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title: "瑜伽師地論 · 10目 盪塵經"
description: "瑜伽师地论是佛教大乘瑜伽行派的重要经典，相传由弥勒菩萨口述，无著菩萨记录，唐代高僧玄奘于贞观年间从印度取回并译成汉文。该论共100卷，系统阐述瑜伽行派的教义，内容包括十七地、三性、八识、修行次第等核心理论，被誉为大乘佛教的百科全书。作为唯识学的根本论典，瑜伽师地论奠定了唯识学派的理论基础，对汉传佛教和藏传佛教影响深远，在佛教思想史上具有崇高地位，是研究唯识学和瑜伽行派必读的经典著作。"
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復次，盪塵經中，佛世尊言：當如陶鍊生金之法，陶鍊其心，乃至廣說。

> さらに、『蕩塵経』の中で、仏世尊はこうおっしゃいました。「心を磨くのは、まるで鍛えて金を精錬するように行いなさい」（詳しくは広く説かれている）。

如是等義云何應知？謂陶鍊生金、略有三種。一、除垢陶鍊，二、攝受陶鍊，三、調柔陶鍊。除垢陶鍊者，謂從金性中、漸漸除去麁中細垢，乃至惟有淨金沙在。攝受陶鍊者，謂即於彼鄭重銷煮。調柔陶鍊者，謂銷煮已，更細鍊治瑕隙等穢。如金性內所有生金，種性位中心淨行者，當知亦爾。謂堪能證般涅槃者。

> このような意味はどのように理解すべきでしょうか。それは、金を精錬する過程になぞらえて、三つの段階があります。第一に、不純物を取り除く精錬、第二に、素材を受け入れ整える精錬、第三に、柔らかく調える精錬です。 不純物を取り除く精錬とは、鉱石の中から粗い不純物、次に中程度の不純物、そして細かい不純物を徐々に取り除き、最後に清らかな金の砂だけが残るようにすることを言います。 素材を受け入れ整える精錬とは、その清らかになった金を、さらに丁寧に溶かして練り固めることです。 柔らかく調える精錬とは、溶かして練り固めた後、さらに細かく鍛え直し、傷や隙間などの汚れを取り除くことです。 金の鉱石の中に元々含まれている生の金のように、修行者の位にある心が清らかである場合も、同じように理解すべきです。すなわち、完全な悟り（涅槃）を証することができる能力を持つ者であると知るべきです。

問：從何位名心淨行者？

> 問：どの位から「心の清らかな行者」と呼ばれるのですか。

答：從得淨信求出家位。此於在家及出家位，有麁、中、細三種垢穢。其在家者由二為障、不令出家。一、不善業。謂常樂安處身語惡行。二、邪惡見。謂撥無世間真阿羅漢正行正至。此於已得淨信位前，能為障礙。欲等尋思障出家者，令其不能心生喜樂。親等尋思障憙樂者，令其不能恒修善法。由斷彼故，恒修善法，速得圓滿純淨之心，有尋有伺，如淨金沙，是名為心除垢陶鍊。猶如生金仍未銷煮。若有復能止息尋思，乃至具足安住第四靜慮，是名為心攝受陶鍊。由能攝受無尋無伺三摩地故。猶如生金已被銷煮。若三摩地不為有行之所拘執，乃至廣說，是名為心調柔陶鍊。於神通法，隨其所欲能轉變故。如彼生金，已細鍊治瑕隙等穢。

> 答え：清らかな信心を得て、出家の地位を求めることについて述べます。在家の地位と出家の地位には、粗・中・細の三つの汚れがあります。 在家の人は二つの障りによって出家を妨げられます。第一は不善の業です。すなわち、常に心安らかに身と語の悪行に親しむことです。第二は邪悪な見解です。すなわち、世間に真の阿羅漢の正しい行いと正しい境地が存在することを否定することです。これらの障りは、清らかな信心を得る前の段階で妨げとなります。 欲望などに対する尋思（思考）は出家を妨げ、心に喜びや楽しみが生じるのを阻みます。親族などに対する尋思は喜びや楽しみを妨げ、常に善い行いを積むことを阻みます。これらを断つことによって、常に善い行いを積み、速やかに純粋な心を円満に得ることができます。この心には尋（粗い思考）と伺（細かい思考）があり、清らかな金の砂のようです。これを「心の汚れを除く鍛練」と言います。 まだ熔かされていない天然の金のような状態です。さらに尋思を止め、第四静慮に安住することを「心を受け入れる鍛練」と言います。尋も伺もない三昧を受け入れられるからです。熔かされた天然の金のような状態です。 三昧が「有行」（作為的な努力）に拘束されないことなどを経て、これは「心を柔らかに調える鍛練」と言います。神通の働きにおいて、望むままに自在に変化できるからです。細かく鍛えられ、瑕や隙などの汚れを取り除かれた天然の金のようなものです。