---
title: "瑜伽師地論 · 4目 勸應厭三界欣求無漏"
description: "瑜伽师地论是佛教大乘瑜伽行派的重要经典，相传由弥勒菩萨口述，无著菩萨记录，唐代高僧玄奘于贞观年间从印度取回并译成汉文。该论共100卷，系统阐述瑜伽行派的教义，内容包括十七地、三性、八识、修行次第等核心理论，被誉为大乘佛教的百科全书。作为唯识学的根本论典，瑜伽师地论奠定了唯识学派的理论基础，对汉传佛教和藏传佛教影响深远，在佛教思想史上具有崇高地位，是研究唯识学和瑜伽行派必读的经典著作。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cma8zgv2s00eiib04ia1b4jbr"
---

復次，三界有情所依之身，當云何觀？謂如毒熱癰、麁重所隨故。即於此身樂受生時，當云何觀？謂如毒熱癰暫遇冷觸。即於此身苦受生時，當云何觀？謂如毒熱癰為熱灰所觸。即於此身不苦不樂受生時，當云何觀？謂如毒熱癰離冷熱等觸，自性毒熱而本住故。薄伽梵說：當知樂受，壞苦故苦；苦受，苦苦故苦；不苦不樂受，行苦故苦。又說有有愛味喜、有離愛味喜、有勝離愛味喜。如是等類，如經廣說。應知墮二界攝。又薄伽梵建立想受滅樂為樂中第一。此依住樂，非謂受樂。又說有三種樂。謂離貪、離瞋、離癡。此三種樂唯無漏界中可得，是故此樂名為常樂，無漏界攝。

> さらに、三界の有情が依りどころとするこの身体は、どのように観じるべきか。それは、毒を持った熱の腫れ物のようなものであり、重苦しい煩悩が伴っているからである。この身体に楽受が生じるとき、どのように観じるべきか。それは、毒を持った熱の腫れ物が、一時的に冷たいものに触れたようなものである。この身体に苦受が生じるとき、どのように観じるべきか。それは、毒を持った熱の腫れ物が、熱い灰に触れたようなものである。この身体に不苦不楽受が生じるとき、どのように観じるべきか。それは、毒を持った熱の腫れ物が、冷たさや熱さなどの接触を離れても、元来の性質として毒と熱を帯びたままであるようなものである。 釈尊はこう説かれている。「楽受は、壊れゆく苦しみ（壊苦）であるから苦である。苦受は、苦しみそのものの苦しみ（苦苦）であるから苦である。不苦不楽受は、移り変わる苦しみ（行苦）であるから苦である」と。また、「有愛に基づく喜び、離愛に基づく喜び、さらに勝れた離愛に基づく喜びがある」とも説かれ、これらの詳細は経典に広く述べられている通りである。これらは、欲界と色界・無色界の二つの領域に含まれると知るべきである。 さらに釈尊は、想と受が滅した境地の楽を、楽の中でも最も優れたものと定められた。これは、安住そのものの楽（住楽）に基づくものであり、感受される楽（受楽）ではない。また、三種類の楽があると説かれている。それは、貪欲を離れた楽、瞋りを離れた楽、無知を離れた楽である。これら三つの楽は、煩悩を離れた無漏の世界でのみ得られるものである。ゆえにこの楽は、常住の楽（常楽）と呼ばれ、無漏の世界に含まれる。