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title: "瑜伽師地論 · 5目 緣起次第"
description: "瑜伽师地论是佛教大乘瑜伽行派的重要经典，相传由弥勒菩萨口述，无著菩萨记录，唐代高僧玄奘于贞观年间从印度取回并译成汉文。该论共100卷，系统阐述瑜伽行派的教义，内容包括十七地、三性、八识、修行次第等核心理论，被誉为大乘佛教的百科全书。作为唯识学的根本论典，瑜伽师地论奠定了唯识学派的理论基础，对汉传佛教和藏传佛教影响深远，在佛教思想史上具有崇高地位，是研究唯识学和瑜伽行派必读的经典著作。"
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問：何因緣故，無明等諸有支作如是次第說？

> 問：どのような理由で、無明などの様々な存在の支分が、このような順序で説かれているのでしょうか？

答：諸愚癡者要先愚於所應知事，次即於彼發起邪行。由邪行故，令心顛倒。心顛倒故，結生相續。生相續故，諸根圓滿。根圓滿故，二受用境。受用境故，若耽著，若希求。由希求故，於方覓時煩惱滋長。煩惱滋長故，發起後有愛非愛業。由所起業滋長力故，於五趣生死中苦果生。苦果生已，有老死等苦。謂內身變異所引老死苦，及境界變異所引憂歎苦熱惱之苦。是故世尊如是次第說十二支。

> 答え：愚かな人々は、まず知るべき事柄について無知であり、次にその事柄に対して誤った行いを起こす。誤った行いによって心が歪められる。心が歪められることによって、生死を繰り返す原因が連続して生じる。生死を繰り返す原因が連続することによって、感覚器官が完全に備わる。感覚器官が完全に備わることによって、二つの対象（良い境遇と悪い境遇）を経験する。その経験によって、それに執着したり、それを求めたりする。求めによって、さらに探し求める際に煩悩が増えていく。煩悩が増えることで、未来の愛すべきものや愛すべきでないものへの行為が生じる。その行為の力によって、五つの生存領域（地獄・餓鬼・畜生・人間・天）の生死の中で苦しい結果が生まれる。苦しい結果が生まれると、老いや死などの苦しみがある。すなわち、身体の変化によって生じる老いと死の苦しみ、そして環境の変化によって生じる憂いや嘆き、苦しみ、熱苦の苦しみである。それゆえ、世尊はこのように十二支（十二因縁）を説かれたのである。

復有次第差別，謂依二種緣建立緣起次第：一、內身緣，二、受用境界緣。內身緣，前六支所攝；受用境界緣，後六支所攝。先於內身起我執等愚，由此不了諸業所引苦果異熟故，發起諸業。既發起已，即隨彼業多起尋思。由業與識為助伴故，能感當來三種苦果。謂根初起所攝苦果、根圓滿所攝苦果、受用境界所攝苦果。即名色為先，觸為最後。又於現法中，依觸緣受，發起於愛。由受用境界緣廣起追求，或由事業門，或由利養門，或由戒禁門，或由解脫門，發起欲求、內身求、邪解脫求。如是求時，令先所起煩惱及業所引五趣生死果生。既得生已，老死隨逐。

> また、順序の違いについて説明します。縁起の順序は、二種類の縁に基づいて成立します。第一に「内身の縁」、第二に「受用境界の縁」です。 内身の縁は、十二支のうち前の六支（無明・行・識・名色・六処・触）に含まれます。受用境界の縁は、後の六支（受・愛・取・有・生・老死）に含まれます。 先に内身に対して「我」という執着などの無知（無明）が生じます。この無知ゆえに、様々な行為（業）によってもたらされる苦しみの果報（異熟）を理解せず、様々な業を起こします。業を起こしたならば、その業に従って多くの思考（尋思）をめぐらせます。 業が識と共に働く助けとなることで、未来に三種類の苦しみの果報を引き起こします。すなわち、 1. 感覚器官（根）が最初に形成される時の苦しみ 2. 感覚器官が完成する時の苦しみ 3. 外界の対象を受容する時の苦しみ これらは名色を最初とし、触を最後とします。 また、現在の人生においては、触に縁って受が生じ、受に縁って愛が起こります。外界の対象を受容する縁によって、様々な追求が広く起こります。すなわち、 - 仕事や事業の分野 - 利益や財産の分野 - 戒律や禁止事項の分野 - 解脱（悟り）の分野 を通じて、以下の三つの求めが生じます。 1. 欲望への求め（欲求） 2. 自分自身の存在への求め（内身求） 3. 誤った解脱への求め（邪解脱求） このように求める時、以前に起こった煩悩と業によって、五つの生存領域（地獄・餓鬼・畜生・人間・天）における生死の果報が生じます。生を受けたならば、老いと死がつき

復有次第差別，謂由三種有情聚。一、樂出世清淨，二、樂世間清淨，三、樂著境界。由初聚故，滅諸緣起，增白淨品。由第二有情聚故，不如實知諸諦道理。若住正念，或作福業，或作有漏修所引不動業；若不住正念，便發非福業。或起追悔所引，或不追悔歡喜所引心相續住。彼又如前，於下中上生處，次第能感當來三種苦果，謂名色為先，觸為最後。由第三有情聚故，依現受用境所生受，於現法中如前次第起後六支，謂受為先，老死為後。

> さらに、順序と区分があります。それは三種類の有情の集まりによるものです。第一に、世間を離れて清らかな状態を望む者。第二に、世間の清らかな状態を望む者。第三に、感覚の対象に執着する者です。 第一の集まりによって、縁起を滅し、清らかな善の品を増します。 第二の集まりの有情は、真理の道理をあるがままに知りません。正しい念に住している場合は、福となる行いをするか、煩悩を伴う修行によって動かされない行いをします。正しい念に住していない場合は、福でない行いを起こします。あるいは、後悔によって生じる心の連続、または後悔せず喜びによって生じる心の連続に住します。彼らはまた、先に述べたように、下・中・上の生まれる場所において、順に未来の三種の苦しみの結果を感じ取ります。すなわち、名色を初めとして、触を最後とします。 第三の集まりの有情は、現在の受用の対象から生じる受に基づいて、現世において先に述べた順序で、後の六支分を起こします。すなわち、受を初めとして、老死を最後とします。