、執着してはなりません。また、自分が説法者であると分別することもなく、説くところの教えに対しても執着しません。このように説法することを、一相の法門を説くと言います。」

成就行菩薩曰：「若有能說於一切法修平等行，所知如實非文字說，以一切法離言說故，是名說一相法門。」

> 成就行菩薩がおっしゃった。「もし一切の法について平等な行いを修行し、知るところが如実であり、文字による説明を超えているならば——それはすべての法が言葉を離れているからです——これを一相の法門と言うのです。」

深行菩薩曰：「若有能說了達一切甚深之法，亦不見彼能說所說及與所為，是名說一相法門。」

> 深行菩薩が申し上げました。「もし、あらゆる甚深な法を理解し尽くして説く者がいても、その者には『説く者』『説かれる法』『説く行為』という区別がまったく見られないならば、これを『一相の法門』と名づけるのです。」

如是無量諸菩薩等，各以辯才演說一相法門。說此法門時，三十七億菩薩得無生法忍，八萬四千那由他百千眾生發阿耨多羅三藐三菩提心，七千比丘不受諸法盡諸有漏心得解脫，九十六那由他諸天及人於諸法中得法眼淨。

> このように、無量の菩薩たちは、それぞれの智慧と説法の力をもって、一相の法門を説き示しました。この法門が説かれた時、三十七億の菩薩が無生法忍を得ました。八万四千那由他百千の衆生が、無上の正しい悟りを求める心（阿耨多羅三藐三菩提心）を起こしました。七千の比丘は、すべての執着を離れ、煩悩を尽くして心の解脱を得ました。九十六那由他の天人や人々は、すべての法の中において、真理を見通す清らかな智慧の眼（法眼）を得ました。

爾時師子勇猛雷音菩薩白佛言：「世尊！此文殊師利久如當得阿耨多羅三藐三菩提？彼佛壽命及菩薩眾其數幾何？」

> その時、獅子勇猛雷音菩薩が仏に申し上げました。「世尊よ、この文殊師利は、どれほどの時を経て、悟り（阿耨多羅三藐三菩提）を得るのでしょうか。その仏の寿命と、菩薩の衆の数はどれほどでしょうか。」

佛言：「善男子！汝當自問文殊師利。」

> 仏は言われた。「善き男子よ、あなた自身が文殊師利に尋ねなさい。」

時師子勇猛白文殊師利言：「仁者久如當得菩提？」

> 師子勇猛が文殊師利に尋ねた。「尊者は、どのくらいの時間が経てば悟り（菩提）を得られるのですか？」

文殊師利言：「善男子！若虛空界為色身時，我乃當得無上菩提。若幻人得菩提，我乃當得。若漏盡阿羅漢即是菩提，我乃當得。若夢響光影及以化人得菩提時，我乃當得。若月照為晝、日照為夜，我乃當得阿耨多羅三藐三菩提。善男子！汝之所問應當問彼求菩提者。」

> 文殊師利は言った。「善男子よ、もし虚空の界が色身となることがあるならば、その時こそ私は無上菩提を得るでしょう。もし幻の人が菩提を得るならば、その時こそ私は得るでしょう。もし煩悩を尽くした阿羅漢がすなわち菩提であるならば、その時こそ私は得るでしょう。もし夢、響き、光、影、そして化人（けにん）が菩提を得る時があるならば、その時こそ私は得るでしょう。もし月が照らして昼となり、日が照らして夜となるならば、その時こそ私は無上正等正覚（あのくたらさんみゃくさんぼだい）を得るでしょう。善男子よ、あなたが問うべきことは、菩提を求める者に問うべきです。」

師子勇猛言：「仁者豈不求菩提耶？」

> 獅子勇猛尊者は言った。「あなたは菩提を求めようとは思わないのですか？」

答言：「不也。何以故？文殊師利即是菩提，菩提即是文殊師利。所以者何？文殊師利但有名，菩提亦但有名，此名亦離、無作故空，而彼空性即是菩提。」

> 答えていう、「そうではない。なぜか。文殊師利はすなわち菩提であり、菩提はすなわち文殊師利である。なぜならば、文殊師利はただ名のみであり、菩提もまたただ名のみである。この名もまた離れており、作るものがないゆえに空である。そして、その空の本性こそが菩提である。」

