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title: "瑜伽師地論 · 7目 五聖智三摩地"
description: "瑜伽师地论是佛教大乘瑜伽行派的重要经典，相传由弥勒菩萨口述，无著菩萨记录，唐代高僧玄奘于贞观年间从印度取回并译成汉文。该论共100卷，系统阐述瑜伽行派的教义，内容包括十七地、三性、八识、修行次第等核心理论，被誉为大乘佛教的百科全书。作为唯识学的根本论典，瑜伽师地论奠定了唯识学派的理论基础，对汉传佛教和藏传佛教影响深远，在佛教思想史上具有崇高地位，是研究唯识学和瑜伽行派必读的经典著作。"
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復次，云何五聖智三摩地？謂我此三摩地，是聖、無染、無執，廣說如經。

> さらに、五つの聖なる智慧の三昧とは何でしょうか。それは、私が修めるこの三昧が、聖なるものであり、汚れがなく、執着がないことを指します。詳しくは経典に説かれる通りです。

此中示現五行相智。謂自體智、補特伽羅智、清淨智、果智、入出定相智。

> ここに五つの行相の智を明かす。すなわち、自己の本質を体得する智（自體智）、他者の性質を知る智（補特伽羅智）、清らかさを悟る智（清淨智）、果報を証する智（果智）、そして、定に入り出る相を観る智（入出定相智）である。

聖者，善故名聖；又無漏故名聖。無染者，顯善聖性。無執者，顯無漏聖性。非凡夫所近者，謂諸佛及聖弟子所親近故。是聰叡所讚者，謂即彼所稱讚故。是諸聰叡同梵行者常不呵毀者，謂一切時常稱讚故。非如世間初靜慮等，為背下地修方便故，先以靜相而稱讚之；為趣上地修方便故，後以麁相而復呵毀。寂靜者，所治煩惱永寂靜故。微妙者，自地煩惱不愛味故。得安隱道者，所得之道無退轉故。證心一趣者，已得無尋無伺地故。現在安樂者，能得現法樂住故。後樂異熟者，引無餘依涅槃樂故。正念而入者，善取能入三摩地相，無忘失故。正念而出者，善取能出三摩地相，無忘失故。

> 聖者とは、善であるから聖と名づけ、また煩悩がないから聖と名づけます。 煩悩に染まらないとは、善であり聖なる性質が現れていることです。 執着しないとは、煩悩のない聖なる性質が現れていることです。 凡夫が近づくものではないとは、諸々の仏や聖なる弟子が親しむからです。 智慧ある人々が称賛するとは、その人々によって褒め称えられるからです。 智慧ある人々や同じく清らかな行いをする人々が常に非難しないとは、いつでも称賛されるからです。 世間の最初の禅定などとは違います。それらは下の境地を離れるための修行の方便として、まずは静かな相で称賛し、上の境地に進むための修行の方便として、後には粗い相で非難します。 寂静とは、対治すべき煩悩が永遠に静まったことです。 微妙とは、その境地の煩悩に味わい心を奪われないことです。 安らかな道を得るとは、得た道に退転がないことです。 心が一つの境地に達することを証するとは、すでに尋も伺もない境地を得たことです。 現在が安楽であるとは、現世での安楽な境地（現法楽住）を得られることです。 後の果報が楽であるとは、余りの依り処のない涅槃の楽へと導くからです。 正しい念を持って入るとは、三昧に入る相をよく捉え、忘れないことです。 正しい念を持って出るとは、三昧から出る相をよく捉え、忘れないことです。