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title: "瑜伽師地論 · 3章 相施設建立"
description: "瑜伽师地论是佛教大乘瑜伽行派的重要经典，相传由弥勒菩萨口述，无著菩萨记录，唐代高僧玄奘于贞观年间从印度取回并译成汉文。该论共100卷，系统阐述瑜伽行派的教义，内容包括十七地、三性、八识、修行次第等核心理论，被誉为大乘佛教的百科全书。作为唯识学的根本论典，瑜伽师地论奠定了唯识学派的理论基础，对汉传佛教和藏传佛教影响深远，在佛教思想史上具有崇高地位，是研究唯识学和瑜伽行派必读的经典著作。"
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云何相施設建立？嗢拕南曰：

體、所緣、行相、 等起、與差別、決擇、及流轉， 略辯相應知。

> 体（たい）、所縁（しょえん）、行相（ぎょうそう）、 等起（とうき）、そして差別（しゃべつ）、 決択（けっちゃく）、および流転（るてん）、 これらの要点をかいつまんで、対応（そうおう）の関係として理解すべきである。

應知此相略有七種。一、體性，二、所緣，三、行相，四、等起，五、差別，六、決擇，七、流轉。尋伺體性者，謂不深推度所緣，思為體性。若深推度所緣，慧為體性應知。尋伺所緣者，謂依名身、句身、文身，義為所緣。尋伺行相者，謂即於此所緣，尋求行相，是尋；即於此所緣，伺察行相，是伺。尋伺等起者，謂發起語言。尋伺差別者，有七種差別。謂有相、無相，乃至不染污，如前說。尋伺決擇者，若尋伺即分別耶？設分別即尋伺耶？謂諸尋伺必是分別，或有分別非尋伺。謂望出世智，所餘一切三界心心所皆是分別，而非尋伺。尋伺流轉者，若那落迦尋伺，何等行？何所觸？何所引？何相應？何所求？何業轉耶？如那落迦，如是傍生、餓鬼、人、欲界天、初靜慮地天所有尋伺，何等行？何所觸？何所引？何相應？何所求？何業轉耶？謂那落迦尋伺，唯是慼行，觸非愛境，引發於苦，與憂相應，常求脫苦，嬈心業轉。如那落迦尋伺一向受苦，餓鬼尋伺亦爾。傍生、人趣、大力餓鬼所有尋伺，多分慼行，少分欣行；多分觸非愛境，少分觸可愛境；多分引苦，少分引樂；多分憂相應，少分喜相應；多分求脫苦，少分求遇樂；嬈心業轉。欲界諸天所有尋伺，多分欣行，少分慼行；多分觸可愛境，少分觸非愛境；多分引樂，少分引苦；多分喜相應，少分憂相應；多分求遇樂，少分求脫苦；嬈心業轉。初靜慮地天所有尋伺，一向欣行，一向觸內可愛境界，一向引樂，一向喜相應，唯求不離樂，不嬈心業轉。

> この相（特徴）には、おおまかに七種あることを知るべきである。一に体性、二に所縁、三に行相、四に等起、五に差別、六に決択、七に流転である。 \*\*尋と伺の体性\*\*とは、対象を深く推し量らない場合は、思（意志）が体性である。もし対象を深く推し量る場合は、慧（智慧）が体性であると知るべきである。 \*\*尋と伺の所縁\*\*とは、名身（名前）、句身（文）、文身（文字）に依って、その意味を対象とする。 \*\*尋と伺の行相\*\*とは、すなわちこの対象について、探し求める働きが尋であり、この対象について、詳しく観察する働きが伺である。 \*\*尋と伺の等起\*\*とは、言語を発起させることである。 \*\*尋と伺の差別\*\*とは、七種の違いがある。それは有相や無相から、不染汚に至るまで、先に述べた通りである。 \*\*尋と伺の決択\*\*とは、尋や伺はすなわち分別であろうか？ また、分別はすなわち尋や伺であろうか？ すなわち、あらゆる尋や伺は必ず分別である。しかし、分別であっても尋や伺でないものもある。つまり、出世間の智慧と比べて、それ以外の三界のすべての心・心所は分別であるが、尋や伺ではない。 \*\*尋と伺の流転\*\*とは、地獄の衆生の尋や伺は、どのような働きをし、何に触れ、何を引き起こし、何と対応し、何を求め、どのような作用をなすのか？ 地獄のように、畜生、餓鬼、人間、欲界の天、初静慮地の天にあるすべての尋や伺も、どのような働きをし、何に触れ、何を引き起こし、何と対応し、何を求め、どのような作用をなすのか？ 地獄の衆生の尋や伺は、もっぱら憂いの働きであり、愛着しない境涯に触れ、苦しみを引き起こし、憂いと対応し、常に苦しみからの脱出を求め、心を苛む作用をなす。 地獄の衆生の尋や伺がもっぱら苦しみを受けるように、餓鬼の尋や伺もまた同じである。 畜生、人間の世界、強力な餓鬼にあるすべての尋や伺は、多くは憂いの働きであり、少しは喜びの働きである。多くは好ましくない境涯に触れ、少しは好ましい境涯に触れる。多くは苦しみを引き起こし、少しは楽しみを引き起こす。多くは憂いと対応し、少しは喜びと対応する。多くは苦しみからの脱出を求め、少しは楽しみに出会うことを求める。心を苛む作用をなす。 欲界の天々にあるすべての尋や伺は、多くは喜びの働きであり、少しは憂いの働きである。多くは好ましい境涯に触れ、少しは好ましくない境涯に触れる。多くは楽しみを引き起こし、少しは苦しみを引き起こす。多くは喜びと対応し、少しは憂いと対応する。多くは楽しみに出会うことを求め、少しは苦しみからの脱出を求める。心を苛む作用をなす。 初静慮地の天々にあるすべての尋や伺は、もっぱら喜びの働きであり、もっぱら内なる好ましい境涯に触れ、もっぱら楽しみを引き起こし、もっぱら喜びと対応し、ただ楽しみから離れないことを求め、心を苛まない作用をなす。