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title: "瑜伽師地論 · 2項 別釋四十作意行相"
description: "瑜伽师地论是佛教大乘瑜伽行派的重要经典，相传由弥勒菩萨口述，无著菩萨记录，唐代高僧玄奘于贞观年间从印度取回并译成汉文。该论共100卷，系统阐述瑜伽行派的教义，内容包括十七地、三性、八识、修行次第等核心理论，被誉为大乘佛教的百科全书。作为唯识学的根本论典，瑜伽师地论奠定了唯识学派的理论基础，对汉传佛教和藏传佛教影响深远，在佛教思想史上具有崇高地位，是研究唯识学和瑜伽行派必读的经典著作。"
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緣法作意者，謂聞所成慧相應作意。

> 法の縁に基づく心のはたらき（作意）とは、聴聞によって得られた智慧（聞所成慧）に対応する心の働きのことを指します。

緣義作意者，謂思、修所成慧相應作意。

> 緣義作意とは、考えたり修行したりして得られる智慧に伴う、心の向け方のことです。

緣身、受、心、法作意者，謂修念住者，如理思惟身等作意。

> 身体、感覚、心、そして物事（法）に注意を向けるとは、心の観察（念住）を実践する人が、これらの対象について道理にかなった形で思考を巡らせることを意味します。

勝解作意者，謂修靜慮者，隨其所欲、於諸事相增益作意。

> 勝解作意とは、静慮（瞑想）を修行する人が、自分の望むままに、様々な事柄の様相に対して、心に確かなイメージを描き加えていく作意のことです。

真實作意者，謂以自相、共相及真如相，如理思惟諸法作意。

> 真実の作意とは、自相（それぞれのもの固有の性質）・共相（共通する性質）・真如相（ありのままの真実のすがた）によって、理にかなったかたちで、あらゆるものごとを思惟する心のはたらきのことです。

有學作意略有二種。一者、自性，二、在相續。

> 学びある者の作意には、大きく二つの種類があります。第一は、その本質そのもの。第二は、心の流れの中で働くものです。

自性者，謂有學無漏作意。在相續者，謂有學一切善作意。如有學作意，當知無學作意二種亦爾。

> 自性とは、有学（修行中の者）における煩悩を離れた心の働きのことです。 「相続において」とは、有学におけるすべての善い心の働きを指します。 この有学の心の働きと同様に、無学（完成した者）の心の働きにも、自性と相続の二つの側面があると知るべきです。

非學非無學作意者，謂一切世間作意。

> 非学者でもなく無学者でもない作意とは、あらゆる世俗的な心の働きのことを指します。

遍知作意者，謂由此故遍知所緣、而不斷惑。

> 遍知作意とは、これによって対象をありのままに知り尽くすことをいうが、煩悩を断ち切ることはない。

正斷作意者，謂由此故俱作二事。

> 正断作意とは、これによって二つのことを同時に行うことを言います。

已斷作意者，謂斷煩惱後所有作意。

> すでに作意を断じた者とは、煩悩を断った後に残るすべての心の働き（作意）を断ち切った者のことをいう。

有分別影像所緣作意者，謂由此故，修緣分別體境毘鉢舍那。

> 分別のある影像を対象とする作意とは、これによって、分別のある対象や境地を縁としてヴィパッサナー（観察）を修行することをいう。

無分別影像所緣作意者，謂由此故，修緣分別體境奢摩他。

> 無分別影像を所縁とする作意とは、これによって、分別する体の境を縁として奢摩他（サマタ：止）を修することをいう。

事邊際所緣作意者，謂由此故，了知一切身、受、心、法所緣邊際；過此更無身、受、心、法。

> 事の際限（きわみ）を縁（えに）とする作意（つくろうこころ）とは、これによって、からだ・感覚・心・現象という、縁の対象の限界をすべて知り尽くし、その先には、からだも感覚も心も現象も、もはや存在しないと了知することである。

所作成辦所緣作意者，謂我思惟如此如此，若我思惟如是如是，當有如此如此，當辦如是如是；及緣清淨所緣作意。

> 成就のために縁を用いる意図とは、「私がこのように考えれば、このような結果があり、あのように考えれば、あのような成果が得られるだろう」と想定しながら、清らかな対象に心を向ける修行法です。

勝解思擇作意者，謂由此故，或有最初思擇諸法，或奢摩他而為上首。

> 勝解思択作意とは、これによって、あるいは最初に諸法を思択し、あるいは奢摩他を最上とするものである。

寂靜作意者，謂由此故，或有最初安心於內、或毘鉢舍那而為上首。

> 静かな心の修行とは、これによって、ある者は最初に心を内側に落ち着け、ある者は「観察（ヴィパッサナー）」を中心とするものです。

一分修作意者，謂由此故，於奢摩他毘鉢舍那、隨修一分。

> 一分の修作意とは、これによって奢摩他（止）と毘鉢舎那（観）のうち、どちらか一方だけを修習することを指します。

具分修作意者，謂由此故，二分雙修。

> \*\*部分的な修行と全体的な修行の両方を兼ね備えた心構え\*\*とは、この心構えによって、\*\*静けさ（止）と洞察力（観）の両方\*\*を同時に修行することを意味します。