爾時佛告師子勇猛言：「汝頗見聞阿彌陀如來聲聞菩薩諸眾會耶？」

> その時、仏は師子勇猛に告げて言われた。「あなたは、阿弥陀如来の声聞や菩薩の衆会を見聞きしたことがあるか。」

「唯然聞見。」

> はい、かしこまりました。ただいま承りました。

佛言：「其數幾何？」

> 仏は言われた。「その数はどれほどですか？」

答言：「非算數思議之所能及。」

> 答えには、「それは計算や思考で及ぶものではありません。」

佛言：「善男子！如摩竭國量一斛油麻，舉取一粒喻阿彌陀佛國聲聞菩薩，餘不舉者喻文殊師利得菩提時菩薩眾會，復過是數。善男子！如以三千大千世界微塵數劫比普見如來壽量劫數，百分千分百千億分乃至算數譬喻所不能及。應知彼普見如來壽命，無有算數亦無限量。如有一人以三千大千世界碎為微塵，第二第三人亦碎大千世界以為微塵。復有一人取彼微塵，從此東行過爾所微塵數世界乃下一塵，又過爾所微塵數世界復下一塵，如是次第盡諸微塵。復有第二人亦持爾所微塵，從此南行如前下塵，次第展轉乃至塵盡。西方北方四維上下各有一人，所下塵數亦復如是。善男子！是諸世界可知數不？」

> 仏は言われた。「善男子よ。たとえば摩竭国の一斛の油麻を量り、その一粒を取って阿彌陀仏の国の声聞や菩薩にたとえ、残りの取らないものを文殊師利が菩提を得る時の菩薩の衆会にたとえるなら、その数はさらにこれを超えるのである。善男子よ。たとえば三千大千世界の微塵の数の劫を、普見如来の寿命の劫の数と比較するならば、百分、千分、百千億分、さらには算数や譬えをもってしても及ばないのである。知るべきである。かの普見如来の寿命は、算数もなく、また限量もないのである。たとえば、一人の人が三千大千世界を砕いて微塵とする。第二、第三の人もまた大千世界を砕いて微塵とする。さらに一人の人がその微塵を取り、この東の方へ行き、その微塵の数の世界を過ぎては一つの塵を置き、またその微塵の数の世界を過ぎては一つの塵を置く。こうして次第にすべての微塵を使い尽くす。また第二の人も同じくその微塵を持ち、この南の方へ行き、前に同じように塵を置き、次第にめぐって、ついに塵を使い尽くす。西、北、四維、上下にもそれぞれ一人ずつがいて、置く塵の数もまた同じである。善男子よ。これらの世界の数は知ることができるであろうか。」

答言：「不也。」

> いいえ、違います。

佛言：「善男子！如是諸人於彼十方所經世界，若著微塵及不著者，盡末為塵。於意云何？是諸微塵可以算計知其數不？」

> 仏が言われた。「善男子よ。これらの人々がその十方の世界を巡って経た場所、そこに微細な塵が付いているか付いていないかにかかわらず、そのすべてを粉々にして塵としよう。あなたはどう思うか。その塵の数を計算して知ることができるだろうか。」

答言：「不也。世尊！若有計量，心則迷亂不能了知。」

> 答えました。「いいえ、世尊。もし計量するならば、心は迷い乱れて、正しく知ることができません。」

佛言：「善男子！諸佛如來悉能了知彼微塵數，設過於此如來亦知。」時彌勒菩薩白佛言：「世尊！諸菩薩等為求如是大智慧故，於大地獄無量億劫受諸極苦，終不應捨如是大智。」

> 仏は言われた。「善き男子よ、諸仏如来は、その微塵の数のすべてを的確に知っておられる。たとえそれ以上の数であっても、如来は知っておられるのである。」その時、弥勒菩薩が仏に申し上げた。「世尊よ、諸菩薩は、このような大いなる智慧を求めるがゆえに、大地獄において無量億劫の間、極めて苦しい思いを味わっても、決してこの大いなる智慧を捨てるべきではありません。」

佛言：「彌勒！如是如是，如汝所說。何有於此大智慧中不生欲樂？唯除下劣及懈怠者。」

> 仏は言われた。「弥勒よ、その通り、その通りである。まさに汝の言う通りだ。この大いなる智慧において、どうして喜びの心を起こさない者があろうか。ただ、劣った者と怠けている者だけが除かれるのである。」

