---
title: "瑜伽師地論 · 2項 言屈"
description: "瑜伽师地论是佛教大乘瑜伽行派的重要经典，相传由弥勒菩萨口述，无著菩萨记录，唐代高僧玄奘于贞观年间从印度取回并译成汉文。该论共100卷，系统阐述瑜伽行派的教义，内容包括十七地、三性、八识、修行次第等核心理论，被誉为大乘佛教的百科全书。作为唯识学的根本论典，瑜伽师地论奠定了唯识学派的理论基础，对汉传佛教和藏传佛教影响深远，在佛教思想史上具有崇高地位，是研究唯识学和瑜伽行派必读的经典著作。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cma8zh3mi01rnib04jmfacxth"
---

言屈者，如立論者為對論者之所屈伏。或託餘事方便而退，或引外言，或現憤發，或現瞋恚，或現憍慢，或現所覆，或現惱害，或現不忍，或現不信，或復默然，或復憂慼，或竦肩伏面，或沈思詞窮。假託餘事方便而退者，謂捨前所立，更託餘宗；捨先因、喻、同類、異類、現量、比量及正教量，更託餘因乃至正教。引外言者，謂捨所論事，論說飲食、王臣、盜賊、衢路、倡穢等事，假託外緣，捨本所立，以遣他難。現憤發者，謂以麁獷不遜等言，擯對論者。現瞋恚者，謂以怨報之言，責對論者。現憍慢者，謂以卑賤種族等言，毀對論者。現所覆者，謂以發他所覆惡行之言，舉對論者。現惱害者，謂以害酷怨言，罵對論者。現不忍者，謂發怨言，怖對論者。現不信者，謂以毀壞行言，謗對論者。或默然者，謂語業頓盡。或憂慼者，謂意業焦惱。竦肩伏面者：謂身業威嚴而頓萎顇。沈思詞窮者，謂才辯俱竭。由如是等十三種事，當知言屈。前二，妄行矯亂；中七，發起邪行；後四，計行窮盡。是名言屈，墮在負處。

> 論に負けるとは、例えば立論者が対論者に打ち負かされることである。あるいは、他の事柄に託けて都合よく退いたり、外の言葉を引用したり、怒りを表したり、瞋りを見せたり、驕りを見せたり、隠し事を表したり、悩ましげに振る舞ったり、耐えられない様子を見せたり、信じていない様子を見せたり、あるいは黙り込んだり、悲しみ憂えたり、肩をすくめてうつむいたり、考え込んで言葉に窮したりする。他の事柄に託けて都合よく退くとは、前に立てた論を捨てて、別の論題に移ること、先の因・喻・同類・異類・現量・比量・正教量を捨てて、別の因から正教量までに託けることである。外の言葉を引用するとは、論じている事柄を捨てて、飲食や王臣・盗賊・道路・遊興や猥雑な事などを論じ、外の事柄に託けて、本来の論を捨て、他者の難詰をかわすことである。怒りを表すとは、粗野で不遜な言葉などで対論者を排斥することである。瞋りを見せるとは、怨みを返すような言葉で対論者を責めることである。驕りを見せるとは、卑しい生まれなどと言って対論者を貶めることである。隠し事を表すとは、他者の隠れた悪行を暴露するような言葉で対論者を非難することである。悩ましげに振る舞うとは、残酷で怨みのこもった言葉で対論者を罵ることである。耐えられない様子を見せるとは、怨み言を発して対論者を怖がらせることである。信じていない様子を見せるとは、行為を毀損するような言葉で対論者を誹謗することである。黙り込むとは、言葉の働きが完全に途絶えることである。悲しみ憂えるとは、心の働きが焦り悩むことである。肩をすくめてうつむくとは、からだの威厳が一瞬で萎え落ち込むことである。考え込んで言葉に窮するとは、才能も弁舌も尽きることである。これら十三の事柄によって、論に負けたと知るべきである。最初の二つは、偽りの混乱した振る舞い。真ん中の七つは、邪な行いを起こすこと。最後の四つは、策が尽き果てることである。これらを論に負けると言い、敗北の位置に堕ちるのである。