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title: "瑜伽師地論 · 5項 業門業門"
description: "瑜伽师地论是佛教大乘瑜伽行派的重要经典，相传由弥勒菩萨口述，无著菩萨记录，唐代高僧玄奘于贞观年间从印度取回并译成汉文。该论共100卷，系统阐述瑜伽行派的教义，内容包括十七地、三性、八识、修行次第等核心理论，被誉为大乘佛教的百科全书。作为唯识学的根本论典，瑜伽师地论奠定了唯识学派的理论基础，对汉传佛教和藏传佛教影响深远，在佛教思想史上具有崇高地位，是研究唯识学和瑜伽行派必读的经典著作。"
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## 瑜伽師地論卷第九

> 『瑜伽師地論』第九巻

彌勒菩薩說

> 弥勒菩薩の教え

三藏法師玄奘奉　詔譯

> 三蔵法師玄奘奉詔訳

### 本地分中有尋有伺等三地之六

> 有尋有伺等三地 第六

復次，業門云何？此略有二種：一、與果門，二、損益門。

> 次に、業の門とは何か。ここでは大きく二種に分けられる。第一に、結果をもたらす門（与果門）。第二に、善悪の報いをもたらす門（損益門）。

與果門者，有五種應知。一、與異熟果，二、與等流果，三、與增上果，四、與現法果，五、與他增上果。

> 果報の門には、五つの種類があることを知るべきです。 一、異熟果を与えるもの。 二、等流果を与えるもの。 三、増上果を与えるもの。 四、現法果を与えるもの。 五、他増上果を与えるもの。

與異熟果者，謂於殺生親近、修習、多修習故，於那洛迦中受異熟果。如於殺生，如是於餘不善業道亦爾。是名與異熟果。

> 異熟の果報とは、例えば殺生の行為に親しみ、繰り返し行い、その習慣を深めた結果、地獄（那洛迦）において異熟の果報を受けることです。殺生の場合と同様に、他の不善の行為についても同様です。これを異熟の果報を与えるという。

與等流果者，謂若從彼出，來生此間人同分中，壽量短促，資財匱乏，妻不貞良，多遭誹謗，親友乖離，聞違意聲，言不威肅，增猛利貪，增猛利瞋，增猛利癡，是名與等流果。

> 等流果とは、その地獄から出てこの人間界に生まれ変わったとき、 寿命が短く、財産に乏しく、 妻が貞淑でなく、多くの誹謗中傷を受け、 親しい友人や親族と離れ離れになり、 耳障りな声を聞き、言葉に威厳がなく、 極めて強い貪り（欲望）、極めて強い怒り、極めて強い無知（妄想）を持つことをいいます。 これを等流果と呼びます。

與增上果者，謂由親近、修習、多修習諸不善業增上力故，所感外分光澤尠少，果不充實，果多朽敗，果多變改，果多零落，果不甘美，果不恒常，果不充足，果不便宜，空無果實。當知善業，與此相違。

> 不善の業に親しみ、修習し、繰り返し修習するという増上の力によって、外界に感ずるものは、光沢が少なく、実が充実せず、実が朽ち敗れることが多く、実が変わりやすいことが多く、実が落ちることが多く、実が甘美でなく、実が恒常的でなく、実が十分でなく、実が都合よくなく、空しく実が無いものである。善の業は、これとは反対であると知るべきである。

