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title: "瑜伽師地論 · 9目 有因有具聖正三摩地"
description: "瑜伽师地论是佛教大乘瑜伽行派的重要经典，相传由弥勒菩萨口述，无著菩萨记录，唐代高僧玄奘于贞观年间从印度取回并译成汉文。该论共100卷，系统阐述瑜伽行派的教义，内容包括十七地、三性、八识、修行次第等核心理论，被誉为大乘佛教的百科全书。作为唯识学的根本论典，瑜伽师地论奠定了唯识学派的理论基础，对汉传佛教和藏传佛教影响深远，在佛教思想史上具有崇高地位，是研究唯识学和瑜伽行派必读的经典著作。"
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復次，云何有因有具聖正三摩地？

> 次に、何が原因と条件を備えた聖なる正しい三昧（正定）なのでしょうか。

當知善故，及無漏故，說名為聖。

> 善であること、そして煩悩のない状態であることから、「聖」と呼ばれていると知るべきです。

有五道支名此定因。所謂正見、正思惟、正語、正業、正命。具有三種。所謂正見、正精進、正念。此中薄伽梵總說前七道支，與聖正三摩地為因為具。

> 五つの道の支分があり、これをこの定の因と名づける。すなわち、正見、正思惟、正語、正業、正命である。また、三つのものがあり、すなわち正見、正精進、正念である。この中で、尊き方は前の七つの道の支分をまとめて説き、聖なる正しい三昧の因となり、それを備えるものとされる。

隨其所應，差別當知。謂由前導次第義故，立五為因；於三摩地資助義故，立三為具。

> それに応じて、違いがあることを知るべきである。すなわち、前に導くという順序の意味から、五つを因として立てる。三摩地（サマーディ）を助けるという意味から、三つを具（そなえ）として立てる。

云何正見等前導次第義？謂先了知世間實有真阿羅漢正行正至，便於出離深生樂欲，獲得正見。次復思惟：何當出離居家迫迮，乃至廣說。從此出家，受學尸羅，修治淨命。是名正語、正業、正命。此正見等，於所對治邪見等五猶未能斷。還即依止此五善法，從他聞音，展轉發生聞慧正見。為欲斷除所治法故，又為修習道資糧故，方便觀察。次依聞慧發生思慧，復依思慧發生修慧。由此正見，於諸邪見，如實了知此是邪見；於諸正見，如實了知此是正見；乃至正命，如實知已。為欲斷除邪見等故，及為圓滿正見等故，發勤精進。若由此故，能斷所治，集能治法，令其圓滿，是名正念。此念即是三摩地分，故亦兼說正三摩地。

> では、どのように正見などが先行し、順序を導くのかと言えば、まず世の中には真実の阿羅漢（正しい行いと正しい境地に達した者）が実在することを理解します。そうして、迷いの世界からの脱出に対して深く喜びと願望を生じ、正しい見解（正見）を得ます。 次に、どうすれば出家して世俗の家庭の束縛から逃れられるかを考えます（詳細は後述）。そこから出家し、戒律（尸羅）を学び受け、清らかな生活（浄命）を身につけます。これらを正しい言葉（正語）、正しい行い（正業）、正しい生活（正命）と呼びます。 しかし、この正見などの五つの善い法は、まだ対治すべき邪見などの五つの誤りを断ち切ってはいません。そこで、これらの五つの善い法に依りつつ、他人から教えを聞くことで、順を追って聞慧（聞いて得る智慧）による正見を生じさせます。 さらに、断つべき悪い法を除き、修行の資糧を積むために、注意深く観察します。次に、聞慧に基づいて思慧（思考して得る智慧）を生じ、また思慧に基づいて修慧（修行して得る智慧）を生じます。 この正見によって、様々な邪見について「これは邪見である」と如実に理解し、様々な正見について「これは正見である」と如実に理解します。正命に至るまでも同様に如実に理解します。そして、邪見などを断ち、正見などを完成させるために、努力精進（精進）を起こします。 もし、これによって断つべき法を断ち、修めるべき法を集めて完成させることができるなら、それを正しい記憶（正念）と呼びます。この正念は、三昧（集中）の一部でもあるので、同時に正しい三昧（正定）についても説かれていることになります。

若是時中，捨邪見等令不復生，修正見等令得圓滿；即於如是方便道中，亦能棄捨邪精進念，兼能修滿正精進念。若於是時，於彼諸法能斷能滿；即於此時，聖正三摩地亦得圓滿。

> その時、邪な見解などを捨てて再び生じさせず、正しい見解などを修めて円満に至らせれば、そのような方便の道においても、邪な精進や念を捨て去り、正しい精進や念を満たすことができるのです。もしその時に、それらの諸々の法（現象）を断ち切り、満たすことができるなら、まさにその時に、聖なる正しい三昧もまた円満に達するのです。

此中由慧為導首，於增上戒先自安處。次聞他音、如理作意，及增上戒學二為依止，於方便道中，發生增上心學及增上慧學。此中正念，名增上心學；正見、正精進，名增上慧學。如是三學，於修聖正三摩地時，皆得圓滿。

> ここで、慧を先導として、まずは戒律をしっかりと身につけます。次に、他人の教えを聞き、道理に従って心を働かせ、さらに戒律の学びを基盤として、修行の道筋において心のより高い学びと智慧のより高い学びを生み出します。ここで、正しい気づきは心のより高い学びと呼ばれ、正しい見解と正しい努力は智慧のより高い学びと呼ばれます。この三つの学びは、聖なる正しい三昧を修める時、すべて完全に成就されます。