說此智時，一萬眾生發菩提心。

> この智慧を説いた時、一万の衆生が菩提心を発した。

是時佛告師子勇猛言：「善男子！於意云何？如彼十人經十方界盡為微塵，文殊師利當於爾所微塵數劫行菩薩道。何以故？文殊師利大願不可思議，趣向亦不可思議，得菩提已壽量亦不可思議，菩薩眾會亦不可思議。」

> その時、仏は師子勇猛に告げた。「善男子よ、あなたはどう思うか。あの十人の者が十方の世界を尽くして微塵となすならば、文殊師利はその微塵の数の劫の間、菩薩の道を歩むであろう。なぜか。文殊師利の大願は思い計ることができず、その趣向もまた思い計ることができない。悟りを得た後の寿命もまた思い計ることができず、菩薩の衆会もまた思い計ることができないのである。」

爾時師子勇猛白佛言：「世尊！文殊師利發趣甚大，所修之行亦復廣大，乃於爾所微塵數劫不生疲倦。」文殊師利言：「如是如是。善男子！如汝所說。於意云何？虛空界有如是念，度於晝夜時節歲月劫數等耶？」

> その時、獅子勇猛菩薩が仏に申し上げました。「世尊よ、文殊師利はその志が非常に大きく、修める行いもまた広大でございます。それなのに、このような微塵の数ほどの劫の間、疲れや倦みを生じることがありません。」文殊師利は答えました。「その通り、その通りです。善き男子よ、あなたの言う通りです。では、どう思いますか。虚空の世界に、昼や夜、時節、歳月、劫の数を数えるような心があるでしょうか。」

答言：「不也。」

> いいえ、違います。

文殊師利言：「如是善男子！若有覺一切法等於虛空，彼微細智無有分別，亦無是念度於晝夜時節歲月諸劫數等。何以故？彼於諸法無想念故。善男子！如虛空界無有疲倦及熱惱想。何以故？設過恒河沙劫，而虛空界亦無生起亦無燒滅非可破壞。何以故？以虛空界無所有故。如是善男子！若菩薩了一切法無所有已，亦無熱惱及疲倦等。善男子！彼虛空名亦無燒滅熱惱疲倦，亦不動搖、不生不老、不來不去。文殊師利名號亦爾，無有熱惱及疲倦等。何以故，名字性離故。」

> 文殊師利が言った。「その通りです、善き男子よ。もし菩薩が、すべての法は虚空と等しいと覚ったなら、その微細な智には分別がなく、また『昼夜や時節、歳月、劫の数を超えた』というような思いもありません。なぜなら、彼は諸法について想念がないからです。善き男子よ、例えば虚空界には疲れや熱苦しみの想いがありません。なぜなら、恒河沙の劫を過ごしても、虚空界には生起もなく、焼滅もなく、壊されることもないからです。虚空界は無所有だからです。このように、善き男子よ、もし菩薩がすべての法は無所有であると瞭知したなら、熱苦しみや疲れなどもありません。善き男子よ、その虚空という名前にも焼滅や熱苦しみ、疲れはなく、動揺もせず、生まれも老いもせず、来ることも去ることもありません。文殊師利という名号も同じで、熱苦しみや疲れなどはありません。なぜなら、名前の本質は離れているからです。」

說此法時，四大天王、釋提桓因、梵天王等，及餘大威德諸天子等，同聲唱言：「是諸眾生聞此法門獲大善利，何況受持讀誦，當知彼等所成善根極為廣大。世尊！我等於此法門受持讀誦廣宣流布，為欲護持此深法故。」

> この教えが説かれた時、四大天王、帝釈天、梵天王ら、そしてその他の大いなる威徳を持つ天の神々も、声を揃えてこう唱えた。「これらの人々がこの教えを聞くだけで大いなる善き利益を得られるのです。ましてや、この教えを受け止め、読み、誦じる者については、その人が積む善い根はこの上なく広大なものとなるでしょう。世尊よ、私たちはこの教えを受け止め、読み、誦じ、広く世に伝え広めましょう。それは、この深い教えを守り支えるためなのです。」

爾時師子勇猛白佛言：「世尊！若有得聞如此法門，受持讀誦思惟，及發如此功德莊嚴佛剎之心，得幾所福？」

> その時、師子勇猛菩薩が仏に申し上げた。「世尊よ、もしこの教えを聞き、心に保ち、読み誦し、深く考え、そしてこのような功徳で仏の浄土を荘厳しようという心を起こす者がいたならば、どれほどの福を得るのでしょうか。」