與現法果者，有二因緣，善不善業與現法果：一、由欲解故；二、由事故。應知欲解復有八種。一、有顧欲解，二、無顧欲解，三、損惱欲解，四、慈悲欲解，五、憎害欲解，六、淨信欲解，七、棄恩欲解，八、知恩欲解。有顧欲解造不善業受現法果者，謂如有一，由增上欲解，顧戀其身，顧戀財物，顧戀諸有，造不善業。無顧欲解所造善業受現法果者，謂如有一，以增上欲解，不顧其身，不顧財物，不顧諸有，造作善業。損惱欲解造不善業受現法果者，謂如有一，於他有情補特伽羅，以增上品損惱欲解造不善業。慈悲欲解所造善業受現法果者，謂如有一於他有情補特伽羅，以增上品慈悲欲解，造作善業。憎害欲解造不善業受現法果者，謂如有一，於佛法僧及隨一種尊重處事，以增上品憎害欲解，造不善業。淨信欲解所造善業受現法果者，謂如有一，於佛法僧等，以增上品淨信欲解造作善業。棄恩欲解造不善業受現法果者，謂如有一，於父母所，及隨一種恩造之處，以增上品背恩欲解、欺誑欲解，酷暴欲解造不善業。知恩欲解所造善業受現法果者，謂如有一，於父母等，以增上品知恩欲解、報恩欲解所作善業。由事故者，若不善業，於五無間及彼同分中，亦有受現法果者。五無間業者，一、害母，二、害父，三、害阿羅漢，四、破僧，五、於如來所惡心出血。無間業同分者，謂如有一，於阿羅漢尼及於母所行穢染行，打最後有菩薩。或於天廟、衢路、市肆立殺羊法，流行不絕。或於寄託得極委重親友、同心、耆舊等所，損害欺誑。或於有苦、貧窮、困乏、無依無怙，為作歸依，施無畏已，後返加害，或復逼惱。或劫奪僧門。或破壞靈廟。如是等業，名無間同分。若諸善業由事重故受現法果者，謂如有一，母無正信，勸進開化，安置建立於具信中。如無正信，於具信中；如是犯戒，於具戒中；慳悋，於具捨中；惡慧，於具慧中亦爾。如母，父亦爾。或於起慈定者供養承事。如於起慈定者，如是於起無諍定、滅盡定、預流果、阿羅漢果供養承事亦爾。又親於佛所供養承事。如於佛所，如是於學無學僧所亦爾。若即於此尊重事中，與上相違，由損害因緣起不善業，受現法果。

> 現世に果報をもたらす善悪の業には、二つの因縁があります。第一は「欲解（意図）」によるもの、第二は「事（対象の重要性）」によるものです。 この欲解には八種類があると知るべきです。 一、執着のある欲解 二、執着のない欲解 三、害そうとする欲解 四、慈しみの欲解 五、憎しみの欲解 六、清らかな信の欲解 七、恩義を捨てる欲解 八、恩義を知る欲解 執着のある欲解によって不善の業を造り、その果報を現世で受ける場合とは、例えばある人が、強い執着心から自分の身体、財産、生存そのものを愛着し、それによって不善の業を造ることです。 執着のない欲解によって善の業を造り、その果報を現世で受ける場合とは、例えばある人が、強い無執着の心から、自分の身体、財産、生存に執着せず、善の業を造ることです。 害そうとする欲解によって不善の業を造り、その果報を現世で受ける場合とは、例えばある人が、他の生きとし生けるものに対して、強い害意を持って不善の業を造ることです。 慈しみの欲解によって善の業を造り、その果報を現世で受ける場合とは、例えばある人が、他の生きとし生けるものに対して、強い慈しみの心を持って善の業を造ることです。 憎しみの欲解によって不善の業を造り、その果報を現世で受ける場合とは、例えばある人が、仏・法・僧、またはそれに準ずる尊敬すべき対象に対して、強い憎悪の心を持って不善の業を造ることです。 清らかな信の欲解によって善の業を造り、その果報を現世で受ける場合とは、例えばある人が、仏・法・僧などに対して、強い清らかな信心を持って善の業を造ることです。 恩義を捨てる欲解によって不善の業を造り、その果報を現世で受ける場合とは、例えばある人が、父母や、何らかの恩を受けた相手に対して、強い恩知らずの心、欺く心、残酷な心を持って不善の業を造ることです。 恩義を知る欲解によって善の業を造り、その果報を現世で受ける場合とは、例えばある人が、父母などに対して、強い感謝の心や恩返しの心を持って善の業を造ることです。 次に、「事（対象の重要性）」による場合とは、不善の業に関しては、五無間業およびそれに準ずる業も、その果報を現世で受けることがあります。五無間業とは、一、母を殺すこと、二、父を殺すこと、三、阿羅漢を殺すこと、四、僧伽を分裂させること、五、如来に対して悪意を持って出血させることです。無間業に準ずる業とは、例えばある人が、阿羅漢尼や母に対して汚らわしい行いをすること、最後の生にある菩薩を打つこと。また、神社や街路、市場で羊を殺す方法を制定し、絶やさず行うこと。また、非常に信頼して重んじている親族、友人、長老などに対して、損害を与えたり騙したりすること。また、苦しみ、貧しく、困窮し、頼る者のない人々に対して、保護を与え、安心を与えた後に、逆に害を加えたり苦しめたりすること。また、僧伽の財産を奪うこと。または、聖なる祠を破壊すること。このような業を、無間業に準ずるものと言います。 善の業において、対象の重要性によってその果報を現世で受ける場合とは、例えばある人が、信心のない母を、強い信心を持つように導き、教え、確立させることです。信心がない場合を信心がある場合に導くように、戒を破る者を戒を守る者に、ケチな者を施す者に、愚かな者を智慧ある者に導くことも同様です。母だけでなく、父に対しても同じです。また、慈しみの瞑想に入っている者に供養し、仕えることです。慈しみの瞑想に入っている者と同様に、無諍定、滅尽定に入っている者、預流果、阿羅漢果を得た者に供養し、仕えることも同様です。さらに、仏に直接お仕えし、供養することです。仏と同様に、学びある僧や無学の僧に仕え、供養することも同じです。 また、これらの尊い対象に対して、上記とは逆に、損害を与える因縁によって不善の業を造り、その果報を現世で受ける場合もあります。

