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title: "瑜伽師地論 · 1節 數建立"
description: "瑜伽师地论是佛教大乘瑜伽行派的重要经典，相传由弥勒菩萨口述，无著菩萨记录，唐代高僧玄奘于贞观年间从印度取回并译成汉文。该论共100卷，系统阐述瑜伽行派的教义，内容包括十七地、三性、八识、修行次第等核心理论，被誉为大乘佛教的百科全书。作为唯识学的根本论典，瑜伽师地论奠定了唯识学派的理论基础，对汉传佛教和藏传佛教影响深远，在佛教思想史上具有崇高地位，是研究唯识学和瑜伽行派必读的经典著作。"
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云何數建立？略有三界。謂欲界、色界、無色界。如是三種，名墮攝界。

> 数え方の枠組みについて説明します。大きく分けて三つの世界があります。欲望の世界、物質的な形のある世界、物質的な形を超えた世界です。この三つを「迷いの世界に含まれるもの」と呼びます。

非墮攝界者，謂方便，并薩迦耶滅，及無戲論無漏界。

> 方便（修行の手段）と、自我への執着（サッカーヤ・ドリシュティ）の消滅、そして分別を超えた無漏の境地（涅槃）は、いずれも世界の枠組みに囚われるものではない。

此中欲界及色界初靜慮，除靜慮中間若定、若生，名有尋有伺地。

> ここで言うところの、欲界と色界の初静慮（ただし、静慮中間の定や生まれる境遇を除く）を、「尋（粗い心の働き）と伺（細かい心の働き）とがある境地」と呼びます。

即靜慮中間若定、若生，名無尋唯伺地。隨一有情，由修此故，得為大梵。

> 静慮の中間の状態において、禅定に入る場合も、その境地に生まれる場合も、これを「無尋唯伺地（じんを欠き、しをのみ有する境地）」と呼びます。この修行によって、いずれかの者が大梵天となることができるのです。

從第二靜慮，餘有色界及無色界全，名無尋無伺地。

> 第二静慮より上の色界の残りと、無色界のすべてを、「尋も伺もない境地」と呼びます。

此中由離尋伺欲道理故，說名無尋無伺地，不由不現行故。

> ここにおいて、「尋（細かい思考）」と「伺（深い審察）」への欲求を離れたという道理によって、無尋無伺地（思考と審察のない境地）と名づけられるのであり、単にそれらが現れていないからではありません。

所以者何？未離欲界欲者，由教導作意差別故，於一時間亦有無尋無伺意現行。

> その理由は何か。欲界の欲望を離れていない者でも、教え導く心の働き方の違いによって、ある時には、尋も伺もない心の状態が現れることがあるからである。

已離尋伺欲者，亦有尋伺現行。如出彼定、及生彼者。

> すでに「尋」と「伺」への欲を離れた者であっても、これらの心作用が現に生じることがあります。例えば、その禅定から出るとき、またはその境地に生まれたときなどです。

若無漏界有為定所攝初靜慮，亦名有尋有伺地。依尋伺處法，緣真如為境入此定故，不由分別現行故。

> もし無漏界において、有為に定められた所摂である初静慮があるならば、これもまた「尋と伺がある境地」と呼ばれます。それは、尋と伺をよりどころとする法（現象）に依拠し、真如を対象としてこの定に入るからであり、分別が現に働いているからではありません。