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title: "瑜伽師地論 · 1節 眼識之五相"
description: "瑜伽师地论是佛教大乘瑜伽行派的重要经典，相传由弥勒菩萨口述，无著菩萨记录，唐代高僧玄奘于贞观年间从印度取回并译成汉文。该论共100卷，系统阐述瑜伽行派的教义，内容包括十七地、三性、八识、修行次第等核心理论，被誉为大乘佛教的百科全书。作为唯识学的根本论典，瑜伽师地论奠定了唯识学派的理论基础，对汉传佛教和藏传佛教影响深远，在佛教思想史上具有崇高地位，是研究唯识学和瑜伽行派必读的经典著作。"
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云何眼識自性？謂依眼，了別色。

> 眼識の自性とは何か。眼に依って、色を了別することである。

彼所依者，俱有依，謂眼。

> その拠り所とするものは、ともに存在する依り所であり、眼を指す。

等無間依，謂意。

> 等無間依とは、意をいう。

種子依，謂即此一切種子執受所依異熟所攝阿賴耶識。

> 種子の依りとは、すなわちこれら一切の種子を保持し、受け入れ、よりどころとする異熟に属する阿頼耶識のことです。

如是略說二種所依。謂色、非色。眼是色，餘非色。

> このように、二種類の依り所を大まかに述べれば、色と非色に分けられます。眼は色であり、それ以外は非色です。

眼，謂四大種所造眼識所依淨色，無見有對。

> 眼とは、四大種によって造られた、眼識が依りどころとする清浄な色（物質）であり、目に見えず、他の物質と対立する性質を持つものです。

意，謂眼識無間過去識。

> 意とは、眼識が途切れることなく過去の識へと続くことを指します。

一切種子識，謂無始時來樂著戲論熏習為因所生一切種子異熟識。

> 一切の種子識とは、無始の時より、戯論に執着し楽しむことによって薫習され、因となって生じた一切の種子を蔵する異熟識をいう。

彼所緣者，謂色，有見有對。此復多種。

> その対象とは、色であり、目に見え、手で触れられるものです。これにもまた多くの種類があります。

略說有三，謂顯色、形色、表色。

> 略して言えば三つあり、すなわち、顕色、形色、表色である。

顯色者，謂青、黃、赤、白、光、影、明、闇、雲、煙、塵、霧，及空一顯色。

> 顕色とは、青、黄、赤、白、光、影、明、闇、雲、煙、塵、霧、そして虚空の一色を指します。

形色者，謂長、短、方、圓、麁、細、正、不正、高、下色。

> 形（かたち）や色とは、長い、短い、四角、丸い、粗い、細かい、正しい、正しくない、高い、低い、といった色（物質的な現象）をいいます。

表色者，謂取、捨、屈、伸、行、住、坐、臥，如是等色。

> 表色とは、取る、捨てる、曲げる、伸ばす、歩く、立つ、座る、臥すといった行為によって表れる色のことをいいます。

又顯色者，謂若色顯了，眼識所行。

> また、顕色（目に見える色）とは、色がはっきりと現れて、眼の認識がはたらく対象となるものです。

形色者，謂若色積集長短等分別相。

> 形色とは、色が積み集まって長さや短さなどの区別のある形となったものをいいます。

表色者，謂即此積集色，生滅相續，由變異因，於先生處不復重生，轉於異處，或無間、或有間、或近、或遠差別生。或即於此處變異生，是名表色。

> 表色（ひょうしき）とは、この積集色が、生まれては滅びることを繰り返す中で、変化の原因によって、以前に存在した場所には再び現れず、別の場所へ移って、あるいは間断なく、あるいは間をおいて、あるいは近くに、あるいは遠くにと、違いをもって生じることです。また、同じ場所で変化しながら生じることも、これを表色と呼びます。

又顯色者，謂光、明等差別。

> また、「顕色（けんしき）」とは、光や明るさなど、様々な見え方の違いを指します。

形色者，謂長、短等積集差別。

> 形色とは、長さや短さなど、集まってできた形の違いを指します。

表色者，謂業用為依轉動差別。

> 色（見える形）というのは、行為や働きのよりどころとなって、動きや変化の違いを生み出すものを指します。

如是一切顯、形、表色，是眼所行、眼境界、眼識所行、眼識境界、眼識所緣，意識所行、意識境界、意識所緣，名之差別。

> このように、あらゆる「見える色」「形」「動作」は、 - 眼が認識する対象、眼の領域、眼の識（視覚）の対象、眼の識の領域、眼の識がよりどころとするもの、 - また、意識が認識する対象、意識の領域、意識がよりどころとするもの、 という名の違いにほかなりません。

又即此色復有三種。謂若好顯色、若惡顯色、若俱異顯色，似色顯現。

> また、この「色」にも三つの種類があります。すなわち、好ましい色、好ましくない色、そしてそのどちらでもない色です。これらが、あたかも実体があるかのように現れています。

彼助伴者，謂彼俱有相應諸心所有法。所謂作意、觸、受、想、思、及餘眼識俱有相應諸心所有法。

> その「共に働くもの」とは、その心と同時に存在し、対応する様々な心の働き（心所）のことを指します。具体的には、作意（注意を向ける働き）、触（接触する働き）、受（感じ取る働き）、想（概念化する働き）、思（意志の働き）、そしてその他の、眼識と同時に存在し対応する様々な心の働きのことを言います。

又彼諸法同一所緣，非一行相，俱有相應，一一而轉。

> さらに、これらの諸法は同じ一つの対象（所縁）を共有しているが、同じ行相（はたらき方）を持つわけではない。それぞれが対応しながら、一つ一つが順に生じていくのである。

又彼一切各各從自種子而生。

> また、それらのすべては、それぞれ自分自身の種（原因）から生じるのです。

彼作業者，當知有六種。

> その修行者は、六つの種類があると知るべきである。

謂唯了別自境所緣，是名初業。

> ただ、自らの対象を識別すること、これを初めの働きと名づける。

唯了別自相，唯了別現在，唯一剎那了別。

> ただ、自らの姿だけを識別し、ただ現在だけを識別し、ただ一瞬だけを識別する。

復有二業。

> また、二つの業があります。

謂隨意識轉、隨善染轉、隨發業轉。

> 意識に従って転じ、善や煩悩に従って転じ、業を起こすことに従って転じる。

又復能取愛非愛果，是第六業。

> また、愛するものと愛さないものとの両方の結果をもたらすことができる、これが第六の業です。