與他增上果者，謂亦由受現法果業。猶如如來所住國邑，必無疾疫災橫等起。佛神力故，無量眾生無疾無疫，無有災橫，得安樂住。如佛世尊，如是轉輪聖王及住慈定菩薩亦爾。若諸菩薩以大悲心觀察一切貧窮困苦業天所惱眾生，施以飲食財穀庫藏皆令充足，由此因緣，彼諸眾生得安樂住。如是等類，是他增上所生現法受業應知。

> 他の増上果とは、すなわち現世において果報を受ける業によっても生じるものである。例えば、如来が住まう国や町には、必ず疫病や災害、変事などが起こらない。仏の神力によって、無数の衆生が病気や疫病、災害や困難なく、安楽に暮らすことができるのである。仏世尊と同様に、転輪聖王や慈定にある菩薩もまた同じである。もし菩薩が大悲の心をもって、すべての貧しく苦しみ、業（ごう）の天に悩まされている衆生を観察し、飲食や財物、穀物や倉庫の蔵を与えて、すべてを満たし足らせるならば、その因縁によって、それらの衆生は安楽に暮らすことができる。このような種類のものが、他の者の増上によって生じる現世での果報を受ける業であると知るべきである。

損益門者，謂於諸有情，依十不善業道，建立八損害門，何等為八？一、損害眾生，二、損害財物，三、損害妻妾，四、虛偽友證損害，五、損害助伴，六、顯說過失損害，七、引發放逸損害，八、引發怖畏損害。與此相違，依十善業道，建立八利益門應知。

> 損益の門とは、あらゆる生きとし生けるものに対して、十不善業道に基づいて八つの損害の門を立てることをいいます。その八つとは何でしょうか。第一に、生き物を害すること、第二に、財産を害すること、第三に、妻や妾を害すること、第四に、偽りの友人の証言によって害すること、第五に、仲間を害すること、第六に、過失を言い立てて害すること、第七に、放逸（放縦）に誘い込んで害すること、第八に、恐怖を引き起こして害することです。これとは反対に、十善業道に基づいて八つの利益の門を立てることを知るべきです。