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title: "瑜伽師地論 · 2目 法相差別建立"
description: "瑜伽师地论是佛教大乘瑜伽行派的重要经典，相传由弥勒菩萨口述，无著菩萨记录，唐代高僧玄奘于贞观年间从印度取回并译成汉文。该论共100卷，系统阐述瑜伽行派的教义，内容包括十七地、三性、八识、修行次第等核心理论，被誉为大乘佛教的百科全书。作为唯识学的根本论典，瑜伽师地论奠定了唯识学派的理论基础，对汉传佛教和藏传佛教影响深远，在佛教思想史上具有崇高地位，是研究唯识学和瑜伽行派必读的经典著作。"
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復次，法相差別建立者，謂即殺生、離殺生等。

> 次に、法の相の違いによる分類について説明します。それは、殺生と殺生を離れることなどです。

云何殺生？謂於他眾生起殺欲樂，起染污心，若即於彼起殺方便，及即於彼殺究竟中所有身業。

云何不與取？謂於他攝物起盜欲樂，起染污心，若即於彼起盜方便，及即於彼盜究竟中所有身業。

> 不與取とは何か。それは、他人の所有物に対して盗もうとする欲と楽しみを起こし、汚れた心を起こすことである。また、その物に対して盗みの手段を講じ、その盗みが完成するまでのすべての身体的行為を指す。

云何欲邪行？謂於所不應行，非道、非處、非時起習近欲樂，起染污心，若即於彼起欲邪行方便，及於欲邪行究竟中所有身業。

> 欲邪行とは何か。それは、行ってはならない相手、正しくない方法、ふさわしくない場所、適切でない時に対して、欲望の快楽に近づき親しもうとし、汚れた心を起こすことである。そのような相手・方法・場所・時に対して、欲邪行の手段を起こし、そして欲邪行を完遂する際に行われる、すべての身体的行為を指すのである。

云何妄語？謂於他有情起覆想說欲樂，起染污心，若即於彼起偽證方便，及於偽證究竟中所有語業。

> 嘘をつくとはどういうことか。それは、他の生き物に対して、真実を隠して偽りのことを伝えようとする意図を持ち、汚れた心で、その相手に対して偽りの証拠を作り、その偽りを完成させるためのすべての言葉の行為をいう。

云何離間語？謂於他有情起破壞欲樂，起染污心，若即於彼起破壞方便，及於破壞究竟中所有語業。

> 「離間語とは何ですか？」 それは、他の生き物に対して「仲違いさせたい」という欲求を持ち、汚れた心を起こして、実際に仲違いさせるための手段を講じ、その結果として完全に仲違いさせてしまうような、そうした言葉の行為すべてを指します。

云何麁惡語？謂於他有情起麁語欲樂，起染污心，若即於彼起麁語方便，及於麁語究竟中所有語業。

> 粗悪な言葉とは何か。それは、他の生きとし生けるものに対して、粗暴な言葉を発したいという欲求と、心の汚れから生じるものである。具体的には、その相手に対して粗暴な言葉を用いる手段を講じ、実際に粗暴な言葉を言い放つという、一連の言葉の行為のすべてを指す。

云何綺語？謂起綺語欲樂，起染污心，若即於彼起不相應語方便，及於不相應語究竟中所有語業。

> 綺語とは何か。 それは、無駄話をしたいという欲求から、心が汚れによって動かされることである。 具体的には、そのような心に基づいて、ふさわしくない言葉を用いる行為、そしてそのようなふさわしくない言葉を最後まで語り終えることにおける、あらゆる言葉の営みを指す。

云何貪欲？謂於他所有起己有欲樂，起染污心，若於他所有起己有欲樂決定方便，及於彼究竟中所有意業。

> 貪欲とは何か。それは、他人の所有物に対して「自分のものにしたい」という欲求や楽しみを生じさせ、心を汚すことである。また、他人の所有物について「自分のものにしたい」という欲求に基づいて確固たる手段をとること、さらにはその行為を達成する上での一切の心の働き（意業）を指す。

云何瞋恚？謂於他起害欲樂，起染污心，若於他起害欲樂決定方便，及於彼究竟中所有意業。

> 瞋恚とは、他人に対して害を加えたいという欲求や喜びを抱き、心が汚染されることです。具体的には、他者に害を与えようと決意し、その手段を講じ、その行為を最後まで行おうとする心の働きのすべてを指します。

云何邪見？謂起誹謗欲樂，起染污心，若於起誹謗欲樂決定方便，及於彼究竟中所有意業。

> 邪見とは何か？それは、正しい教えを否定する考えを起こし、欲望の楽しみを汚れた心で捉えることである。また、そのような否定の考えを起こすための確固たる方法や、その結果に至るまでの心の働きすべてが、邪見に含まれる。

云何離殺生？謂於殺生起過患欲解，起勝善心，若於彼起靜息方便，及於彼靜息究竟中所有身業。如離殺生，如是離不與取乃至離邪見，應知亦爾。

> どのようにして殺生を離れるのかというと、殺生について過ちや弊害を理解しようと望み、優れた善い心を起こし、その行いを静め止めるための手段を施し、その静め止めることを実際に成し遂げる際の、すべての身体的な行為を指します。殺生を離れるのと同様に、与えられていないものを取らないことから、誤った見解を離れることまでについても、同じように理解すべきです。

此中差別者，謂於不與取起過患欲解，乃至於邪見起過患欲解，起勝善心，若於彼起靜息方便，及於彼靜息究竟中所有意業。

> ここでの違いとは、「与えられていないものを取らない」という行為について、それに伴う過患を理解し、それによって善い心を起こすこと、さらには邪見に至るまで、それぞれの行為について過患を理解し、それを静めるための努力（方便）をし、その静めるという行為（静息）の最終段階（究竟）において生じるすべての意図的な行為（意業）を指します。

如是十種略為三種，所謂身業、語業、意業。即此三種廣開十種應知。

> この十種類は大きく分けて三つとなります。すなわち、身体の行為、言葉の行為、心の行為です。そして、この三つを詳しく分けると十種類になることを知っておくべきです。