---
title: "瑜伽師地論 · 3項 四因緣故不般涅槃"
description: "瑜伽师地论是佛教大乘瑜伽行派的重要经典，相传由弥勒菩萨口述，无著菩萨记录，唐代高僧玄奘于贞观年间从印度取回并译成汉文。该论共100卷，系统阐述瑜伽行派的教义，内容包括十七地、三性、八识、修行次第等核心理论，被誉为大乘佛教的百科全书。作为唯识学的根本论典，瑜伽师地论奠定了唯识学派的理论基础，对汉传佛教和藏传佛教影响深远，在佛教思想史上具有崇高地位，是研究唯识学和瑜伽行派必读的经典著作。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cma8zh8pe029jib04g1sw7qt3"
---

問：若住種姓補特伽羅有涅槃法，此住種姓有涅槃法補特伽羅，何因緣故有涅槃法，而前際來長時流轉，不般涅槃？

> 問う：もし種姓に住する人（補特伽羅）に涅槃の可能性があるならば、そのような人はなぜ、過去から長い間、輪廻を続けて涅槃に入らないのでしょうか？

答：四因緣故，不般涅槃。何等為四？一、生無暇故；二、放逸過故；三、邪解行故；四、有障過故。

> 答え：四つの理由により、涅槃には至らない。その四つとは何か。第一に、修行に適さない境遇に生まれること。第二に、怠ける過ちがあること。第三に、誤った見解や行いを持つこと。第四に、妨げとなる障害があること。

云何生無暇？謂如有一，生於邊國及以達須、蔑戾車中，四眾、賢良、正至、善士、不往遊涉。是名生無暇。

> 生まれる場が不自由とは、例えばある人が辺境の地や無教養な蛮族の国に生まれ、修行者や賢者、正しい道に達した善き人々が訪れることのない場所のことである。

云何放逸過？謂如有一，雖生中國，或非達須、非蔑戾車，四眾、賢良、正至、善士皆往遊涉；而生貴家，財寶具足，於諸妙欲耽著受用，不見過患，不知出離。是名放逸過。

> 放逸の過失とは何か。例えば、ある人が、たとえ中国（仏法の盛んな中央の地）に生まれ、辺境の野蛮な地や悪い家系には属さず、僧侶や在家の四衆、賢者、正しい境地に至った人、善き人々が皆訪れるような場所にいて、しかも裕福な家に生まれ、財宝も十分にありながら、様々な快楽に執着して享受し、その過ちや危険を見ず、そこから離れる方法を知らないこと。これを放逸の過失という。

云何邪解行？謂如有一，雖生中國，乃至廣說；而有外道種種惡見。謂起如是見，立如是論：無有施與，廣說乃至我自了知無諸後有。復由如是外道見故，不值諸佛出現世間，無諸善友說正法者，是名邪解行。

> 邪な行いとは何か。それは、ある人がたとえ仏法の盛んな地に生まれても、あらゆる外道の様々な悪しき見解を持っていることである。例えば、次のような見解を起こし、論を立てる。「施しには意味がない」と広く説き、さらに「私は輪廻の後に何もないことを自ら知っている」と主張する。また、このような外道の見解のゆえに、諸仏が世に現れる縁に恵まれず、正しい教えを説く善き友人を持たない。これが邪な行いである。

云何有障過？謂如有一，雖生中國，廣說如前，亦值諸佛出現於世，遇諸善友說正法者；而性愚鈍，頑騃無知，又復瘖瘂，以手代言，無力能了善說、惡說所有法義；或復造作諸無間業。或復長時起諸煩惱。是名有障過。如是名為四種因緣。由此因緣故，雖有般涅槃法，而不般涅槃。彼若值遇諸佛出世，聽聞正法，獲得隨順教授教誡，無彼因緣，爾時方能善根成熟，漸次乃至得般涅槃。無涅槃法補特伽羅，住決定聚。彼若遇緣、若不遇緣，遍一切種，畢竟不能得般涅槃。

> 「さて、障過（さわりやあやまち）とはどういうものか」というと、例えば次のような人のことです – ある人は、たとえ中央の国（聖者が生まれる地域）に生まれ、先に述べたように諸仏が世に出現され、善き友や正しい法を説く人に出会ったとしても、生まれつき愚かで頑なで無知であり、さらに言葉が不自由で、手で会話をする他なく、善い教えと悪い教えの、すべての法の意味を理解する力がありません。あるいは、無間（むげん）の罪業（大逆罪など、地獄に落ちる重い罪）を犯してしまったり、あるいは長い間、煩悩を起こし続けています。このようなことを「障過がある」と言います。以上が四つの因縁です。この因縁があるため、涅槃に入る可能性（般涅槃法）があるにもかかわらず、涅槃に入らないのです。もし諸仏の世に出会い、正しい法を聞き、適切な教えと戒め（教授教誡）を得て、そのような因縁がなければ、その時にようやく善根が成熟し、徐々に涅槃に至ることができるのです。 一方で、涅槃に入る法（素質）のない人は、決定聚（かならず迷いの世界にとどまる集まり）に住んでいます。彼らは因縁に出会っても、出会わなくても、あらゆる場合において、決して涅槃に入ることができません。