無間作意者，謂一切時無間無斷相續而轉。

> 間断のない作意とは、あらゆる時に途切れることなく、絶え間なく続いて働くことをいいます。

殷重作意者，謂不慢緩加行方便。此中由勝解思擇作意故、淨修智見。

> 殷重作意とは、修行の実践を怠らず、弛まず励むことを指します。 その中で、勝解思択作意（すぐれた理解と選択の心構え）によって、知恵と見解を清らかに修めます。

由寂靜作意故，生長輕安。由一分、具分修作意故，於諸蓋中心得解脫。由無間、殷重作意故，於諸結中心得解脫。又由無間作意故、終不徒然而捨身命。由殷重作意故，速證通慧。

> 静かな心の働きによって、心身の軽やかさが育まれます。 一部または全体にわたって心を修める働きによって、様々な心の覆いから解放されます。 絶え間なく真剣に心を向ける働きによって、煩悩の束縛から解放されます。 さらに、絶え間ない心の働きによって、決してむなしくこの身と命を終えることはありません。 真剣に心を向ける働きによって、速やかに深い智慧を体得します。

隨順作意者，謂由此故，厭壞所緣，順斷煩惱。

> 随順作意とは、これによって、対象となるものを厭い、壊し、煩悩を断ち切ることに順じることをいいます。

對治作意者，謂由此故，正捨諸惑，任持於斷，令諸煩惱遠離相續。

> 対治法の意図とは、これによって（修行者が）あらゆる煩悩を正しく捨て去り、断ち切った状態を維持し、心の連続からすべての悩みを遠ざけることを意味します。

順清淨作意者，謂由此故，修六隨念，或復思惟隨一妙事。

> 清らかな心を保つ意図（作意）とは、これをよりどころとして、六つの随念（仏・法・僧・戒・施・天を思い浮かべること）を修めるか、または一つひとつの素晴らしい教えを心に思い巡らすことです。

順觀察作意者，謂由此故，觀諸煩惱斷與未斷；或復觀察自己所證，及先所觀諸法道理。

> 順観察作意とは、これによって、様々な煩悩が断たれたか、まだ断たれていないかを観察することです。また、自分がすでに悟ったことや、以前に観察した様々な教えの道理を改めて振り返り見ることでもあります。

力勵運轉作意者，謂修始業未得作意者所有作意。

> 力励運転作意とは、修行を始めたばかりで、まだ作意を得ていない人のための作意のことです。

有間運轉作意者，謂已得作意，於上慢緩修加行者所有作意。

> 有間運転作意とは、すでに作意を得た後に、修行を怠ったり緩めたりする人の心の働きを指します。

有功用運轉作意者，謂即於此勇猛精進無有慢緩修加行者所有作意。

> 功用を伴う運転の作意とは、この修行に対して勇猛に精進し、怠ることなく努力を続ける修行者の、すべての心のはたらきを指します。

自然運轉作意者，謂於四時決定作意。一、得作意時；二、正入、已入根本定時；三、修現觀時；四、正得、已得阿羅漢時。

> 自然に作用する作意（精神の働き）とは、次の四つの時において確実に生じるものです。 第一に、作意を得た時。 第二に、根本定に正しく入った時、および既に入っている時。 第三に、現観（真理を直接に観る修行）を修めている時。 第四に、阿羅漢の位を正しく得た時、および既に得ている時。

思擇作意者，謂毘鉢舍那品作意。

> 思択作意とは、観察（ヴィパッサナー）の実践における心の働きのことをいいます。

內攝作意者，謂奢摩他品作意。

> 内に心をとどめる働きとは、心の静けさ（奢摩他）を高めるための心の置き方です。

淨障作意者，謂由此故，棄捨諸漏，永害麁重。

> 清めることを意図するとは、これによって、あらゆる煩悩を捨て去り、粗重（心身の重苦しさ）を永遠に断ち切ることである。

依止成辦所行清淨作意者，謂由此故，依離一切麁重之身，雖行一切所緣境界，而諸煩惱不復現行。

> 依止して清らかな作意を成し遂げるとは、これによって、あらゆる粗重（煩悩の重荷）を離れた身に依りながら、あらゆる対象となる境界において行動しても、諸々の煩悩が再び現れることがなくなることである。

他所建立作意者，謂諸聲聞所有作意。要從他音，乃能於內如理作意故。

> 他所建立の作意とは、声聞の全ての作意を指します。彼らは他者の教え（他音）に従って、初めて内なる如理作意（道理にかなった心の働き）を行うことができるからです。

內增上取作意者，謂諸獨覺及諸菩薩所有作意。以不從師而覺悟故。

> 内面修学による取意とは、独覚（ひとりで悟る人）や菩薩たちの心の働きのことである。彼らは師から教わることなく、自ら悟りを得るからである。

廣大作意者，謂諸菩薩為善了知生死過失、出離方便，發弘誓願趣大菩提所有作意。

> 広大な作意とは、諸々の菩薩が生死の過失と出離の方法をよく理解し、広大な誓願を起こして大いなる悟りへと向かう、すべての心構えのことを言います。

遍行作意者，謂佛世尊現見一切無障礙智相應作意。若諸菩薩遍於三乘及五明處方便善巧所有作意。

> \*\*普く行き渡る心構え（作意）\*\* について。これは、仏陀世尊が全てをありのままに見通す、何の障害もない智慧と結びついた心構えです。 また、菩薩たちが声聞・独覚・菩薩の三つの乗り物と、五つの学問分野（五明処）のすべてにわたって、状況に応じた巧みな方法を身につけている、その心構えのことを指します。