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title: "瑜伽師地論 · 8-9 有心無心二地"
description: "瑜伽师地论是佛教大乘瑜伽行派的重要经典，相传由弥勒菩萨口述，无著菩萨记录，唐代高僧玄奘于贞观年间从印度取回并译成汉文。该论共100卷，系统阐述瑜伽行派的教义，内容包括十七地、三性、八识、修行次第等核心理论，被誉为大乘佛教的百科全书。作为唯识学的根本论典，瑜伽师地论奠定了唯识学派的理论基础，对汉传佛教和藏传佛教影响深远，在佛教思想史上具有崇高地位，是研究唯识学和瑜伽行派必读的经典著作。"
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### 本地分中有心無心二地第八第九

> 本地分中有心無心二地第八第九

已說非三摩呬多地。

> 非三昧の境地について説き終えました。

云何有心地？云何無心地？謂此二地，俱由五門應知其相。一、地施設建立門，二、心亂不亂建立門，三、生不生建立門，四、分位建立門，五、第一義建立門。

> いかにして心のある境地があり、いかにして心のない境地があるのか。この二つの境地は、五つの門によってその様相を知るべきである。第一に、境地の施設建立の門。第二に、心の乱れと乱れざるを建立する門。第三に、生じると生じざるとを建立する門。第四に、分位を建立する門。第五に、第一義を建立する門。

地施設建立者，謂五識身相應地、意地、有尋有伺地、無尋唯伺地、此四一向是有心地。

> 地の施設を建立するものとは、五識身相応地、意地、有尋有伺地、無尋唯伺地をいう。この四つは、すべて心のある地である。

無尋無伺地中，除無想定并無想生及滅盡定，所餘一向是有心地。

> 尋も伺いもない境地においては、無想定と無想生、および滅尽定を除いて、残りのすべては一貫して心のある境地です。

若無想定、若無想生、及滅盡定，是無心地。

> もし無想定、もし無想生、そして滅尽定に入っているなら、それは心のない境地です。

心亂不亂建立者，謂四顛倒顛倒其心，名為亂心。

> 心が乱れるか乱れないかを確立するとは、四つの倒錯によって心が倒錯すること、これを乱れた心と言います。

若四顛倒不顛倒心，名不亂心。

> 四つの倒錯が倒錯でない心であれば、それは乱れない心と呼ばれます。

此中亂心，亦名無心，性失壞故。

> この中で乱れた心は、また無心とも呼ばれます。その本性が失われ、壊れているからです。

如世間見心狂亂者，便言此人是無心人。由狂亂心失本性故。

> 世間では、心が狂乱している人を見て、この人は心がない人だと言います。それは、狂乱した心によって本来の性質を失っているからです。

於此門中，諸倒亂心，名無心地。

> この境地において、さまざまな誤った思いが心を乱している状態を、「無心地」と呼びます。

若不亂心，名有心地。

> 心を乱さないなら、それを「心のある境地」と言います。

生不生建立者，八因緣故，其心或生，或復不生。

> 生（しょう）が起こることと起こらないことの成立について、八つの因縁によって、心は生じたり、また生じなかったりする。

謂根破壞故，境不現前故，闕作意故、未得故、相違故、已斷故、已滅故、已生故、心不得生。

> 根が壊れているから、対象が目の前に現れないから、心を働かせることが欠けているから、まだ得ていないから、矛盾しているから、すでに断ち切ったから、すでに消滅したから、すでに生じたから、心は生じることがない。

由此相違諸因緣故，心乃得生。

> このように様々な原因や条件が関わり合うことによって、心は生じるのです。

此中若具生因緣故，心便得生，名有心地。

> ここで、生じる因縁が備わっているために心が生じることを、「有心地」と言います。

若遇不生心因緣故，心則不生，名無心地。

> もし縁に遇わなければ、心は生じない。これを無心地という。

分位建立者，謂除六位，當知所餘名有心地。

> 位を分けて建立するとは、六つの位を除いた、その残りを「有心地」と名付けると知るべきである。

何等為六？謂無心睡眠位、無心悶絕位、無想定位、無想生位、滅盡定位、及無餘依涅槃界位。

> どのようなものが六つの位かというと、無心の睡眠の位、無心の悶絶の位、無想定の位、無想天に生まれる位、滅尽定の位、そして無余依の涅槃の位である。

如是六位，名無心地。

> この六つの段階を「無心地」と呼びます。

第一義建立者，謂唯無餘依涅槃界中，是無心地。

> 第一義として確立されるものとは、すなわち、余依なき涅槃界のみにおいて、これが無心地である。

何以故？於此界中，阿賴耶識亦永滅故。

> なぜかといえば、この世界においてアーラヤ識もまた永遠に滅するからである。

所餘諸位，轉識滅故，名無心地。阿賴耶識未永滅盡，於第一義非無心地。

> 残りの位（階位）では、転識が滅するため、無心地と呼ばれます。ただし、阿頼耶識が永遠に滅し尽くされていないため、第一義（真実の立場）からは、無心地とは言えません。