佛言：「善男子！如來以無礙佛眼所見諸佛及彼剎土，若有菩薩以妙七寶滿彼諸剎，奉施供養一一如來，各盡未來際，令此菩薩安住淨戒，於一切眾生得平等心。若有菩薩，於此莊嚴功德佛剎法門受持讀誦復能發心，隨文殊師利所學行於七步。此二功德，比前七寶布施功德，百分不及一，乃至算數譬喻所不能及。」

> 仏がおっしゃった：「善男子よ！如来は妨げのない仏眼で、すべての諸仏とその浄土を見通しておられる。もし菩薩が、素晴らしい七種の宝であの諸仏の浄土を満たし、それぞれの如来に未来際の限りなく供養を捧げ、さらにその菩薩が清らかな戒律を保ち、すべての衆生に対して平等の心を持つならば、その功徳は計り知れない。しかし、もし別の菩薩が、この荘厳なる功徳の仏国土の教えを受持し、読誦し、さらに心を起こして、文殊師利菩薩の学びに従って七歩を歩むならば、その功徳は、先ほどの七宝の布施の功徳と比べて、百分の一にも及ばず、いかなる計算や譬えをもってしても及ぶものではない。」

爾時彌勒菩薩白佛言：「世尊！當何名此法門？我等云何奉持？」

> その時、弥勒菩薩が仏に申し上げました。「世尊よ、この教えを何と名付けるべきでしょうか。私たちはどのようにしてこれを受持すればよいのでしょうか。」

佛言：「此法門名為『諸佛遊戲』，亦名『諸願究竟』，亦名『文殊師利功德莊嚴佛土』，亦名『令發菩提心菩薩歡喜』，亦名『文殊師利授記』，如是受持。」

> 仏は言われた。「この法門の名は『諸仏の遊戯』といい、また『諸願究竟』ともいい、また『文殊師利の功徳によって荘厳された仏土』ともいい、また『菩提心を発した菩薩を喜ばせるもの』ともいい、また『文殊師利の授記』ともいう。このようにして受持しなさい。」

爾時十方諸來菩薩為欲供養此法門故，而雨眾花讚言：「希有世尊！希有世尊！我等乃得聞是不思議文殊師利師子吼莊嚴法門。」時諸菩薩說是語已各還本土。說此法時，恒河沙等菩薩得不退轉，無量眾生善根成熟。

> その時、十方から集まった菩薩たちは、この法門を供養しようとして、さまざまな花を降らせてこう讚えました。「なんと稀有なことか、世尊よ。なんと稀有なことか、世尊よ。私たちはこの不可思議な文殊師利の獅子吼の荘厳なる法門を聞くことができました。」菩薩たちがこの言葉を述べ終えると、それぞれの故郷へと帰っていきました。 この法が説かれた時、ガンジス河の砂の数ほどの多くの菩薩が退転しない境地を得て、無数の衆生の善根が成熟しました。

爾時文殊師利即入菩薩出生光明普照如幻三昧。入三昧已，令此眾會普見十方無量無邊諸佛剎中一切如來，一一佛前皆有文殊師利說自佛剎功德莊嚴。眾會見已，於文殊師利殊勝大願生希有心。

> その時、文殊師利はただちに「菩薩出生光明普照如幻三昧」という禅定に入った。この禅定に入ると、この場に集まった人々は、十方の無量無辺の仏の世界におけるすべての如来をありありと見ることができた。そして、それぞれの仏の前には、必ず文殊師利が現れて、その仏の世界の功徳と荘厳を説いていたのである。この光景を見た人々は、文殊師利の並外れた大いなる誓願に対して、未曾有の感動と尊敬の念を抱いた。

佛說是經已，彼一切菩薩，及諸比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷，天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦樓羅、緊那羅、摩睺羅伽、人非人等，聞佛所說，皆大歡喜，信受奉行。

> 仏がこの経を説き終えられたとき、その場にいたすべての菩薩、そして多くの比丘（僧侶）、比丘尼（尼僧）、優婆塞（在家の男性信者）、優婆夷（在家の女性信者）、さらに天、竜、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅伽、人非人などの衆生はみな、仏の説法を聞いて、大きな喜びに満たされ、心から受け入れ、尊び実践しました。

## 大寶積經卷第六十

> 大宝積経 巻第六十