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title: "瑜伽師地論 · 8目 四淨勝經"
description: "瑜伽师地论是佛教大乘瑜伽行派的重要经典，相传由弥勒菩萨口述，无著菩萨记录，唐代高僧玄奘于贞观年间从印度取回并译成汉文。该论共100卷，系统阐述瑜伽行派的教义，内容包括十七地、三性、八识、修行次第等核心理论，被誉为大乘佛教的百科全书。作为唯识学的根本论典，瑜伽师地论奠定了唯识学派的理论基础，对汉传佛教和藏传佛教影响深远，在佛教思想史上具有崇高地位，是研究唯识学和瑜伽行派必读的经典著作。"
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復次，如經中說有四淨勝。為求清淨，此最為勝，故名淨勝。

> また、経典には「四つの清浄なる勝れ（四浄勝）」があると説かれています。清らかさを求める上で、これらが最も優れているため、清浄なる勝れと呼ばれています。

云何為淨？云何為勝？謂所得、所證、所引戒等，若圓滿、若攝受，是名為淨。發勤精進，未滿令滿，是名為勝。

> 「清らかさ」とは何か。「すぐれた状態」とは何か。 それは、得られるもの、悟られるもの、導かれるものとしての戒律などが、 完全であること、あるいは十分に身についていること――これを「清らかさ」という。 そして、熱心に努力を重ね、まだ満たされていないものを満たしていくこと――これを「すぐれた状態」という。

云何尸羅圓滿攝受？謂若有一，雖住具戒，亦能守護別解脫律儀，而於軌則及所行中未能具足，未於小罪深見怖畏。此於尸羅，未名圓滿。若於一切皆悉滿足，乃名圓滿。如是名為尸羅圓滿。若於長時串修習故，便於根門善守而住，廣說乃至即於尸羅攝成自體，自性安住。如是名為尸羅攝受。云何三摩地圓滿？謂若已得加行究竟果，或第四靜慮，乃名圓滿。於此下位，皆未圓滿。云何三摩地攝受？謂彼所得三摩地等後時清淨。又三摩地不為有行之所拘執，乃至廣說。云何見圓滿？謂聞他音，及如理作意故，正見得生。由此正見，雖能知苦乃至知道，若未如實，猶不得名正見圓滿。若能於彼如實了知，爾時方名正見圓滿。云何見攝受？謂於後時諸漏永盡，乃至廣說。云何解脫圓滿？謂若由有學智見解脫貪等，未名圓滿。若由無學智見得解脫者，乃名圓滿。云何解脫攝受？謂若行、若住，常不退失現法樂住，如是名為解脫攝受。

> 戒律の完成と修得とは何か。 ある人が戒律を保ち、解脱のための規則を守っていても、行動様式や日常生活の作法を完全に身につけておらず、小さな罪にも深い恐れを抱いていないなら、その戒律は完成したとは言えない。 すべての点において完全に満たされて初めて、戒律の完成と呼ばれる。これが戒律の完成である。 長い時間をかけて繰り返し修習すれば、感覚の門をよく守って安定しており、広く説けば、戒律が自らの体となり、その性質が自然に安住するようになる。これを戒律の修得という。 では、三昧の完成とは何か。 修行の最終的な結果である第四禅定に到達していれば、完成と呼ばれる。それより下の段階は、いずれも完成していない。 三昧の修得とは何か。 得られた三昧などが、後になって清らかになることである。また、その三昧は作為的な努力に縛られることなく、広く説かれる通りである。 では、正見の完成とは何か。 他者からの教えを聞き、また理にかなった思考によって、正しい見解が生じる。この正見によって、苦しみを認識し、道を理解するに至っても、それをありのままに理解していなければ、いまだ正見の完成とは呼べない。 それらをありのままに理解した時、初めて正見の完成と呼ばれる。 正見の修得とは何か。 その後、すべての煩悩が完全に尽きることなどであり、広く説かれる通りである。 では、解脱の完成とは何か。 有学の智慧と見解によって貪りなどから解脱しても、完成とは呼べない。 無学の智慧と見解によって解脱を得た時、初めて完成と呼ばれる。 解脱の修得とは何か。 歩いていようと、留まっていようと、現世における安楽の境地を常に失わないこと。これを解脱の修得という。