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title: "瑜伽師地論 · 8項 煩惱差別"
description: "瑜伽师地论是佛教大乘瑜伽行派的重要经典，相传由弥勒菩萨口述，无著菩萨记录，唐代高僧玄奘于贞观年间从印度取回并译成汉文。该论共100卷，系统阐述瑜伽行派的教义，内容包括十七地、三性、八识、修行次第等核心理论，被誉为大乘佛教的百科全书。作为唯识学的根本论典，瑜伽师地论奠定了唯识学派的理论基础，对汉传佛教和藏传佛教影响深远，在佛教思想史上具有崇高地位，是研究唯识学和瑜伽行派必读的经典著作。"
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煩惱差別者，多種差別應知。謂結、縛、隨眠、隨煩惱、纏、暴流、軛、取、繫、蓋、株杌、垢、常害、箭、所有、根、惡行、漏、匱、燒、惱、有諍、火、熾然、稠林、拘礙，如是等類煩惱差別。

> 煩悩の違いについて：多くの違いがあることを知るべきです。すなわち、結、縛、随眠、随煩悩、纏、暴流、軛、取、繫、蓋、株杌、垢、常害、箭、所有、根、悪行、漏、匱、焼、悩、有諍、火、熾然、稠林、拘礙など、これらが煩悩の違いです。

當知此中，能和合苦，故名為結。令於善行不隨所欲，故名為縛。一切世間增上種子之所隨逐，故名隨眠。倒染心故，名隨煩惱。數起現行，故名為纏。深難渡故，順流漂故故，名暴流。邪行方便，故名為軛。能取自身相續不絕，故名為取。難可解脫，故名為繫。覆真實義，故名為蓋。壞善稼田，故名株杌。自性染污，故名為垢。常能為害故，名為常害。不靜相故，遠所隨故，故名為箭。能攝依事，故名所有。不善所依，故名為根。邪行自性，故名惡行。流動其心，故名為漏。能令受用無有厭足，故名為匱。能令所欲常有匱乏，故名為燒。能引衰損，故名為惱。能為鬪訟諍競之因，故名有諍。燒所積集諸善根薪，故名為火。如大熱病，故名熾然。種種自身大樹聚集，故名稠林。能令眾生樂著種種妙欲塵故，能障證得出世法故，名為拘礙。

> このうち、苦しみを和合させるものを「結」といい、善行を思いのままに行えなくするものを「縛」という。あらゆる世間の増上する種子が付きまとうものを「随眠」といい、心を迷いの汚れに染めるものを「随煩悩」という。たびたび現れ出るものを「纏」といい、深くて渡りがたく流れに漂うものを「暴流」という。邪な行いへ導くものを「軛」といい、自らの相続を絶やさず捉えるものを「取」という。解き難いものを「繫」といい、真実の意味を覆い隠すものを「蓋」という。善の田畑を壊すものを「株杌」といい、自らの性質が汚れているものを「垢」という。常に害をなすものを「常害」といい、静まらず常に付きまとうものを「箭」という。依り所となる事柄を捉えるものを「所有」といい、不善の拠り所となるものを「根」という。邪な行いそのものを「悪行」といい、心を流れ動かすものを「漏」という。受け楽しむことに飽き足りなさを生じさせるものを「匱」といい、望むものが常に欠けるものを「焼」という。衰え損ないを招くものを「惱」といい、争い言い争う原因となるものを「有諍」という。積み集めた善根の薪を焼き尽くすものを「火」といい、激しい熱病のようなものを「熾然」という。様々な自身の大木が集まったものを「稠林」といい、衆生をさまざまな妙なる欲望の塵に執着させ、世を超える法の証得を妨げるものを「拘礙」という。

諸如是等煩惱差別，佛薄伽梵隨所增強，於彼種種煩惱門中建立差別。結者，九結。謂愛結等，廣說如前。縛者，三縛。謂貪瞋癡。隨眠者，七種隨眠。謂欲貪隨眠等，廣說如前。隨煩惱者，三隨煩惱。謂貪瞋癡。纏者，八纏。謂無慚、無愧、惛沈、睡眠、掉舉、惡作、嫉妬、慳悋。

> このように多くの煩惱の違いがある中で、仏様（世尊）は、その中でも特に強く現れるものに応じて、様々な煩惱の種類を分類された。 「結」とは九つの結びつきである。愛の結びつきなどをはじめとして、詳しくは前に述べた通りである。 「縛」とは三つの束縛である。貪欲、瞋恚、愚痴である。 「随眠」とは七つの潜在的な煩惱である。欲望への貪りなどの潜在的な煩惱をはじめとして、詳しくは前に述べた通りである。 「随煩惱」とは三つの付随する煩惱である。貪欲、瞋恚、愚痴である。 「纏」とは八つの心を絡め取る煩惱である。恥じることのなさ、愧じることのなさ、心の沈み、眠気、心の浮つき、後悔、嫉妬、物惜しみである。

暴流者，四暴流。謂欲暴流、有暴流、見暴流、無明暴流。如暴流，軛亦爾。

> 「激流」とは、四つの激流のことです。すなわち、欲望の激流、存在（生存）への執着の激流、誤った見解の激流、無知（無明）の激流です。激流と同じように、「軛（くびき）」もまた同様です。

取者，四取。謂欲取、見取、戒禁取、我語取。繫者，四繫。謂貪身繫、瞋身繫、戒禁取身繫，此實執取身繫。

> とらわれには、四つの種類があります。 すなわち、欲望へのとらわれ、見解へのとらわれ、まちがった修行や戒律へのとらわれ、そして「私」という言葉（我見）へのとらわれです。 また、しばりつけるものには、四つの種類があります。 すなわち、欲望（むさぼり）という身のしばり、怒り（いかり）という身のしばり、まちがった修行や戒律という身のしばり、そして「これこそが真実である」という執着の見解という身のしばりです。

蓋者，五蓋，謂貪欲蓋、瞋恚蓋、惛沈睡眠蓋、掉舉惡作蓋、疑蓋。株杌者，三株杌，謂貪瞋癡。如株杌，如是垢、常害、箭、所有、惡行亦爾。

> 五つの蓋（障り）とは、貪欲の蓋、怒りの蓋、眠気と怠惰の蓋、落ち着きのなさと後悔の蓋、疑いの蓋のことです。三つの株（障害）とは、貪り、怒り、無知のことです。株だけでなく、同じく垢、常なる害、矢、所有、悪行もまた同様です。

根者，三不善根。謂貪不善根、瞋不善根、癡不善根。漏者，三漏。謂欲漏、有漏、無明漏。匱者，三匱。謂貪瞋癡。如匱，如是燒、惱、有諍、火、熾然、稠林亦爾。拘礙者有，五拘礙。一、顧戀其身，二、顧戀諸欲，三、樂相雜住，四、闕隨順教，五、得微少善便生喜足。

> 根本とは、三つの不善の根本のことです。すなわち、貪欲の不善根、怒りの不善根、無知の不善根です。 漏とは、三つの漏のことです。すなわち、欲の漏、存在の漏、無明の漏です。 欠乏とは、三つの欠乏のことです。すなわち、貪欲、怒り、無知です。 欠乏と同様に、焼くこと、悩ますこと、争いがあること、火、燃え盛ること、密林もまた同じです。 束縛には、五つの束縛があります。一つは、自分の身体に執着すること、二つは、様々な欲望に執着すること、三つは、人と群れることを好むこと、四つは、教えに従うことができないこと、五つは、僅かな善を得ただけで満足してしまうことです。